国立上等剣士養成学校

 国立上等剣士養成学校。

 当然、俺のかつての旧友も通っている士族学校の名門中の名門。

 多くの優秀な剣士がその学校を卒業し、上等剣士、特等剣士となっている。中学時代の体力自慢は、やはり剣力イスパーダクラフトを備えている者が多い。

 だから、剣士学校に通う人間は必然的に多くなる。

 分母が大きいのだ。それだけ優秀な人材も揃うのは必然だ。

 さて、常にテンションが高い夜鐘やがね先輩でさえ黙ってしまう程の緊張感を構築した全原会長は、昨年の聖十士せいじゅうし一位のあの人、、、を意識しているに違いない。

 例年通りであれば聖十士は、経験も年齢による肉体的能力向上もあり、大体が三年生で構成される。しかし、昨年は豊作の年と呼ばれた例年とは呼び難い年だった。

 二年生ながら聖十士入りした全原ぜんばら哲人あきと高山たかやま純恋すみれ。この二人以外に、昨年の聖十士には後二人の二年生が名を連ねた。


 生徒会室にあるモニターの電源を入れた全原会長が最初に見せたのは、やはりあの人だった。


「国立上等剣士養成学校――通称剣士学校を語る上で外せない人物が……彼、霧﨑きりざき貴人たかひと


 モニターには、昨年の初戦を戦う霧﨑が映し出されていた。

 無骨な剣士学校には似合わない端正な顔立ち、一見華奢な体躯。しかし、その実非常に練り込まれた肉体だという事は、決勝での対全原戦で明らかになった。

 全原会長の岩弾が斬り裂いた衣服が落ち、霧﨑の肉体の一部が画面に映った。繊維レベルまで絞り込まれた肉体は正に鬼のようだった。名前の貴人たかひとの漢字と掛け、鬼人きじんと呼ばれたのは記憶に新しい。

 強引な霧﨑の動きを、巧みな召喚と戦術で凌いでいた全原会長。しかし、制限時間を超え、判定の結果霧﨑の勝利に終わったあの秋。

 全原会長としても苦い思い出だろう。


「ほぉ、このガキやるじゃねーか」


 決勝戦で戦う霧﨑を見て、唐突に翔が零す。

 あの翔が人を褒めるなんて、何て珍しいんだ。明日は月でも降ってくるに違いない。

 顎に手を添え、ふんふんと唸ってる翔を見て、全原会長が聞く。


「何か興味深い事でも?」

「遊んでやがるな、こいつ」

「「っ!?」」


 不思議な事に、驚いたのは俺と夜鐘先輩だけだった。


「流石、おわかりになりますか」

「おうよ、しかしわかんねーな。この戦い方。まるで本気を出してるように見せなくないみてぇだ。……てこたぁ、辛勝に見せたかった?」


 そんな翔の推測に、全原会長が微笑む。


「その通りです。戦っている私はすぐにわかりました。霧﨑君は本気を出していないと。もっとも、途中で高山君も気付いたようですが」


 そうか、だから高山先輩はあんなにも全原会長の二位を嘆いてたのか。


「姉御、こりゃ楽しくなってきやしたね」

「えぇ、この方相手ならば、風土の全力をぶつけられるでしょう」


 目の前に我が校の代表、全原会長がいるのに、この二人は何を言っているのか?

 当然、夜鐘先輩の目が鋭くなる。


「それはあれかな? 全原会長より火水君のが強いって事なのかな? ん?」


 夜鐘先輩の笑顔の中に籠められた敵意を、この二人が気付かないはずがない。しかし、ナイアと翔はお互いに見合い、再度夜鐘先輩を見る。

 そしてナイアがモニターを指差して言った。というか、言ってしまったのだ。


「少なくとも、このモニターに映っている去年の全原会長よりは……強いですよ、風土は」


 その言葉は、ただでさえ気が立っているであろう夜鐘先輩を煽るには十分だった。


「面白い冗談だねぇ……」


 いつもは無駄にテンションの高い夜鐘先輩だが、この時ばかりはそうはいかなかった。低く明確な敵意をもった一言。

 俺は額を抱え、全原会長は生徒会長席に座りながら微笑を見せていた。


「だそうだけど、火水君?」


 飛び火がきたぞ。

 がしかし、冷静に受け答えしていれば、問題になるはずもないだろう。


「いやいや、当然今の会長の方が強いに決まってるじゃないですかっ。ハハハハ」


 ……ふむ、俺のこの言葉も悪かったらしい。

 夜鐘先輩の頬が、一瞬だけピクリと動いてしまった。

 あれ、何か逆鱗に触れてしまったのだろうか?


「つまり、二年時の全原会長には勝ってるって言ってるよねぇ? いや、言ってる」


 次第に頬がヒクヒクし始めた夜鐘先輩。

 そしてそれが限界に達したのか、夜鐘先輩はその場で立ち上がり、俺を指差したのだ。そしてその指をそのまま窓の外に向けたのだ。


「いいよ、アタシがその実力がホンモノかどうか見極めてあげる」


 その言葉を受け、ナイアはいつものデフォルト鉄仮面を見せ、翔はニヤニヤしながら反応して見せた。

 これはつまり、「外で私と戦え」という意味だろうか?

 俺の嫌そうな視線に気付き、全原会長は鼻をすんと鳴らした後、俺に聞いてきた。


「どうするね、火水君?」


 その問いは俺にとって救いに満ちていた。

 何故なら、全原会長が俺に戦闘の意思を確認してくれたのだから。

 俺は、その救いを最大限有効活用しようと思う。


「じゃあ、帰ります」


 当然だろう?

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