討論

 餓鬼……ときたか。

 学校の校長がその生徒に向かって吐く言葉ではない。

 しかし、士族の養成学校ではこれが当たり前である。

 何しろ全てが実力主義。

 しかし、実力主義とは言っても、それは士族の中での話。

 上等召喚士は特等召喚士に逆らう事は出来ない。

 そして、上等召喚士養成学校の生徒は、上等召喚士に逆らえない。

 士族の中には階級がある。これが実力なのだ。上等召喚士ですらない俺は、ただの召喚士学校の生徒。

 しかも、今回の相手は特等召喚士である雷堂校長。何とも恐ろしい相手である。

 生徒会という組織が守るならまだしも、今ここにるのは火水風土個人なのだ。

 まぁ、それもこの雷堂校長の狙いでもあるのだろう。何とも、好々爺こうこうやを装った狸という感じだな。


「お前は自分がどれだけの存在か理解していない」

「それはどういう意味でしょうか?」

「大人の都合。お前は今そう言ったな?」


 雷堂校長の言葉に俺は静かに頷く。


「そうではない。と言ったら?」

「っ?」

「先に述べた予想できる問題。これらを受けるべきは誰だ? 大人だけか?」


 ……確かに、今中学校に通っている若い才能たちにも影響が無いとは言えない。


「お前が統一杯に出場すれば、それは国立上等召喚士養成学校の看板を背負しょっているのと同義だ。それは同時に、お前のそのスタイルを、学校側が認めた事になる。それくらいはわかるだろう?」

「……まぁ、はい」


 流石に俺もそこまで子供じゃない。

 この凝り固まった士族間の問題を解きほぐせると思っている程、思慮浅くもない。

 もし解決しようとするならば、それには 膨大な時間が必要。

 それは、最近の自分が理想とする世界でもある。

 だから、俺の進路は、それだけ発言力のある人間になるという事になる。

 これは心の奥底にある、最近考え、願うようになった理想である。

 だから、雷堂校長が言いたい事も勿論わかるつもりだ。この場はそれを再認識する場であり、雷堂校長から何かしらの提案がある場だと思っている。

 ……まぁ、そのためには確認しなくちゃいけない事もあるけどな。


「一つお伺いします」

「何だ?」

「雷堂学校長は、私が統一杯一位になれる実力があるとしても、出場させたくないという方針。そういう認識でよろしいでしょうか?」


 この言葉に、福島講師も、塚本講師も固まった。

 雷堂校長ですら、口を結んだ。しかし、彼の場合はただの驚きだけではないはず。

 俺が「統一杯一位」と口にした時、彼は驚いている素振そぶりはなかった。全原会長に勝った事で、俺の実力やナイアや翔の実力を見た事で、その可能性を否定出来ないとわかっているからだ。


「……そうだ」


 ようやく雷堂校長がその重い口を開く。

 俺は、驚かずにすっとその言葉を耳にする事が出来た。福島講師と塚本講師の方が驚いているくらいだ。本来、学校長のこの発言は非常に大きな問題になるだろう。

 これを、例えば録音機器で録音し、生徒会に泣きつけば、俺はおそらく統一杯に出場出来る。しかし、そうした場合、雷堂校長が先に述べた問題が日本中で起こるだろう。

 それを恐れていない発言という事は、やはりこの話にはまだ先があるという事。


「福島君、塚本君……外してくれたまえ」

「え、あ、はい」

「……わかりました」


 福島講師は退出命令に少し動揺し、塚本講師は静かにそれを受け入れた。

 俺たちの両脇を通って行く二人の風を頬に感じ、背中からドアが開き、そして閉まる音を聞いた後、雷堂校長は再び口を開いた。


「火水」

「はい」

「……この召喚士学校をどう思ってる?」


 これには俺は面を食らった。先程までの威厳溢れていたあの雷堂校長の、覇気のようなモノがとれてしまったように思えた。それ程、雷堂校長の表情には柔らかさがあったのだ。

 …………待てよ? もしかしてっ!


「その前に、一つお伺いします。先の福島先生の一件。本当に雷堂学校長が?」


 あの尋問の時、福島講師は確かに言った。「校長直々に頼まれている」と。それが、余りにもこの雷堂校長の顔と結びつかないのだ。

 俺の言葉の意図に気付いたのか、雷堂校長が少しだけ目を丸くさせ俺を見た。


「いんや。儂が命じた事だ」


 飄々と言ったな。


「気にする事はない。ただの間引き、、、だ。火水はそれを生き残ると踏んでいた」


 話の読めない雷堂校長の言葉に、唯一理解を示したのは俺の左後方に立つナイアだった。


「……そういう事でしたか」

「そういう事、って。ナイアの姉御あねご、どういう事すか?」


 翔もまだわかっていない様子。


「あのような行為は……おそらくどの士族養成学校でも行われている事なのでしょう」


 とんでもない問題発言。そう思った束の間だった。


「風土、お忘れですか? この召喚士学校を卒業すれば、晴れて上等召喚士です」

「え? いや、当然だろう?」


 すると、ナイアは首を横に振った。まるで、俺に「わかっていない」と言いたげな様子で。


「風土、上等召喚士になれば、士族が赴くのはどこですか?」


 赴く先? それはつまり、士族の仕事先という事。


「…………あ」

「お気づきのようですね。そう、上等召喚士が赴く先は戦場。十八になった瞬間に死ぬ士族も珍しくありません」


 そうか……。

 雷堂校長が言ってた間引きとは……つまりそういう事だったのか。

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