二人目の友達

 あの後黒魔術儀式とかはされずに、俺はそのまま解放された。

 結局のところお偉いさん方にうまくアピール出来れば、この学校の株も上がり、スポンサーも付くって事だ。

 そう言ったシビアな話はわかるつもりだ。何たってお金無くしてこの学校は成り立たないからな。

 近代兵器や銃器、これ等がある中、魔法士、召喚士、剣士がといった士族が生きていくのはとても厳しい。

 科学が発展してなかったら士族はもっと繁栄してたかもしれないけれど、やはりどの世界でも生き残れるのは一握りの天才ばかりだ。もっとも、剣士達ってのは身体能力が武器だから就職は約束されたようなものだけど、魔法士と召喚士はそうはいかない。

 実際紛争地帯に行った魔法士や召喚士が戦死する事等、間々ある事だ。

 魔法が使えるからという油断、色んなアイテムが召喚出来るという油断から戦死者が出ているのか、単純に力不足なのか……。

 しかし、未だに魔法士や召喚士の需要があるという事は、世の中に必要だって事だろう。

 俺がその中に入れるか……いくら使い魔を召喚出来たところで、その可能性は限りなく低い。ナイアが強くても俺が弱くちゃどうしようもないしな。

 俺は学校から徒歩五分程にある《学生寮・サモンソウル》まで帰った。

 この学生寮の東棟三階、三○四号室に住んでいる俺は、部屋のライトを点け、その後テレビを点けた。


『こちらは広島の陸軍基地……だった場所です。昨夜未明、謎のテロ組織に狙われ、応援を待つ余裕も無く壊滅してしまいました。生存者の証言によると、多数の魔法士が奇襲をかけ、混乱に乗じて内部に入り込み爆薬、及び強力な魔法を仕掛けたのだろうとの事です。この件に関して防衛庁の――』


 またか……。

 最近外国だけじゃなく日本国内でもテロ活動が頻繁に起こっている。

 この前は長野県の陸軍基地、その前は千葉県の海軍基地……。自衛隊なんてものは既に過去の産物で、現在は日本国軍として機能している。度重なるテロ行為と国連からの圧力に国が屈し、国による号令に民衆が屈した。いや、屈する事を余儀なくされた……というところだ。

 だからこそ、国に対する不満によるテロ活動も目立ち始め、更には元々あったテロ行為にも拍車をかけた。ま、当然国もただ指を咥えて見ていた訳じゃなく、早急に対応してテロ犯の検挙率も上昇している。

 テロ犯が狙うのは基本的に軍事施設のみだから、民衆も多少は安心しているとも言えるが、数か月に一度のペースで起きてちゃ心休まらないんじゃないだろうか。

 それ以外でも最近変な事件が多いからな、世も末とはこの事だろう。


「さてと……出てこいナイア」


 五芒星の召喚陣を描き、部屋の中央にナイアを召喚した。


「なんでしょうか、マスター」

「いくつか聞きたい事がある」

「私に答えられる事でしたら……」

「人間の使い魔なんて初めて見たんだけど、ナイアは一体どこから来たんだ?」


 ナイアが少し困った表情をする。言い難い事なのだろうか?


「どこ……と言われましても、私はずっとマスターの中にいたので、明確な答えは提示出来ないと思います」

「そっか……んじゃ次の質問だが、今や幻と言われる《召喚獣》の事って知ってる? ナイア自身が召喚士なんだったら、知ってそうだと思ってさ」

「召喚獣、古の秘宝と言われる獣の事ですね。申し訳ございませんが先程も申し上げた通り私はマスターの中にいました。それ以前の記憶については覚えていないと言うのが正解でしょう。しかし使い魔については簡単な推測が出来ます」

「推測……? あぁ座れよ」


 俺が椅子に座り、ナイアをベッドの淵に座らせる。


「使い魔とは、そもそも魔法士が魔法陣マギスクエアから生み出すのです。この事実はマスターもご存知でしょう?」

「あぁ、勿論知ってる。魔法力マギクラフトから精製されるんだろ?」

「私の考えでは、おそらくそれは間違いです」


 今までの魔法学説を根本的に覆す事をナイアは言ってきた。俺の開いた口が塞がるまでナイアは言葉を慎んだ。

 素直に気遣いが出来る良い子だと思ってしまった。相手は使い魔なのにな。


「……使い魔は……召喚力サモンクラフトを媒体として精製されます」

「つまり……どういうこった?」

「召喚力を持つ魔法士が魔法陣から使い魔を精製するのです。この仮説は逆の結果も成り立ちます」

「…………つまり、俺は……」

「そう、つまり魔法力を持つ召喚士が召喚陣から使い魔を精製する事も可能だと言う事です」


 驚天動地な仮説だった。確かに辻褄は合う。

 ナイアの仮設が正しければ、使い魔とは、ある一定以上の召喚力サモンクラフト魔法力マギクラフト兼ね備えた人間、、、、、、、にしか生み出せない――という事になる。

 って事は、俺が入るべき学校は――


「上等魔法士養成学校に行くべきだったのか……」

「えぇ、内側にいた私にはわかります。マスターは召喚士……というよりも魔法士としての才能があるかと思います」

「それじゃあ、他に使い魔が召喚出来る召喚士達もそうだって事か?」

「一概にそうとは言えませんが、言ったところでその方の今後が変わるという事ではないかと……」


 ナイアは知っていた。勿論俺の中にいたからだろうが、士族間はとても険悪な仲なんだ。

 剣士は魔法士や召喚士を嫌い、魔法士は召喚士や剣士を嫌っている。当然召喚士もそうだ。例え個人間で仲良く出来ても士族単位で、となると、これはもう昔っからの決まり事みたいなもんだ。

 だからこそ統一杯ではどの学校も全力で取り組んでいるし、どの学校よりも優位になりたいと士族全体が思っているのだろう。

 俺にしたって、両親が召喚士だったから召喚力測定しかしなかった訳だし、そもそも士族になりたいやつらって、基本的になりたい士族学校にしか行かないからな。


「じゃ、じゃあお前は……ナイアは召喚士じゃなく魔法士って事か?」

「いえ、私の内在的な魔法力は最低限のものです。召喚力の方が圧倒的に多いかと……」

「そっか……しっかし、今からじゃ転校も出来ないし、いや、許可すら下りないだろうな」

「私もそう思います」

「両親が与えてくれたのが、最低限召喚士養成学校に入学出来る程度の召喚力で、元々の俺個人は魔法士ルートって事か……」


 椅子の背もたれに寄り掛かり、交差させた腕に頭を乗せ考える。

 生来の実力が魔法士としてのものならば、出来れば魔法士の実力を向上させたい。しかし学校側がどう出るか……?


「あまりお勧め出来ません。それは茨の道となるかと思います」

「……あぁ、考えてる事わかった?」

「ふふ、長年マスターの中にいた私ですから」


 そう微笑んだ彼女は吸い込まれそうな程魅力的で、俺の心を掴んで離さなかった。


「…………」

「マスター? いかがされました?」

「あぁ、ごめん。」

「少しお顔が赤いようです。お休みになってはいかがでしょう?」

「そうだな……」


 俺は無召喚を発動しナイアを消した。消滅(と言っても体内に戻すだけだが)の際、彼女の表情は何故か寂しそうだった。やはり人格がある以上、外に出ていたいものなのだろうか?

 今度召喚した時に聞いてみようと思う。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 二○一五年 七月五日 金曜日


 翌朝、学生寮の食堂でちょっとした事件が起こった、

 いつものように料理をトレイに載せ、自室で食べようと思っていたら、雫が俺に話しかけて来た。

 そう、学生寮は東棟男子、西棟女子で分かれてはいるが、学生寮の食堂に関しては男女共同なんだ。


「火水さん、ご一緒しませんか?」


 時が……止まった。

 食堂の全男子の鬼のような目付きが俺の背中をグサグサと刺してくる。お前らさっきまで眠そうな目付きだったろうが……。

 今更ながらだが、彼女はファンクラブが出来る程人気がある。容姿は、そこら辺の女の子と比べるとかなり可愛い位置にいるだろう。絶世の美少女とまではいかないだろうが、人気の所以はこの無邪気で人を振り向かせる魅力にあるだろう。

 なんたって便所主だとか便所虫だとか陰で言われてる俺に、こんな声を掛けてくれるんだ。きっと天使か何かの生まれ変わりなんだろう。


「え、友達と一緒に食べないんですか?」

「むっ、昨日のあの一件で私達は友達になったと思ったんですけどぉ?」


 小さな口を尖らせて彼女は言った。やはり天使か何かだろう。いや天使だ。そうに違いない。

 おはよう天使さん。

 周りからは「おい便所野郎、昨日の一件って何の事だ!」とか「友達だとか幻聴が聞こえたけど、お前殺していい?」だとか余命の縮まりそうな熱烈な視線を送られているんだが、雫自身が気付く訳もない。さっきも言った通り、彼女は無邪気なのだから。


「それとも誰か別の人と予定があったりします?」

「いや、自室で食べようと思ってただけなんだが……」

「あうぅ……ま、まだそういったお友達ではないですけど……。火水さんがそこまで言うなら別に火水さんのお部屋でも……」

「いやいやいやいや、それは寮規則で駄目ってなってるでしょう?」


 生徒会メンバーが何を言ってるんだ、まったく。

 そんな事したらいよいよもって陰湿なイジメが始まっちまう。


「あぁ、そうでしたね。異性の部屋へは行ってはダメでした」


 雫は自分の頭をコツンと叩き、笑って見せた。なるほど、超絶可愛い……ファンクラブも出来るわけだ。


「それじゃあ、あそこで食べようか」


 俺は赤い目をしている男子モンスターをかき分け、食堂のテーブルの一角を指差した。


「で、でもあそこは……」

「駄目なら駄目でいいですけど……?」

「いえいえ、ではあそこで食べましょうっ」


 互いに向き合いながら席につくと、そこを取り囲むかのように亡者の群れが着席した。気のせいか彼等の耳がいつもより大きく見える。


「けど本当にトイレが好きなんですね、ココ一番近い席だから人気ない席なのにっ」


 さっき躊躇ったのはそういっただったか。うん、ちょっと間違っちまったぜ。


「あーいや、ごめんごめん……」

「ふふふ、全然構いませんよ。また一つ火水さんの事を知れましたからね」

「しょうもない事を知ってもしょうがないでしょ」

「あ、面白いですねそれ。しょうもないからしょうがない、いいですねぇ」


 ケラケラと明るく笑う雫。やはり面白いなこの子。


「そう言えば、あの話……火水さんは出場されるんですか?」

「え、でもその話って情報解禁されてるの? 生徒会で昨日聞いたばかりだよ?」

「大丈夫です。本日学校の掲示板で告知されるようになってるので。あ、私が後で貼り付けるんですけどね」


 へー、意外に早く告知されるんだな。

 確かに統一杯の開催は毎年十月だから、遅くてもこの時期じゃないと選考会は出来ないか。


「まぁ、参加するだけならタダだろうからやれるだけやってみるよ」

「そうなんだ、統一杯と全く同じようにやるらしいから、上位に入れば私と戦う事もあるかもですねー」


 雫はまたも無邪気に笑い、朝食のサンドイッチをリスみたいにかじった。


「って事は男女総合戦もやるのか……」

「そう、男女の上位十名で仮聖十士を決めるって話ですよ。つまり一年生の召喚士の中で上位十名を決めるんですね」

「そうなのか……ってごめん、いつの間にかタメ口になっちゃったね」

「あー、そう言えばそうですね! いいですね、いいですねぇ。段々親密になれていってる気がしますっ」


 そう言う雫の言葉は丁寧だったが、どことなく砕けた感じがして、これが彼女の自然な姿なんだなと思えた。

 入学して三ヶ月、かなり遅いが二人目の友人が俺に出来た瞬間だった。

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