血みどろの翔ちゃん

 楓は、理由さえ話してくれればOK、というような言い方をした。

 まぁ、話さないで教えてもらうってのも虫のいい話だよな。俺は、ナイアから聞いた話を簡単にまとめて楓に伝えた。

 話を聞いた楓は、少し驚いた様子で黙り込んだ。

 この沈黙の中の嫌な空気をしばらく感じていると、楓が深く溜め息を吐き、その息を徐々に浅く軽くしていった。


「……なるほどね。召喚士が実は魔法士ねぇ……確かに二つの士族の能力が使えれば、統一杯に出場できる可能性が上がるわね」

「そうなんだよ、だから……な? 頼むよ楓~」

「気持ち悪い猫撫で声を出さないでちょうだい。うーん、さっきの借りもあるけど……長い目で見ると私の方がマイナスよねー?」

「足りない分は体で払うからっ、どうかこの通り!」

「姿勢を変えずにこの通りとはどの通りよっ、まったく……。それに、体で払わなくてよろしい! 払われても困るわよっ」


 楓が赤い顔で答える。うーん、もうひと押しかな?


「お願いします楓様!」

「うぅ、わかった、わかったわよっ」

「おぉ、やっぱり楓は違うぜっ。どうする、いつからやるんだよ?」

「明日は土曜日だし、明日を使って基礎は叩き込んじゃいましょ。それよりその使い魔ってのを見せなさいよ、こんなに身近に使い魔使いがいるなんて私も勉強になるわ」

「おう」


 俺は五芒星を描き、赤く揺らめく召喚陣からナイアを出現させた。


「お呼びでしょうか、マスター」


 ナイアの姿を見た楓はナイアの色気からか、顔を真っ赤にしていた。露出度の高いローブ、肩部や腹部、背中まで見えているし、脚もスリットのせいか生々しい太腿がより色気を引き立たせているからな。

 俺だって未だに慣れていない。


「ここは……マスターの部屋とは違う部屋ですね? この方はマスターのご友人でしょうか?」

「へぇ、わかるのか?」

「害意は感じませんし、私の推測が間違いでなければ、ここは女性の部屋……この女性のお部屋でしょう。女性が男性を部屋に入れると言う事は悪い感情を持っていないと――」

「わーわーっ!」


 ナイアの説明を楓が止める。

 ほぼ全て聞いた後で言われても、恥ずかしい話だぜ。確かに……まぁ、そういう事なんだろうな。

 あぁ、楓も真っ赤だ……。

 そんな俺達の緊張を破ったのはやはりナイアだった。


「本日はどのようなご用命でしょうか? 見たところ、彼女は魔法士のようですが?」

「あ、ごめんね、私は朝桐楓。あなたのマスターとは中学校が同じで同級生だったのよ。今は腐れ縁って感じ。よろしくね」

「楓だ、仲良くしてやってな、ナイア?」

「楓様ですね、宜しくお願い致します」


 ナイアは一歩下がり、胸に手を当てて静かに頭を下げた。絵になるような神秘的なお辞儀に、俺も楓も言葉を失った。

 部屋に漂う爽やかで少し甘い良い匂いも、楓の部屋だからという訳でもなさそうだ。


「昨晩の件から魔法士の方との交流により、魔法の事について学ぼうとされている……という事でしょうか?」

「……あ、あぁ、そういう事だ。今後魔法に関する指導してくれる……まぁ、先生みたいなもんだな。ナイアはどう思う?」

「とても素晴らしいと思います。召喚力と魔法力は完全に別物なので、並行してその能力を使える者は、どんな相手にとっても非常に戦い難い人間となります。それに楓様はとても素晴らしい才能をお持ちとお見受けします」


 ナイアは楓を見ながら率直な感想を述べた。やはり人を見る事に長けているようだ。


「ありがとう。ナイアは召喚士で使い魔を出せるって聞いたけど、その中に魔法士はいないの?」

「そうですね、この際ですからマスターとそのご友人にご紹介させて頂きます」


 そう言ってナイアは五芒星を描き、召喚陣からボンという擬音が似合いそうな音を立てて煙を出現させた。……これは演出なんだろうか?

 煙の中から現れたのは……見事なヤンキー座りに見事なリーゼント、翔君の姿がそこにあった。


「お呼びっすか、姉御ぉおお!?」


 部屋に響き渡るがなり声。俺と楓、それにナイアが耳を塞ぐ。


「ちょっと、お母さん部屋に来ちゃうでしょっ!」


 当然の如く怒る楓。ナイアが急ぎ翔の口を塞ぐ。

 そりゃまぁ、家に上げた人間以外の声が部屋から聞こえちゃ――


『楓、どうしたの? 大丈夫?』

「だ、大丈夫だからお母さん。今こっちに来な――」


 楓のストップを聞かずに、部屋のドアを開ける母親。

 そうそう、母親って開けてくるもんだよねー。


「楓……こ、この方たちは?」


 楓の母親……三十代後半って聞いてたけど、かなり若く見える。

 三十代前半……いや、見る人が見れば二十台後半にすら見えるだろう。

 髪の毛を束ね、頭頂部で丸めたお団子頭、眼が悪いのか眼鏡を掛け、おっとりとした目の尻には黒子があり、ナイアとは違った色気を感じる。

 おばさんの反応は絶句、という状態で、どうやら頭が混乱している様子だ。何とかしてこの状況を説明し、おばさんから理解を得ねばっ。


「あぁ、おばさんすみません。実は俺の使い魔が使い魔使いで、えーっと……あ、ナイアと翔……君ですっ」

「あのねお母さん、私の友達の風土が召喚士学校行った事は知ってるわよねっ? 風土はそこで――」

「あなた達!」


 何言ってんだろ俺。楓のフォローが先ならばなんとか……いや、どうにもなるはずがないか。一般の人だから、士族間の偏見がないのがせめてもの救いだが……これはこれで少し違うからな。


「何で部屋で靴履いてるのっ! 今すぐ脱ぎなさいっ!」


 ちげーよ! 怒るトコちげーっての!

 いや確かにそこも怒る所だけどさ、今怒る所は…………どこだ?


「それと、部屋でさっきみたいな大声出しちゃダメよっ? いいわね?」

「「はい」」


 四者同様に同じトーンのイエスを返すと、おばさんは「お茶持って来るわね」と言って部屋を出て行った。

 ナイアと翔は靴を脱ぎ、部屋に置いてあった古雑誌の上にそれを載せた。


「ありゃあ……どこぞの族のトップでも張ってたのかい、嬢ちゃん?」

「えーっと、そんな事はないんだけど……多分」

「翔、まずは挨拶をしろ」

「へ、へぃ!」


 翔にそう言ったナイアが俺を見る。そういえば翔と話すのは初めてになるな。


「私のマスターの火水風土様だ」

「おうボーズ、使い魔の翔ってんだ」

「あ、火水風土っていいます。よろしくお願いします」

「あ、私、楓ね、よろしくね」


 靴下姿でヤンキー座りする翔は、可愛い印象もあったが、意外にも小さかった。

 あの靴がかなりの上げ底仕様なのか。

 俺も百六十九センチしかないけど、翔は俺より低く、靴を履いて百七十センチ位だろう。

 ところで……気のせいか翔のきつい視線が突き刺さっているような気がする。


「あのぉ……何か?」

「わしぁまだお前ぇをグランドマスターとして認めた訳じゃねぇかんな。そこんとこ夜露死苦ぅ。あいたっ!?」


 翔の頭と部屋に鈍い音が鳴ったのは、ナイアの拳骨のせいだった。


「何すんすか姉御ぉ?」


 頭を擦りながら翔がナイアを見る。その眼は、まるで子犬を思わせるような輝きを放っていた。俺はこんな子犬いらない。


「まあ認められないのは俺でもわかるから、今は別にいいよ」

「そんな……しかし、マスターがそう言うのであれば、私は翔を咎めません」

「ほう、殊勝やなボーズ?」

「グランドマスターって……何?」


 楓が聞きなれない単語に興味を示す。流れで大体わかるけどな。


「マスターのマスターという事です。極稀な現象ですが、使い魔が使い魔を使う場合、一番下の使い魔……つまり翔から見た場合、マスターはグランドマスターなのです」

「あぁ、つまりお爺ちゃんね?」

「ハハハハ、楓嬢ちゃん面白いのう」

「あははは。翔さんもね。ところで……召喚士の使い魔って常時出していたりって出来ないの? 都会で稀に見かける魔法士はよく肩に乗せてたりするけど……?」


 そう言われてみればなんでだろう?

 両親は召喚士ではあったけど使い魔を召喚する力はなかったから、そういう所をあまり気にしてなかったな。おそらく上級生は知っているんだろうけど。入学して間もないからな。


「使い魔はマスターの魔法力で存在しています。内在する魔法力が少ない召喚士では使い魔の維持は困難なのです」

「あ、そういえばそんなの聞いた事あるかも。魔法力の回復が早い魔法士なら常時存在させている事も可能だとか」

「姉御の魔法力ならいけると思うぜ?」

「でも、それにはナイアさんを常時召喚していないといけないんじゃない?」


 翔と楓がこちらを見る。それって出来るものなのか?


「ナイア、俺の魔法力で出来るのか?」

「マスターは元々魔法士となる為に生まれたようなものです。出来ぬはずがございません」

「おぉ、なら今日は試験的にそれをやってみよう」


 それが決定した時、ドアがまた開き、おばさんがお茶を持ってきた。お茶をテーブルの上に置きながらおばさんは、


「ところで……ナイアさん、だったかしら?」

「はい、いかがされましたか?」

「男の子の前でその服装はダメよ」


 はい、ダメな男の脳内からイメージされた服装です。


「え、しかしこれはマスターが――」

「楓、あなたが無理して買った、胸がブカブカの服、あったでしょ? あれをナイアさんにあげなさい」

「なっ!?」


 男の前で娘を公開処刑する親もダメだと思うぞ?

 ほら、楓なんか相手が親だからか、真っ赤になって怒るに怒れず顔、隠しちゃってるじゃないか。あ、ベッドに潜り込んだ。なんて不憫な子。

 無理したかったんだよな? そういうお年頃だもんな? うんうん、おじさんよくわかるよ。


「男の子諸君」

「おう?」

「はい、何でしょう?」

「ちょっとお着替えするから隣の部屋に行っててもらえる? あ、冷めちゃうからお茶は持って行ってね♪」


 軽くウインクしたおばさんは、お茶二つをお盆に載せて俺と翔に手渡した。

 とりあえず言う通りにしなくちゃいけないって事で、隣の部屋……おばさんの部屋だろうか、調度品が女性物という感じがした。

 翔は案の定、床にヤンキー座り。俺もその近くにお盆を置き、そのまま座った。

 隣の部屋からキャッキャウフフと聞こえる……というイベントは一切起きなかった。防音がしっかりしている素晴らしいマンションだ。翔の声は扉越しからそりゃ届いちゃうけどな。


「おうボーズ?」

「何でしょう翔さん?」

「お前ぇどこちゅう?」


 使い魔のお前がそんな事言って錯乱中だよ。


「……立川市立高崎中学校です」

「ほぉ、って事はここは東京か」

「え、東京とかってわかるんですかっ?」

「ろんもちよぉ、第二富岡中の《血みどろの翔ちゃん》って言やぁ、千葉じゃ知らねぇ奴ぁいなかったぜ?」


 千葉県の中学生が血みどろになるなよ……。

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