尋問
塚本講師に連れられ、俺は進路指導室の前へとやって来た。
「始めに言っておく」
塚本講師の、やたら小さい声だった。
なるほど、この奥に別の講師が集まっているという事か。
「皆まで言う必要はないかもしれないが、召喚士族は今回の件を非常に重く捉えている。使い魔を召喚した事で大目に見られていた行動が、今後は制限されるかもしれん。返答には気を付けろよ」
「……ありがとうございます」
塚本講師の言葉の真実。それは遠回しに「俺は助けられない」と言っているように感じた。
背中から申し訳無さが感じ取れるのは気のせいじゃないはずだ。
つまりここから先へ進めば、塚本講師より権力を持った人間が相手という訳か。
「塚本先生、ありがとうございました」
俺は深く頭を下げ、塚本講師の横を通り過ぎ、進路指導室の中へ入って行った。
中へ入るとそこには俺の大嫌いな講師がそこに立っていた。
俺をクズだのゴミだのと罵った福島講師だ。
スキンヘッドで体格はよく、目付きの悪い上等召喚士。
勿論、この召喚士学校に招かれている以上、召喚士としても優秀だと聞く。
生活指導を担当する塚本講師と、生徒の育成方針の違いからよく対立している姿を見かけるという噂もある程だ。
さて、あの塚本講師が手を出せないって事は、この福島講師が何者かの使いである事がわかる。
「お~火水、来たか」
まぁこれ以上権力を持った人間というのはこの学校では限られてくるだろう。
当然、校長だ。
召喚士族会に出席するであろう人間としては、俺の存在は非常に厄介なはずだ。
使い魔を召喚するだけならば、目立つ生徒として扱えたが、他士族の力を使うとなれば話は変わってくる。
「まぁ座れや」
人の良さそうな顔を作り、俺に言葉を掛けてくるが、福島講師の真骨頂はこれからだろう。
俺は福島講師が座るソファーの対面のソファーに腰を下ろそうとした。
すると――――、
「だーれがそこに座れって言った? あぁ? こっちだよこっち」
顎で床を指し、徐々に語気を強くしてくる。
まったく、相変らずの性格だな。
俺は言われた通り床に腰を下ろす。
「正座ぁ」
正座で。
「よぅし、ようやく話が出来るな、ハハ」
「……何のお話でしょう?」
「ん~? その足りない頭を使ってもそれくらいはわかるだろう? ゴミ虫」
…………腹が煮えそうになるが、ここは冷静に対処しよう。
……ふぅ、うん、そうだ。クズやゴミからゴミ虫になったんだ。生きているだけマシだろう。
知らない内に俺を格上げした事に気付かない福島講師が馬鹿なんだと、そう思うようにしよう。
「他士族の力を使った事でしょうか?」
「うんうん、わかっているならよろしい。今日はな、あの面倒な塚本の野郎もいねぇ。何たって校長直々に頼まれているからな。単刀直入に言うが……火水、お前この学校を辞めてくれないか?」
笑顔を作って俺に呟く福島講師。
辞めろ……か。校長の力といえど、このご時世生徒を退学させる事は難しい。
だから自主退学を勧めてきたのだろう。
自発的に辞めたのであれば世間的にも角が立たない。なるほど、実に大人らしい。
「正直言って先生な? お前が嫌いで、邪魔で、消えて欲しいと思ってるんだ。たとえば~? 自分の部屋に虫がいたら潰すだろう? それと同じなんだ。わかるだろ? ハハハハ、だけど先生も人間で~? 優しい心の持ち主だ。そっとティッシュで包んで外に放り出してやろうって気持ち、火水ならわかるだろう?」
「虫に対しては確かにそういった心持ちは優しいと思います……」
「お前が~? その虫だって言ってんだよぉ? あ? それくらいわかってもらえるかな? 先生も暇じゃないんだ」
……飲まれちゃいけない。気を強く持て。
流石の福島講師も、長時間ここに俺を軟禁しようとは考えないはずだ。
時間さえ経てば解放してくれるだろう。何とか早く帰してもらう手を考えなくては。
「お~~い、聞いてますかぁ~~~?」
コツンコツンと頭を叩いてくる福島講師。
痛みはない。しかし、やたらと挑発的で非常に腹が立つ。
「先生なぁ? 早く帰って観たいテレビがあるんだ。こんな無駄な奴と無駄な時間を過ごしてる程余裕がないんだよ~。なぁ? わかってくれるだろう?」
「……き、奇遇ですね。自分の観たいテレビがあるんです、ははは」
この瞬間、笑顔を作っていた福島講師が止まる。
そして、笑みが顔から消えると、そこには生徒誰もが怖がり、嫌がるキレた福島講師が完成されていた。
「おぉ火水!? てめぇ自分の立場わかってんのかっ!! あん!? てめぇの能書きで俺の時間を奪ってんじゃねぇよ!!」
眼前で怒鳴り散らす福島講師。
息は臭く、唾も当たる。鼓膜は必要以上に揺れ思わず目を瞑る程だ。
「俺が優しくしてやってのは今の内だぞ! おぉっ!?」
先程俺が座ろうとしていたソファーを蹴る福島講師。
これは脅迫というやつではないだろうか? しかし福島講師もこういった状況は相当慣れてそうだ。
大事な一線は超えない範囲でプレッシャーをかけてくるだろう。
ちょっと怖いがこちらからそこを揺さぶっていけば、こちらの活路が生まれるかもしれない。
「帰らせてください」
「退学するって言やぁすぐにでも帰してやるって言ってんだよっ! 本当に頭弱いなお前!」
「たった今初めて聞きました。福島先生もお疲れなんじゃないですかね――っ!?」
福島講師は俺の胸倉を掴み立たせた。
「おい火水……! 前から思ってたが、お前の態度はどうも俺の鼻につく。今までダメな奴はすぐ潰してきたが、潰れないお前を見てると俺が無能に見えちまうからなぁ……!」
なるほど、今までもそうしてきたのか。
ある意味、優秀な生徒だけを育成しようと雇われた掃除屋のような奴だ。
入学試験だけではそこまでの優劣は見えないからな。
ここまで反骨精神で残る人間は福島講師にとって初めてなのだろう。
「福島先生、これは生徒に対する暴力じゃないですかね?」
「違うなぁ? これはお前が足が痺れたって言うから俺が優しく立たせてやってるんだ」
「それは優しいですね」
「それに暴力っていうのはな……こういう事を言うんだよ!」
……っ! なりふり構ってられなくなったかっ!?
膝で思い切り俺の腹部を蹴る福島講師。
とっさに
かなり練られた体術だ。翔との特訓が無ければ一発で気を失ってたかもしれない……気を?
「くそっ! 何で起きてやがるっ!?」
なるほど、俺が気を失った事を言い訳にある事ない事を報告しようとしていたな?
それなら講師としてのちょっとした権力さえあれば、「学校に不利益な存在」として学校に報告出来る。
今は無理でも近い将来、正式に俺を追い出せるって訳だ。
「これは問題だと思いますよ、福島先生……」
俺は崩れ落ちた身体を起こし立ち上がる。
「あぁ? 何の事だかさっぱりわからねぇな。ちょっと転んじまっただけだろう? 狭い教室なんだ、気を付けなきゃなぁ?」
じりと一歩近づく福島講師。
完全に俺を痛めつけようとしている目だ。
どうする? 反撃するか? しかし、ここで俺が反撃すれば、「講師に手をあげた人間」として俺は退学に追い込まれるだろう。
仮に逃げられたとしても、指導中の脱走として報告される。
つくづく生徒ってのは力の弱い存在だよなぁ……くっ!
「ほぉ、先生の愛の鞭を避けるとは成長したなぁ、火水? 何なら剣士学校を紹介してやるぞ? どうだ? 今すぐに退学届を書くなら考えてやってもいいぞぉ?」
嘘だ。召喚士に剣士学校を紹介出来る程仲の良い人間なんているはずがない。
稀に戦友となる士族がいると聞くが、それは戦争地帯に赴いた共闘間で生まれるものだ。
上等召喚士の福島講師にいる訳がないだろう。
「返事は無し、か。それならしょうがない……なぁっ!!」
くそ、ここはもう逃げるしか――――瞬間、
窓ガラスが割れる音が響き、俺の正面、福島講師の背後から翔が跳んで来た。
「ぐぉっ!?」
翔の拳は一瞬で福島講師の顎を打ち抜いた。
「へ?」
俺は何が起きたかもわからず、変な声をあげてしまった。
倒れ落ちようとする福島講師の腹部を、
「おぅら!」
「――っ!?!? ……ひゅ、ひゅ……かひゅ」
息を吸う力を失った福島講師は両膝を床に突き、やがて倒れ、そして腹を抱えて悶えている。
「翔さん、何て事を――っ!?」
俺が声を出した時、翔は既に俺の胸倉を掴み上げていた。
「おう火水ぅ?」
何これ? 翔のヤツ掃除屋に転職したんだろうか?
「こういった楽しい事が起きた時は誘えや、こら?」
「あ、はい」
思わずこう返事をしてしまった俺を、一体誰が責められるだろうか?
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