第20話「作戦開始」

 アマンダの街の賑わいは相変わらずだが、そこには少し翳りが見えた。


 何故なら、客が全体的に少ないのだ。ある種の不景気が露店に張り付く人間や見世物に入り浸る住民の数の減りから表れ、それが分かった。


 歩いている客の中にも、街の騒々しさを楽しんでいるというよりも何やら顔を曇らせている者が多く。街中に暗い影が覆っていた。


「どうやらブギーの襲撃が街の景気に影響を与えているようだな」


 それまでのストーマ―はアマンダの街の商人にもギズモの街の商人にも好みを選ばず略奪を働いていたため、互いに損をして収益の減りが露骨に出ることはなかった。


 しかし、ミアの指令によりアマンダから出る商人ばかりを襲撃するようになり、アマンダに減収が露骨に偏りだした。積み荷の全損は当然として、襲われても良いように護衛を付けるのに莫大な金がかかるようになってしまい。赤字は加速するばかりだ。


「ふっふっふ。これも私の策のうちだ。敵の補給を細らせることこそ戦略のかなめ、それに策はこれだけに終わらぬぞ」


 ミアはそう怪しげに自慢する。この統領少女、時折頭の冴えた作戦を考え付くので中々油断できない。トシアキも、あやかりたい発想力だ。


 現在、アマンダの街への潜入。もとい、観光を装った奴隷解放の下準備はトシアキ、ミア、リトルリトルの三人で行うことになっている。


 数は頼りないが、トシアキは鍛え抜かれた改造人間。そして、トシアキに鍛えられたリトルリトルは実戦で活躍できる実力をつけ、作戦の決行には問題ないと判断した。


 ゼノは万が一けが人が出ることを想定して、居残り組の戦闘員と非戦闘員と共に待機中だ。代わりに、今回は東門と南門で暴れるための破壊兵器とエクゾスレイヴのアゲハを新調している。


 他にもトシアキには先のストーマ―との戦いでも使った、貯金額を偽装するウィルスを仕込んだハードウォレット端末を持たされている。これさえあれば、戦闘を避けて正式に購入することができる。もちろん、詐欺なのではあるが。


「だが気をつけろ。ハカセ曰く、端末から端末に貯金したバタを移動させない限りカモフラージュされるものの、支払いを行った場合一時間ほどしか騙せない。おまけにストーマ―の時はセキュリティに引っかからずウィルスを浸食できたが、その場で弾かれる可能性もある。過信はできないぞ」


「つまり一件目から偽装がばれる可能性もあるってことだな」


「そうだ。それに個人が大人数の奴隷を買いつけるというだけで人目を引く、その場合疑われて露見することも考えられる。状況によっては偽装がばれずとも戦闘になるやもしれん」


「その時は、東門と呼応して陽動だな」


 陽動は東門、ブギーと戦闘員たちの仕事だ。全戦闘員の半数と怪人のブギーが付いているので本格的に攻め込まなければ任せておいて心配はない。


 それどころか、案外修羅場は襲撃の数をこなしている分、ブギーの方が上かもしれない。


 更に逃走先の南門外には戦闘員数人とエクゾスレイヴのアゲハが待機している。


 東門、南門共にあらかじめ爆破装置をセッティングしているので、暴れる準備は万全なそうだ。


「合図は旅商人から買ったフレアガンがちょうど手元にあったのでな。これで行おうと思う。その首尾はブギーに伝え済みだ」


 ミアはいつも携帯している武骨な鉄火九五式拳銃の反対側に、ホルスターに入れたフレアガンを見せる。準備は万端のようだ。


「では行こうか。ここでウジウジバレるかバレないか考えてもしょうがない。当たって砕けろ。何とかなるさの精神だ」


 ミアは頼りになるのかならないのか、複雑になる掛け声とともにトシアキとリトルリトルを率いて歩き出した。



 奴隷商、といっても一口にそれがあるわけではなく。アマンダの街にはそれぞれ三件の奴隷商が別々に売買を行っていた。


 通常は見世物として露店販売を行う他、店頭での売買も請け負っていた。


 ミア達は直接買い付けということで当然後者になるが、一人二人の買い付けならともかく店の奴隷全てを買い上げるのは怪しさ満点の行為だった。


 しかし意外なことに一件目、二件目は大して疑われもせず購入ができた。


 それはミアの慇懃無礼な態度が逆に金持ちらしさを演出したのか、あるいは腰の低いトシアキの姿勢が小間使いとしてふさわしかったのか。どちらにしろ、動いた金額が額なだけに魅力的な部分へ目移りして胡散臭さに注意が向かなかったようだ。


 その後、一件目二件目の奴隷を買い終えるごとに。別の場所にて奴隷たちにデュラハンへの協力を仰ぎ、爆弾首輪をその場で解除した。


 ミアの演説を受けた奴隷たちの反応はまずまずだった。多くの奴隷はリトルリトルのように行き場所がなく、願ってもない申し出だったようだ。


 ただ一部の奴隷は帰る村がまだあったり、単に戦いを拒む者もいて奴隷たちの全てが賛同してくれるわけではなかった。


 それでもミアは寛大だった。そんな離脱者に対して攻めはせず、新しい服を買い与えて、わずかなバタとハードウォレット端末を渡し、彼らを解放したのだ。


「良かったのか? 離脱者にそんな恩恵を与えると他のみんなも離れていくんじゃないのか?」


「それならば、それでいい。半端な気持ちで悪の組織に入るべきではないのだ。それに離脱者に十分な配慮をすれば、彼らが帰った先で我々にいい印象を与えてくれる。そうして悪の組織の宣伝をしてもらえれば、後後にいいことがあるはずだ」


 なるほど、ミアなりに考えがあったようだ。


 ミアは引き続き、元奴隷現デュラハン団員となった者たちに説いた。


「残ってくれた者たちには礼を言う。これからアマンダの街、最後の奴隷商の元へ行き仲間の解放を行う。しかし油断するなかれ、どんな非常事態が起こるか分からない。その時、皆にはしっかり働いてもらう。覚悟しておけ」


 元奴隷たちはミアの言葉でにわかに沸き、その時に備えた。


 そして、最後の奴隷商の元へ元奴隷たちに奴隷の振りをさせたまま、連れて行き。彼らを表に待たせて再びミアとトシアキとリトルリトルで交渉に入った。


 売買の手順は同じように、態度のでかいミアと態度の小さいトシアキのセットで始まった。


 奴隷の人数の確認、それぞれの奴隷の値段の確認、奴隷の状態の確認、契約の成立、によって奴隷の買い付けは上手く進んでいるかのように見えた。


 だが鬼門のハードウォレット間のバタ譲渡の時である。


「ああ、すいません。申し訳ない」


「むっ、こちらに不備があったかな」


 ミアは何気なく反応したが、トシアキは背中から心臓が突き抜けんばかりに驚いた。


 顔に出なかったのはくぐった修羅場のおかげだろうか。ともかく、交渉している奴隷商の受付はすまなそうな顔をしていた。


「本当に申し訳ない。こちらで端末に不備がありました。どうやらバタが送金できなかったようで」


 トシアキが手元のハードウォレット端末を見ると、確かになるほどこちらでもエラーの表示が出ていた。


「新しい端末を用意いたしますので、少し時間がかかります。どうか隣の部屋でお待ちいただけませんでしょうか」


 奴隷商の受付はそう言って隣の厚い扉で閉ざされた部屋を指さした。奴隷商の主人も納得したのか、それがいいとうやうやしく促した。


 ただこの時点でおかしなことがあるのに、トシアキもおそらくミアやリトルリトルも気づいていた。


 その点について指摘したのは、ミアだった。


「店主、どうかしたのか。先ほどまでの私並みの尊大な態度はどこに行った? 莫大な金額を提示したにも関わらず胡坐をかき、ソファーの背もたれにどっぷりつかり。下手にでることなどなかったというのに、送金の間違えだけでそこまで態度を改めるのか?」


 トシアキが気付いたのもその態度の転身にあった。一件目二件目では向こうの態度が初めから商売人らしい腰の低さがあり、もし三件目も同じようなら気づけなかった。


「態度を変えた、それが例え下から上ではなくその逆だとしても、何か重大な不都合があった。そういうことで間違いないな」


 ミアは腰のホルスターから鉄火九五式拳銃を抜き、リトルリトルはスカートに隠していた鉄火丸一式短機関銃を抱え、奴隷商の主人と受付に向けた。


「交渉は決裂だ。本意ではないだろうが、奴隷の爆弾首輪のリモコンと彼らの檻のカギを渡してもらおうか、おっと奴隷の爆弾首輪四つも忘れるな」


 ミアが命令すると、奴隷商の受付が急いで取りに行った。その場には当然、奴隷商の警備の者も二人いたが、ミアとリトルリトルより先に拳銃を抜くことができず。手を上げているだけだった。


 待つこと数分、奴隷商の受付は言われたものを持ってきた。


「よし、首輪以外は渡してもらおう。うん、受け取った。ではその首輪奴隷商の皆様に着けてもらおうか」


 奴隷商の四人はミアの意図を察して青ざめるが、銃口を向けられている以上逆らうことはできない。


 奴隷商たちが大人しく首輪を着けるのを見計らってから、ミアは話を続けた。


「ではこれからここの奴隷全ての首輪を解除しようと思う。しかし、これは小耳にはさんだのだが奴隷商たちは万が一奴隷を強奪されるときを考えて、偽のリモコンを手渡すという対策をしていると聞く。まさかこのリモコンの解放が爆発に変わっているとは思えないが、貴様らはそれでいいのだな?」


 奴隷の首輪を解放する。それは今、爆弾首輪を着けている奴隷商たちも解放されることを意味する。だがもし爆破のトリガーなら、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。


「ではスイッチを―――」


「ま、待ってくれ。おい、正しいリモコンを持って来い」


 奴隷商の主人は受付にそう命令した。やはり偽物のリモコンだったらしい。


「私に無駄な時間を使わせるな! 私はデュラハン統領、ミアだぞ。貴様らは恐怖と共にそのことを頭に刻んでおけ」


 ミアは正しいリモコンを得ると、躊躇することなく解放のボタンを押した。


 その時、奴隷の檻の方からワッと歓声が上がった。賑わいが収まるのを待たず、トシアキは奴隷の檻に向かいすべての檻を解放した。


 時間はかかったものの、こうしてアマンダの街の奴隷たちは全て解放されたのだった。


 トシアキは奴隷商四人を縄で拘束した後、外で待つミア達に続いた。


「うむ。では凱旋と行こうか。準備は良いな。トシアキ、リトルリトル」


 ミアは二人に確認を取った後、ホルスターからフレアガンを抜き、天に向かって銃口を向けた。


 アマンダの街に一発の銃声が響き、空に炎の蕾が浮かぶ。そしてアマンダの街は一層騒がしくなり始めた。

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