大事件
「よし! よし! よし! よしっ!!」
俺は強く拳を握り、ただひらたすらにそう言い続けていた。
「へへへへ……」
「流石私のマスターです、風土」
翔とナイア、そして俺の声しか響かないテスト会場。
その理由は当然理解出来た。
何故なら俺が下した相手は、国立上等召喚士養成学校最強の存在。
俺に倒されるはずがない存在なのだ。
統一杯男女総合二位の男を、入学して数ヶ月の男が倒すなんて、ありえるはずがないのだ。感動以上の驚愕。それが彼らに適当な動きである。
だからこそ、この
「やれやれ……負けてしまいましたか」
「全原会長……」
「お見事です火水君。君ならば
「……勉強させて頂きました!」
深く下がる俺の頭。それはただの形式上のものではなく、心からの敬意として下がった頭。
顔を上げた時、全原会長は、やはり嬉しそうだった。
微笑む全原会長の中に悔しさはないのか。そう思った瞬間もあった。
しかし、彼が俺と
――悔やむ事すら惜しい。時間は有限であり、その中に後悔を含めるべきでないと考える人、それが全原会長だ。
俺はそれを翔とナイアに教わった。しかし、全原会長は自分の足で歩き、見つけたのだ。
まだまだこの人から教わる事は多い。
俺は勝ちはしたが、それは一時の勝利だ。全原会長はまだ強くなるし、その可能性も秘めている。昨日までは追われる存在だった彼は、今日から追う存在となった。ただそれだけなのだ。
そう思った時、俺の手は、自然と前に出ていた。
全原会長は、少しだけ驚いた様子だったが、すぐにまた微笑み、その手を握ってくれた。
――瞬間、
「うぉおおおおおおおおおおおっ!! やったじゃねぇか風土ぉおおおおお!!」
「イェーイ! ヤッタネ、風土ー!!」
「火水さん! やりましたねっ!!」
同年の仲間、純太、ジェシー、玲からの祝福がようやく届いた。
夜鐘先輩は、目を涙で潤ませ、何も言わずに称賛の拍手を送ってくれた。
高山先輩は、静かに泣き、全原会長の事だけを見ていた。
他の代表選手たちは、同世代らしく興奮した様子で、時には騒ぎ、時には拍手し、時には笑っていた。
◇◆◇ ◆◇◆
それで、俺は今校長室に呼ばれている訳だ。
大きな机の奥には校長が座り、その左側に福島講師が立ち、右側に塚本講師が立っている。
塚本講師がいる以上、ここでいじめられるという事はないとは思うが、一体何の用で呼ばれた事やら。
まぁ、俺も右後方に翔、左後方にナイアがいるし、怖いモノはないんだが、いかんせんやはり校長の目は鋭く突き刺すようである。
「おい、風土! 何だよ校長室なんて俺様初めて入ったぜ! 何かトロフィーとかいっぱいあんぞ! 茶は出ねぇのかな!?」
若干一名、血みどろの翔ちゃんだけは、まるで遊園地に来たかのようにはしゃいでいる。
「風土は勝者。きっと素晴らしい称賛の言葉が聞けるのでしょう」
ナイアも珍しい。わざとらしく言っている。
まぁ、この前の福島尋問事件があるから、福島講師と雷堂校長には良い感情を抱いていないだろうからな。
「……使い魔の手綱も握れぬか?」
なるほど、召喚主である俺に言ってきたか。
だが、俺の使い魔の事を悪く言われるのは納得がいかない。
翔はわからないが、ナイアは俺を思って言ってくれたのだ。
ならば、俺もナイアと翔を守らなくてはいけない。
「いえ、私が勝手を許しています」
福島講師の目付きが鋭くなり、塚本講師は少しだけ目を丸くした。
肝心の雷堂校長は表情一つ変えていない。さすが特等召喚士は貫禄が違うな。
俺の言葉を受け、ナイアも翔もなんとか口を結んでくれたようだ。
「の割には、先の戦いの息は揃っていたな」
さっきの言葉は風のように受けすらもせず、ただ流すか。
「私には過ぎた使い魔です」
「ふん、本当にそう思っているのか?」
「当然です。この中で私が一番弱いのですから」
ここでようやく雷堂校長の片眉が上がる。
「ほぉ、他士族の力を使っても勝てぬか?」
ここか。
やはり雷堂校長は、俺が他士族の力を使う事を良く思っていない。
だが、この程度の圧に屈しているようじゃ、俺は後で翔に血みどろにされてしまう。
「これは、使い魔に教わった生きる術です」
「魔法士学校の小娘に魔法を習っている事、儂が知らぬとでも思っているのか?」
おう、流石に知ってたか。
まぁ選考会で
「何か問題でも?」
この返答は予想していなかったのか、雷堂校長は口を閉じてしまった。
しかし、雷堂校長は顎を揉み、すぐに口を開いた。
「問題だらけだ」
「具体的には?」
すると、雷堂校長は深い溜め息をそれはもう長く吐いたのだ。
「お前が統一杯に出た場合、今日の結果を見るに、必ず上位に食い込む。それは儂にもわかる。何せあの全原を倒したのだから」
「ありがとうございます」
「しかし、その試合を見た他の士族はどう思う?」
「というと?」
「士族間の軋轢に、少なからず疑問を覚えると言っている」
「何の問題が?」
「……わからないようであれば言ってやる。これより入学する志望校の混迷。カリキュラムの修正。諸士族の非難。瓦解する士族制度。どれをとっても問題だ」
「それは大人の都合です。私には関係ありません」
「言うじゃないか、餓鬼……!」
いよいよ雷堂校長の視線が怖くなってきた。
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