第21話「ヒーロー参上」
東の門ではブギー率いる戦闘員が襲撃を掛ける中、中央やや南の街中では五十名近い元奴隷のミュータントを連れたミア、トシアキ、リトルリトルが南門を目指していた。
その集団は全速力、とはいえ人数が人数のため駆け足程度の速度を維持して進んでいた。
もちろんそれは人目を引き、雑踏の様子を見る野次馬や恐れおののき道を譲る通行人がちらほら見かけられた。
だが、それも予想範囲内だ。元々人通りの少ないルートをとり、集団は順調に立ち止まる必要もなく進軍していた。
そんな最中、突然リトルリトルが足を止めた。
「どうした? リトルリトル、置いていくぞ」
トシアキが声を掛けても、リトルリトルの表情は暗く、遠くを見つめている。リトルリトルの視線を追っていくと、その正体が判明した。
ミア率いる元奴隷の集団の進む先に、大通りを塞ぐ形で一人の大男が立っているのだ。
「あの男は… …」
トシアキが記憶の中から男の名前を引き出そうとする前に、大男の様子が変わる。
大男は苦しむように身をかがめたかと思うと、異形に変わる。それは遠目でも何に変わったか分かった。
狼だ。いや、正確には人狼だ。相手はブギーと同じ獣化できるミュータントだ。
ミアもその姿に気付き、歩みを緩めた。
「全員停止! 散開! 隠れろ!」
ミアのその命令は迅速に、その場の危機を伝えていた。
人狼となった大男は更に体格が大きくなり、担いでいた大口径の機関銃を持ち上げ、構えていた。
トシアキはリトルリトルを力づくで伏せさせると、ミアの元へ急ぐ。そして、ミアが必死で後方に指示を飛ばしているのを、強引に引っ張って地表に引きずり込んだ。
その間にもトシアキが身体にスライムを纏わせていると、人狼の大男の銃口が火を噴いた。
瞬間、周囲は阿鼻叫喚に変わる。
弾丸が近くの地面を抉る。続いて次々射出されるそれらは建物の壁を破壊し、戸口にいた野次馬を扉ごと奪い去り、元奴隷たちの四肢を雑に爆散させ、血と肉片が散る。
トシアキも全身に大木槌で殴られたような感触を感じ、数メートル後方へ吹き飛ばされる。
トシアキも弾丸を喰らったのだ。その勢いのまま地面を転がる中、大口径の弾を自身も喰らったことを、意識が明滅しながら自覚した。
ぼやけた視界のまま、トシアキは惨状を眺める。弾丸の雨はいつのまにか止んで、ミアが近くの重傷者の元に駆け寄り、リトルリトルは屈んだまま怯えているのが見えた。
他の元奴隷たちも大小なりの怪我をして、その場は恐慌状態に陥っていた。
「やはりお前たちは怪しかった。俺の勘は冴えていたようだぜ、デュラハンの悪党ども」
トシアキが何とか立ち上がり、目の前を見ると。遠くにいた人狼の大男、ヒーロー協会のヒーロー、オウガがすぐそばに立っていた。
人狼のオウガは全身にマチ針のような太い体毛を宿し、黒曜の水晶のような大きい目をせわしく動かしている。
肉食獣特有の吊り上がった口角の間からは、のこぎりのような鋭く連なる歯と唇を濡らすよだれが垂れている。それだけでも凶暴さを象徴しているのに、人間のような手の爪は狼らしい長く尖ったものになっている。
そんな姿をまじまじと眺められるほど近くにいるのは、どうやら遠距離から大口径の機関銃、鉄火八八式重機関銃で蹂躙できる有利をわざわざ自分から捨てて、歩み寄ってきていたようだ。
「距離的有利を捨ててまで近づくなんて。いやに余裕じゃないか」
「なに、俺はただ悪党を狩りに来たわけじゃない。正義を知らしめ、正義の鉄槌を悪党の骨身に味わせるためやってきた。その程度、悪党を地獄に落とす駄賃には十分すぎるだろう」
この男、執拗な追跡力だけではなく獲物を捕らえる瞬間まで粘着質なようだ。
「だからと言って、全員降伏するまでもない。見せしめにするのは数人だけで十分だ。お前は、いらねえよ」
オウガが重機関銃の銃口をトシアキに向ける。だがその瞬間、割って入る邪魔者が現れた。
「これはご主人様の分!」
崩れたレンガや扉の木片に形作られた巨腕がオウガの身体を殴りつける。その衝撃にたまらず、オウガは転倒した。
「これもご主人様の分!」
続けて、リトルリトルはゴーレムの腕を振り上げ倒れこんでいるオウガに追撃する。しかしこれは身体をローリングしたオウガが回避する。
「お前も! いらねえな!」
起き上がったオウガはすかさず重機関銃を構え、引き金を引こうとする。
けれども遅い。先にトシアキが空薬莢の排莢口目掛けてスライムを飛ばし、弾詰まりを起こさせる。
当然、そうなればトリガーを引いたところで銃弾が飛ぶことはない。
「ちっ。こいつもいらねえな」
オウガはスライムでジャムを起こした重機関銃をあきらめ、それを地面に置いた。
そこで、やっとミアが周囲をまとめ上げ、声を大にして指示を飛ばした。
「怪我の無い者は怪我のある者を助けよ。ただし、助かりそうな者だけに厳選しろ。トシアキ、リトルリトル!」
ミアはトシアキとリトルリトルをしっかりとした眼で見つめる。
「ここは、任せたぞ!」
「任せておいてくれ」
「はいっ!」
その言葉に、人狼化しているオウガはいたく気に入らなかったようだ。
「そいつはいらねえ言葉だ。誰一人! この場から逃がさねえ!」
猛り狂うオウガに対し、一人の巨塊と一人のスライム男は皆を守るように立ちふさがった。
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