1-4

 世の中には不思議な職業が結構な数で存在するものだ。

 いや、不思議というと語弊があるかもしれない。聞いたことはあるけれど、日常生活ではまず関わり合いにならないため、イメージだけがあって実態が不明なものと言うべきか。知っているけれど実は知らない。

 そんな肩書きの一つに、探偵がある。

 小説などではお馴染みだが、一般生活でそんな探偵と知り合いになったり、世話になることは稀だろう。昨日までであれば、俺もそんなものとは程遠い一般人の枠に収まっていたわけだが、今日からは違う。

 目の前には今、その探偵なる未知の人間がいたからだ。

 「なるほど。概要は把握しました。にわかには信じがたい話で常識外の依頼ではありますが、先ほどの原因不明の現象と、江崎さんの紹介であることを吟味して、暫定的にお引き受けします」

 銀眼鏡のフレームを様になるルーティンで仕切り直した男は、先ほど締め切った窓のカーテンを開け放った。

 差し込む陽光であらわになったその男の顔は、同性から見てもイケメンとしか言えない整った顔立ちをしていた。アニメでよくいる主人公の親友ポジションの一つである、頭脳明晰キャラの亜種だ。理路整然と状況を解析し、なぜか常識外の必要な知識を有していて、都合良くアドバイスを送るサブキャラのそれだ。

 そしてスパイスとして妙な性癖があるに違いない。

 「あんたはきっと隠れサドだな」

 「……何ですか?今の会話の流れで、そのような邪推が飛び出してくる理由が不明です。しかし、自己分析的にMかSかと言われればS寄りであるとは言えるでしょうが、Sだと断言できほど偏ってはいないと思います」

 疑問を呈しながら、馬鹿正直に答えるのか。さすがの真面目な性格である。見た目や言動、そのすべてが真面目という看板を前面に出しすぎていて、意外性が介入する余地がない。江崎に紹介された探偵、楠木正太郎くすのきしょうたろうは何処を切っても真面目という形容詞しか飛び出してこなそうなほど、実直な人間だった。(ただし、イケメン眼鏡。ずるい)

 なぜ探偵などしているのか不思議な感じはするが、人にはそれぞれ事情がある。黙って受け入れるのが大人というものだろう。

 「いや、気にしないでくれ。とにかく、現状で分かっている情報はこんなもんだ。何から手を付けたらいい?」

 弐姫の依頼である死亡確認のためには、本人の記憶が必須だ。その記憶を取り戻す方法に関して、俺にできることはほとんどない。ならば、専門家に頼むべきだが、いったいどの方面の専門家が適切なのか分からない上、たとえば脳外科に弐姫の脳の状況を調べてもらうにしても、弐姫が見えないわけで、選択肢として存在しない。

 結果、俺の頭に残った唯一の専門家が探偵というものだった。本人の記憶がないなら、人探しというアプローチで探ってもらえばいいという思考だ。

 けれど、前述したように一般人である俺にとって探偵などというレアな職業の知り合いがいるはずもない。そこで、数少ない友人と呼べるくらいの間柄である江崎に頼って、その人脈から楠木を紹介してもらったというわけだ。

 現時点での情報はすべて共有した。江崎にやったように、この与太話にしか聞こえない状況に信憑性を持たせるため、再び弐姫を使って超常現象を起こした。机の上の灰皿を宙に浮かせて動かすデモンストレーションを見せた。

 その際に、楠木は驚きながらもすぐに灰皿の上下左右に手を動かして、ピアノ線の類いの可能性を確認し、窓のカーテンを引き、部屋の明かりを消して暗闇にすると、鏡のトリックや光の屈折による科学的アプローチも試して、その浮遊現象が原因不明であることを認めたのだった。

 頭の回転が速いと、とっさに色々できるものだと感心するばかりだった。

 そんな対応力を目の当たりにしたこともあって、俺は楠木という探偵に少し期待をしていた。単なる真面目のイケメン眼鏡ではない。少なくとも、無能では決してなさそうだ。

 「何からというか、現状ではまったく情報が足りていません。手がかりとなるものを引き出す作業が必要です。それで、その弐姫さんという方は、今もそちらにいるのでしょうか?」

 「いぇーい、いるよーん!せくしぃーぽーず!あきるくんの友達って、イケメンさんが多いね。喫茶店の人はアイドル系だったけど、こっちの人はモデルさんみたーい」

 楠木の目の前で手をひらひらさせては、踊るように体をくねらせてアピールしているが、当然、楠木には見えていない。

 「ああ、多分まったく気づいてないだろうが、あんたの目の前で今、謎のセクシーポーズアピールをしている」

 「……なるほど。アピール内容が不可解ですが、貴方には見えて、僕には見えないという前提で話を進めていくしかないようです」

 「そうしてくれるとありがたい。必要な情報は例えば何がある?そっちには聞こえないが、質問自体は弐姫には聞こえるから俺が代弁できる」

 「いえ。現状では、弐姫さんには記憶がないとのことなので、違うアプローチが必要です。通常であれば、写真や何かで視覚的なものからが一つの手段ですので、モンタージュ写真というか似顔絵を提案します」

 「おお、なるほど」

 それは盲点だった。確かに、弐姫が見えるのが俺だけでは意味がない。その視覚的情報を共有すれば、聞き込みができるわけか。

 だが、待てよ。

 俺はそこで最大の障壁に気づいた。

 「俺は絶望的に絵心がないんだが……」

 少しの見栄も張れないほど、そちらの才能は皆無だった。猫を描いて、ネズミに間違えられてもおかしくないレベルだ。

 「貴方に書いてもらうわけではないのでご安心を。基本的な部位の特徴を並べれば、今はPCソフトの方で抽画してくれますので」

 「おお、文明の利器か」

 思ったよりも手法は最先端だった。そう思ったのには理由がある。この探偵事務所の古くさい趣のせいだ。雑居ビルの一角にあるこぢんまりとした部屋なのだが、壁一面に巨大な本棚とキャビネットがあり、それらの装飾がすべてアンティーク風の赤茶けた色で統一されている。昔何かのアニメで見た探偵社のイメージそのままだった。あるいはシャーロキアン被れのイギリスファンか。

 だが、この部屋の趣味は楠木には関係ないらしい。楠木自身はこの探偵事務所の代理所長という肩書きらしく、実際のボスは現在放浪中とのことだった。なかなかレアな理由だと思うのだが、放浪癖がある人物らしく、いつものことだと苦笑していたくらいだから、関係者にとっては日常茶飯事なのだろう。

 常に主のいない探偵事務所というのもどうかと思うが、こうして存続しているのだから、楠木が立派に代役を果たしているという証左かもしれない。ともかく、そういった古めかしい調度の部屋であるだけに、ハイテク技術の話とは無縁に思えたわけだ。

 一見したところ、楠木のデスクの上には型落ちの無骨なノートパソコンしか見えないが、ハイパワーマシンがどこかに隠されているのかもしれない。CG(コンピュータグラフィックス)系のソフトというのは、それなりの性能スペックがないと重くてまともに動かない。最新型ならまだしも、あのノートパソコンでは厳しそうだった。

 「じゃあ、早速……」

 「いえ。申し訳ありませんが、そのソフトの扱いに長けている助手見習いもどきの人間がまだ来ていないので、もう少しお待ちください。あるいは、都合次第でまた日を改めてもらってもかまいませんが」

 「ああ、それなら待たせてもらう。さっきも言ったが、締め切りがないってわけじゃないんで、できることは先延ばしにしたくない」

 「それは賢明な判断かと思います。普段であれば、あと20分もすれば現れるので、もう少しお待ちを。その間、やはり少し弐姫さんに質問をしてもよろしいですか?」 

 「はいはい、なんでしょ?」

 相手には聞こえないと分かっていても、すぐさま反応している弐姫だった。代弁する。

 「ヤツは答える気満々だ」

 「それは重畳。まず、初めに言っておかなくてはなりませんが、一般的に記憶喪失というのは、強い心因性の原因があるものと推測されます。つまり、記憶を取り戻すことで想像以上に酷い過去が判明する可能性もありますが、その覚悟はありますか?」

 「おー、ばっちこーい。こっちは死んでるっぽいし、怖いものなんていないいないばぁ」

 即答か。しかも、そのノリはどうなのか。意訳しておく。 

 「……問題ないと」

 「了解です。記憶喪失に関してもう一つ、その種類というか症状をはっきりさせておくことも重要かと思います」

 「種類?」

 「はい。僕も医者ではないので詳しくは分かりませんが、通常、記憶喪失には全生活史健忘と一過性全健忘があります。前者がいわゆる、ここはどこ、わたしはだれ状態の、自身に関するあらゆる情報を忘れている状態、後者は新しい情報を覚えられないといった前向性健忘にあたるものですが、その兆候はありませんよね?」

 「つまり、記憶を維持できないって話か?いや、今日も俺のことをちゃんと覚えてたからそれは大丈夫っぽいな」

 「なるほど。では、やはり前者と考えて話を進めてよさそうですね」

 「ほぇー、にほんご、むつかしいネ」

 怪しい外国人風になって、首をかしげている弐姫は放っておく。

 「そうだな。健忘っていうのは医学用語か。その全生活史健忘?とやらだった場合、弐姫は名前だけは覚えていたっていうのは不自然じゃないのか?それとも、普通にそういうのもあり得るのか?」

 「正直、僕もそこは気になっています。全生活史健忘でも、部分的に思い出してくるものがあるので、まずは名前だけ取り戻したという可能性はあるといった所でしょう。ただ、僕が本当に懸念しているのは、その記憶喪失が解離性障害だった場合です」

 楠木は淡々と話を続けた。

 「つまり、実は多重人格障害で、弐姫と名乗っている現在のパーソナリティが、本当の人格ではない可能性です。その場合、解離性健忘で本来の人格の記憶は封じ込められている可能性もあるので、弐姫さんというパーソナリティを追っても、何も分からないということになります」

 「……二重人格ってやつか。その発想はなかった」

 頭の良い人間はやっぱり切り口が違う。俺は素直に感心した。記憶喪失の種類という観点は思いつかなかった。単に記憶を取り戻すことしか考えていなかったが、何らかのショックで二重人格になり、現在の弐姫が別人格として表面化したとしたら、弐姫という手がかりそのものが本来の人物とはかけ離れている可能性が出てくる。

 実に鋭い指摘だった。

 「ええー、弐姫は弐姫じゃないの!?どういうこと、あきるくん??」

 一方で……本人のこういう反応は困る。ここで変にアイデンティティの危機による精神的混乱を起こされるよりはいいが、まったくあっけらかんとした態度もいかがなものか。自分自身のことについてもう少し、真剣味が必要じゃないだろうか。

 と、少しばかり苛立たしさがわき起こったので注意してみる。

 「おまえはもちっと緊張感を持って生きる……いや、ええと、活動するべきだと思うぞ」

 死んだ人間に生きろとは言えない。死人に対する表現というのはなかなか難しいところだ。よく考えたら、こんなことで悩んでいる人間は俺くらいじゃないのか。前例のない対応というのは難しい、というか面倒だ。参照できるものがないので、手さぐりになってしまう。

 「むむっ?まるでわたしが不真面目みたいな言い方じゃない?失礼バンバン!ちゃんとこれでも考えてるんだからねっ!」

 失礼千万と言いたいのだろうが、頬を膨らませて怒ったポーズをされても説得力はない。

 「その反応からして、弐姫さんに動揺は見られないという解釈でよろしいですか?」

 「ん?ああ、そうだな。弐姫は弐姫じゃないのかと脳天気に俺に聞いてくる始末だ」

 「なるほど、それで緊張感と……しかし、その脳天気というのも少し的外れかもしれません。現在の弐姫さんの状態を鑑みれば、自身のルーツすら確信できていない可能性があります。立脚点の定まらない人にフラフラするなと言っても詮無きことかと思います」

 「……」

 そういう考え方もありか。確かに自分のことと言われても、その自分というものが不明瞭ではピンとこないかもしれない。

 すこし浅慮だったか。

 弐姫にしてみれば、死んで記憶も失って何ひとつ拠り所がない状態だ。当たり前だとか、当然であると俺が考える前提そのものの認識を改めるべきなのかもしれない。もっと優しさと思いやりを持って、敬意と共に……却下だなっ!

 「ほひ、はにをふぃへる?」

 せっかく大人の配慮を慮っていたというのに、弐姫が俺の頬をこねくり回していた。

 「いやー、なんかむつかしい顔をしてるから、ほぐそうかと」

 にっこりと笑顔を見せながらもその手は休むことを知らない。遠慮も容赦もない。

 「いあ、やふぇれ」

 自主的に止めようとしないので、上体を反らすことでその魔の手から逃れた。異性とのスキンシップという意味では、俗に言うイチャラブ状態な悪くないシチュエーションな気もしたが、これは決定的に何か違う。

 「ったく、おまえってやつは……」

 真面目に色々考えてるこっちがバカに思えてくる。

 「ふむ……今のは顔面を何かに干渉されていたのですか。貴方が表情筋自在操作法のような奇才を会得していないのであれば、不可思議な現象ですね。弐姫さんの仕業ですか?」

 なんだ、そのインチキな筋肉の鍛え方にありそうな技名は。

 「ああ……弐姫の特徴の項目に、天然と付け加えておいてくれ」

 「むー、なんかバカにされてる気がするんだけど?」

 その後、楠木から心理テストのような質問を幾つか受けて、弐姫の代弁をしていると助手だという人物が現われた。




 「うっそーん!!クスクス、それ、マルミヤマジで言ってんの?」

 楠木が一通り事情を説明した後の、一言目がそれだった。

 耳慣れない単語が既に二つばかり出てきたが、そんなものは序の口だった。

 「真面目イッツーなクスクスがオカルト信者とかエクストリームウケるんですけど?詐欺み百パーってな感じなんですけど?検証不十分なんじゃね?まんじバグってない?」

 「僕のような人間が一番詐欺にかからないことは分かっているでしょう?実際、彼を通して弐姫さんとは会話が成立してますし、事実として受け入れるのが賢明な判断です」

 「いやいや、演技プレイかもっしょ。悪いけど、泣き蟻、アタシはまだノンアクセプトだかんね。雷シュミらせてもらうよ?」

 何やら剣呑な眼差しでそんなことを言われるが、いまいち趣旨がつかめない。これが最近の若者言葉なのか?俺はまだまだ若いと思っているし、ネット用語的なスラングもそれなりに知っていると自負していたが、この相手の使う言語はなかなかハードだった。

 「秋留さん、すみません。花巻君は言い出したら聞かないので、少し付き合ってあげてくれませんか?」

 「あ、ああ、かまわないが……」

 突然の非日常的状況に困惑する懸念も理解できるので、目の前で警戒している女子高生の気持ちも分からなくはない。花巻と呼ばれた少女は、どこかの制服を着ていることから学校帰りだろう。弐姫と同じくらいの年齢に見える。相当短くしたスカートで危険領域が広いが、運動系スパッツでしっかりとガードしていることからも、活発な性格が窺える。

 こちらを睨むように見据えている容姿は、弐姫と同様美少女の部類だが、弐姫があどけなさが残る童顔なのに対して、切れ長の目が印象的なクール系のショートカットキャラだ。まぁ、そんな見た目とは裏腹に言動は完全にギャル系なのだが。

 ともあれ、彼女がどうやらこの事務所におけるコンピュータ関連の担い手らしいので、信頼を勝ち取る必要があった。

 「とりま、そのゴースト彼女に質問。日焼け止めはファンデの前、後?」

 ファンデ?ああ、ファンデーション、化粧のやつか。どうやら俺が自演していると怪しんで、女性にしか分からない知識を試そうとしているらしい。悪くない手だ。そのまま弐姫の返事を待つ。

 「むむっ!?わたしの女子力が試されてるよ、あきるくん!」

 「らしいな。つーか、おまえ化粧とかしてるのか?」

 「あっ、いまバカにしたなー。わたしだってお化粧くらいしますぅー。というか、してたはず、むしろ、してるよね……あれ、どうなんだろ?」

 最初の勢いはどこへやら、弐姫は首をかしげて考え込んだ。自身に関する記憶がない以上、そこは断言できない状態にあるはずだが、とっさに返したさっきの自然な受け答えを聞く限り、経験があったように思えた。

 「ノータイムで反応したってことは、してたんじゃないか。今は……化粧とか俺にはよく分からねぇな。ナチュラルメイク系なんじゃないか。てか、そこは今考えてもしょうがない。知識として化粧に関するもんを持ってるなら、自分がどうだったかは関係なく思い出せるんじゃないか?」

 「そっか、そうかもね。えっと、確か、日焼け止めはね、確か下地の前だから当然ファンデの前だね」

 下地が何かよく分からなかったが、そのまま弐姫の答えを伝える。

 「ふーん、そっち派系?まぁ、ぶっちゃけ人によって順番違うからあんまあてになんねーってオチだけどさ。つーか、泣き蟻、ソロ対話風味のパントマイムキモイ。しかも内容が化粧とか、女装趣味でもあんの?オペラヤバくね?」

 色々と酷いそしりを受けている気がするが、今は甘んじて耐える時だった。誤解というものは、自ら反証するよりも、相手に気づかせることが肝要だ。

 「まぁ、いーや、かしこまりー。次。リサマリ、ロコネイル、キャンシュガと言えばそれぞれ何?」

 何かの呪文だろうか?俺にはまったく分からなかった。眉根を寄せていると、弐姫がスラスラと答えた。

 「ほいほい、JK定番ブランドだね。下着、カーデ、バッグとかかな?」

 なるほど。そんな女物の、しかもJK世代のブランド名など知るはずもない。俺はそのまま花巻に伝える。

 「うわっ、即答した!?JK好きの変態かよ、やばたにえーん」

 もの凄く蔑んだ目で睨まれ、その場で物理的にも一歩引かれる。大げさに手をクロスしているのは身の危険を感じたジェスチャーだろうか。理不尽極まりないので、思わずつっこむ。

 「それは合ってたってことでいいんだな?というか、正解したのに罵られるってどんな罰ゲームだよ。マゾしか納得しねえよ」

 「しかもマゾなん?マルミヤヤバみ!」

 更にあらぬ誤解を受けていたが、それよりも気になったことがあった。

 「そのマルミヤってのは何なんだ?さっきも聞いた気がするが、文脈的に意味が分からんぜ」

 「はぁ?マルミヤはマルミヤじゃん?」

 うん、説明にならない説明をありがとう。俺は楠木へと視線を移して助けを求めた。すぐに察してくれたのか、苦笑交じりに教えてくれる。

 「花巻君は独特な単語の使い方とその場のノリだけで話すので、あまり気にしないでください。ちなみに、マルミヤというのは修飾語で、超とかすごいとかの意味ですね。彼女御用達のスーパーの名前のようです」

 スーパーの名前?スーパー……英語で超、いや綴りは違うはずだがそういうことか。そしてマルミヤ。

 なるほど?

 いや、納得はできないが、連想はできた。というか、そんな連想変換、一般論でできるわけがない。スーパーマルミヤとか知るかよ。 

 これは深く考えたら負けだと悟った。気持ちを切り替える。

 「んで、お次は?」

 俺は続きを促した。相手はまだ納得していない。とことん付き合うしかなかった。

 「んじゃま、ラストってことで、秒で答えて。オキニの使ってるお月様は何?」

 月を使う?一瞬戸惑ったが、これまでの質問の傾向から予想して思い当たった。確かにこれは男ではすぐに出てこないだろう。出てきたら変態の烙印を押されても仕方あるまい。

 「なんか恥ずかしー、エ〇スの素肌のきもちかな」

 弐姫がちょっと顔を赤らめて答えたのだが、俺的にはいまいち羞恥心のポイントが分からないので、なんのてらいもなくそれを伝える。

 「うはっ、マジ卍。ニュートラルに即答とかパないわぁ!」

 相変わらずの高テンションなリアクションを返されるが、さすがに慣れてきた。最近の若者――こういう言い方をすると年齢を意識してしまうが――さすがに十代のノリとは合わないのは仕方ないところだろう。かといって、自分の過去を振り返って同年代だったとき、果たしてそんなノリだったかと思うと疑わしい。

 環境によるものだと片付ける。思い悩むのは好きじゃない。もとい、面倒だ。

 「そろそろ認めたらどうですか、花巻君。まだ演技だと思うのですか?」

 楠木がいいタイミングで助け船を出してきた。いいぞ、イケメン眼鏡。もっと言ってやってくれ。

 「付け加えるに、先ほどの女性の生理用品に関しての質問ですが、花巻君くらいの思春期の娘さんの場合、通常は母親が買ってくるものなので、お気に入りという表現も適切ではない気がします」

 「うはっ、クスクス、それプチセクハラ!つーか、無駄に詳しくてこわっ。変態メガネ恐るべし」

 「一般常識でハラスメント扱いされるのは心外です」

 いや、断じて一般常識ではないと思う。JKの生態について、一通り調べたことがあるとか言い出しそうな変態メガネ君だ。生真面目さがおかしな方向に拡散して、知識としていらんものまで保有している気がしてきたが、深くは追求しまい。闇が深そうな気がする。

 花巻は一瞬不快そうな表情を浮かべていたが、すぐに気を取り直したのか、あるいはいつものことなのか、何もなかったように話を戻した。

 「うーん、まぁ、演技プレイにしてもマジみ迫ってたし、とりま保留。ゴースト彼女がいるって仮定にライドオン的な?」

 つまり暫定的に信じてもらえたという解釈で良いのだろうか。この子の言葉遣いを理解するにはまだまだ時間が必要そうだ。

 「今はそれでもいいでしょう。では、早速弐姫さんのモンタージュ写真を作りましょうか」

 楠木は楠木で、そんな花巻のノリを普通にいなしていた。この凸凹コンビに合わせるのは実は疲れるのでは、とちょっとげんなりしそうになったが俺に選択肢はない。慣れる努力をするのみだ。

 とにかく、こうして弐姫の手がかり第一号となる物的証拠が作られることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る