2-7
「ふーん、じゃあ、壱姫っちはあきるパイセンに心当たりナッシングってことかー」
「壱姫っち……?斬新なあだ名ですね……ええ、確かに今日が初対面です」
あっという間に壱姫との距離を詰めた花巻は、完全に友達のノリで親しげに話しかけていた。コミュ能力が高い人間特有の、多少強引でも自分のペースに巻き込んで引き寄せるという、高等テクニックを自然と行っていた。
どちらかというとお嬢様学校である女子高の壱姫にとっては、完全に今風なギャル系言葉を話す花巻は異次元の存在に近いのではないだろうか。それでも持ち前の冷静さで、相手に合わせて無難に応対しているのは流石だ。
今は楠木たちが合流して、今回の会談の趣旨を説明したところだった。表向きの理由はこうだ。
俺が今回の依頼主という役回りで、弐姫という少女を探しているが、彼女のことを名前以外知らない状態で、ただ外見だけは覚えていたという設定だ。
そうして容姿から壱姫をどうにか見つけ出したが、弐姫ではないということが判明。かといって、瓜二つの外見で無関係とは思えないということで、俺に見覚えがないかどうか確認しに来たという話だ。
何か心当たりがあれば、壱姫の方から俺に向けてリアクションがあると踏んでいたのだが、残念ながら壱姫は俺に見覚えはないらしい。
「でも、そういうことなら初めから仰ってくだされば良かったのでは?」
少し恨みがましく俺をジト目で睨む壱姫は、年相応に可愛く思えた。先ほどの凛としながらも緊張で硬くなっていた様子とは別人のようだ。こちらが本来の彼女なのかもしれない。花巻が果たした役割は大きいといえる。
「いや、先入観というか、余計な印象を与えたくなかったんでね……あくまで自然に何か反応があれば、と思っていたんだが……何もなかったみたいだな」
「なるほど……意図は理解しました。けれど、やはり過去にお会いしたことはないかと思います」
きっぱりと断言する辺り、自分の記憶には自信があるようだ。小心者の俺なんかは、何事も言い切るのが怖くて、絶対にないと思っていることでも、多少濁して逃げ道を用意してしまう。
お互い人見知りの傾向があるものの、俺と壱姫ではその辺りは決定的に違うようだ。
「ふむ。見込み違いでしたか。とはいえ、やはり壱姫さんたちの酷似性は気になります。その後、何か思い出したことなどはありませんか?」
「残念ながら……私自身も気になってはいますが、弐姫さんという方と関わりになったことはありません。ただ……」
そこで壱姫が珍しく言葉を濁した。はっきりと受け答えしていただけに、その躊躇は殊更目立った。
「ただ?なんぞ?」
すかさず花巻がツッコミを入れる。相手のためらいを飲み込む勢いで、考える暇を与えない意図だとしたら見事な状況判断だが、おそらくは単なる条件反射だろう。
「弐姫というその名前に、両親がちょっと反応した……ように思えたんです。いえ、単なる気のせいかもしれないのですが……返事は知らないというものでしたし……ただ、少しだけ引っかかりを覚えたというか、違和感があったような気がしているだけです」
「ご両親が……なるほど」
楠木は何やら思うところがあるのか、腕を組んで遠い目をしている。まだ俺たちに知らせていない情報と照らし合わせて、壱姫が今言った意味を吟味しているようだ。
「そういやさ、もうすぐ夏休みになるじゃん?壱姫っち、帰省とかするん?あたし、田舎ないから憧れなんだよねー」
「え、帰省ですか?いえ、田舎がどこか私は知らないので……両親の出身はどこかの村だったみたいなんですけど、その辺りの話はしたくないようで……親族とあまりうまくいってないというか、駆け落ちしてきたということなので、私からはあまり口に出せない話題なんです」
いきなりディープな所に切り込んだように思えた花巻だったが、本人は気にした様子もなく、
「うはっ、駆け落ちとか卍かっちょくない?それってラブラブMAXってことっしょ?やっぱ家でもパパママ熱々なん?」
違うところに反応して、畳みかけていた。俺だったら、壱姫の微妙な口調に気後れしていたところだ。
「らぶらぶまっくす……?ああ、仲がいいということですか。そうですね、喧嘩をしているところは見たことがありませんので、良好な関係ではないでしょうか」
「ぶふっ、良好な関係って!親の仲、そんな風にいうんかーい!?超うけるでんすけどー!やっぱ、壱姫っち、お嬢様系?あっ、あれか!学校での挨拶はみんな、ごきげんようとかっ!?」
場合によっては馬鹿にしたような質問ではあるが、花巻のそれは悪意のないノリというか、無邪気な疑問に聞こえるため、嫌な気分にはならないという特性があった。やはりハイレベルな会話スキル持ちは違うようだ。
「えっ?いえ、そんなお嬢様とかじゃありません。中には確かに、令嬢という感じの方もいますが、今風の同級生もちゃんといます。ねいるあーととか、ばりばり?してますよ」
何が壱姫の闘争心に火をつけたのか、意外にも対抗意識のようなものを感じる口調の切り返しだったが、いかんせん、明らかに口に出すことに慣れていない単語を使っている辺り、無理しているのがバレバレだった。
「ネイルかー、あたしギラついてんの趣味じゃないから、ラインじゃなくてチーク系だけだわー。しかもワンポイント」
そう言って、手の甲を差し出す花巻。どうやら薬指だけ何か装飾しているようだ。
「控えめだけど綺麗ですね……これはご自分で?」
「んにゃ。市販のチップだよ。サロンでやるのは高いし、ガッコ側がなんか言ってきたとき、落とせないと面倒だしねー」
「チップ……なるほど?」
おおよそなるほどとは程遠い、いぶかしげな顔で壱姫が頷いていた。俺と同様に分かっていないことは明白だ。ラインだのチップだの、おそらくは専門用語であろう単語を推測してみるが、そもそも俺は興味がなかったのですぐに頭を切り替えた。
とりあえず、壱姫の相手は花巻がしてくれるようなので任せる。
俺は思案にふける楠木に敢えて声をかけた。通常であれば邪魔しないように配慮するが、初対面の壱姫と二人きりにした罪は重い。遠慮してやる優しさは今の俺にはなかった。
「んで、この後どうするんだ?俺に関しての推理は間違ってたみたいだが?」
「ふむ……そうですね。秋留さんとの関係性に関しては、今回は外れだったみたいです。しかし、大本の仮説に影響はありません。追加情報を待ちつつ、壱姫さんからの補足を期待したいところですね」
薄目を開けて楠木が答えるが、どこかまだ上の空だ。
「何が気になってるんだ?」
「いえ、色々と。まだはっきりとこれがというものではないのですが、見えていないピースが、それも決定的なものを見落としている気がしていて……」
見落としているもの。それは俺にも確かにあった。気づいていないだけで、既にそこにあったもの。後から言われて、そういえばと思い出すものが人生にはよくある。
それにいち早く気付けるかどうかで、流れというものがまったく違ってしまうくらい、その気付きは重大であることが多い。しかしながら、そういうものに俺は決定的に疎かった。考えれば考えるほど、見当はずれの方に向かうのが自分の傾向だと知っている。だから今回も、あまり真剣にそれについて熟考するのは避けていた。運頼みとは情けないが、経験則から言ってそれが一番確率が高い。
けれど、今回のそれは自分自身に限る話じゃなかった。ここでいつものように思考放棄をしていいのかと、もう一人の自分が常に警鐘を鳴らしていた。他人に迷惑はかけないを信条としている以上、ここで目を背けては取り返しのつかないことになる可能性がある。
ここに今いない、弐姫の笑顔を思い出す。
今朝もなんやかんやと適当な理由をつけて、例のペット枕を触りまくることでエネルギーを吸い取ってきた。今頃は寝て回復をしている頃だろう。まだ壱姫と会わせるわけにはいかなかったからだ。
一方で、楠木の仮説が正しいとしたら、壱姫と弐姫を会わせると統合が起こる可能性もあるのではないだろうか。つまり、分離した二人がもう一度一つになるわけだ。そうなれば依頼は完了だ。弐姫は死んでおらず、壱姫と同化して元に戻ってめでたし、めでたしだ。
ハッピーエンドで幕引きができる――なんて、そう簡単にいくほど世の中は甘くないわけで。そうならなかった場合のリスクを考える必要があった。
其の一。壱姫と弐姫は別人であって何の関係性もなく、ただの空似という物凄い偶然であるケース。そんな偶然は信じがたいが、有り得なくはない。仮説は崩れ、色々と振出しに戻りはするが致命的な影響は出ない。
其の二。二人は実は肉親の姉妹か何かで、何らかの理由で幼少時に別々に引き取られたたケース。この場合、その理由を把握しないでいると、二人の精神衛生的によろしくない影響が出る可能性がある上、それを秘匿していた側の目的や意思も分からないので、危険度指数が不可視という点でリスクは高いと言える。
其の三。二人は肉親ではないが、従妹か親戚であるケース。互いに知らない(少なくとも、壱姫にその自覚がない)ことから、関係性は薄い。ただし、母親が駆け落ちで出身地から離れた経緯を考えると、何か地元で問題があった可能性もある。古い因習がある村という話なので、これがサスペンス系の話であるなら、村に残った弐姫に何かトラブルがあって……みたいな展開も考えられる。悪影響の可能性をいくらでも推測できるため、リスクが青天井で増えてしまう。致命的な情報不足だ。
その四。壱姫と弐姫は同一人物だが、分離した理由が何らかの必然的条件だったケース。この場合、その意図も知らずに勝手に統合した場合、どのような影響が出るか分からない。もちろん、会ってすぐに統合できるかどうかすら不明なわけだが、1%でも可能性がある以上は慎重になる必要がある。
その他も、考え出したらキリがない。結局のところ、情報が足りないに尽きる。
どこかで妥協はしなければならないが、今手持ちのモノだけで勝負に出るのは、分が悪すぎる賭けなのは確かだった。
そこで楠木が先ほど言っていた言葉が引っかかってくる。
「追加情報……そういえば、例の村とやらの情報はどうやって探ってるんだ?閉鎖的な奥地だったとしたら、ネットじゃさっぱりだろ?」
「当然、現地調査は人力です。個人の探偵業なんてどこも細々としたものですから、知り合いと提携して活動地域をカバーしていることが多いんです。今回は、信用できる知り合いの知り合いという少し遠いつて経由で協力してもらっています。本来なら僕が出張して直接的に調査したいところではありますが、時間も経費も余裕がありませんので、こういう形式で進ませてもらっています。上がってくる報告書を見る限りは、問題なさそうなのでほっとしているのも本音だったりしますが」
苦笑交じりに楠木がこぼした。そういえば、依頼した際の契約書に他県での調査が必要になった場合の項目で、協力者による現地調査という注意書きがあったように思う。本人が出張する場合の交通費や宿泊費などと比較して、近郊の人間を雇った方が安上がりなのかもしれない。それでも追加料金が発生してもおかしくないとは思うのだが、かなりのサービス料金設定でやりくりしてくれているようだ。楠木の配慮がありがたい。
「そうか。逆に、そこまでして手に入れないといけないほど、その村が重要だと思っているわけだな?」
「はい。初めは多角的な情報の一環でとりあえず的に拾い上げるつもりだったんですが、どうも根幹の一部になりそうだったので」
「探偵の勘ってやつか」
「そこまで言い切れるかどうか微妙ではあるんですが、何かしら関係はあると確信しています」
奇妙な物言いだった。自信がない一方で確信しているとは矛盾している。けれど、はたと気づく。おそらく対象が違うのだ。ある部分についてだけは確信があるとか、そういうことだ。
「それはその村の因習とか、そういう類のあれか?」
楠木は黙って頷いた。口に出さないのは、以前に言及したように現時点ではまだ話す気がないという意思の表れか。
結局その日、俺と壱姫の初対面は特に成果もなく終わりを告げた。
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