第三の選択

「つまり、戦場に行っても迷惑を掛けるだけのやつ。見込みのないやつは、福島先生みたいな方が率先して削ぎ落としていると?」


 俺の推測に、ナイアが首を縦に振る。


「その通りです。そう考えれば、なるほど、確かにここは教育機関でしたね」

「心をへし折って辞めさせてたって事か」

「しかし、それをしなければならない理由もある。私は雷堂校長にその真意を見ました」


 ナイアの視線は雷堂校長の下へ。

 それを横顔で受け取った雷堂校長の瞳から、やり切れぬような思いが見えた。


「儂とて、やり方に納得がいっている訳ではない。しかし、これは士族会議で決めた確定事項。これを取り消す事は、儂だけでは叶わん。そしてそれを消そうとも思っておらん」

「雷堂校長は、その間引き、、、が必要だと?」

「十代の死者を可能な限り減らすためだ。福島はそういった事に目と鼻が利く。まぁ、お前の事は本当に嫌っていたようだがな」


 さらっと言ったな、今。


「…………火水」

「え、はい?」

「福島が何故お前を嫌っていたかわかるか?」

「え、それはきっと、俺が他士族の力を使っていたから……でしょうか?」

「違う」


 これまでじっくりと答えていた雷堂校長の口から出たとは思えない程、それはすんなりと出てきた。

 その答えを聞き、右後方から俺の肩を強く掴む存在。


「翔さん?」

「おう、風土。そりゃ昔のお前ぇも持ってたモノなんじゃねぇか?」


 この言い方。翔は、いや、ナイアも気付いている。

 雷堂校長が言いたい福島が俺を嫌う理由を。

 ――そうだ。福島講師が俺に突っかかってきたのは、最初から。しかし、俺に手を上げる程激高したのは、あの選考会の後だ。

 過去の俺が持っていたモノ?

 俺の実力を見た後、福島講師があんな行動したという事は……福島講師はもしかして――っ!


「……俺に、嫉妬を?」


 俺が行き着いた答えに、誰も肯定はしなかった。

 しかし、否定もしなかったのだ。


「講師が全て万能だと思うな。誰もが血の通っている人間である」


 雷堂校長の言葉は、どこか優しく、諭すように聞こえた。


「儂とて思う。火水のその力があればと」

「学校長もですか……?」

「おかしいか?」

「あ、いえ……」

「ふん、表に出さぬだけだ。士族の隔たりがなければ、最高の力だと思うが?」

「確かに」

「だが、その隔たりはどうしてもある。これを覆すには、火水が世界有数の実力者になる必要がある」


 急にぶっ飛んだ話になった。

 しかし、それは妙に納得出来た。子供の力で解決出来る程、士族間の隔たりは浅くない。

 発言力の大きい人間になれば、このシステムも変えられる。雷堂校長はそう言っているのだ。


「従って、我が校からは、火水風土を統一杯に出す事はまからぬ」


 校長室に響く低く重い声。

 正直ショックではある。だが、ここまで学校や士族の裏を話し、俺が統一杯で一位になる事以上に出場させられない理由を述べられてしまっては、仕方ないとも思っている。

 純太にジェシー、玲に楓。同い年の仲間とあの祭りを楽しめないのは本当に残念だ。

 しかし、俺は可能性を見た。たとえはぐれの召喚士となろうとも、俺はやっていけると。活きていける可能性があると、そう思ったのだ。

 瞬間、俺は翔に胸倉を掴まれ、肉薄されたのだ。


「おう、風土ぉ!」

「へ?」

「あの先公の話はまだ終わってねぇぞ。おぉ?」


 顔がちけーよ。

 しかし待て。横目で雷堂校長を見ると、確かにまだ退出を促すような顔には見えない。

 翔を見、ナイアを見てから、今一度雷堂校長を見ると、彼は片目を瞑って言った。

 それは、これまでの威厳溢れる雷堂校長ではなく、年相応の好々爺のような表情。


我が校からは、、、、、、。そう言ったつもりだが?」

「うぇ?」

「選考会の時に軍関係者が来ていたのは知っておろう?」


 あぁ、そう言えば高山先輩がそんな事言ってたな。そう思い、俺は首を縦に振る。

 しかし、何故ここで軍の話が出てくる?


「統一杯には、剣士でも、魔法士でも、召喚士でもない士族が出場しているのを知っておろう?」

「っ!」

「騎士、銃士……そこにいる使い魔のような拳士。他の少数士族にも養成学校はあり、これまで統一杯に参加してきた」


 知っている。しかし、余りにも剣士、魔法士、召喚士と差があるため、上位になる事は決して無かった弱小士族。

 もしかして雷堂校長はその士族枠を? いや、そうなると俺は転校という事に? そもそも雷堂学校長にそんな権限があるのか?


「その士族共のな、出場が正式に廃止された」

「……へ?」

「今年からの統一杯は、剣士、魔法士、召喚士、文字通り三つの学校のみで行われる」

「はぁ……?」

「しかし、それも困るのが士族だ」


 益々話がよくわからない。


「あれでも奴らは過去の大戦で活躍した士族。発言権は未だ健在。しかし、昨今の実力低下にも理解はある。そこに軍の介入があった」

「士族間の問題に軍が!?」


 これには流石に驚いた。

 軍はあくまでも士族の就職先の一つ。これまでそれ以外の接点は士族が敬遠していた。

 いや、と言う事は、受け入れる士族が出たという事か!


「つまり、統一杯の出場を廃止された士族側が、軍を受け入れたという事ですね?」


 雷堂校長が首を縦に振る。


「軍が士族をまとめ、まとまった複数士族の意見は非常に強力なものだ。当然、今回の出場廃止に異を唱えた。そこで、軍のお偉方と士族の代表が話し合い、決めたのが、第四勢力の設立」

「カカカカカ、面白ぇ! 弱小士族が集まって、剣士や魔法士、召喚士に喧嘩を売るってか!!」


 翔の瞳に炎が灯る。


「も、もしかして、俺を……そこに?」

「転校しろとは言わぬ」

「え? それって大丈夫なんですか?」

「全ては軍が上手くやる。席は召喚士学校で構わぬ。火水、お前は軍の特別出場枠で統一杯に出場し、どの士族とも肩を並べる事が出来る」

「まぁ……」


 ナイアの嬉しそうな声が聞こえる。


「……これが、召喚士学校にも迷惑をかけず、他士族にも迷惑を掛けず、俺が統一杯に出場する方法……!」

「それで一部いちべ将太郎があの席にいたのですね」

「っ!? そうか、一部いちべは俺が抜けた場合の代替選手。っ!」


 俺はナイアとの話を切り、雷堂校長を見る。

 すると雷堂校長はニヤリと笑ったのだ。

 やられた。最初からそのつもりだったのか、この人は!

 壮大な考えにようやく理解が追いつく俺に、雷堂校長は優しい微笑みを俺に見せた。


「火水、足掻け。儂等召喚士学校は、全力を持ってお前を叩こう。足掻け。魔法士学校の高火力を前に踊れ。足掻け。剣士学校最強の霧﨑きりざきは特等剣士の実力を持つと言われているぞ?」

「…………っ!」


 身体中が震える。

 いつの間にか隣に立っていた翔の目が、真っ赤に燃えている。ナイアが俺の隣に立ち、嬉しそうな瞳を俺に向ける。

 最後に雷堂校長は言った。


「儂に、いや、皆に見せてみろ。火水風土にしか描けぬ、統一杯のいただきを」


 ――この震えは、武者震い。

 身体は嬉しくて嬉しくて悲鳴を上げているのだ。歓喜の悲鳴を。

 一度消えかかった道が、俺の前に現れる。

 俺は更に一歩前に出る。

 そして、大きく口を開いて言うのだ。


「はいっ!!」


 決意の言葉を。

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