第64話 63、ペルーのアラン・アマルー
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北アメリカには帝国はなかったがメキシコにはアステカ帝国があった。
ペルー共和国はインカ帝国があった国だ。
赤道近くに位置するのだがアンデス山脈のおかげで過ごしやすい環境が得られる土地がある。
アフリカのエチオピアと似ているがエチオピアは峡谷故に植民地を免れたが南アメリカの西岸は軒並み植民地にされ現在の実質公用語はスペイン語だ。
日本大使館はペルー首都リマのホルヘチャベス国際空港の東南にある。
アメリカ合衆国の大使館は日本大使館の8㎞東にあるが、流石に日本国大使館より大きい。
その間には多くの大使館がある。
宗主国、スペインの大使館もある。
古風だが壮大ではない。
一国が他国に干渉するのには色々な表現があるのかもしれない。
人間を商品とする奴隷化干渉と物資を搾取する植民地と同一の国にしようとする併合がある。
3番目の場合、現地の住民は少なくとも以前よりは良い生活になるが、前2者の住民は惨めだ。
ペルーは2番目に当たる。
ペルーで歴史を学ぶ学生はいたたまれないだろう。
川本五郎はメキシコシティーでの事件に懲りてリマでは首相夫妻の近くをぶらついて警護していた。
特定の場所を定めない川本五郎の動きは目についたのかもしれなかった。
川本五郎が石のベンチに腰掛けて辺りを眺めていると一人の赤いオーラの男が近づいて来た。
男は英語で川本五郎に言った。
「川本五郎外務審議官閣下でしょうか。私はペルー共和国の外務参事官、アラン・アマルーと申します。少しお邪魔してよろしいでしょうか。」
川本五郎はスペイン語で答えた。
「いいですよ。川本五郎です。スペイン語でどうぞ。」
「閣下にお目にかかれて大変嬉しく思います。私にはアフリカに友人がおります。友人は川本閣下を神のように思っております。アフリカ憲章を書かれたのも川本閣下だとうかがいました。素晴らしい文章と素晴らしい内容でした。ペルーもアフリカ諸国のようになれるでしょうか。」
「ペルーもアフリカ諸国のようにということは南アメリカがアフリカと同じように一つの共同体になれるかという意味ですか。」
「そうです。南アメリカ内で交易を活発にして南アメリカ以外の外国からの干渉を排除してゆくことです。もちろん南アメリカ連合も自衛のための核戦力を保持しなければなりません。」
「アラン・アマルーさん。貴方はどう思いますか。」
「何が原因なのかは分かりませんが現状ではできないような気がしております。なぜアフリカでできて南アメリカではできないのか分からないのでお聞きしました。」
「そうですか。私も同じものはできないだろうと思います。でも似たようなのものはできると思います。南アメリカ連合ですね。でも失敗するかもしれません。」
「どうして失敗するとお思いですか。私もなんとなくそう思えるのですがはっきり言葉で言えないのです。」
「南アメリカの諸国が立派な国で、住民の生活レベルが高いためだと思います。共通語はブラジルのポルトガル語とその他の国のスペイン語です。英語への変換は難しい状況です。」
「なぜ立派な国でレベルが高いことが障害なのでしょうか。」
「生活レベルが高いと鎖国ができないからです。いちど高いレベルの生活に浸れば低い生活には戻れません。アフリカはそれでもいいと決心しているのです。」
「鎖国というのは自給自足して連合外の国とは国交断交することですね。」
「そうです。鎖国をすれば住民の生活は苦しくなります。鎖国をするには秘密裏に周到な準備が必要です。核兵器を用意するのもその一つです。でも南アメリカでは秘密裏の作業は難しいでしょうね。」
「どうしてですか。」
「強力な麻薬組織があり、公務員の中に入り込んでおります。アメリカ合衆国のスパイもそれ以上に入っているかもしれません。なんと言っても近いですから。」
「どうしたらいいのでしょうか。」
「まず作ってしまられたらいいのではないですか。アフリカ連合とそっくり同じ機構を作ってしまえばいいのです。そっくり同じものを作るのですから大国は文句を言えません。核だって持てますね。アフリカ連合は持っているのですから。それに南アメリカの各国は南アメリカ連合ができても問題は生じません。南アメリカは全て南アメリカ連合のものだと宣言されてもこれまでの統治は認められているのだから問題はありません。自国の人間が参加している南アメリカ連合が核攻撃力を持てば安心です。その核は自国には来ませんからね。」
「いいことだらけですね。」
「でも海外との貿易は途絶えるかもしれません。経済封鎖というわけですね。国交断絶です。麻薬組織は困ると思いませんか。」
「そうです。麻薬は国外へ売って高値になります。生産地で売ってもぼろ儲けはできません。」
「南アフリカ連合の成立には妨害が生じますね。内側から。」
「そうだと思います。」
「でもいいことだらけです。南アメリカ連合は各国の貿易を禁止しているわけではなく貿易を促進させようとしているのです。ただ外から貿易を止められているのです。国内の反対の力を外に向けさせることができればいいですね。しばらくすれば貿易を止めている国のどれかが抜け駆けするようになり、あとは雪崩を打って元のようになりますよ。」
「ありがとうございます、審議官閣下。何となく分かったような気がします。まず作ってしまえばいいのですね。アフリカとは状況が違うので連合の形はアフリカ連合とは違ってくるでしょうが作っても悪いことはありません。」
「そう思います。アフリカには最初にアフリカ統一機構ができ、うまくいかなかったのでより強い権限を持ったアフリカ連合ができました。ヨーロッパ連合(Europian Union)を目指していたのでしょう。アフリカでは多くの言語が使われております。ヨーロッパも国々で独自の言葉が話されております。似ていますね。私の感じですが二つの連合を比較するとアフリカ連合の方が連合を強く望んでいると思われました。歴史と立場が違うからだと思います。アフリカは近代では奴隷国から独立し、国としてあまりにも弱い国々で構成されております。大国の影響は受けやすくなっております。ヨーロッパはそうではありません。アフリカは英語を共通語にしようとしております。公用語が英語となれば多くの情報や知識を容易に取得できます。ヨーロッパは公用語を英語には絶対にしません。南アメリカ連合はどちらとも違ったものになると思います。南アメリカ連合ができれば核を持たない東南アジアの国々は喜ぶでしょうね。自分たちも東南アジア連合を作ろうと考えます。中華人民共和国は東南アジア支配構想を変更しなければなりません。」
「閣下のお考えが垣間見えたような気がします。世界の地勢的ブロック化のような気がしました。」
「アフリカ連合のような地域連合は地域全体の貿易の不均衡を制御する機関です。そんな組織は必要だと思っております。それがなければ小国は大国のなすがままです。大国が参加する国際連合は無意味のような気がします。」
「私は閣下のおられる日本国とは貿易を続けたいと思っております。」
「私がいうのも何ですが南アメリカは必要ならどんどん関税を上げればいいのです。日本はそれに耐える物を作るようになると思います。今回の総理夫妻の訪問は環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership)に関しての表敬訪問ですが、進行的な協定(Progressive Agreement)とはそういう意味だと私は思っております。日本政府はそうは思っていないかもしれませんがね。」
「核兵器は偉大ですね。」
アラン・アマルーがぽつんと言った。
「そうですね。」
川本五郎が答えた。
「核戦争になったらどこが勝ちますか、審議官。」
「国土の広い国です。」
「アフリカはロシアより広いですね、審議官。」
「しかも群体構造です。」
「群体というのは多生物が結合して一つの構造体になっているものですね。」
「そうです。海綿のようにね。互いに独立していてゆるく連絡しております。海綿は不思議なんですよ。赤海綿と青海綿を持ってきて撹拌して海綿をバラバラにします。しばらくするとバラバラになった個々の海綿は同じ種類同士が結びついて元の赤海綿の群体と青海綿の群体とになります。原因はまだ分かりません。」
「分かりました。海綿の群体はアフリカ連合です。広い国土を持つ大国は小魚ですね。核で個々の海綿を潰しても残った海綿は無事です。54カ国もありますから。小魚の頭が核で傷ついたらその小魚は死にます。大国は一組織で一つの個体を作っているからです。」
「そうですね。赤海綿はスペイン語で青海綿はポルトガル語かもしれません。」
「南アメリカの群体は大きなもの12個でできております。少し数が少ないですか。」
「色々な群体がありますから。群体の特徴は個々が独立していることです。不可欠の組織しか持たない個体である大国とは違います。個体は頭を潰せば死にます。」
「東南アジアも同じくらいの国の数ですね。」
「そうですね。南アメリカ連合ができれば東南アジア連合もできるかもしれません。」
「私は核戦争は希望のない世界になるとこれまで想像しておりました。でも審議官の話を聞いて希望があると思うようになりました。鎖国をして域内で自給自足できるようになっている南アメリカ連合組織は核戦争でも生き残ることができると思います。一つや二つの国が核兵器で壊滅されたとしてもびくともしません。群体組織ですから。これは説得には重要な利点です。南アメリカの諸国は核戦争が起こらないように願っております。でも大国に意見をしてもこれまでは無視されるだけでした。南アメリカ連合ができ、連合内で自給自足の鎖国体制ができていれば『勝手に大国間で核戦争を始めてくれ』って言うことができます。痛快なことです。大国は全て北半球にあります。北半球で核戦争が起こっても南アメリカの大部分には放射物質は飛来しません。」
「そうですね。自給自足の鎖国体制ができていれば核戦争にも生き残れますね。それと群体内で争いをしなければ生き残れますね。」
「南アメリカに生まれて感謝できるように思えます。昔はもっと豊かな国に生まれていればよかったと思っておりましたが今は違います。鎖国は比較の対象がなくなりますから鎖国領域内の住民は今の生活がそういうものだと思うようになります。」
「日本の江戸時代は300年間の鎖国が続きました。当時の住民は電気もない生活を苦にしないで独自の文化を発展させました。戦争がなかったからです。安定が重要です。インカ帝国が発展したのも長期に戦争がなかったためだと思います。」
「その通りです。川本五郎審議官閣下、今日は良いお話を聞かせていただきました。私は閣下のお言葉を反芻して考えたいと思います。ありがとうございました。」
「どういたしまして。アラン・アマルーさんは綺麗なオーラを持っておりますね。」
「オーラとは何ですか。」
「人が持つ心意気ですかね。」
「川本閣下は人間のオーラが見えるのですか。」
「見えます。私は特殊なのです。」
「川本閣下が特別であることは知っております。医者で弁護士で外交官で何十カ国の言語を自在に操り、5mも飛び上がることができ、非凡な射撃の能力を持ち、触れないで数百人の人間の心臓を一瞬で止めることができます。数キロの距離から人間を殺すこともできます。人間のオーラも見えるのですね。」
「見えます。特殊ですから。」
「川本審議官のような特殊な人間はこの地球にいるのでしょうか。」
「何人もおりますよ。」
「どうしてそんな特殊な人間が生まれるのでしょう。」
「どうしてだと思いますか。」
「偶然の果実だと思います。」
「私もそう思います。」
「私のオーラは何色でしょう。」
「透明な赤です。少し珍しい色ですね。」
「そうでしたか。・・・閣下、本日は色々と貴重なお言葉を聞け大変嬉しく思っております。感謝します。忘れません。」
「お元気で、アラン・アマルーさん。」
アラン・アマルーは川本五郎に頭を下げてから五郎を後にした。
振り返らなかった。
アラン・アマルーが居なくなると佐藤翔子がお盆にコーヒーカップを載せて近づいてきた。
「川本閣下、コーヒーをお持ちしました。少し冷めてしまいました。長いお話でしたね。」
「ありがとうございます。いただきます。彼はペルー共和国の外務参議官です。ペルー国を心配して勇気を出して話しかけて来たようです。」
「川本閣下を知っていて声をかけることができるのは自分に自信がある人だと思います。普通の人は声をかけるのには躊躇すると思います。」
「佐藤翔子さんは躊躇しないのですか。」
「しません。自信がある人間だからです。私は閣下のファンであると確信を持って言うことができます。」
「おやおや。スターみたいですね。」
「閣下はスターです。間違いありません。」
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