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 それから三日ほど、楠木からの連絡が来るまで自分の行動範囲を練り歩いてみたが、結果は惨敗だった。

 収穫はゼロだ。もともと期待はしていなかったし、何かあればめっけものぐらいの気持ちだったので、気落ちすることはなかった。

 なかったのだが、なかったのだけれど、弐姫の何気ない一言は少し重かった。

 「あきるくん、同じようなところしか行けない病なの?」

 悪気はないことは分かるが、殊の外心に響いたのは、俺自身どこかでそう感じていたからだろうか。

 要するに、俺がよく立ち寄る場所を適当にぶらついていたのだが、古本屋、CDショップ、PCショップ、飯屋というラインナップで、そのすべてがほぼ個人経営ではなく全国展開のチェーン店系列だった。店舗違いなだけで実態は変わらないというやつだ。

 もちろん、オンリーワンの店もあるが、カテゴリ的には同じであり、弐姫の言葉を覆すにはいたらない。

 それでも変化をつけるべく、必死で思い出して一度だけ訪れたことのあるCDショップにまで向かった。いまやネット通販で大概のものが手に入る時代だが、中古CDというものは自ら掘り出し物を探す楽しさがある。そんなわけで、たまたま知ったそのCDショップの中古安売り大セールなるものに惹かれて、一度も降り立ったことがない街へと繰り出したことがあった。そして迷った。

 スマフォであればGPS搭載のナビが簡単に使えて迷うこともないのだろうが、生憎と俺の携帯は旧世代の体験版ナビゲートアプリしかなかった。いや、ちゃんと使えれば、あるいは課金すれば同程度の機能はあると思うのだが、調べるのが面倒でまともに動かしたことはない。

 そういうわけで、当時は事前に地図を確認し、駅からのルートを脳裏に焼き付けるというアナログな準備をしてから行った。結果は、前述のようにコールド負けだったが。駅から10分ほどという距離なのに、その倍をかけてまったく違う場所のCDショップにたどり着いていたのだから、ある意味奇跡だった。怪我の功名だ。まぁ、とはいえ悔しかったので、その後でどうにか目当てのCDショップを意地で見つけ、特に欲しくもなかったCDを記念にと無理やり買った。

 ついでになんとなく思い出したが、迷っている最中になぜか道を聞かれるというハプニングもあった気がする。逆にこっちが聞きたいぜというツッコミを抑えて、適当に受け答えをしてしまった覚えがある。まったく余裕がなかったので、何をどう言ったのか覚えてはいないが、何の助けにもならなかったと思われる。

 それはともかく、趣味もルーチンワークだというだけの話で、別にそれを悪いとは今も思ってはいない。それで本人が楽しめるなら何も問題はない。そう、問題はないが、つまらない人間だと指さされているようで少し気になっている。いや、他人がからどう思われようと気にしていないつもりだったのだが、直接指摘されると勝手が少し違うようだと気づかされたと言うべきか。

 昔にも同じようなことがあったように思うし、その時には確固たる意思で俺はそれでいいと気にしていなかったはずだが、年を取って何かがが変わったのだろうか。少し心が揺らいだこと、それ自体に自分自身がショックを受けたのかもしれない。

 心境の変化なんて当たり前のことだが、いざ自分の身で体験するとやはり違うということか。

 そんな微妙にささくれ立った気持ちのせいか、あまり入ってもいなかった店にも立ち寄ったりもしてみた。

 非現実的な存在に見栄を張ってどうするのかとも思ったが、人間はそういう生き物だ。もはや、当初の目的も薄れていた。当然、何も成果などはない。

 「ほぇー、こういう店にも入るんだね、あきるくん」

 そんな弐姫の一言に少しだけ溜飲を下げることができたという、ささやかな報酬のみだった。

 虚しい、と思ったが、一周回って逆に満足感が込み上げてきた。

 できないのではなく、やらないだけ。そういう建前があることを自他共に認めさせることが、誰しも必要なときがある。これはそういう話だ、多分。

 ちなみに、その店というのはお洒落なショットバーで、昼間は軽食などもやっている。一応弐姫との接点が目的だったから、昼間に訪れたわけだが、そこで意外な人物に久しぶりに会った。

 「おい、秋留じゃねーか。何してんだ、こんなところで?真っ昼間から飲みか?」

 カウンターで昼食を取っていたところ、やたら低い声でそう声をかけられて振り返る。

 ドレッドヘアのレゲエ音楽でもやっていそうな男が立っていた。服装もアクセサリーもまさにそんな感じで、派手なアーティスト風だ。薄いサングラス越しに見られているだけで、やたらと威圧感が凄い。

 けれど、そんなファンキーな知り合いが俺にいるはずもない。そんな男に名前を呼ばれた意味が分からなかったが、こちらの名を知っているからには、知り合いだと思われる。が、やっぱり心当たりはないので、素直に問う。

 「誰だ?」

 「ああ、覚えてねーのか?俺だよ、並樹なみきだ」

 「あっ、並樹か。なるほど……また随分と変えたな?今はそれなのか?」

 「おう。今関わってるタスクの関係でこんな感じだ。で、そっちは何してるんだ?リーマンのランチって感じには見えないが?」

 「ああ、こっちは絶賛転職待機中の身だからな。それにしても久しぶりだな、2、3年ぶりくらいか?」

 「さぁ、どんくらいかな。丁度良い、何か奢ってくれ。今、あんまり持ち合わせがないんだ」 

 並樹はこちらの返答を待つことなく隣のスツールに座ると、俺と同じものを頼んだ。わざわざ、料金はこいつと一緒でと付け加えて。

 「おいおい、俺は転職待機中ってことはいま無職ってことなんだが?」

 「ああ、さっき聞いたから知ってるぞ。あ、ギムレットも追加で」

 容赦なく追加オーダーされた。そう言えば、こういうやつだった。並樹平なみきひとし、拝金主義アンドロイドやら冷血守銭奴など、一部では相当嫌われていた人物だ。江崎つながりで俺も知り合ったのだが、考えてみればこの店もこいつに紹介された気がしてきた。

 金儲けに余念がなく、そのために生きていると声高に宣言してはばからない、ある意味分かりやすい人間ではある。金のためには平気で人を裏切り、たかり、騙す詐欺師の類いだ。一部からは蛇蝎の如く嫌われていたのも仕方がない。

 一方で、金儲けをする時の仲閒としてはこれ以上頼もしい相手もいないわけで、性格云々をとりあえず横に置いておけるのであれば、金に困ったときには真っ先に頼れる人間でもあった。長期短期、裏表、ありとあらゆる金絡みの仕事に、並樹ほど長けている男はいなかった。

 ゆえに、大学時代は悪名と共に個人銀行、高利貸し、バイト斡旋役として名の知れた人物であり、俺も緊急に金が必要なときの高額バイトの紹介で何度か世話になっていた。同時に、何度も今のように奢らされて世話をしている機会もあるので、貸し借り的には向こうの負債が圧倒的に多い。

 なにしろ、知り合いがいれば必ずその場は相手に奢らせるという人間だ。自分の方が金を持っていても、絶対に自分では払わない。ケチだと思うかもしれないが、実際はそうではなく、そういうルールで生きているからだという。

 ルール。規則。並樹のそれは金銭に関して徹底的に損得勘定で他人より優位に立つというもの。絶対的利益至上主義のポリシー。

 それが並樹平の半身だと評したのは江﨑であり、だからこそ興味を持った特徴だった。

 並樹には並樹にしか分からない金に関するルールがあり、それに則って行動している。例え、それが世間からズレていようと批判されようと、本人は変える気はなく貫き通している。

 外見がいつも違うのも、金儲けのためには手段を選ばないのも、すべてそうした独自のルールのせいらしい。どういった成長過程を経てそんな人間になったのか、江﨑はひどく興味を持ったので、かなりの金を費やしてその半生を聞き出しているそうだが、未だに底が見えないらしい。噂では、関わった金儲けのための業種は三桁を越えるらしい。稼いだ金額については、同世代の100倍近くという話もあったし、とにかく、変わった人間であることは確かだ。

 会えばどうにかこうにか金を使わされるので、貧乏人にとっては疫病神とも言える。結構な金を貯め込んでいるはずなのに、なぜか会うと金をせびられ、あるいは奢らされ、俺もいくらむしり取られたかもう覚えてないくらいだ。当然、返ってくるとは思っていない。

 恨み辛みで後ろから刺されても、あまり不思議はない非道な裏切りもしていることを知っている。それでもなぜか、俺は並樹が嫌いではなかった。金に対する執着心とその性格を把握していれば、ある意味扱いやすい人間でもあったからだ。面倒な人間であることは間違いなく、できれば会いたくもない性格で、実際、今の今まで忘れていた存在ではあったが。

 「んで、何か儲け話でもないか?」

 俺の伝票に書き込まれた追加注文分を、当然の顔で平らげながら並樹はそんなことを聞いてくる。久々に再会した人間に、いの一番に振ってくる話題ではないが、相変わらずの並樹らしさで逆に安心する。

 「あるわけない。逆に、何かいいのがあれば教えろよ、それ奢ってんだから」 

 「ああ、確かに。じゃあ、情報料7割引きで教えてやるよ。今は竹がおすすめだ」

 それでも無料じゃないところが、さすがの並樹節だった。いつもの松竹梅コースも変わらずらしい。当然稼げる金額とリスクの度合いを測るランク分けで、後者の方がハイリスクハイリターンというわけだ。

 「タダなら聞く」

 「交渉決裂だな。まぁ、良かったのかもよ。実際、おまえには向いてない仕事しか今はないかもな」

 今し方届いたギムレットを一気に呷ると、並樹は「ごっそさん」と言って立ち上がった。あっという間に食べるだけ食べて出て行くつもりらしい。

 まったくの奢られ損だ。

 とはいえ、特に用があるわけでもない。仕事を斡旋してもらうのは手だが、今はそこまで切羽詰まった状態ではないし、何より並樹経由の仕事を恒常的に行うのはどうかとも思う。もちろん、条件を付けて交渉すればまともな仕事も持ってくる。金には誠実な男だ。適切な料金を払えば、ハローワークなどより細かな労働条件と給与を保証した仕事を手広く探せるだろう。

 弐姫がいなければ、だが。今は自分の仕事より、優先すべきことがある。

 その当人は現在、ドレッドヘアが珍しいのか、わーわー言いながら、必死にその編み込まれた毛に触れようと奮闘していた。さわり心地がいたく気になるらしい。

 「ああ、そうだ」

 そんな弐姫のことなど知るよしもない並樹が、去り際に振り返った。金に絡まないことではまったく淡白な性格なので珍しいことだったが、その内容がさらに俺を驚かせた。

 「なんか、妙なものに取り憑かれてるんなら、金次第で祓えるヤツも紹介してやるぜ」

 親指と人差し指で環を作りながら、並樹はニヤリと笑って見せたのだった。




 「その人は霊感が強いとか、そういうことなのでしょうか?」

 「いや、あいつにその手の話はなかったように思うが……金絡みで何かあったと仮定すると、霊感鍛えるために修行したって聞いても驚かないくらいのアレだし、否定はできないんだけどな」

 待ちに待った連絡を受けて、いつもの探偵事務所で並樹の話をしたところ、楠木も興味を持ったようだった。

 照合の結果を聞きに来たのだが、花巻が何やらまだ何かしているとのことでお預け状態だった。

 「ふむ、単なる偶然ならいいんですが、少し気になりますね。正直、どんなささいなヒントでも今は欲しいところです……と、依頼人に対して言うべきことではありませんでした。失言です、すみません」

 「いや、無茶な依頼をしてるのはこっちだ。気にしないでくれ」

 「しかし、もしも弐姫さんのことを秋留さん以外が目視可能であれば、その容姿に関しては一定の保証ができることは確かです。霊能者であればそれが可能という話であれば、一考に値するかと」

 「それもどうなんだろうな。縁のある人間だからこそ見えるって話が本当なら、どんなに強い霊能者でも見られない可能性が高いし、そもそも転生体と幽霊とかって違う気もしないでもない……どうなんだろうな。かといって、ちょわに聞いても禁則とか言われそうだ」

 「ええ、そうですね。ただ、アプローチの一つとしては留意しておきましょう」

 その後も、いくらか情報交換をしてみたものの、互いに得るものはほとんどなかった。楠木サイドでは、更に対象高校を少しだけ拡大したくらいで、後は花巻のプログラムの精度を上げるくらいの改良だったようだ。並行して、花巻は例外的で特殊なDBのサルベージ作業を黙々とこなし、その成果が出たというわけだ。

 とどのつまり、現段階での頼みの綱は照合結果のみであることに変わりはなかった。

 「ふぅー、おっけ。とりまコンプ系かも?」

 何杯目かの茶をすすっていると、ようやく集中していた花巻が背筋を大きく伸ばして、モニターから顔を離した。ようやく終わったらしい。

 「お疲れ様、何か分かりましたか?」

 「んー、まぁ、アレだね。前回よりは期待ちょっとプラス系?あたしもまだはっきりとは見てないけど、それなりに引っ張ってきたはず。早速、お披露目っちゃう?」

 「それは是非ともお願いしたいですね」

 「りょりょりょ、引き延ばしてもアレだし、いっちゃいますけー。崇め称えていいんだゼ、あきるパイセン。これがマルミヤテクニカルパワーっ!」

 何とも言えない単語を叫びながら、花巻がエンターキーを無駄に力強く叩くと、プリンタがうなりをあげた。

 漫画やアニメなら、ここで勢いよくプリンタから決定的な証拠の紙が空を舞ったりして届く演出なんだろうが、現実にそんなことが起こるはずもなく、地味にジジジとレーザープリンタの音を辺りに響かせながら、ゆっくりと出力された紙が出てくるだけである。

 そうなってくると、勢いよく振り上げた花巻の手が所在なさげで痛々しい。

 出力が終わるまで、あの状態を保つのは難しいだろう。本人もどうしようか迷っているようで、その手は少し小刻みに震えている。おそらく、決めポーズで宣言したために結果が出るまで下手に終わらせてもいいものか考えているのだろう。

 察しの良い生真面目男、楠木が無言でその手をそっと下ろさせてあげる気遣いを見せた。流石にできるイケメン眼鏡である。

 その間も、プリンタはフル稼働を続けており、照合率の高い女生徒のアップ写真と簡易プロフィールが次々とはき出されてくる。なるほど、前回とは違ってかなり候補があるらしい。

 俺の中で期待値が上がってゆく。

 「おおおー、ついにわたし判明?あそこから出てくるの、出てきちゃうの?」

 半分また居眠りしていたような弐姫が、少し興奮気味に聞いてくる。目ははっきりと覚めたらしい。現金なやつだ。

 というか、言い方がアレだ。あんな所からお前が出てきちゃったら怖すぎるだろ、とツッコミを入れたかったが、軽くうなずくに留めておく。調査を始めてから、実は初めての手ががりを得られる瞬間かもしれない。多少のはしゃぎは許されるべきだろう。

 一方で、ぬか喜びにならないことを祈る冷静な俺もいるわけだが。

 「結構数があるみたいだが、前に言っていた大手以外のやつにかなり潜んでたってことなのか?」

 「んー、それもあるし、一応JCも対象に入れてみた。大人びた子って結構いるっしょ。あと、姉妹つながりとかもあるかもしんないし?」

 「ああ、姉妹か。確かにそれはあるかもな」

 「はい。一人っ子であるとは限りませんからね。ただ、双子でもない限り、姉妹でも似てるとは限らないので引っかかるかどうかは微妙ですが」

 「えー!わたし、姉妹いるの?いるなら妹がいいかな、めちゃんこ可愛い子。お姉ちゃーんて呼ばれたい!」

 「もしそうだったとしても、お前の場合、絶対妹の方がしっかりしてる関係で間違いないな」

 典型的な天然姉と気遣い系妹の図が俺には見えた。

 「なになに、ゴースト彼女、なんか言ってんの?」

 「ああ、姉より妹がいいらしい」

 「ほぅほぅ、年下派か。あたしは姉の方がいいな。アクセとか服とか勝手にパクれそうだし」

 動機が完全に利己的で不純だった。というか、口ぶりからするに花巻には姉妹はいないようだ。敢えて尋ねはしないが。

 「ん、終わったかな?」

 そして、ついにプリンタが停止した。花巻がはき出された紙の束を取り出して、テーブルに広げる。

 「さぁさぁ、この中にゴースト彼女はいるかしらん?」

 そう花巻が言ってるそばから、俺はその一枚に気づいてしまった。少し感じは違うが、紛うことなく弐姫の顔とそっくりの写真。

 「こいつは……」

 こういうときのお約束であるタメは一切なかった。尺伸ばしやら様式美であるところの、時間をかけて探しに探して、やっぱりなかったかというところで最後の最後、実は落ちていた一枚が当たりという展開も何もなく、俺はそれを手に取っていた。

 「弐姫じゃないか」

 あっさりと、こうして手がかりは得られたのである。

 「ええー……」

 なぜか花巻の落胆した抗議の声と共に。

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