第24話!! Kenji the world / オイナリのユートピアなのだ!!




「アライさん!アライさん!」


 誰かが呼んでいるのだ。


「何なのだ……?」

「良かった!本当に良かった……!」


 目の前にいたのは賢者のケンジで、目を覚ましたアライさんを急に抱きしめてきたのだ。


「は、離すのだ。苦しいのだ。ホント何なのだ急に」


 アライさんは賢者のケンジを振りほどいて、周りを見渡してみたのだ。そこには疲れきった顔で笑うケンジ達がいたのだ。

 ここはどこなのだ?

 そのうちアライさんは石畳の奥にある金色の社と、その階段に座りながら微笑む例のフレンズを発見したのだ。


「オイナリ……」

「はじめましてアライグマ。私はオイナリサマです。この世界の神様ですよ」


 オイナリは丁寧に自己紹介してきたのだ。いくらにこやかな顔を向けられてもアライさんはコイツの悪行を知っているのだ。わざわざ初対面の振りをしてくるなんて白々しいヤツなのだ。


「アライグマ。あなたは幸せ者ですね」


 オイナリは続けざまに言ってくるのだ。


「この方々はあなたを生き返らせて欲しいと願ったのですよ。苦しい旅の末一つだけしか叶えられない願いを、あなたのために使ったのです。美しい時代で、優しいイケメンたちに囲まれて、あなたは本当に幸せ者です」


 幸せ者?

 本当にそうなのか?

 アライさんはそうは思わないのだ。そうだったらこんなむかっ腹は立っていないはずなのだ。

 でもオイナリはアライさんの気持ちを知らずに話を進めるのだ。


「そうだ!生き返ったお祝いに結婚式神前式を上げるのはどうでしょう?賢者のケンジと!頭が切れてとっても素敵な方ですよね。ちょっと妬いちゃいます」


 賢者のケンジは顔が赤くなって、それを見たオイナリが勝ち誇った顔で続けたのだ。


「今すぐ盛大にやりましょう!!関係者を私の力で集めますね。まさに願いがかなって大団円です。最高の笑顔でエンドロールを流しましょう……!ウフフフ……」

「いい加減にするのだオイナリ!!!」


 にやにやしているオイナリに死に上がりの声で精一杯叫ぶと、周りが水を打ったように静かになったのだ。

 アライさんはそのまま詰め寄ったのだ。


「お前はフレンズを何だと思っているのだ!アライさん達はお前のお人形じゃないのだ!」

「な、何を言っているのですかアライグマ……?」


 オイナリの顔が強張ってきたのだ。

 アライさんはオイナリの服を両手で掴んで、揺らしながら続けたのだ。


「お前が世界を好き勝手にいじっていることはアライさん知ってるのだ!人質は全員解放するのだ。フェネックを返すのだ。ジャパリパークを返すのだ!」

「……アライグマ、どこまで知っているのですか?」

「最初から最後まで、全部知っているのだ!」


 アライさんが正直に答えると、オイナリは残念そうな顔に変わったのだ。


「はぁ……そうなのですか……?」


 オイナリはそうつぶやくと自分の手を光らせてアライさんの頭に近づけてきたのだ。

 マズイのだ……これは記憶を消すやつなのだ!

 ここは一旦退却なのだ!

 アライさんはとっさにオイナリを突き放して、社から離れようと全力で駆け出したのだ。

 でもそれを見逃すほど神様は甘くなかったのだ。


「逃しませんよ。捕まえなさい剣士のケンジ」

「うおっ」


 さっきまで石畳の上であぐらをかいて休んでいた剣士のケンジが急に立ちふさがってきたのだ。


「ヌオオオ!そこをどくのだ剣士のケンジ!」

「い、いや。体が勝手に……」


 スピードに乗ったアライさんは急に止まれないので、そのまま剣士のケンジの固い胸板に突っ込んでしまったのだ。


「うぶっ」

「そのまま抑えておきなさい」


 剣士のケンジはアライさんの腕を掴んでぎりぎりと締め上げてきたのだ。


「痛いのだあ!ひどいのだあ!」

「違う!体が勝手に……!」


 剣士のケンジはそう言いつつも、更に丁寧にアライさんを締め上げてくるのだ。アライさんは痛いを通り越して苦しかったのだ。


「ケンちゃん!何をしてるんだ!」


 流石に賢者のケンジも黙って見ていられなかったようで、こちらへ走ってきたのだ。

 アライさんはケンジが助けてくれると思ったのだ。しかしその希望は次の一瞬で砕けたのだ。


「金縛りの術」


 オイナリが一言つぶやいただけ。それだけで賢者のケンジの動きは止まってしまったのだ。

 そのそばにいた盗賊のケンジと寡黙のケンジも同じ状況みたいだったのだ。


「ふぅ……しっかり抑えておいて下さいね。」


 アライさんが剣士のケンジに取り押さえられて苦しんでいるなか、オイナリは涼しい顔をして服についた汚れをパンパンとはたいたのだ。

 そしてアライさんに近づいてきて、わざわざ前かがみになって目線を合わせて、ぼんやりとした口調で言ってきてたのだ。


「ねえアライグマ……?あなた、幸せですよね?」


 うっ。オイナリの暖かい息がアライさんにかかってくるのだ。

 アライさんの目の前にはオイナリの黄色い目があるのだ。一見キレイな目だけど、その奥はくすんでいるように見えるのだ。


「幸せですよね?ねえ?幸せですよね?私はあなたのためにこんなにもしたのですよ?幸せだって言ってくださいよ。ねえ」


 オイナリが表情を変えずにアライさんに詰問してくるのだ。

 アライさんは静かに首を振ったのだ。

 これがアライさんの正直な答えだから。


「どうして……どうしてよ……?あなたは生き返ってケンジと結婚できるのですよ?これ以上の幸せがあるのですか?」

「……」


 オイナリにとってはそれが幸せかもしれないのだ。

 でも、アライさんにはちっともいいものだと思えないのだ。

 必死になっているオイナリはちょっとかわいそうな気もしたけど、ここでビシッと言ってやらないとこの地獄はおわらないのだ。

 だからアライさんはハッキリ言ってやったのだ。


「お前にアライさんを幸せにすることはできないのだ!」


 するとオイナリはちょっと固まった後、怒った顔で反論を始めてきたのだ。


「……なぜ?なぜです?私は神ですよ?神の力でなんでもできるのですよ!?世界を変えることも!あなたのほしいものもなんでも出すことができます!それでもあなたを幸せにできないというのですか!?」

「そうなのだ」

「理由を言ってご覧なさい!返答次第ではあなたも……!」

「それはな、お前が幸せでないからなのだ」


 アライさんが思うところを言うと、オイナリはぽかんとした顔に変わったのだ。


「私が……幸せでない?」

「そうなのだ。お前は人を幸せにすることばかり考えて、自分が幸せになることを忘れているのだ。そんなんじゃ人を幸せにはできないのだ」

「何を知った風な口を聞くのですか……」

「事実なのだ。お前は幸せなのか?」

「それは……」


 オイナリは眉を下げて口ごもったのだ。呼吸を乱しながら、その手を強く握りしめながら。


「世界を変えられるのだろ?欲しいものをなんでも出せるのだろ?じゃあまずは自分の幸せを叶えてみろなのだ!神の力とやらで!」

「ダメです……私の力は皆を幸せにするためにあるのです!私利私欲のために使ってはいけないのです……それがケンジの願いですから」


 オイナリは俯きながら、ぼつりぼつりと言ったのだ。

 ケンジの願いって、黄金稲荷の伝説に出てくるケンジのことだろうな。伝説のケンジが願ったことでオイナリが神の力を得たというなら辻褄が合うのだ。

 でもそうだとしたら、一点、気になることがあるのだ。


「伝説のケンジが願ったのは『みんなが幸せになれる世界を創ること』だったはずなのだ。そのみんなの中ににオイナリは含まれないのか?」

「含まれる含まれないの問題では、ありません。それが私の、使命なのです」


 オイナリは途切れ途切れになりながらも声を絞り出したのだ。使命だかなんだか知らないけど、アライさんはそんなの関係ないと思うのだ。


「ふーん。じゃあ伝説のケンジは『オイナリは幸せになるな』と言ったのか?」

「……そんな」

「伝説のケンジって酷いやつだな!そんなやつが伝説になるなんてひどい世の中なのだ!」

「そんなことは」

「大体本人に向かって『幸せになるな』なんて言うやつはろくなやつじゃないのだ!伝説のケンジはろくでなしなのだ!!」

「そんなことありません!ケンジはいつも私のことを思っていてくれました!」


 オイナリは怒りとなにかで顔を真っ赤にしながら言ったのだ。

 ほらな。

 アライさん、オイナリと伝説のケンジの事情はよくわからないけど、これだけはハッキリ分かるのだ。


「伝説のケンジはお前に幸せになって欲しかったのだ」

「分かってました……ホントは分かってましたよそんなこと……。私は間違っていました……」


 オイナリは両手で顔を覆いながらがっくりと膝をついたのだ。

 するとアライさんを捉えていた剣士のケンジが手を離して、それと同時に金縛りに遭っていたケンジ達がこちらへ駆け寄ってきたのだ。


「アライさん!大丈夫ですか!?」

「大丈夫なのだ」

「良かったです」


 その後賢者のケンジはオイナリをちらりと見ると、その肩に手を置いて言ったのだ。


「オイナリサマ……ずっと一人で頑張ってくれてたんですね。僕たちを幸せにするために」

「いいえ。私は、あなた達で遊んでいました。勝手に自分でルールをつくって、パークを私の理想の世界に魔改造していました……私の理想をアライグマに押し付けていたのです。いくら反省してもしきれません」

「そんなことないのだ!」


 反省モードのオイナリにアライさんは言ってやったのだ。

 オイナリは顔を上げてアライさんを見たのだ。


「この世界に来て色々あったけど、アライさんそれなりに楽しかったのだ!それにオイナリはアライさんを救ってくれた、命の恩人なのだ!」


 そしたらオイナリはこっちをじっと見ながら言ってきたのだ。


「ねぇ、アライグマ……いや、アライさん。私……どうやったら幸せになれますかね……?」


 そんなこと言われてもアライさんは分からないのだ。分からないからこそ言ってやるのだ。


「お前が幸せになる方法なんてアライさんわからないのだ。でもな、これだけは言えるのだ。幸せな世界は作るものではなくて、自分で見つけるものなのだ」


 オイナリはしばらく考えたあと、返事をしたのだ。


「……そうですね。そうさせていただきます」


 オイナリが念じ始めたのだ。

 たぶん、神の力を使ってなんかするつもりなのだ。

 これでオイナリは幸せになれそうだな。

 そしてアライさんは元の世界に戻れるわけだ。これでめでたしめでたしなのだ。

 オイナリは目をつむりながら微笑んでいるように見えたのだ。それを見たアライさんも……


「うわあああああああ!」


 何なのだ!?せっかく感傷に浸っていたところだったのに!剣士のケンジは何で叫びだすのだ?


 アライさんがそちらを見ると、剣士のケンジが自身の手の平を青ざめた顔で見ていたのだ。

 その手は小さく、細くなっていたのだ。

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