2-9

 鎌倉我孫子。

 20代半ば。占い師が本業だが、それだけでは食べていけないために色々とバイトを掛け持ちでしているらしい。占いは専用の路上スペース(個人の私有地の一部)を数人で賃貸契約して、曜日や時間でシフト制で回しているという。

 占いの館のようなブースというかテナントを借りるよりは安上がりらしいが、当然客が来なければ赤字で維持できないので、それなりに成り立ってはいる商売なのだろう。

 専門は水晶占い。スクライングとか言うそうだ。水晶を通じて相談者の心象風景とかを垣間見たり、感情を読み取ったりして悩みや心配事、そのための有効な対策などをアドバイスするらしい。霊感や透視力などの特殊能力が必要だとかで、果てしなく胡散臭い。俺は一生近づくことがなさそうな職業だ。

 けれど、江崎が見定めて可能性があると感じた人間であるならば、本物かもしれない。江崎の人間観察眼の鋭さは俺自身が身をもって知っているだけに無視できない。

 占いなんてものにはまったく興味がないし、信じてもいないが、だからといってすべてが欺瞞だと断じることもできないだろう。個人の感情で事実を歪めてはならない。そういうわけで、弐姫という非常識な存在について感知できるかどうかで資質は分かる。江崎に呼ばれた意味はそこにあるので試すしかなかった。

 とはいっても、既に弐姫は鎌倉付近を飛び回っていたわけで、ここまでそれに気づいた様子がない時点でお察しの結果なのではないだろうか。

 「では、この人を、占えば、いいので?」

 「うん、頼むよ。こいつ最近失業したんだけど、なんか悪いもんにでも憑りつかれてるんじゃないかって思ってさ」

 どうやらそういう設定で行くらしい。まったくの事実無根だが、テストのために否定しないでおく。ちなみに、もう猫の被り物は取っていた。鎌倉との間でひと悶着あったが、面倒なので割愛する。

 「ええーーっ!?ちょちょちょ、聞き捨てならないんですけどー!?わたし、悪いものじゃないよっ?むしろ、幸運を運んじゃうよっ?」

 そんなことは露知らず、弐姫はわめていたがこちらも黙殺しておく。説明が面倒だ。あと、少なくとも今現在まで幸運を運んではいない。きっちりとそこは言っておかねばなるまい。

 「分かり、ました……」

 鎌倉はうなずくと、どこから取り出したのか、小さなビーダマを掌に載せると、何事かぶつぶつと呟いてじっと視線を注いでいる。何かの儀式なのだろうか。益々怪しい入りだが、そもそも前知識が何もないのでやはり黙って見守ることにする。

 騒いでいた弐姫も、そんな鎌倉の只ならぬ雰囲気に気づいたのか、急に静かになってその後の展開を待つことにしたようだ。どちらかというと、興味津々でそれまでの不満をあっさり忘れた可能性が高い。背景にワクワクという文字が浮かんで見える。単純な奴だ。

 つられるように俺も鎌倉の掌のビーダマを見つめてみるが、当然の如く、そこに何か不思議なものが見えるといった超展開は皆無だった。だいたい、水晶占いっていうのはあんなビーダマでできるものなのだろうか。勝手なイメージでしかないが、もっと大きなものを使ってやるのだと思っていた。

 あるいは、これは単なる代用品なのかもしれない。さすがに着ぐるみのバイト中に水晶玉を持ち歩いているわけにもいくまい。そう考えると、ビーダマというのは持ち運べるという点で合点がいく。実用性があるかどうかは別として。

 「……では、フルネームを、教えてください……」

 「それは断る。秋留だけで頼む」

 「……」

 俺の即答に何を思ったか、鎌倉は一瞬顔を上げたが、すぐさまビーダマに視線を戻した。そういえば極度の人見知りと言っていたな。そんな人間が対面式の占い師なんて職業とはまったく不合理に思える。仕事中は別腹みたいな感覚であるなら分かるが、今の反応を見る限り、そういうわけでもなさそうだ。背に腹は代えられない覚悟なのかもしれない。いや、若干しゃべり方が普通になっていた気もしないでもない。やはり仕事モードだと大丈夫とか言う特殊体質か。

 「おいおい、秋留、おまえが自分の名前嫌いだってのは知ってるが、今はさすがに答えてやろうぜ」

 「だが断る」

 俺の意思は揺るがなかった。占いのために名前を明かすなんて選択肢は俺にはない。だいたい、姓名判断でもないのに名前が必要なのか疑問だ。むしろ、占いでそのくらい勝手に当てて見せて欲しいとも思う。

 江崎も十分にその点に関する俺のこだわりを知っているので、勝手に名前を教える気はないようで安心する。苦言は呈するが、決して強制はしてこない。理解してくれる他人がいるというのは、大変ありがたいことだ。

 「ああっ!そういえば、わたし、あきるくんのフルネーム知らないんじゃ?え、でもまって、あきるくんってあきるくんが名前じゃないの?苗字なの?ええー、どうなのっ?」

 弐姫がわちゃわちゃと再び声を上げ始めるが、内容が内容だけに聞こえないふりでスルーする。

 「ちょっと、あきるくん!?さっきから絶対聞こえてるのに無視してるよね?なんなの、反抗期?反抗期なの?遅れてきた青春を取り戻すつもりなの?」

 何がいったい反抗期で、遅れてきた青春なのか。いちいち失礼な物言いだが、同じく無反応を通して鎌倉に集中する。

 ここまでの状況で弐姫の声が届いているとは思えないが、今現在、そのポジションは丁度俺と鎌倉の中間に移動していた。初めて正面にいることになる。

 霊感だか何だかがあるのなら、姿かたちは見えずとも、何かを感じるはずだと思うのは決して素人考えではないはずだ。本物か否か、今こそ正体を現せ、とか一人で勝手にモノローグ風なナレーションを想像してしまった。アニメの見過ぎか。

 「……では、苗字だけで、できるだけやって、みます……」

 果たして、鎌倉が掌のビーダマを掲げて、顔を上げたその時。

 「へあっ!!?」

 それまでのぼそぼそとした口調から、いきなり甲高い声が飛び出してきた。

 「うおっ、どしたん、我孫子ちゃん?」

 「なな、なななななっ!?」

 「七?数字の七かい?ふむ……フィーバー?」

 「それはパチスロでもやれってことか?」

 俺と江崎は動揺している鎌倉の言葉に憶測を重ねる。実際には、俺は彼女の反応が何に起因するものか分かっていたので、正直驚いていた。今までまったく気づいた素振りがなかったのに、どうやら弐姫の存在を感知したようだ。

 「な、何かに憑りつかれていると、さっき、言って、言ってました……よね?」

 鎌倉の確認に江崎が頷く。どうやら、江崎にもその意味するところが分かったようだ。急に真剣な顔になって尋ねる。

 「ああ、もしかして、何か見えた?」

 「……」

 鎌倉は答える代わりに、もう一度ビーダマを目前に掲げた。なるほど、少し仕組みが分かった気がする。

 彼女は水晶占いをするだけあって、水晶を通してのみ何かを感じたり見たりすることができるのかもしれない。つまり今、小さいながらもビーダマがその役割を果たし、俺との間で浮遊している弐姫が見えているということだ。それまではビーダマがない状態だったので、気づけなかったということか。

 「にゃにゃんと!?もしかして、あきるくん以外で初めてわたしが見える人!?ヘ、ヘヘイヘーイ、キコエマスカー」

 弐姫も降ってわいたような興奮のためか、おかしなカタコトで鎌倉にアピールしだす。動揺しているのか、腕の動きがおかしなことになっていた。おそらくは手を振っているつもりなのだろうが、アル中の震えのような痙攣に近い動作になっていて実に気持ちが悪い。

 「……これは、アストラル体?」

 「あすとらる?なんだ、それは?」

 聞き慣れない言葉だった。いや、アストラルボディとかなんとか、昔読んだ漫画で見た気がする。幽体?とかそんな感じの説明だったような……

 「精神的な、体を指す……でも、本体が、ない……?」

 「んん?話が見えないんだけど、我孫子ちゃん。何か見えてるけど、異常な状態ってこと?」

 江崎の疑問に鎌倉は頷いて、たどたどしいながらも説明してくれた。

 それによると、人間は通常では生身の肉体、エーテル体、アストラル体という層に分かれているらしい。エーテル体は活力体・生命体とも呼ばれているらしく、分かりやすく言えばエネルギー、『気』とかそういう概念のようなもの、対してアストラル体は、感情体で精神活動を司るものとのことだ。

 霊的な力のある占い師は、このアストラル体が視えるため、相談者の精神的な機微を察したり、そこから派生する現象世界を知覚して、よりよい方向へと導けるらしい。ざっくりとした例としては、感情を色としてとらえて、何をすればそれがベターな色に変わるかとか、そういう感覚とか何とか。正直、説明されても未体験ゾーン過ぎてよくは分からない。

 何にせよ、弐姫に関してはアストラル体しか視えないとのことで、肉体やエーテル体、要するに生命活動を行っている生身のものが感じられないという話だった。じゃあ、弐姫は死んでいる幽霊的な存在で確定か、と思わぬところから重大な事実が発覚したかと思いきや、そういうわけでもなかった。

 アストラル体のみを分離することは可能であり、俗にいう幽体離脱などはこれに近いらしいので、それだけでは本体の生死は分からないという。ただ、その場合もエーテル体の存在は感じ取れることが多いということで、鎌倉はそこに違和感を感じているらしい。やはり死んでいる可能性の方が高いということになるようだ。あくまで、オカルト的見解を信じるのならば、だが。

 「つまりまとめると、霊的なものは確かにそこにいるってことでいいのかな?」

 まとめるというより、江崎の知りたい箇所だけを要約した確認だった。

 「はい……確かに、何かがいます……でも、危険なものでは、なさそう……」

 「おお、流石だ。やっぱ、我孫子ちゃんは本物だな!」 

 江崎が俺に同意を求めてくるが、今はそれどころじゃなかった。弐姫が存在していることはとっくに把握している。その存在を感知できているのなら、オカルト視点だろうとかまわない。弐姫の現在の状態に関してヒントが欲しかった。生きている可能性、その有無を確かめる必要があった。

 本当は弐姫がいる場での確認は避けたかったが、そんな選択の余裕はない。

 「その、アストラル体?だけが存在しているというのは、つまりどういう状況なんだ?本体というか、生身の体はどこかにあるってことか?」

 俺の質問に驚いたようにぱっと顔を上げた鎌倉は、すぐにまたうつむいた姿勢に戻った。なぜ驚いたのか一瞬分からなかったが、よくよく考えてみれば、アストラル体なんて非科学的なものをすんなり受け入れた俺の態度にびっくりしたのかもしれない。弐姫のことがなければ、一般的な反応として一笑に付すのが大多数の反応だろう。

 「その、ちょっと、私にも分かり、ません……普通は、本人が、目の前にいる状態、ですので……」

 「目の前……」

 その意味を推し量って、なるほどと合点がいく。鎌倉は占い師だ。通常であれば、客である相談者のアストラル体を視ているわけで、そこに第三者がいるわけじゃない。ゴーストハンターのような霊能者なら、あるいは普段からさまよっているアストラル体のようなものを視ているのかもしれないが、鎌倉は水晶を通してのみ視界に映せるようなので、今の状況は初めてなのだろう。

 いや、さまよっているアストラル体なるものが存在するのかどうかも定かではなかった。尋ねてみると、

 「専門家、ではないので、詳しくは、分かり、ません、が……」

 鎌倉がためらいがちに話してくれたものを要約すると、アストラル体は通常本人に付随するものなので、それだけが独立して存在することはない。ないのだが、前述したようにアストラル体だけを分離させることも不可能ではないので、一般的に幽霊や霊的存在と呼ばれるものの中には、このアストラル体が含まれているらしい。そこには当然、生霊なんてものも存在するので本体が死んでいるモノだけではないようだ。

 一方で、幽霊と呼ばれる存在はエーテル体であったりもするが、エーテル体は死後一定期間で消滅するらしく、幽霊の状態によって実態は違うという。幽霊が恨みつらみで現世に残っているという通説を信じるのであれば、エーテル体が消失してもアストラル体だけがしぶとく残って、感情体という存在で現世に留まるのだとすれば、それまでの説明とも一致して納得できる部分は確かにあった。

 じゃあ、弐姫はエーテル体なのかアストラル体なのかという本題だが、後者だと断言された。ゆえに確実に弐姫が死んでいるという、分かりやすい方程式の解はなくなった。次いで、本体については不明だとも先回りして回答されていた。専門家であれば、アストラル体から本体への痕跡を辿れるかもしれないとの話だが、鎌倉にそこまでの力はないらしい。

 それが可能であれば、本体の生死に関して確証を得られるところだったので、俺にとっては残念な結果だった。

 「ちなみに、そのアストラル体ってのは、どんな風に見えるものなの?」

 半信半疑ながらも、興味津々でそう江崎が訊くと、

 「それも、人によって、違う、のです……私は、はっきりと、姿形、までは、分かりません……薄もや、のようなそういう、ぼんやりと、したもので、感情によって、色が変わったり、します……」

 「ああ、あれかな。オーラの色で判別とかなんとか、どっかのテレビで見た気がするかも」

 「ってことは、アストラル体が視える奴でも、それがどんな容姿の人間なのか、分かるのと分からないのがいるってことか?要するに、鎌倉の場合、今みたいに生身の本人が目視できない場合、アストラル体だけ視えてもどんな見た目の奴かは判別不可能と」

 「はい……そうです……オーラについては、エーテル体だという、人もいますが、それは諸説あるので……どちらにせよ、本体と同時に、存在していたら、分かり、ます……結びつきが、あります、ので……」

 「なるほど。アストラル体と本体は紐づいてるから、近くにいれば分かるってことか」

 鎌倉がこくんと頷く。

 それなりに理解はできたと思う。しかしながら、期待した結果ではなかった。せめて弐姫の見た目を確認できたら、俺の不安も多少は緩和できたのだが。未だに、弐姫の外観に関して、俺の主観的何かが影響しているかどうか、否定はしつつも多少の疑惑は残っているからだ。俺以外の第三者の視点があれば、心強いと思わずにはいられない。

 「あの、そろそろ、時間なので……」

 鎌倉はバイトの途中で、休憩時間がてら抜け出してきただけだとのことだった。去り際も土産にサンドイッチを頼んでいくあたり、人見知りのわりにはちゃっかりしていた。あるいは食いしん坊なのかもしれないが。

 江崎は満足げに、彼女は本物で当たりだったとほくほく顔だったが、俺としては少し消化不良だった。

 棚から牡丹餅的に、オカルト方面からのアプローチもありだという収穫は得られたが、決定的に何かが分かったということもなく、それがもどかしかった。

 「猫さん、いいなー、あれ、欲しいなー」

 弐姫はと言えば、最後は結局猫の着ぐるみを気に入っていただけだった。鎌倉に対しては、アピールが無駄だと知ってあっという間に興味を失っていた。現金な奴だと思う一方で、意思疎通ができないのはやはり辛いであろうことは理解できるので何も言えない。

 そのしわ寄せで、俺に対してあらゆる反応を期待してくるのは正直頂けないのだが、拒否権はなかった。

 まったく、面倒なことだ。

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