ライバル
「何だよ、今の『はっはーん』って? 新手の喘ぎ声か何かか?」
「どうしてそうなるのよっ! 嬉しかったのよ、あの人がっ」
楓は俺をずいずいと指差しながらそう言った。
はて? 夜鐘先輩が嬉しいとはどういう意味だろう?
「風土、いつでも電話出来るようにスマホ握ってたでしょ? それを見たのよ、あの夜鐘さんは」
「スマホって……俺は学校の保険医の先生に言われた通りにしてただけだぞ?」
「わっかんないわねっ! それが誠実な男性に見えるって事よ!」
「つまり何か? 俺が正直者だから楓に挨拶したってのか?」
「違うわよ! 信用出来る人って事! そう思える人の友人だから、他士族だとしても私に挨拶したって訳」
「ん~……? よくわからないな?」
俺は大きく首を傾げると、目の前の楓は呆れ眼で俺を見ていた。
何故呆れているのか、それが疑問ではあるが、今やるべき事はそれではないのだ。
「おっと、そうだ。おいで、ナイア」
「風土、先に寮に戻ってますね」
「あぁ、今晩だけだから。宜しく頼むな」
「ご命令とあらば……」
言いながら、ナイアは胸に手を当てて
「楓、また今度」
「あ、うん。またね、ナイア」
その後、振り返って寮の方へ向かって真っ直ぐ歩いて行ったのだ。
「……夜鐘さんの付き添いってやつ?」
「あぁ、飛び出して行くと思わなかったからな。まぁナイアの事だから上手くやるだろう」
「ふーん、またポイントアップしちゃう訳だ?」
「ん?」
「何でもなーい」
楓はそう言いながら隣の席のテーブルに突っ伏した。
ポイントアップが何を示しているのかがポイントではあるが、これ以上楓を怒らせても仕方が無い。
何か話題を変えるか。
「……あ、そうだ」
「んー? 何よ」
突っ伏していた楓の顔がくりんと横を向く。
「統一杯、ちゃんと出られるんだろうな?」
俺は、楓に前もって聞いておき、今日確定したであろう情報を聞き出すためにそう言った。
すると、楓は少しだけ不服そうな顔をしながら言い返してきたのだ。
「何よそれ。選手になるのが前提みたいじゃない」
「何だよ、自分でさっき言ってたじゃないか?」
「ほぇ? 何がよ?」
「信用してるからな、俺は、お前の事」
瞬間、楓の目が点になる。
固まり、動く気配すらない。
ふむ、楓だけ時間でも止まったのだろうか? いや、楓が買った飲み物の水滴は重力に従って流れ落ちている。今日も時間は平常運転のようだ。
「おーい、楓? どうだったんだよ? 選手になったのかー?」
楓の目の前で少しだけ手を振り、楓を覚醒に誘導する。
まったく、何でそんな硬直するのか。俺には全く理解出来ないのだが……。
「っ!」
直後、楓はガバッと身体を起こす。
そして顔を真っ赤にさせて言うのだ。
「あ、あったり前でしょ! あれだけ頑張って統一杯に選ばれなかったらナイアたちに申し訳が立たないからねっ!」
「何怒ってるんだ、お前?」
「おぉおお怒ってなんかないって! ホント! 怒ってなんかないからっ!」
「でも、お前顔真っ赤だぞ?」
「え、あ。えっ?」
楓は自分の顔をこれでもか、という感じでぺたぺたと触る。
パントマイムの練習かと見紛う程、ぺたぺたぺたぺた触っている。
「……楽しそうだな?」
この言葉がいけなかったのか? いや、おそらく違うと思う。
だが、この言葉がきっかけになったのは確かである。
「っ! じゃ、じゃあ私! そろそろ行くから! うん!」
楓は席を立ち上がってしまったのだ。
「え、おい!?」
俺の視線を振り切り、楓はまだ八割は残っている飲み物を残して去って行く。
そして、去り際に、こう言ったのだ。
「風土! アナタもライバルなんだからねー!」
と。
まったく、なんとも
セルフサービスで食器を返却する喫茶店なのに、テーブルに置いたままだ。
これは、俺が返却しなければならないのか?
まぁ、俺がやらなきゃ誰がやるって話だよな。
というか、夜鐘先輩の飲み物も八割方残っている。
何なの? 最近は八割残しが流行ってるの? 最先端なの?
仕方ない。勿体ないお化けが彼女たちの枕元に出るように呪いでも掛けておくか。
そんな呪いなんて知らないけど。
俺は楓と夜鐘先輩の食器を返却コーナーに置き、暇つぶしのように八王子スクエアに向かうのだった。
というか、楓って八王子スクエアで練習するとか言ってなかったっけ?
あれ、完全に帰る感じの捨て台詞だったよな?
そう思いながら、八王子スクエアの中に入る俺。
「――はい、お願いします…………って、うぇ!?」
「あ、ライバルだ」
自主練はしっかりするからな、コイツ。
俺の言葉に、顔はもの凄く目を泳がせる。
さっきの今……いや、今の今とも言えるような時間しか空いていないのだ。
こればかりはわかる。楓は今、とても恥ずかしがっていると。
長年付き合いがある俺である。次に楓から飛び出す言葉は容易に想像出来た。
「わ、私を見るなぁああああああああっ!!」
俺の視界へ自分が入る事を拒否する楓だが、そんな事出来る訳もなく、俺はライバルである楓を見続けるのだった。まる。
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