第23話 きおくのかなたなのだ。
「アライさん!?逃げたのではなかったのですか!?」
「賢者のケンジが来ないから迎えに来ただけなのだ!」
賢者のケンジは唇をきゅっと結ぶと、小さく「すいません」と答えたのだ。別に謝る必要はないのに。
どうやらケンジたちはさっきよりも大きい力士型セルリアンの猛襲に、逃げるのが精一杯なようなのだ。
「剣士のケンジ!そいつの石は足の裏にあるのぜ!転ばせれば勝てる!」
盗賊のケンジのアドバイスに、剣士のケンジは跳びはねながら答えるのだ。
「んなこと言ったってどうやれって言うんだ!」
ドシーンッ!
剣士のケンジはセルリアンの張り手を寸でのところでかわすのだ。マズいのだ。コイツの体力ももう限界が近そうなのだ。ここはアライさんが何とかしないと……みんな死んじゃうのだ!
責任重大なアライさんは取りあえずセルリアンを観察してみたのだ。
このセルリアンはさっきのやつよりずっと足腰がしっかりしていて、力強くて、ちょっとやそっとじゃ倒れそうにないのだ。
寡黙のケンジの落とし穴を使うにしても、大きすぎてハマらないと思うのだ。でも、何かワナみたいなものがなければ絶対転ばせられないのだ。
うーん…ワナ…ワナ……そうだ!
「聞いてほしいのだケンジ!良いこと思いついたのだ!」
アライさんが叫ぶと、セルリアンを含めたその場にいた全員がこちらを向いたのだ。みんなギリギリの状態みたいで怖い目をしていたけど、作戦を実行するには都合のいいことなのだ。
「なにをするつもりですか!」
「みんなアライさんについてくるのだ!!」
アライさんは登山道の方へもう一回走り出したのだ。
ドシーン!!ドシーン!!
セルリアンも方向を変えてアライさんを追いかけ始めたのだ。
やっぱりこのセルリアンは逃げるものをひたすら追ってくる性質があるみたいなのだ。
だからあそこまで行けば、絶対絶対あいつを転ばせられるのだ。
それまでの辛抱なのだ。頑張って走るのだ。
「アイツまた勝手な行動して……!」
「やむを得ません。我々も行きましょう」
アライさんは走ったのだ。
ただひたすらに、走ったのだ。
途中で何度も何度も転んでしまったけど、気合で立ちあがってまた走ったのだ。
後ろから迫る地鳴りのような足音は、怖くて怖くてドキドキしたけど、アライさんは頑張って頑張って林のなかを走り続けたのだ。
そしてついに、見えたのだ。
「あったのだっ。鳥居なのだ」
アライさんの作戦はセルリアンの足をあの鳥居にひっかけて転ばせることなのだ。
ここから見た感じだと鳥居の入り口とセルリアンの足はピッタリハマりそうなのだ。よーし、セルリアンが転んだらすかさず回り込んで、足の裏にある石をカッコよくパッカーンするのだ。イメージはカンペキなのだ。絶対うまくいくのだ。だいいちアライさんは人気者だから、失敗するはずないのだ。ケンジたちもアライさんが倒したことをきっと褒めてくれるのだ!
「はぁ……はあ……たあああああ!!」
アライさんは最後の力を振り絞って鳥居をくぐり、後ろを振り返ったのだ。
「どうだセルリアン!ここまで来てみろなのだ!」
セルリアンは大きな目玉でアライさんをギョロリとなめ回すと、アライさんに向かってドシンドシンと進んでくるのだ。でも進む途中には例の鳥居があるのだ。セルリアンはそのまま前進してきて、足の部分を鳥居にぶつけると、バランスを崩して、そのままうつ伏せで倒れこんできたのだ。
「作戦成功なのだ!ばんざーい!」
「アライさん!危ない!!」
喜べたのはつかの間だったのだ。
気づいたときにはセルリアンはアライさんの真上にいたのだ。
逃げようとしたけど、その巨体はそのまま倒れてきて、アライさんを押し潰したのだ。
「アライさーーーん!!」
目の前が真っ暗になったのだ。
息ができなくなったのだ。
頭の中で、なにかが砕ける音を聞いたのだ。
その後は、何も聞こえなくなったのだ。
〜〜〜〜
〜〜〜〜
『なあ、人気者って幸せなのか?』
何なのだ?
声が聞こえるのだ。
いや、頭の中に直接響いてくるのだ。
『起きているなら返事をするのだ』
誰なのだ?
聞いたことのある声なのだ。
アライさんが目を開けると、そこは真っ白な部屋で、目の前には落ち着いた表情のアライさんがあぐらをかいて座っていたのだ。
アライさんは思わず身構えたのだ。
「だ、誰なのだ!?アライさんのニセモノか!?」
『違うのだ。アライさんはお前の中のアライさんなのだ』
「アライさんの中のアライさん?意味わかんないのだ!ここはどこなのだ!?」
アライさんは腕を振り回して声を荒げたけど、目の前にいるアライさんは表情を変えずに答えるのだ。
『ここはアライさんの記憶なのだ』
「……きおく?」
『お前はオイナリサマに何度も何度も記憶を消されているのだ。アライさんは記憶を消されていないアライさんで、アライさんのことなら何でも知ってる不思議なアライさんなのだ』
「記憶を消されている?アライさんはそんなことされた覚えが無いのだ!全部覚えているのだ!」
目の前のアライさんはアライさんの話を聞いた上で、すべてを見透かしたような視線をこちらに向けたのだ。
『それはウソなのだ。ゆうえんちに行った後、フモト村に来る前。お前は何をしていたのだ?』
「それは……」
『思い出せないはずなのだ。それは記憶を消されているからなのだ』
反論しようと思ったけど、できなかったのだ。
「お前は……知っているのか?」
『知っているのだ。アライさんはお前にそれを伝えるためにここにいるのだ』
そう言うとアライさんは立ち上がり、アライさんの頭に手を置いてきたのだ。
『さあ、思い出すのだ』
するとアライさんの目の前が急にグラッと動いたのだ。
〜〜〜
「アラーイさーん。今日はどこに行くのー?」
気がつけばアライさんは誰かと原っぱを歩いていたのだ。となりを歩いていたのは、フェネックだったのだ。
……ってフェネックがしゃべっているのか!?
でもそれが当たり前のような感じもして、不思議な感覚なのだ。
そうかと思えばアライさんの口が勝手に動き出したのだ。
「ジャパリカフェに行くのだ!そこでフェネックとお茶を飲むのだ!」
「なるほどー、崖の上のカフェかー。フフ……ちょっと大変そうだけどー、アライさんに付き合うよー」
そうなのだ。そういえばフェネックとお茶を飲みに行こうと思っていたところだったのだ。崖のてっぺんのカフェが鳥のフレンズの間で話題になっているというからアライさんも行きたくなったのだ。
「さっそく出発なのだー!」
「はいよー」
ここで意識が遠のいたのだ。
〜〜〜
「アライさーん。すごい崖だねぇ」
気づけばアライさんは切り立った崖の下で立っていたのだ。アライさんの口がまた勝手に動き出すのだ。
「よーし!登るのだ!」
「うーん……登れるかなあ?ちょっと危ないかもしれないよー?」
まあ多分大丈夫なのだ。アライさんには該当シーンがあった気がするし。
「大丈夫なのだ!アライさんは無敵なのだ!フェネックはアライさんがおんぶしてやるのだ!」
「私を背負っていくのー?……分かったよー。アライさんに任せるよー」
フェネックがアライさんの背中に体重を乗せたのだ。
……ちょっと重いけど多分何とかなるのだ。多分。
また意識が遠のいたのだ。
〜〜〜
「はぁ…、はぁ……」
「大丈夫ー?アライさーん」
気がつけばアライさんは崖を登っていたのだ。
下を見ると、地面は見えなかったのだ。
アライさんはちょっと怖くなったけど、体は勝手に崖を登っていくのだ。
「アライさーん。見栄をはりたいのはわかるけどさー、やっぱり危ないよー?私も自分で登った方がいいような気がするよー?」
「心配、いらないのだ」
アライさんは目の前にあったとんがった岩に手をかけたのだ。しかしその岩は崖とくっついていなかったようで、アライさん達はその岩と一緒に落ちてしまったのだ。
「痛ててて……大丈夫か?フェネック?」
目線の先にあったのは、アライさんの下敷きになって血みどろで倒れたフェネックだったのだ。
「うわああああ!!!」
アライさんは思わず叫んで後ずさりをしたのだ。そして意識が遠のいたのだ。
〜〜〜
「アライグマ。あなたにチャンスを与えます」
今度は目の前に白いキツネみたいなフレンズがいたのだ。コイツはなんなのだ?
「私はオイナリサマ。あなたを幸せにする役目を負っているフレンズの神です」
オイナリサマはちょっと念じると、その手を妖しく光らせたのだ。
「乗り物を用意しました。次は死なせないで下さいね」
また、意識が遠のいたのだ。
〜〜〜
「アライさーん。本当に登るのー?」
アライさん達はまた崖の下へいたのだ。また口が勝手に動き出すのだ。
「登るのだ!フェネックはおんぶしてやるのだ!」
「でもアライさーん。向こうにロープウェーがあるじゃないかー?そっちで行ったほうがいいんじゃないかなー?」
「……フェネックはアライさんの背中が嫌なのか?」
「そんなわけないじゃないかー」
ここで意識が遠のいたのだ。
〜〜〜
アライさんはフェネックを背中にまた崖を登っていたのだ。
「はぁ…、はぁ……」
「アライさーん。大丈夫ー?」
「へーきなのだ。任せるのだ」
アライさんは目の前の岩に手をかけたのだ。でもその岩は崖と繋がっていなくて、アライさんたちはそのまま落ちてしまったのだ。
下敷きになったフェネックを見て、アライさんはまた叫んだのだ。
そして意識が遠のいたのだ。
〜〜〜
オイナリサマのところに来たみたいなのだ。
「アライグマ。また死なせてしまったのですね」
オイナリサマは悲しそうな表情でアライさんに話しかけてきたのだ。そして強めに念じると、手を光らせてきたのだ。
「今度は大丈夫です。鳥のフレンズを配置しました。フェネックと幸せになりなさい」
〜〜〜
気づけば、アライさんはフェネックと崖の下にいたのだ。
「アライさーん。本当にここを登るのー?」
「登るのだ!フェネックはアライさんの背中に乗るのだ」
「うーん。心配だなあ。あれ?」
フェネックが何かを見つけたようなので、アライさんもそちらを見たのだ。
そこには黒いフレンズが倒れていたのだ。
「な、お前ー!大丈夫かー!?」
アライさんは思わず駆け寄ったのだ。
そのフレンズは息をゼエゼエさせながら言ったのだ。
「オーマイガー……急に体が動かなくなってしまったわ……ダルい……キツい……」
「アライさんにお任せなのだ!」
アライさんはマジカルウォーターハンドという回復技を持っているからこういったことに対処できるのだ。ここでフェネックが口を挟んで来たのだ。
「でもアライさーん。アライさんの技は自分しか回復できないし、寝違えた首くらいしか治せないじゃないかー」
「んなこと分かってるのだ!でもアライさんがやらないと!」
アライさんは、黒いフレンズをこすってみたのだ。するとそいつの顔がみるみる良くなっていったのだ。隣のフェネックは驚いた顔でこちらを見てきたのだ。
そのうち黒いフレンズが起き上がったのだ。
「Thankyou!ワタシはハクトウワシよ!お礼に山の頂上まで送るわ!」
「おぉー。渡りに舟だねー」
「いや、その必要はないのだ。アライさんはフェネックと一緒に登りたいのだ」
「いやーアライさん。その気持ちはうれしいけどさー、」
「やっぱりうれしいのかー!そういうわけだからハクトウワシ!送る必要はないのだ!」
「……?まあ、ジャスティスの形は人それぞれってことね!グッバイ!」
かくしてアライさんたちは崖を登って落ちたのだ。
そしてアライさんはまた、フェネックを下敷きにしてしまったのだ。
〜〜〜
「また……やってしまったのですね」
オイナリサマが顔を曇らせて言うのだ。
言われたアライさんは何のことだか分からなかったようけど、取りあえず謝っていたのだ。そしたらオイナリサマは取り乱して、謝らなくていいと言ったのだ。
「あなたを必ず幸せにします……ケンジとの約束ですから……!」
オイナリサマは強く念じると、再び手を光らせたのだ。
〜〜〜
その後もアライさんは何度も何度も崖から落ちて、フェネックを下敷きにしたのだ。
オイナリサマはその度に幸せにする、幸せにする、と言って、何度も何度もアライさんを別の世界に送ったのだ。
生き返ったアライさんは毎回記憶を無くしているようであったけど、記憶を持ったままこの体験をしているアライさんはそろそろツラくなってきたのだ。
と言うのも、オイナリサマのやり方が段々と手段を選ばなくなってきたからなのだ。
あるときは下敷きになる別のフレンズを用意してきたのだ。あるときはカフェの店主を崖から落としてきたのだ。しかしどんな手を使ってもフェネックはアライさんをかばって死んでしまうのだ。
もう何度目かを数えるのも億劫になってしまったとき、オイナリサマは言い出したのだ。
「次はフェネックから声を奪います。やっと気づきました。あなたを不幸にするのはフェネックなのです。最初から友達にならなければあなたは幸せになれる」
アライさんはそれは絶対に違うと思ったけど、オイナリサマは有無を言わさず手を光らせたのだ。
……結論から言うとオイナリサマの目論見通りにはならなかったのだ。
その世界のフェネックは口が聞けないフレンズとしてみんなからはばかられていたけれど、アライさんとは普通におともだちになったのだ。
そして喉にいいお茶を手に入れるためにカフェへ向かうことになって、崖から一緒に落ちると、アライさんをかばって死んだのだ。
次あったときのオイナリサマは、歯ぎしりをしながらアライさんをまくし立ててきたのだ。
「……どうしてそこまで一緒に居たがるのですか!」
「フェネックがあなたを不幸にしているのですよ!」
「これでもダメなら奥の手を使います!」
「フェネックを消します!」
「他の友だちをたくさん作りなさい。そのほうが絶対楽しいです!」
「私はあなたのためを思って言っているのです!意地悪などではありません!」
「アライグマ……幸せになりなさい!」
こうしてアライさんはフェネックのいない世界に行くことになったのだ。
そのアライさんはなぜか友達が全然できなくて、いつもひとりだったのだ。
でもアライさんはそれを気にすることはなかったのだ。記憶を消されて一人でいることしか知らなかったから。パートナーと一緒にいる楽しさもわからなかったから。
ジャパリパークでは一人でもそれなりに生きてられるのだ。寝ることも食べることも、一人で十分楽しめるのだ。
アライさんは一人であることを楽しみつつ、友達なんていらないものとしながら、パークの暮らしを満喫していたのだ。
そんなある日、ゆうえんちから帰った次の日、事件は起こったのだ。アライさんはじゃぱりまんが食べられなくなってしまったのだ。
〜〜〜
〜〜〜
アライさんはすべてを思い出したのだ。
「はっ」
『思い出したようだな。これでアライさんの役目は終わりなのだ』
気づくとそこは白い部屋で、アライさんはアライさんの中のアライさんの前にいたのだ。アライさんはアライさんの目をしっかりみて言ったのだ。
『この先お前がやるべきことは分かっているはずなのだ。お前はアライさんだからな。頼むのだ』
「あぁ……分かっているのだ。オイナリサマに文句言ってやるのだ!」
『それでこそ、アライさんなのだ。約束なのだ』
アライさんは決意のもと立ち上がったのだ。
すると目の前のアライさんは白い部屋とともにみるみる崩れていったのだ。アイツは消えてしまっても、アライさんは約束を守るのだ。絶対にオイナリサマを言い負かしてやるのだ。
決意した途端、意識が再び遠のいて、目を開けると青空が広がっていたのだ。
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