青春、放課後デート!

 保健室にいた利香子、、、先生は、パパッと夜鐘先輩を見て、脳震盪と診断。

 江頭えがしら利香子りかこ先生は医師免許を持ちながら養護教諭――通称保健室の先生を職としている「利香子先生」と言わないと怒るそこそこ美人の先生である。

 口元、首、うなじ、そして泣き黒子と、男が女性に憧れる箇所全てに黒子のある自称地毛の茶髪ボブ。目は悪いらしいが泣き黒子が隠れるという理由で眼鏡ではなくコンタクトにしているという男子生徒の夢を叶える養護教諭のかがみみたいな人だ。

 そんな養護教諭は「煙草たばこ」とだけ呟いてからかれこれ三、四十分保健室に帰って来ない。彼女はおそらく所謂いわゆるチェーンスモーカーというやつだろう。

 そんな事を考えていたら、夜鐘先輩が目を覚ました。


「『ん、んぅ……あれ? ここ、どこ?』とか言いながら起きた方が良かったかなっ?」


 寝起きでもテンション高いな、この人。

 顔の上半分だけ隠しながら言う夜鐘先輩は、その部分だけみれば「幼女なのでは?」と思う程幼く見えた。


「ねぇ、私が気を失ってる間にドコ触ったんだい? 怒らないから言ってみなよー」


 テンションと話の内容は完全におっさんだ。


「まぁ、普通に抱えましたからね。肩と太ももですよ」

「……あ、いや。いい。言わなくて……いいから」


 恥ずかしがるなら言うなよ。

 …………ん? 待てよ? もしかして俺はもの凄く勿体ない事をしたのではないだろうかっ? いや、別に犯罪に走ろうという訳ではない。

 あくまで不可抗力! 夜鐘先輩を保健室まで運ぶその不可抗力タイムに! 俺は全神経を前腕部に注ぐべきだったのではないか!? 面倒臭いなんて思っている場合じゃなかった!? 少しでも女の子の感覚をこの手に、この腕に、この身体に、この脳に! 捧げるべきではなかったのではないか!?


「ちょ、ちょっと。何か言ってよね……ってどうしたの? 頭なんか抱えて?」

「あ、あぁ。すみません。つい我を見失ってました」

「そう? 大丈夫ならいいんだけどっ」

「それじゃあ、利香子先生が戻って来るまではいてください。俺は帰りますから」

「うぇえ!? 帰っちゃうのっ?」

「見た感じ、大丈夫そうですし」

「大丈夫じゃないかもしれないよ!」

「だから『利香子先生戻って来るまではいてください』って言ってるじゃないですか」

「女の子を気遣う点では不十分だと、抗議するよ、私はっ!」


 ムッとする夜鐘先輩に、俺はどんな目を向けたのか自分でもわからない。


「嫌そうな目だね」


 今わかった。


「そんな目をしたつもりはないですよ」

「嫌そうな目だね」


 二度言われたぞ。


「はぁ……わかりましたよ。じゃあ利香子先生が戻るまではいますよ」

「うんうん、私に何かあっちゃデートが無くなっちゃうからね~」


 そういや飯を奢ってもらう約束があったな。


「今日は駄目ですからね」


 まだ回復してるかわからないんだ。さっき夜鐘先輩が言った通り、何かあっちゃまずいからな。そう思えば、先に帰るというのは確かに失言だったかもしれない。


「え~、まだわからないよ?」


 夜鐘先輩はそう言った。

 おかしい。どこか打ち所が悪かったか?


「利香子先生からOKもらえれば行けるよ!」


 そういう事か。


「……まぁ、利香子先生がOK出すとは思えないですけど――」

「――おっけ」


 背後からそんな軽い感じの声が聞こえた。

 この場に、正面にいる夜鐘先輩の声でないのは明白だった。


「え?」


 そんな抜けた声と共に俺は振り返った。

 そこには、今しがた話題に出ていた利香子先生が立っていたのだ。

 タイトなスカートのスリットは彼女なりの演出なのだろうか。毎日トップスこそ変わるものの、基本白衣にスリットスカートだよな、この人。

 もしかして養護教諭に幻想を抱いているのは男子生徒ではなく、利香子先生本人なのではなかろうか?


「おっけーだよ。デートっつっても帰り道でご飯食べるだけでしょ?」

「はいっ」


 俺が介入しない段階で会話が始まった。


「夜鐘も寮暮らしなんだ。誰もいない部屋で倒れられるより、誰かが近くにいる時間が長い方がいいだろう」

「ちょ、んな適当でいいんですかっ?」

「経過観察だよ。その間に私が寮と話をつけとくから、夜鐘は今日一人で寝ない事。あぁそうだ、火水の使い魔を使えばいいんじゃないかい?」


 とか明るい調子で言ってくる利香子先生。

 凄いな、まるで自分が世界の中心であるかのような言い方だ。


「火水はデート中スマホ握りしめておきな。何かあれば119番。ね、完璧だろう?」


 くそ、もの凄くいい加減な対応に思えるのに、『これ以上の処置はない』というようにも感じる。いや、だからって、いいのか!?


「よぉし! それじゃあ行こっか! 青春デートにっ!」


 いつの間にか夜鐘先輩は起き上がり身支度をし、俺の腕に手を絡めていた。

 どこを指差してるのかまったくわからないが、とりあえず外に出ようという解釈で間違ってないはず。

 ……だが、本当にこれでいいのだろうか?

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