初登校

 ――二○一五年 七月八日 月曜日


 朝、寮で食事をしていると、示し合わせたかのように高山純太たかやまじゅんた雫玲しずくれいが俺の正面の席に座ろうとした。


「む?」

「へ?」


 示し合わせていなかったようだ。

 中腰のまま一瞬ピタリと止まった二人は、視線をそのまま俺の方へずらした。

 なんなんだよ、コイツら……。


「風土、いつの間に雫と仲良くなったの?」

「火水さん、こちらの方は?」


 二者二様の疑問を俺にぶつけてくる。味噌汁うまい。


「あ゛~うめぇ……」

「おい、てめぇ。聞こえてんだろうが」

「火水さん、無視はよくありませんよ」

「いいじゃないか、朝の味噌汁くらいゆっくり啜らせてくれよ」


 ようやく腰を下ろした純太が、大きな溜め息を吐きながら頭をぼりぼりと掻く。

 雫は梅干しでも食べたかのように口を尖らせ、目を背けている。なるほど、不服そうだが可愛いな。


「はぁ~、まぁいいや俺は高山純太。風土の~……何だ?」

「他人以上友達以下、かな」

「にゃろ、範囲が広いんだよっ。いいじゃねぇか友達で」


 ふむ、口には出さないがやはりそう言われると嬉しいものだな。

 俺なりの気遣いが見えただろうか? ちゃんと「以下」にしないと友達だというところが入らないからな。


「んじゃ改めて、風土の友達だ。宜しくな。そっちは雫だろ? 一年の中では有名人だからな、皆知ってるさ」

「雫玲です。こ、こちらこそ宜しくお願いします……」


 初対面だし、まだ朝だし、雫だし……こんなもんか。

 それにしても、やはり他の男子からの視線は相変わらずだな。

 刺すような熱視線に背中が火傷しそうだ。


「そんで? 何で風土と雫が?」


 ほんとストレートに聞いてくるよな、純太って。


「この前生徒会に呼ばれた時、雫しかいなかった時、少し話したんだよ。それでその後も寮で食事を一緒になり、昨日偶然八王子スクエアにいたから――――って、これって言う必要あるのか?」

「うんにゃ別に?」


 おのれ、返答もストレートだな。


「高山さんって、もしかして高山先輩の弟さんですか?」


 雫が聞いたのは、当然生徒会副会長の高山純恋たかやますみれの事だろう。

 純太が答えづらそうだからフォローしてやるか。


「そ。あの高山先輩の弟だ。その弟伝手づてで高山先輩の連絡先を知りたい症候群の患者が純太の前に列を作った時は驚いたけどな」

「ったく、嫌な事覚えてるな風土は」

「へぇ、教えてあげたんですか?」


 純太が牛乳パックのストローを吸いながら首を振る。


「教えるも何も、俺はあの人の連絡先知らねーもん」


 それこそ、へぇだ。適当な断り文句かと思ってたが、本当に知らなかったんだな。


「私は知ってますよ。高山先輩のライン」

「まぁ、同じ生徒会だし、簡単な連絡事項ならそれで済むからだろう」


 くうをパタパタとあおぐように純太が言う。


「お、お教えしましょうかっ?」

「いやいや、それには姉貴の許可が必要だろう。それに俺も知りたくないし、別にいいよ」

「そう、ですか」

「あんま仲良くないんだよねー俺たち。はは」


 乾いた苦笑をしながら純太が目を背ける。

 うーむ。雫がしゅんと項垂れてしまったぞ。

 しゅんとした雫のフォローもしなくちゃいけないが、純太の方も……どうしたものか。あ。


「そういや俺純太のライン知らなかったわ。教えてくれ」


 向こうが友達宣言してくれたのだ。これくらいは突っ込んでいける。


「あー、そうだったな。えーっと……ほれ、俺のQRコードだ」

「さんきゅう……っと。オーケーだ」


 早速文字を打ち込んで純太に送ってやる。


 [おい、この空気何とかするの手伝ってくれ]


 そんなメッセージを送った瞬間、純太の眉がピクリと動いた。

 ようやくしゅんとする雫をまともに見たようだ。

 自分自身に指を差した純太に、俺は首を縦に振る。

 そうだ、お前が悪いとは言わないが、何とかするのくらい手伝え。


 [アシストする。先に逝け]


 字が違う気がするが、純太の指示に俺が頷く。


「そ、そういえば俺、雫のラインも知らなかったわー、ははは。もしよかったら教えてよ」

「お、ずりーぞ風土。俺も交ぜろっ」


 俺と純太がスマホを片手にテーブルの中央に出すと、雫はキョトンとした顔を見せ、そして微笑んだ。


「へへへへ、実は今日火水さんに聞こうと思ってたんですよ。高山さんも、是非宜しくお願いします」

「あ、これ俺のQRコード」

「おい純太、やけに準備がいいなお前」

「何言ってんだ。さっき風土にも見せたのがまだ残ってたんだよ」


 それにしても早かったような気がする。

 まぁ純太は異性にも同性にも人気があるヤツだし、こういった事には慣れてるのかもしれない。

 俺が雫とラインの交換を終えると、早速メッセージが届いた。


 [ミッションコンプリート!]


 純太からだった。

 お前じゃないんだよ、お前じゃ!

 俺はとりあえず楓用に買った文字スタンプを貼り付けてやった。

「既読無視!!」という文字がコミカルに描かれているスタンプだ。なるほど、これは重宝しそうだ。

 そして再び、届く通知。今度こそ彼女からだった。


[助かりました。ありがとうございました]


 豚がハートをまき散らしている絵文字が最後に付いた、シンプルな文だった。

 しかし、ただの礼じゃなくて「助かりました」って事は、もしかして俺と純太の画策に気が付いていた、という事か。

 確かにぎこちなかったもんな。仕方ないな。


「そんじゃ、外で待ってるから」

「あぁ、すぐ行くわ」


 俺は純太の背中を見送る。

 すると、後ろから雫が俺のブレザーの裾をまた引っ張ってきた。

 振り返るとそこには、何か狙いがあるようなそんな目をした雫がいた。

 その意味はわかった。


「はいはい。用意出来たら外で待っててくれ。五分くらいで出られるから」

「おぉ、伝わりましたっ! それでは後で!」


 敬礼をした後、そそくさと消えていった雫。

 面白いメンバーでの登校、、になるな、こりゃ。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「……ぁ」


 あの純太がビビるってのは相当だよな。

 確かに純太は尖ってはいるが、それはあくまで国立上等召喚士養成学校の一年生の中でだけだ。

 ナイフみたいに尖っては、触る者皆ぶっ飛ばすようなホンモノとは違う。


「翔さん。いくら何でも顔、近すぎません?」

「おうワレ?」

「はい、何でしょうか……」


 いつの間にか寮の外壁まで追い詰められていた純太。

 あのまま壁にめり込むんじゃなかろうか?


「そのワックスどこのや?」

「へ?」


 なるほど、整髪料が気になってたのか。

 どう見ても翔はポマードを使ってるが、興味はあるのだろう。

 純太整髪料の説明を顎に手を添えならが「はんはん」と唸りながら聞く翔。何だあれは、返事に聞こえないな。


「そっか、お二人も今日からでしたもんね、登校」

「ご一緒に登校させて頂きます。宜しくお願いします、ナイアです」


 ようやく説明を聞き終えた翔が一人でブツブツ言ってる中、純太はぎこちなくナイアに頭を下げた。


「あの、純太っす。宜しく」


 ふむ。同年代の可愛い子にはグイグイいけるが、美人には弱いと見た。

 いや、年上に弱いのかもな。高山先輩にもそんな雰囲気出てたし。

 ナイアはこの前生まれたばかりだから、実は年上ではないんだが、確かにそう感じさせるものを持っている。

 ナイアがいつもの優しい笑みを見せると、純太は嬉しそうな笑みを返した。

 うんうん、あの笑顔にはそんな効果があるよな。

 純太が頭を上げると、その背中を翔の豪快な紅葉が襲った。

 あれは痛い。この前のジェシー・コリンズが放ったものとは訳が違う。

「ヒョ〜……ヒョ〜」という変な声を出しながら、自身の背中を触ろうとする純太。届かないけどな。


「ぁん? 強過ぎたか? カカカカカ、翔ってんだ。夜露死苦ぅ」


 チャキっとポーズをキメた翔の背中に、今度はナイアの紅葉が届く。


 今度は「コォ〜……コォ〜」という声が辺りに響き、よじれる身体が二人出来上がった。

 アニメや映画でよく見かけるモンスターの食虫花みたいな動きだな。


「マスターである風土の学友に失礼をしてはなりません」


 毅然と言い放ったナイアだが、翔はどこか嬉しそうだった。

 なるほど、奥底はMなようだな。

 これだけの騒ぎ……というより、またもやナイアと翔のせいで、寮の門の前はいつの間にか人だかりが出来ていた。今回は雫もいるし、一年の半分くらいは集まってたかもしれないな。

 そんな出来事の後じゃこうなるのも仕方がない。

 校門を潜ると、沢山の生徒に校舎から見下ろされる。窓が圧壊しないか不安な程に。

 学校の特性故か、教室の俺の机の後ろに二人の席が設けられた。そして休み時間。

 ナイアの下に教室中、隣のクラスからも生徒が集まった。俺が圧壊しないか不安になる程に。

 ナイアがおどおどとしながら俺を見る顔は可愛く新鮮な思いだったが……はてさて、この先俺たちはどうなるのだろうか。

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