【最終話】使い魔は使い魔使い
―― 二○一五年 十月一日 火曜日 ――
埼玉県大宮某所にて。
各士族の歴史と伝統を振り返るかのような、無数のレリーフの外観に、代表選手たちの活躍を、今か今かと待ちわびる観客席の声。
機材などを持ち入れる搬入口。その隣に、選手用の入口がある。
当然、人気のある選手の入り待ちや出待ちも警戒されるが、警備が厳重なここまで入って来られる人間はそうはいない。
入口の前の壁に寄りかかり、俺はある一団を待っていた。
盟友、高山純太からのラインで連絡が入り、間もなく召喚士学校の一団がこの入口にやって来るという情報を得た俺は、
この一ヶ月、翔との基礎トレーニング以外に求めた鍛錬はコレ。
この発動スピードが、俺の
国立上等召喚士養成学校の雷堂学校長。彼が薦めた軍がまとめる士族団。これを略式的に
既に俺以外の特士たちは控え室入りしているが、やはり俺は彼らと入場するべきだと思っている。だからこその代表選手特権の入り待ちをしている訳だ。
「
最初に俺の耳に飛び込んだのは、二番目の友人、
「や、玲。元気そうだね」
「風土さんも元気そうです!」
「ははは、ありがとう」
小走りに走ってきた玲とじゃれ合いつつ、俺は遠目にゆっくりと歩を進める召喚士学校の一団を見据えた。
先頭を歩くは雷堂学校長。引率の福島講師と塚本講師。そして養護教諭の江頭先生。
その後ろには、
雷堂校長は俺を横切りながら言った。
「楽しませてもらう」
俺はそんな雷堂校長にくすりと笑い、彼も笑い返しながら入口に入って行く。
「……ふん」
福島講師は相変わらず俺の事が嫌いなようだ。
「火水。……茨の道だな」
塚本講師は、申し訳なさそうにそう言った。
「なくなった訳じゃないので」
だが、それを跳ね返すくらいの気骨がないと、この統一杯に出場は出来ない。
「……そうか、自分の道を見つけたか」
塚本講師は一度微笑み、俺の肩にポンと手を乗せた後、先に入った福島講師の後ろを追った。
やはり彼はとても良い先生だった。
「火水ぅ~、ぶっ倒れたらアタシが面倒みてあげるよ」
「利香子先生。その時は宜しくお願いします」
「ふふふ、いい男になってきたじゃない。ガンバんな、男の子っ」
養護教諭の江頭利香子先生は、最後まで大人の女性を演じるように、俺の背中を叩き入口に消えて行く。
「おかしな話です。火水君がいれば我が校の功績は計り知れないものになるというのに」
「はははは、全原先輩が変えてくださいよ」
「当然です。そのためには火水君……いや、風土君。君の力も必要だという事を、忘れてはいけないよ?」
「お手柔らかに」
「それは、今日の勝敗によります」
「じゃあ手加減して勝ちます」
「ふふふ、面白い冗談……とも言えないのが君の怖いところです」
「……存分に」
「えぇ、存分に戦いましょう」
彼は後に必ず特等召喚士に名前を連ねるだろう。そんな意思すら見える程の、自信に満ちた表情をした全原会長が、また入口に消えて行く。
そんな全原会長を見送った俺をジトっとした目で見てくる女子生徒。
「……怒ってそうですね、高山先輩?」
「当然です。火水君のおかげで統一杯の優勝すら見えたというのに、火水君のせいでライバルが増えてしまいました」
拗ねるように言った高山
「まーまー、姉貴。風土は特士とは言っても召喚士学校の在籍扱いなんだから、細かい事気にすんなって。
「一言多い上に余計なお世話です。私だってそれくらいの事はわかっていますよ、純太」
目を丸くした俺に、高山先輩が耳打ちする。
「あなたには大きな感謝があります。正々堂々戦いましょう」
「ふぇ?」
「ふふふふ」
妖しい笑みを浮かべた高山先輩が、入口に向かい消えて行く。
「……何があったんだ?」
「姉貴の事?」
俺は首を縦に振る。それはもうぶんぶんと。
「んー、最近ようやく疎遠になった時期を思い出したんだよ。それが、俺が召喚士学校に入るって決めてからだったんだ」
「その理由もわかったって事か?」
「姉貴がメキメキ強くなったのもそのタイミングでな? この前問い詰めたんだよ。そしたらようやく理由がわかったぜ」
「何だよ?」
「俺のために内申点稼いでたんだと」
あっけらかんと言った純太に、俺は目を丸くして応える。
「姉貴が聖十士入りして、上等召喚士になれば、俺が上等召喚士になれる可能性が少なからず上がる。士族ってのは血を大事にするからな。まぁつまり姉貴はその…………隠れブラコン?」
…………高校生世代の悩みや謎なんて、ぶっちゃけこんなものだよな。
俺は先程の大人びた高山先輩の事が、急に可愛く思えてしまったのだ。
くすりと笑う俺の胸を、純太がドンと叩く。
「負けないぜ」
「いや、勝つよ」
「おい! 今のは『俺もだ!』とか『手加減しないからな!』とか言うところだろ!?」
「……オレモダ」
「きぃいいいいいっ!」
奇声を発して唸る純太を、ジェシーが押して行く。
「はいはいジュンター! ちゃっちゃと進むヨー! あ、風土ー! ガンバローネ!」
「おーう!」
純太とジェシーの背中を見送り、その後に続いたのは、他学年の代表たち。
しかし、既に彼らとは顔見知りである。会釈でもしようかと思った俺の前に、ごつい拳が置かれた。それが、二年最強の留学生であるカルロスのものであるとわかるまで、そう時間はかからなかった。
「ん」
「あ、はい」
互いの拳をぶつけ合い、カルロスが去って行く。
そして、まるでそれに倣うかのように、他の生徒たちが俺と拳を合わせ、入口に入って行ったのだ。
「風土の境遇を知ってるからね、彼らはっ」
「夜鐘先輩?」
「ま、彼らの中では、風土はちゃんと仲間って事じゃないかにゃ~?」
「そう、ですか……」
皆からぶつけられた拳を改めて見る俺。
雫と夜鐘先輩と俺。ここには三人だけだと思っていたが、そうではなかった。
ここにはもう一人いたのだ。
もしかしたら福島講師より俺の事が嫌いなのではないか? と思える鋭い視線を向ける
――だが、それは違ったのだ。
「ん」
なんと、
俺はきょどりながらも拳を突きだそうとした。
瞬間、
顎先でピタリと止まる
「ふん!」
ドヤ顔の
「そのしたり顔する前に、下を見てみろ」
「ん?」
俺が指差し、
俺の膝が、
「っ!?」
「ちなみに、俺のが早かったからな」
笑顔で言った俺に、
そして、半ばやけくそ……という感じで、強引に俺の拳にごつんと己の拳を合わせたのだ。
「頑張れよ、
そう、
一応純太と戦ったようだが、負けて男女総合部門には出場出来ないそうだ。
「う、うるさい! くそ! くそっ! 俺は絶対強くなる!」
まったく、全国のお姉さんが大好きそうな童顔して何を言っているんだか。
皮肉に素直に反応するとは、本当に可愛いなアイツは。
入口に消えて行った
「……男の子ですね」
「うんうん、男の子してたね~っ」
礼と夜鐘先輩の言葉に、俺は不意を衝かれ笑ってしまう。
「あはははは、青春してますね」
笑い返してくれる二人の笑顔は、まさに青春の1ページ。その表紙を飾れる程だった。
「――何よ、その残念な顔は?」
突如、玲と夜鐘先輩の肩の間から出て来た
「ちょ、何でここにいるんだよ、楓!?」
「いちゃいけない訳?」
すんと鼻息を吐き、楓が腰に手を当てる。
「中で待ってたら召喚士学校の選手が来たから挨拶に行ったら、純太とジェシーしかいなくてね。二人に聞いたら玲と夜鐘さん、風土はまだこっちって聞いたのよ」
そうか、魔法士学校は既に到着して中にいたのか。
「あれ? 楓ちゃんは~、魔法士学校の生徒なんだから~、ここにいるとまずいんじゃな~い?」
夜鐘先輩は目をくりくりとさせ、幼女のようなしゃべり方で楓に言った。
まぁ、顔見知りとはいえ、仲良くなった訳ではない。この嫌味な言い方は楓にとっては慣れっこだろうし、そこまで波風たたない――
「――あっら~? あまりに小さくてわからなかったわ~。そこにいたんですね夜鐘さ~ん」
全然違った。
しかし、この二人の間には士族間以上の何か、そう、何か別の感情が渦巻いているように見えるのは気のせいだろうか。
玲は「たはは……」と苦笑するだけだが、何か知っているという事か?
二人がガミガミ言い合っている中、そんな玲が俺の視線に気付く。
ハッとする玲が二人の動向をちらちらと見る。直後、俺の右手は玲によって引っ張られたのだった。
「さ、風土さん! そろそろ開会式ですよっ!」
嬉しそうに俺の手を引っ張る玲に、俺は呆気にとられる。
すると、俺の背後の言い合いはピタリと止まったのだ。
そして、その言い合いの対象がお互いではなく、何故か玲に向かったのだ。
「こ、こら玲! 待ちなさーい!」
「玲ちゃん! それは協定違反だというものだよ! こら、先輩の言うことを聞きなさーい!」
楓も夜鐘先輩も、そう言いながら俺たちを追い掛ける。
楽しそうに手を引く玲と、怒りながらも楽しそうに追い掛けて来る二人。
そんな三人を見て、俺は心が躍った。久しぶりに会った三人……いや、三人だけではない。俺が召喚士学校を離れても、これだけの良き仲間がいてくれる事が、俺は本当に嬉しかったのだ。
◇◆◇ ◆◇◆
開会式の後、俺は選手の控え室にいた。
俺は拳にバンテージを巻き、翔はテーブルに脚を置き、ナイアは俺の背後に立ってその時を待っていた。
「そろそろ時間だな」
「カカカカカ、落ち着いてやがるな、風土?」
「まぁ、精一杯準備してきましたからね。ナイア、準備は?」
「出番を心待ちにしています」
ナイアは嬉しそうに声を弾ませて言った。
直後、控え室のドアにノック音が響く。
入ってきたのは運営スタッフの男。
「火水選――っ!」
彼が驚いたのは、この場にいるナイアと翔にだろう。
普通であれば、この控え室には選手一人しか通されない。
そこに三人もの人間がいたとなれば、驚いてしかるべきだ。
俺はナイアに頷く。
すると、ナイアが無召喚を始めた。
消えゆく翔は俺に向かって親指を立てながら言った。
「いつでも呼べや……
「「っ!?」」
聞き間違いじゃない。
何たってあのナイアが口を押さえながら目を震わせているのだから。
喜びに満ちた表情のナイアの肩を掴み、俺は言った。
「……頼りにしてるぞ、ナイア」
「はい……! お心のままに!」
輝かんばかりの笑顔と涙。ナイアは満足気な様子で俺の無召喚によって消えて行く。
「まさか……使い魔……っ!」
名も知らぬスタッフの驚きの声。
「時間ですね?」
「あ、は、はい! 火水風土選手! 入場をお願いします!」
俺はスタッフに一礼し、予め説明を受けていた順路を進み、本戦会場に向かう。
鼓動の高鳴りと共に、一歩一歩歓声の声が高く、大きくなる。
やがて、身体全体を叩く豪快な音が俺を包む。
それはおそらく、相手選手が入場したからだろう。
そして、俺が入場する。
俺への歓声は身内と、単純な選手への歓迎の声が少々。
仕方の無い事だ。俺はまだ一年生。そして相手は三年生。
実績のない者にファンは付かない。だが、俺を知ってくれている者がいる。
そして、俺には送り出してくれる者がいる。
俺と……俺と一緒に戦ってくれる者がいる。
それだけで、俺は前に、真っ直ぐ進む事が出来る。
「一年か」
相手の言葉。
初めて聞く声。しかし、何度も見た相手。
「まさか、一回戦であなたと戦うとは思いませんでした」
「声に震えがない。私を前に大したものだ……」
自信に満ちあふれる圧倒的存在感。
誰もが彼を応援し、誰もが彼の勝利を確信している。
そんな状況下、俺は今の自分の状況をこれ以上なく喜んでいた。
何せ、全原会長以来の全力戦闘だ。楽しくなくてどうする。
「気にくわないな。私を前に笑うとは……」
「えぇ、楽しくなっちゃって」
「…………一瞬だ。一瞬で終わらせてやる」
「さて、それはどうですかね?」
統一杯第一回戦。公式戦の審判が前に中央に現れ、俺たちの準備を確認する。
意欲溢れる俺と、敵意溢れる
試合が始まる合図は間もなくだ。
そして自信を持って言おう。
「試合開始っ!!」
さぁ驚け。
俺の使い魔は――使い魔は使い魔使いなんだぜ?
使い魔は使い魔使い 壱弐参 @hihumi_monokaki
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