漢の特訓
毎度ごった返す個別スペース。
勿論、個人の用事で誰か欠ける日もあったが、俺こと火水風土君は友達がいないから毎日八王子スクエアに行くのであった。
そして、俺が行くという事は、
「腹ぁ! 腹ぁ! 腹ぁああ!!」
「ちょっと待って翔さん!? 今朝の!? サンドウィッチが!? でぼぉ!?」
血みどろの翔ちゃんもいる訳ですよ。
喉から口にこみ上げて来るアレ。構わず殴りかかる翔。
ホント、勘弁してください。
「カカカカッ、いい運動になったなおい!」
「……んぐっ!」
「だ、大丈夫ですか、火水さんっ」
今ではこんなに優しいの玲だけだ。
最近では楓は笑い、指差しながら俺を見てくる。ほら今も――――
「あははははっ! ちょっと、しっかりしなさいよ風土ぉ! 男でしょ~?」
「いんや~楓の嬢ちゃん……男じゃねぇ――」
「「――
あ、やべぇ。翔と被っちまった。
キョトンとした翔の顔が徐々に悪魔的な笑みに変わっていく。
失敗した…………何か最近どんどん翔に毒されてきているような気がする。
「カッカッカッカッカッ! ようやくわかってきたなぁ
「あれ、今何て?」
「あぁん? 俺ぁ今何か変な事言ったか? お?」
眉を寄せてガン付ける翔に俺は目を逸らす事しか出来なかった。
しかし…………翔が、俺の事を「火水」ではなく、「風土」と呼んでくれたんだ。
たとえグランドマスターとして認められていなくてもこれ程嬉しい事はない。
「
ナイアは自分の事のように喜んでくれている。
……だけどナイアさん。
俺は知っているぞ? 最近翔の暴走を止めてくれなくなったよね?
きっとナイアと翔の間で何か裏取引があったに違いない。
初めて翔と訓練するようになってから全く楽にならない状況に、俺はもどかしい思いをしていた。
うーん、俺って成長しているのだろうか?
もう間もなく八月も中旬に掛かる頃だ。俺は本当にこのままでいいのか?
「…………おい風土」
いつの間にか真顔に戻っていた翔が胸倉を掴んでくる。
「あ、あれ? 俺何かやっちゃいました……?」
出来るだけ顔を可愛く作る俺のデコを、翔の強烈なデコピンが襲う。
「っ!? 痛ぇっ!? な、何するんですかっ!?」
完全な不意打ちに少しだけ怒気が漏れてしまった俺の言葉を、翔はその顔のまま受け取った。
あれ? 今真面目なところなの?
「安心しろ……お
そして翔は頬の前に手を持っていき、小声で話すポーズをとった。
「ナイアの姉御にゃ内緒だがよ。毎回風土をギリギリのとこまで追い込んでんのよ……シシシシシ。あ、内緒つったけど、コレ提案したのはナイアの姉御自身だからな。そこんとこ夜露死苦ぅ~」
今翔がとんでもない事言ったけど…………聞かなかった事にしよう。
そうかそうか。毎回俺をギリギリまで追い込んでたって事は、つまりはアレだ。翔との差は縮まってはいるかもしれないが、翔がそれを感じさせないように徐々に訓練時の力を上げて俺と相対しているという事か。
道理で成長していないと感じる訳だよ。
しかし、むぅ……。ナイアがそこまで訓練に熱を入れるとは意外だ。
俺の意志から生まれたにしては向上心が強いというか……ん?
もしかして俺の意志から生まれたから、今までの反動と相まってナイアの向上心が高いのだろうか?
ナイアの性格上それを実行する事は中々難しいが、翔にやらせるってのは確かに一つの手かもしれないな。
つまり…………良い意味でも悪い意味でも……身から出た錆ってところか?
本来は悪い意味として使う言葉なんだろうけど、何かしっくりくる回答だ。
「絶対俺が喋った事ナイアの姉御に言うんじゃねぇぞっ。漢と漢の約束だ。おぉ?」
「あ、はい」
一番怖いのは翔ではなくナイアなのかもしれないな。
天使のような笑顔に悪魔的な一面有り、か。何とも恐ろしい。
「ところで、最近体術の訓練が多いんですが、魔法や召喚の訓練はまだいいんですかね?」
「ん~、そりゃ俺にはわかんねーな。ナイアの姉御の指示に従ってるだけだしよぉ?」
またナイアか。
「風土。何事も身体の運びが重要です」
俺の質問を聞き取ったのか、ナイアは楓との訓練を一時中段し、通る声で俺に言ってきた。
そして一歩ずつ近づき、俺の顔の前まで自分の顔を寄せてきた。
え、顔近いっす。
俺は顔に集まる体温を自覚し、じりりとナイアから顔を離した。
そんな俺を見てくすりと笑うナイア。
なるほど。天使と悪魔。それに小悪魔まで内包していたか。恐るべしナイア。
「どんな召喚も魔法も発動出来なければただの人と同じ。ならば発動出来る環境を自分自身の手で作る事が大事です。風土にはこの夏……いえ、長く見積もっても今年の統一杯までには上等剣士と同じレベルの実力を手にして頂きます」
………………何だって?
つまり、俺は召喚士学校に通いながら、二ヵ月程で剣士学校三年分の実力を身に付けろって事か?
いやいや、剣士学校で三年学んでもほとんどの人間は上等剣士になる事は出来ない。
それはどの学校でもそうだ。ひと握りの才能を持った人間だけが、上等召喚士、上等魔法士、上等剣士となれるのだ。
「ヒュ~」と口笛を吹く翔と、呆気にとられた皆の顔の差は、最近もう慣れた気がする。
「まじかよまじかよ。こりゃ俺たちも負けてられねぇな!」
純太が熱を上げ意気込む。
「ハッハ~、純太には無理じゃないですか~?」
ジェシーが嘲笑うように純太をからかう。
「んー…………私も習おうかしら……
魔法士学校で大問題になりませんかね? 楓さん。
「ふん、ふんっ。ナイアさん! 早く続きを教えてください!」
可愛い顔からは想像も出来ないような荒い鼻息ですね、玲さん。
「しかし姉御よぉ? そうなるとちょいと時間が足りないんじゃないっすか?」
その顔で低姿勢になると、ますますナイアが怖い存在に思えてくる。
「確かに翔の言う通りです。どこかに時間を存分に使える場所があればよいのですが……」
悩むナイア。
それに釣られて皆が悩み始める。
たしかに八王子スクエアの年会員になったとはいえ、ここの営業時間は二十一時まで。
つまり夜の九時までしかやっていないのだ。
寮に帰るまでの時間や、ここに来るまでの時間。夜遅くまで訓練をしたい時なんかは、やはり時間も場所も足らないのだ。
「アッ」
そんな事を考えていると、ジェシーから剽軽な声が聞こえてきた。
「これは……もしかするともしかするんじゃないですかーっ!?」
何かジェシーが一人で気付いて一人で盛り上がっていらっしゃる。
皆が皆を見合い、そして目線は当然最後にはジェシーへと向かう。
「何か良いアイデアでもあるのか、ジェシー?」
仲の良い純太が一歩前に出てジェシーに聞く。
「のんのん純太さん。《アイディア》だよ~」
流暢な日本語から英語の指摘がくると違和感しかないな。
「ったく、じゃあどんなアイディアなんだよ?」
「皆さんで私の家の別荘に来るといいよ~!」
ほぉ? 確かにジェシーの家は金持ちだと聞く。別荘くらい持っていても不思議じゃない。
伊達に知らない内に年会員になっている訳じゃないな。
「おぉ!?」
純太が嬉しそうに叫ぶ。
楓も玲もぱあっと顔を輝かせた。
そんな中、俺だけがジェシーの言葉の意味をまだ考えていた。
「ジェシー? さっき言ってた『もしかするともしかする』ってのは結局どういう意味なんだ?」
俺の疑問に、ジェシーはニヤリと笑ってVサインを俺に向けて来た。
「とうぜ~ん! 水着回です!」
……………………それ、美女が言う言葉じゃないよな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます