第77話 76、イスラエル国の移国
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川本五郎は首相官邸を訪れ総理大臣と面会した。
光野光志郎総理大臣は川本五郎に言った。
「来ると思った。イスラエルか。」
「日本の情報網も大したものですね。アポイントメントの問い合わせがあったのは昨日の午後ですよ。」
「アフリカの情報は比較的早く入るからな。エジプトが君を相談人として推薦したそうだ。」
「そうでしたか。総理に面会を申し込んだのは世界情勢に変化が生ずる可能性があったからです。」
「どんな可能性がある。」
「現在、イスラエル国は核のテロリズムに晒(さら)されております。このままではイスラエルは壊滅します。イスラエルもそう思ったから恥を忍んで仲裁を各国に求めましたが各国も相手が分からなければどうしようもないと答えたと思います。まあ知っているでしょうがね。現状の対策としては3つの可能性があると思います。一つはシンガポール共和国のように都市国家になることです。バチカン市国では小さすぎます。アカバ近くになってインド洋に出るのかテルアビブになって地中海にでるかです。もう一つの可能性はアメリカ合衆国に移住することです。アメリカ合衆国は人間がおらず人を募集しております。アメリカ合衆国は喜んで移住を受け入れるでしょう。世界金融界の支配というおまけ付きです。全員が核攻撃で死亡した一つの州を提供すれば面積的には十分足ります。最後の可能性は北朝鮮に移住することです。現在、北朝鮮では人間は生活しておりません。中華人民共和国もロシア連邦国も北朝鮮の国境を超えておりません。大韓民国も北朝鮮に入ることを中華人民共和国から禁じられております。北朝鮮はどこの国のものでもないのです。」
「そんなところかな。だが都市国家は無理だろう。アラビア語の国々の中のヘブライ語だ。アラブにしてみればオデキか腫瘍みたいものだ。完全に取り除きたいだろう。2番目はイスラエルの尊厳の問題だな。国が州になってしまう。生き残ることはできても屈辱だろうな。3番目の可能性は君が考えたものだな。思いもよらなかった。イスラエルはそんな可能性は考えていないと思う。
「私が調停するたとしたら私は3番目を提案すると思います。」
「日本国にとっては都合がいい案だと思う。中国もロシアもイスラエルの国境を越えることはないだろう。大韓民国はじっとしていれば自分の国になると思っていたのだろうが、おいしい油揚(あぶらげ)を中東から飛んできたトンビに取られてしまったと思うだろうな。だが反抗はできないだろう。相手はアメリカをバックに持つイスラエルだ。軍事技術も軍事力も圧倒的に優れている。長年戦い続けてきた猛者だからな。」
「それでは日本国は第3の可能性が実現してもよろしいのですね。」
「僕はいいと思う。日本は美味しい油揚が長いことぶら下がっていたが、だれも取りに行こうとは言い出さなかった。日本は言葉の違う国を侵略するのは割に合わないということを学んでいたのだろうな。」
「了解。日本のことは考えずに真摯に調停いたします。」
「それでいい。君に任せる。」
川本五郎は翌日、千代田区2番町のイスラエル国大使館に行った。
イスラエル国大使館を見るとイスラエル国がいかに多くの人間から恨まれているのかが良く分かる。
警備が厳重なのだ。
厳重な警戒を突破して川本五郎は大使と面会した。
イスラエル国大使は女性だった。
「川本五郎外務審議官、よくいらっして下さいました。大使のレベッカ・アインシュタインです。」
イスラエル国大使は英語で言った。
「お初にお目にかかります。川本五郎です。どのようなご用でしょう。」
川本五郎はヘブライ語で答えた。
「まあ、そうでした。二十数ヶ国語が堪能でしたね。正しいヘブライ語です。」
レベッカ・アインシュタインはヘブライ語で言った。
「ありがとうございます。どうぞ先をお続け下さい。」
「まあ、そうでした。本国から川本五郎審議官と相談せよと連絡を受けました。イスラエル国は現在テロリストどもの攻撃に晒されております。なんとかテロを鎮めなければなりません。お知恵を拝借できませんか。」
「分かりました。イスラエル国の現状は分かっているつもりです。現在までイスラエル国はおよそ15個の核爆弾で攻撃されております。相手が分からず応戦もできません。攻撃者が何発の核爆弾を持っているのかは分かりませんが、イスラエル国はあと85発の核爆弾で全滅する危機にあります。なぜならイスラエル国の面積は砂漠を除けば一万平方キロメートルです。使用されている核爆弾は10キロ四方の百平方キロメートルを破壊しますから全滅までの残りは85発です。核大国が核戦争で疲弊し、大国は資金を必要としております。核戦争で使用されなかった小型の戦術核は資金調達のために大量に売り出されたと思います。イスラエルの攻撃者は100発以上の核爆弾を所有している蓋然性は高いと思います。従って早晩、現在のイスラエル国は地球からなくなると推測できます。」
「まあ、とても信じられない推測です。」
「そうですか。お国の中枢では私の推測と同じことを考えたのだと思います。」
「川本五郎外務審議官はイスラエルはどのように対処すべきだとお思いですか。」
「最初に閣下のお考えをお聞かせいただけませんか。それによって私の提案は変わると思います。」
「私はテロリストどもを徹底的に叩き潰すべきだと思います。」
「テロリストはどこにおりますか。」
「徹底的に捜索すれば炙(あぶ)り出せると思います。」
「これまでは徹底的ではなかったのですね」
「そうだと思います。」
「もっと徹底的に捜索すればテロリストを潰すことができますね。」
「できると思います。」
「分かりました。私の提案をさせていただきます。レベッカ・アインシュタイン大使のおっしゃる通りだと思います。テロリストを見つけ出して殺すことができればイスラエルは平穏になると思います。こんなにいいことはないと思います。」
「それが提案なのですか。」
「はい、そうです。大使はテロリストを見つけ出すことができるとおっしゃいました。それなら既に問題は解決しております。私の出る幕はございません。」
「分かりました。本国にそのように伝えます。」
「これで解決ですね。それでは失礼したします。」
そう言って川本五郎は大使館を後にした。
1週間後、イスラエル国の外務大臣が日本国に来た。
予定にない訪日だった。
川本五郎は再びイスラエル国大使館を訪問した。
部屋に入ると外務大臣がソファに座っており、川本五郎が入ってくると立ち上がってヘブライ語で言った。
「外務大臣のイスラエル・ダヤンです。ご足労くださりありがとうございます。」
「川本五郎です。お初にお目にかかります。」
「先日はうちの大使が愚かなことを言ってしまいました。録音した会話を聞いて恥じ入りました。」
「日本国はイスラエル国と離れております。少しばかり国内の情報が入ってこなかったのだと思います。」
「川本五郎閣下がおっしゃったようにイスラエル国は姿の見えない敵によって滅亡しようとしております。攻撃に対しての対抗手段が見出せません。川本五郎閣下の最善と思われる案をお聞きしようと訪日いたしました。」
「分かりました。私の予想とそれに対する案をお話しします。このままではイスラエル国は滅亡すると思います。小型核爆弾だけによるゲリラ攻撃は防ぐことができません。私はこの状況を知ってイスラエル国の人民が生き残ることができる3つの案を考えました。一つはシンガポールのように小さな都市国家になることを宣言して何とか生かしてくれと敵にお願いすることです。でも不名誉ですし敵は許さないと思います。二つ目は国を解体し国民全員がアメリカ合衆国に移住して一つの州、イスラエル州を形成することです。復興中のアメリカ合衆国は喜ぶでしょう。でもイスラエル国の尊厳(dignity)と自己同一性(identity)は損なわれます。でもイスラエル国民は生き残ることができます。イスラエル国民ならアメリカ合衆国を乗っ取ることもできるでしょう。三つ目は誰もいない別の土地で新しい国を作ることです。地球上で所有者のいない土地は2ヶ所あります。南極大陸と北朝鮮です。南極は論外ですから北朝鮮、もとの朝鮮民主主義人民共和国ということになります。北朝鮮は全土を中華人民共和国の核兵器で破壊されましたがどこの国も侵入しておりません。今ならイスラエル国が国をあげて北朝鮮に移住してもだれも抗議しないと思います。イスラエル国の現状を知っておりますから。しかもその原因が北朝鮮に隣接する中華人民共和国とロシア連邦国が放出したかもしれない小型戦術核だからです。私が思い描いた案は以上の3つです。私が推薦するのは第3の北朝鮮移住案です。アラブは満足し、パレスチナは土地を取り戻し中華人民共和国もロシア連邦国も安定した国が国境となって安心します。イスラエル国がアメリカ合衆国と密接に繋がっているのなら朝鮮半島の北では3大国が国境を接することになります。野望もなくなり世界は安定します。」
「川本五郎閣下が推薦する3つ目は素晴らしい案だと思います。思いつきもしませんでした。でもそのようなことが可能なのでしょうか。」
「可能かどうかは貴国が考えればいいと思います。まず世界に現在のイスラエル国は放棄し、誰のものでもない北朝鮮に移国すると宣言されたらいいと思います。しばらくしたらイスラエルはここからいなくなるから移国を邪魔するなとテロリスト向けに発表してもいいですね。テロリストも核汚染地域を増やしたくはないでしょう。不動産も壊したくないと思います。もちろんそれらの前に軍隊を北朝鮮に派遣しておくべきです。」
「分かりました。早速、国に戻って検討しようと思います。早い方がいいですね。検討の前に軍隊を派遣しておくのも必要です。それで日本国は川本閣下の第3案をご存知なのですか。」
「首相は知っております。首相は問題ないと考えておりますが、国全体でどのように考えるかは分かりません。」
「ありがとうございます。川本閣下が提案し首相がそれに同意したなら反対は出てこないと思います。なんと言っても川本閣下はアフリカを救い、世界に連合組織の創立を導き、世界核大戦にも導いた方ですから。」
「なにか悪者みたいですね。予想できませんでした。深く反省しております。そのような世界情勢の変化がイスラエルに移国を強いることになろうとは思いに至りませんでした。」
「川本五郎閣下に悪意はありませんでした。」
イスラエル・ダヤンはその日のうちにイスラエル国に戻った。
イスラエル国はアメリカ合衆国の了解を得た後に、軍隊を北朝鮮に向けた。
アメリカ合衆国は生き残っていた軍艦と完全に無傷で残った潜水艦隊を北朝鮮に派遣して支援した。
中華人民共和国もロシア連邦国もイスラエルの移国に反対しなかった。
アラブの諸国とアフリカ連合はイスラエル国の大いなる決断を賞賛した。
オスマン連合も反対しなかった。
ヨーロッパ連合も南アメリカ連合も東南アジア連合もそして他の連合も反対しなかった。
大韓民国は反対したが発言は無視された。
世界の大部分の反応を見て、イスラエル国は世界に移国の意思を発信した。
「イスラエル国は現在所属不明の朝鮮半島北部に国を移す。現在のイスラエル国の国土はエルサレム市を除いて全土をパレスチナ自治国に与える。エルサレムはキリスト教とイスラム教とユダヤ教の聖地であり独立した自治権をもつ市国となることを望む。移動が可能な物資は全て移動する。不動産は破壊無しでそのままの形で残す。移国には2ヶ月間が必要だと思われる。その間は何人もイスラエル国土に侵入してはならない。移国が完了するまでは主権はイスラエル国が保持する。朝鮮半島に移ったイスラエル国は朝鮮民主主義人民共和国の国境線を保持する。国土の拡張は試みない。」
2ヶ月間の移国期間があったことは混乱を招かなかった。
パレスチナ自治国は広大な土地をどのように管理するのかを十分に検討することができた。
核爆弾によるテロリズムも起こらなかった。
多量の建築資材と建設機器が朝鮮半島に陸揚げされ、廃墟は更地に変えられ、急速に住民を受け入れる準備が整っていった。
北朝鮮人の遺体は既に白骨になっていたので骨の一部が共同墓地に納骨され残った骨は粉砕されて朝鮮半島の土になった。
「とうとう朝鮮半島にイスラエルが入ったな。」
イスラエル国の移国の期限が近づいた時、光野光志郎総理大臣は川本五郎に言った。
「そうですね。順調に移国したようです。」
「まあ世界がまた新しい体制になったことは確かだ。」
「そうですね。どうなるのでしょう。」
「おいおい、君がそんなことを言ったらだめだろう。君に分からなければ誰が分かるんだ。」
「私には予測できなかった事が起こりました。まだ整理できておりません。」
「川本五郎は何を予測できなかったのだ。イスラエルか。」
「いいえ、総理。私が予測できなかったのは大型核爆弾の打ち合いでも世界は残っていたことです。昔から言われていたように核大戦が起こったら地球は破滅すると検討もしないで思っておりました。実際にはそれほどでもないのですね。」
「確かにな。大型核ミサイルの打ち合いをしたのに我々はまだ生きている。爆発地点では絵本より酷(ひど)かったがな。」
「とにかく世界が残って良かったですね。」
「そうだ。良かった。」
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