総仕上げ

 ――二○一五年 九月七日 土曜日


 俺はまた、全原会長から呼び出しがあり、休日の召喚士学校へやって来た。

 呼び出された場所は、生徒会室ではなくテスト会場。

 その事から、俺はある一つの可能性について考えていた。


「やっ、来たね」


 テスト会場の大扉の前で俺を迎えたのは、先日デートと称したお茶会を逃げ出した夜鐘瞳先輩だった。


「問題なかったようですね。回復したようで何よりです」

「ナイアちゃんとの女子会楽しかったよー」

「あぁ、そういえば、ナイアが帰って来た時上機嫌でしたね」

「ふふふ。いつも通りの風土君で安心したよ。……さ、入ろう。待ってるよっ」


 皆……か。どうやらアタリ、かもしれないな。

 テスト会場の大扉を開ける俺。

 そして、正面に広がるのは異様な光景。

 テスト会場が、本当にテスト会場なのだ。

 いつも通り、被験者を待つテストコート。

 そこには誰もいない。そして、その周囲に取り巻くであろうクラスメイトは当然、いない。

 しかし、代わりにいるのだ、、、、

 豊かな白い髭に鋭い眼光。よわい八十の覇気溢れる爺さん。間違いない。俺の知る限り、この学校で最高の権力を持った国立上等召喚士養成学校の雷堂らいどうあつし学校長が。試合を一番見やすい中央の席に座して待っていたのだ。

 その隣に座っていた塚本講師が立ち上がり、俺の下へやってくる。


「体調はどうだ、火水?」

「……問題ありません」

「そうか、緊張するか?」

「いえ、不思議としません」

「なるほど、知らせずとも身体は知ってるという事だな?」

「全原会長も人が悪いですよ」

「言ってやるな。決めたのは雷堂校長だ」


 そういう事か、ならば仕方ないな。

 俺は雷堂校長の隣を見る。塚本講師が座ってた席の反対側。そこには雷堂校長お抱えのあの福島講師が座っている。俺の視線に気付くや否や視線を外す。それを見るに、どうやらあの尋問の日の事は黙っているつもりらしい。


「じゃあ風土君、私はあっちにいるから」


 コートの右側面に見える生徒会席。

 そこには当然、二年の高山純恋すみれ副会長。一年の一部いちべ将太郎書記長。丸眼鏡に円周率でも極めたかのようなまん丸ヘアー。あれは確か二年の生徒会庶務の六角清澄きよすみ。書記であり俺の友人でもある一年生、しずくれいもいる。

 対し、左側の席は……一般席だろうか?


「おう風土! 待ってたぜ!」

「風土ー! 応援、、してるよー!」


 学校長の同席という中、俺の身内はやはり身内らしい。

 対面の玲も苦笑いしているが、どこか嬉しそうでもある。


「高山純太とジェシー・コリンズか。相変わらず仲がいいんだな、あの二人とは」


 塚本講師の言葉に、俺は苦笑する。

 一年生の高山純太とジェシー・コリンズとは本当に仲良くなった。色々思い出してしまえる程に。

 どうやら、その苦笑を肯定ととったであろう塚本講師がくすりと笑う。

 それ以外にも、あの席には人がいる。

 ギラついた視線を俺に向ける彫りの深い整った顔立ち。青い瞳とここからでもわかるような上背うわぜいの高さが特徴的な、茶色の短髪男。おそらくあれが二年のカルロス・アルベルト。

 それに負けない体躯のちりちり頭。浅黒い肌……は、きっと日焼けでもしたのだろう。

 去年の統一杯の時とは見た目が違う。あれは三年の風紀委員長である八神やがね一心いっしん

 つんとした表情で座っているが、整った顔立ちに薄化粧。長いまつげと黒髪がよく映える。あれが二年の烏丸からすま美咲みさき

 その奥で座っている陰の薄そうな女生徒が、おそらく上武かみたけ夕里ゆうり。ショートボブだが目元が隠れるような前髪。下の名前は調べなければ出てこなかった程の陰の薄さ。なるほど、これで全員……か。


「おや、来ていましたか。火水君」


 ぞくりとする程の落ち着いた声が背中から聞こえる。

 この男の存在が国立上等召喚士養成学校の威信を支えている。そう言う人もいるというのは確かに納得である。これだけ背後に近付かれるまで気付けなかった。

 三年生――昨年の統一杯二位の本校生徒会長全原ぜんばら哲人あきと

 なんだろう、いつも以上に覇気がある。それに、周りの雰囲気が……変わった?


「準備は終わっています。火水君はいかがです?」

「…………これが以前話してた『顔合わせ』ってやつですか?」


 調子を合わせてはいけない。

 その俺の思惑を見透かすように、全原会長は微笑みを浮かべる。何とも薄ら寒い微笑みを。


「結構です」


 全原会長は俺を横切り、テストコートに向かって歩き始める。

 やはり読みが当たったか。


「火水。これから何をするか、わかっているな?」


 塚本講師の確認。

 それに気付かない程、俺は馬鹿ではない。いや、たまに皆に馬鹿にされるが、こういう空気に関しては読み間違わないつもりだ。俺は、これから全原会長と戦う。

 これはおそらく、統一杯に向けて、最強の存在を決める校内テスト。

 それ如何によって、召喚士学校がバックアップする対象が変わるからだ。


「全原は既に、ここにいる全員をくだし、あの場に立っている」

「……なのにあの余裕ですか」

「ほとんどが勝負にならなかったからな」


 昨年テレビで見た時もそうだったが、相変わらず化け物だな。


「ほとんど、ですか」

「カルロス・アルベルトと高山純恋が少し食い下がったな。後、他の一年の戦闘は中々面白かったな」


 一年生の事を話している時の塚本講師は、どこか嬉しそうだった。

 しかしなるほど、高山先輩はともかく、やはりカルロスって二年生は食い下がれるだけの実力を持っていたか。一名程、統一杯と関係のない一部いちべ将太郎がいるのは、おそらく来年以降の生徒会のため、見学させているというところか。


「でも、ここで俺が戦うと、フェアではないのでは?」

「だからこその事前連絡無しだ」

「あー、そういう事ですか」


 今回の連絡は全原会長から。

 つまり、今日テストがある事を知っていたのは全原会長のみだった。

 次々と現れる挑戦者を倒す全原会長は、準備こそ出来たものの、これまで十連戦。

 対して挑戦者は準備無しで戦う……か。悪くないバランスかもしれない。

 フェアではないけどな。しかし、誰も文句を言った様子がないし、学校側の伝統なのだろう。

 それに、十連戦が大変だと思うのは……過去の俺だ。

 俺はこれまで、血みどろの翔ちゃんに何百連戦されたか覚えていないくらいだ。

 身がきしむ程の鍛錬を大変だと思った事はない。

 俺が進むべき道は、全原会長の先にあるのだから。


「行きましょう、塚本先生」


 そう言った俺を見た塚本講師は、やはりどこか嬉しそうだった。

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