支給品

 下校時刻。

 俺は講師に職員室に呼び出された。当然ナイアと翔も付いて来る。

 そして渡されたのは何と使い魔二人の制服だった。

 何でも召喚士族の会議で既に俺たちの噂が広まっているのだという。

 中学を卒業したばかりの十五歳の召喚士が召喚士の使い魔を呼び、その召喚士の使い魔が人間の使い魔を呼び出したんだ。広まって当然の噂だと思う。

 それが召喚士学校に通う……というと語弊はあるが、毎日来るとなればそれは絶好の観察対象となる。

 通いやすくするためならば、制服代という出費など安いものだろう。

 それにしても、どうやって服のサイズを調べたのだろう?

 そう言えば昼休みにナイアと翔が別々の講師に呼ばれていたな。あの時だろうか?

 ピッタリ、とまではいかなくても体型に近い制服なら用意出来るか。

 ナイアは早速着て下校したいと言ったので、俺は女子更衣室までナイアを連れて行った。

 着替え中のナイアの妄想をしたいところだが、俺は渋そうな顔で真新しい制服を見る翔の様子が気になった。


「翔さんは着ないんですか?」

「おうおう、これじゃサイズが合わねぇぞこら?」


 いえ、どう見てもジャストフィットだと思います。

 あなたが言ってるのはアレですよね? 短ランじゃないとか、ボンタンじゃないとかの次元の話ですよね?

 なんて言えるはずもなく、俺は苦笑だけでその場を乗り切るのだった。

 翔の何度目かの舌打ちを耳で拾った頃、女子更衣室の扉が開く音がした。

 外とはいえ、流石に女子更衣室の正面で待つのはマナー違反だ。近くの廊下の曲がり角を曲がった所で待っていたのだが、ナイアは気付くだろうか?

 そう思って女子更衣室の方をちらりと見てみた。

 するとそこには、キョロキョロと俺たちを探すナイアの姿があった。


「うぉお……」


 自然と零れてしまった小さな感嘆の声。

 我が学校の制服。それは他の士族の学校とは違った要素が入っている。

 それは大人っぽさ。

 ベージュ色のシックなチェック柄のスカート。真っ白なワイシャツの上から羽織る同色のベスト。

 薄紫と赤の入ったリボン。可愛さよりも優雅さがえる制服である。

 日本人離れしたナイアが着るともう…………たまらない!


「風土」


 目の端で俺を見つけたナイアは、ホッとした表情を見せた。

 俺と翔はナイアの前に顔を出し、そして感動を露わにした。


「うぉおおお、姉御マビィ……激マブじゃないっすか!」

「本当だよ。凄く似合ってるよ、ナイア」


 女子高生に気品という言葉が似合わないのは知っているが、ナイアを見るとそれは一瞬で吹き飛んでしまうようだ。

 俺たちの感想を聞いた後、何故かナイアは黙ってしまった。

 それから一秒、そしてまた一秒経つごとに顔の色がほんのりと桜色に染まってしまう。

 顔に高い体温を感じたのか、自分の赤面に気付いたナイアは、くるりと反転して顔を隠した。

 なるほど、こういう可愛さもありだな。

 召喚士の特権万歳だな。


「そういえば、翔は着ないのですか?」


 ぎくりとした翔の額には汗が見える。

 うーむ、やっぱりボンタンと短ランにしないとダメなのか。

 そう思った時、俺のスマホがポケットの中で振動した。

 そして取り出し、中を見てみると――――


 [校門の外で待ってるから]

 [まだー?]

 [え、もしかして今日休んでた?]

 [いないのー?]

 [あ、ようやく見た!]

 [風土、まだ学校いるー?]


 ――――楓からだった。

 最初の[校門で待ってるから]から一分もしないうちに[まだー?]が着ているのには中々の不条理というか理不尽というか、そんな感じがあるな。

 今もまた新たな連絡が着ているが、これはどう対応したらよいのだろう。

 とりあえず[今行く]とだけ返して俺たちは校門へ向かった。

 ところで楓のヤツ、召喚士の学校に魔法士の学校の生徒が来たら流石に騒ぎになるのでは? 大丈夫なのだろうか?

 と、思ったが、校門を出たところでその問題は杞憂だとわかった。


「おっそーい!」

「何だ、一回家に帰ったのか?」

「見ればわかるでしょっ」


 何故約束もしてないのにこんなにツンツンされなくてはいけないのだろうか?

 魔法士学校の制服だと問題だと判断したのはやっぱり流石だなー。ちゃんと私服に着替えて来てる。

 まぁ、士族ってのはそういうところは敏感だからこうなって然るべきか。


「それで、今日はどうしたのさ?」

「早目に行けば八王子スクエアに行けるかと思ってたんだけどー、どこかの風土君がー? 出て来るの遅いからー?」


 なるほど、理不尽だ。

 しかし、楓がこうなると謝らないと先に進まない気がする。


「悪かったよ。ナイアと翔さんの制服を受け取っててな」

「あり? そういえば二人とも学校に登校してるね?」


 キョトンとした顔でようやく気付いた楓。


「申し訳ありません、楓。私たちのせいで――」

「――なーんだ。そうならそうと早く言ってくれればよかったのに~」


 なるほど、理不尽だ。

 ナイアに対しては明らかに態度が変わってるぞ、楓君。


「それで? 何で翔君はそんなに落ち込んでる訳?」


 ズーン、という擬音が真上に書かれていそうな翔の変わりように、やはり楓も気付いたか。


「あぁ、実はな……」


 俺は翔が落ち込んでいる理由を楓に話してやると、「ほんほん」と頷きながら楓は相槌を打った。


「それなら今からアタシんちに来なさいよ。お母さんがそういうの得意だから力になれるかもしれないわよ?」


 さらりと言った楓の言葉を聞き、後ろからドスドスという感じの足音が聞こえてくる。


「本当か!? 楓の嬢ちゃん!」


 楓の手を取りがなり上げる翔。


「あ、え? うん、多分大丈夫だと思うわよ? ――へ?」

「っしゃああああ! 行くぞゴゥラッ! 楓の嬢ちゃんちは確かあっちだったな! うらぁあああああああっ!!」


 軽々と楓を持ち上げ、一瞬で自分の肩に乗せた翔は、重力を感じさせない走りを俺とナイアに見せつけ、消えて行った。


「行って、しまいましたね……」

「はぁ、ゆっくり追うか……」


 仕方ないという背中を見せていたであろう俺の気持ちを察してくれたのか、ナイアは俺の隣をゆっくりと歩いてくれた。

 素晴らしい使い魔を持って、俺は幸せだ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 楓の家のインターホンを鳴らすと、まるで我が家かのように翔が出てきた。


「おう、遅かったな。もうすぐ出来上がるみてぇだぜ?」

「圭織さんって何者なんだ……」

「カカカカ、さしぞめ女神ビーナスってところだろうな」


 現界しているとは思わなかったな。女神。


「おじゃましまーっす」

「あらぁ、風土君いらっしゃい。ナイアちゃんも制服似合ってるわよ~?」

「あ、ありがとうございます……」


 ぺこりと頭を下げたナイア。未だ自分が褒められる事に慣れていないようだ。

 しかし、圭織さんが手に持ってるあの制服は……出来上がっているのか?

 どう見ても俺が今来ているブレザーに見えないのだが? 学ランっぽくなってるよね、確実に。


「はい翔君。サイズは合ってるはずよ。着替えてらっしゃい」


 制服を受け取った翔は、家全体に響き渡る声で圭織さんに礼を言うと、この前入った圭織さんの部屋へ着替えに行った。

 翔の事だからこの場で着替えると思ったが、圭織さんを前にそれは流石に出来ないのか。


「あー、風土来たー! ちょっとナイアちゃん! 翔君に注意しといてよねっ。街中をあんな状態で走って……もう、顔から火が出るかと思ったわよ……!」


 珍しく楓が真っ赤になっている。

 そうかそうか、人並みの羞恥心はあるんだな、やっぱり。

 手から火は出るのに顔からは出ないんだな、やっぱり。


「ちょっと風土ぉ? 今アンタ失礼な事考えてなかった~?」

「気のせいだ気のせい」

「ふんっ、どうだか!」


 頬を膨らませる楓を見て、圭織さんがくすりと笑う。


「本当に仲が良いわね~、アナタたち」

「違っ、そ、そんな事ないわよお母さん!」

「ムキになるところがまた怪しいわね~、ナイアちゃん?」

「そうですね。風土と楓の関係は非常に良好だと思います」

「あー! ナイアちゃんまでー!? 裏切り者ーっ!」


 ナイアを指差す楓。

 しかしその瞬間、楓のその手を叩き落とす人がいた。まさに神速の……女神の鉄槌だった。


「人を指差すのはマナー違反よ……楓?」


 圭織さんの強烈な一撃に、楓は顔を歪ませる。

 痛い。かなりいい音もしたし、あれはかなり痛いと思う。


「っっっっっくぅううううううううう~~~っ!?」


 叫び声を上げないだけマシかもしれないが、こういう所は昔からキッチリしてたよなー、圭織さんって。


「お、お待たせしやした!」


 楓が天にいるかいないかわからない神に願っているようなポーズをとっている中、俺の苦笑を止めたのは翔だった。


「うわぁ……」


 ボンタンは無理だったんだろうな。仕上がったのはダンディズムを感じるツータックのパンツ。

 ブレザーの衿目は伸ばされ、急遽作られたボタン穴。まるで学ランのようなソレは、そう思ってしまう程に学ランだった。

 しかもちゃんと短くなっている。これ、元の服のままでもよかったんじゃないだろうか?


「姉御! いかがでしょうかっ!」

「…………ノーコメントです」

「あぁ? そりゃ一体どういう事ですか?」


 圭織さんも、意気込んで作ったはいいが、チェック柄の短ランの破壊力に言葉を失っているようだ。

 因みに楓はうずくまり、未だ神に痛みを払う祈りを捧げている。ホント痛そうだな、女神のビンタ。こういうのを悶絶っていうんだろうな。

 翌日、俺とナイアの反対を押し切りこの恰好で学校へ行った翔は、生徒全員、果ては講師たちの残念な視線を浴びる度に気力が落ち、萎えていき――――

 ――――……早退した。

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