第33話「開戦」

 戦闘の火ぶたを切ったのは互いに昼の飯盒の白い煙が消えてから数刻後のことであった。


 緒戦は互いに遠方からの銃の撃ち合いから始まり、たまにお互いの陣地から迫撃砲が飛び交っていた。


 更に、デュラハンの側ではひたすらの塹壕掘りが開始されていた。


 塹壕の幅は約二メートル、高さは約二.五メートル。交互に進むには邪魔にならない程度のギリギリの広さで、足場を置いて這い上がれるちょうどよい高さをした塹壕であった。


 塹壕掘りは舗装をひっぺ返して行ったものの、アマンダの街もまた肥沃地帯なのか土はよく掘れ、いともたやすく掘り進めた。


 塹壕掘りには銃に不慣れな怪人部隊を土木工作部隊として再編成しなおしたのも良かったのか。人並みならぬ馬力を持った彼らにより、塹壕は門に向かって進む。


 とはいえど、門に向かって真っすぐ進むわけではない。重機関銃の射線を避け、真っすぐ入らぬように右や左に塹壕の斜線を走らせる。


 そうして膠着状態が続いて三日目の事だった。


 順調に進んだ塹壕戦のおかげもあってか、塹壕の先端は門まで約五十メートルまで迫っていた。


 そして今まさに、トシアキが率いる怪人と戦闘員による混成部隊は門への第一突貫を行おうとしていた。


「いいな。こちらの迫撃砲で重機関銃を無効化し、その後突撃する。それでも門まで約五十メートルの間、俺達は無防備にさらされる。だからと言って反撃はするな。こちらには後方からの援護射撃がついている。例え仲間が倒れたとしても、後ろを振り返らず門まで走り続けろ!」


 そうして塹壕で待機していると、味方陣地から花火が上がる時の口笛のような飛来音が響く。続いて、肉眼で頭上を迫撃砲の弾が過ぎ去っていくのが確認できた。


 そして塹壕のフチに視界が切られ、すぐさま弾着。その後、爆発音が周囲にこだまする。


「突撃! 突撃せよ!」


 トシアキは号令と共に塹壕から身を乗り出すと、すぐそばまで迫っていた門を視界に捉える。


 門の上に取り付けられた敵の重機関銃は、迫撃砲の一斉射撃が功をそしたらしく、姿かたちはない。今はまさに最大の隙ができているのだ。


 それでもトシアキの混成部隊は油断しない。皆訓練通り低い姿勢を保ち、門への突撃を敢行し始める。


 それを待っていたかのように、敵の銃による反撃が始まる。


 同時に、空から新たに汽笛のような音が聞こえてきた。


「敵の迫撃砲っ!」


 トシアキは走りながら頭上を警戒する。空には円筒状の二つの影を確認し、素早く迎撃態勢をとった。


 間髪入れず、トシアキの腕からスライムが射出される。スライムはこの迫撃砲二つを飲み込むと、そのまま弾の慣性に引っ張られてトシアキの足元に激突した。


 しかし、炸裂はしない。スライムが迫撃砲の信管を阻害し、その作動を阻止したのだ。


 それでもトシアキの手の届かない場所では、迫撃砲が次々と着弾し爆発していく。


 それが仲間の怪人や戦闘員に向け致命的な鉄の破片をばらまき、多くの者を傷つけ、または死に至らしめていった。


 トシアキは傷とは違う痛みに辛苦を感じつつも、門へ前進する。


 門に近づくと、そこは壁の上から死角になり、迫撃砲が届きにくい絶妙な安全地帯であった。


「トシアキさん! こちらに爆薬を集めました!」


 先に到着していたリクの、叫び声にも近い伝令がトシアキの耳にも届く。


「よし、セットしろ!」


 それぞれ混成部隊に持たせた小さな爆薬を集め、門の一点に置かれる。


 トシアキは集めた爆薬の一つに発火装置を装着すると、それをスライムで入念に包み込む。


 これは仲間を巻き込まず、最大火力を門の内側に集中させる策。例えるなら、巨大な成形炸薬弾のようなものだった。


「セット完了。爆発させる。少し離れていろ」


 トシアキがそう言い、皆が離れた瞬間、ためらいもなく発破のトリガーを押した。


 スライムの保護は上手く働き、爆薬の最大火力が轟音と共に門を襲う。


 門は内側から様々な方法で固定され、バリケードで固められていたのも構わず。それごと吹き飛ばして、アマンダの街への突破口ができた。


「東門突破! 東門突破!」


 敵味方問わず、その重大な知らせは戦場に大きく広がっていった。



「オウガはどこだ!」


 東門の突破口から侵入したトシアキは、開口一番そう怒声をまき散らしながら進んだ。


 目前には遮蔽物にカバーして応戦してくるボランティアが待ち構えていた。


「邪魔っ!」


 トシアキは持ち前の再生能力とスライムの保護力を利用し、強引に近づくと、遮蔽物から身を乗り出して片腕を突き出す。


 そこから、スライムが最大圧力で弾き出され、ショットガンのように散らばって隠れていたボランティア達を襲う。


 致死性はない。それでも高速で投げられたゴム毬はぶつけた相手の肉を鞭打ち、骨を軋ませ、意識を混濁させる一撃を見舞う。


 その攻撃は一度ならず、間髪入れずに降り注ぐのだ。反撃の余地もない。


 トシアキは後方から続く味方を無視し、独り先を急ぐのであった。


「トシアキさん! 先を急ぎすぎです。死ぬつもりですか!」


「黙って自分のお守をしていろ。バズーカでも直撃しない限り、俺は死なない!」


 言った傍から、物陰から特徴的な大きな筒状の物体が顔を覗かす。


 トシアキは周囲をくまなく探知していたので、これを見逃さず、身を捻って銃口から遠ざかる。


 途端、外れたバズーカの弾が反対側の建物の壁を吹き飛ばし、同時にバックブラストの余波が射手を襲った。


「死ぬ気ですか!? アンタはあ!!」


 リクがトシアキの代わりに剛腕の触手で射手を打ちのめす。


 それでもトシアキは急ぐ必要があるのだ。


 もしもあのオウガの怪しい行動。それに意味があるとするならば、この戦いは短期に終わらせなければひどい結果を生み出すような予感がある。


 そう、この有利な戦局をひっくり返すようなヒーローの一手がある気がするのだ。


「見て! 南門からギズモの自警団が入ってきている!」


 リクの傍で援護していたチエがヒーロー協会へ向かう坂道の上でそう叫ぶ。


 確かに、見下ろす南門の方でも咆哮が聞こえる。どうやらほぼ同時に突破できたようだ。


「いや、様子がおかしい」


 トシアキが双眼鏡を手に、南門を凝視する。そこにある南門は今しがたギズモの街の自警団の侵入を許し、自警団達が殺到している。


 だがよくよく見れば、開け放たれた門にはほとんど傷がついていないのだ。東門のように爆破で壊したようでも、破城槌や破砕した様子もない。


 そして何より不自然なのは、壊されたのではなく門が開け放たれている、ということだ。


 まるで、内側から閂を外して開け放ったかのように。気づいてみれば、まったく奇々怪々な戦況であった。


「内側から門を開けた? なんのために? わざと敵を招くことにメリットがあるとは… …!?」


 トシアキは双眼鏡を持ち直す。いた、そこに奴はいた。


 ここより西、中央通りを人とも狼ともつかない姿で北へと走っている。


 オウガだ。


「見つけた。ここでケリをつける。リク、チエ、ケンジ! 俺を援護しろ!!」


「了解しました!」


「分かったわ!」


「うっす!」


 三人の援護を受け、トシアキは一挙に前線を突破する。


 トシアキは身体全身にスライムを纏い、ただ打通すべく走り続ける。身体に銃弾が撃ち込まれ、爆風が吹きすさぶ中、敵には眼もくれず中央を走り去る。


 気づけば、周りには誰もいない。オウガまでの距離に、邪魔するものは影も見当たらない。


「オウガああああ!」


 オウガは振り向くこともなく、北に走り続ける。向かうのはリーダー協会本部、ではなく何とダムの方角だ。


 二人は街を駆け抜け、ダムの頂上に続く長い階段を駆け上がり、ついにダムの天端通路を走っていた。


 そこでやっと、トシアキはオウガに追い付く。


 トシアキはスライムを射出してオウガの脚にまとわりつかせる。


 狙いは正確で、スライムはオウガの地面を蹴った足を捕まえ、その走りを阻害した。


 そうなれば、自然とオウガとトシアキは正面を向いて相対することとなった。


「追い詰めたぞ。オウガ」


「いらねえセリフだ。負けるのはお前だよ。トシアキ」


 二人はお互いの名を呼びあい、おそらくこの戦いの最後となる相手を見定めた。


 長い因縁をここで断つべく、トシアキは、オウガは、それぞれの戦いの構えをとった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る