第17話「休日と祭り」
「スキャン開始、バイタル計測」
簡易ベットの上で横たわるトシアキの耳元で、ハエが飛び回るような音が周回する。
身体を照らし出すのはデジタル的な淡い光、アルコールの臭いが周囲に蔓延して鼻についた。
「スライムの体内流動正常、恒常性ホメオスタシス正常、疲労物質微弱、傷なし病変なし」
トシアキの身体を蠢くスライムは優秀らしく、昨日血を吐くほどのリトルリトルの一撃も完治し、健全そのものであることをデータが主張していた。
計測数値を見ているゼノは飾り気のない眼鏡の位置を戻す。いつもずれているように感じているのは、元々ゼノに見合った大きさではないのか直すいとまがないのか。おそらく、両方なのだろう。
「計測完了、身体に異常はないワケ」
トシアキは耳元のハエも、淡い光も掻き消えたので身体を起こす。
トシアキがいるのは治療棟の一室で、この年代の最初に起きた場所と同じところだった。
「ありがとう、ゼノ」
「どういたしまして。ハイ、アメちゃんなワケ」
ゼノは白衣のポケットから小さな包装紙を取り出して、トシアキに渡す。
トシアキはもう一度感謝してから包装紙をほどき、そのアメを口の中に放り込んだ。
「久しぶりに休暇を与えられても、やることがなくてな。身体の調子はスライムが維持してくれているとはいえ。検査は受けられるときに受けられてよかったよ」
「私としては忙しい中呼び出されて迷惑なワケ。ブギーの略奪でけが人も出るし、他の棟の整理に指示も必要だし。私は医者でも中間管理職でもないってワケ」
「なら久しぶりに本職の改造人間に関われて感謝してもらうのはこちらの方かな」
トシアキはおどけるように茶化すと、ゼノは確かにそうかもしれないという感じに納得していた。
「トシアキの身体は非常に興味深いワケ。私たちにとっての古代の改造技術なワケだし。それを差し引いてもトシアキの能力は、奇妙なワケ」
「んー、主治医の言うところではかなり昔、現存していたミュータントをモデルにしたそうだな。そいつは俺と違って、接触致死の毒性も持っていたらしいけど。俺には再生能力を付与したそうだ」
「げっ、ナニソレ。昔は昔で大変そうなワケ」
トシアキは脱いでいたジャケットを着なおして、部屋を後にすることにした。
そんなトシアキに、ゼノが声をかける。
「身体に異常はなかったけど、今日はちゃんと休息するワケ。これからのことを考えると、疲れは少しでもとっておいた方がいいワケ」
「分かってるよ。いたわりありがとう」
治療棟を離れたトシアキだが、これからの予定は全くない。
実はと言えば、ミアから直々に休むように言われたものの、ちょうどよい暇つぶしもないのだ。
本でもあればちょうどよいが、手元にそれはない。思い出してみると旅の商人が売っていたような気もする。だが、今思い出しても買いなおすことはできない。
トシアキは本のことはあきらめ、デュラハン仮本部を散策することにした。
リトルリトルや元ストーマ―の非戦闘員により、通路はかなり清掃されている。他にも実験棟、訓練室、住居棟は急ピッチで整理され。特に大所帯となったために、住居棟は重点的に片付けがされている。
それぞれの棟を見学していると、意外な人物と顔を合わせた。
「む、トシアキ殿。奇遇だぞ」
出会ったのは元ストーマ―のボス、ブギーだった。
「てっきり商人襲撃の任務についているかと思ったが、本部にいたのか」
「ちょうど今、襲撃で手に入れた物資を売って。売上を届けに来たとこだぞ」
「首尾の方はどうだ?」
「変わりなく、といったところだぞ。商人の護衛にボランティアが付いていたりしたが、奴らも命が惜しい。奇襲さえ成功すれば入れ食いだぞ」
「へー、楽しそうだな」
トシアキのワーカーホリックの血が騒ぐ、動きたい働きたい。なんとかブギーの仕事を手伝えないか、と思案を巡らせる。
「ところでブギー。仕事の件で相談があるんだが」
「あ、それはダメだぞ」
しかし、最初の一手の時点でブギーからストップがかかった。
「ミア統領からトシアキは今日休暇だから休ませろと、釘を刺されているんだぞ。あの凄み方は結構なものだぞ。大人しく、休んだ方が身のためだと思うぞ」
「… …そうはいってもな。やることがなくてな」
トシアキが指揮していた訓練についても同様だ。彼らはトシアキの訓練内容を誠実に反復練習中。トシアキが出る幕はなく、感動で涙が出そうだ。とは言っても。あくびのせいだろう。
「そんなトシアキに朗報だ!」
ブギーと話していたつもりが、どこから現れたのだろうか。トシアキのすぐそばには、いつのまにかミアがいた。
「実はリサーチしたところ、近くの村で祭りをしているそうだ。奇遇なことに私も暇なので付いていってやろう」
行くことは既に決定事項のようだ。
「急な話だな。よそものが訪れても大丈夫な村なのか?」
「対外的に外貨を獲得するための祭りでもあるそうだ。そこらへんは問題なかろう。それで行くのか? 行かないのか?」
トシアキは応えを急かすミアに軽くため息をつきつつも、興味はなくもないので、連れて行ってもらうことにした。
祭りの会場に着くと、賑わいはアマンダの街ほどではないにしても人ごみができるほどだった。
祭りの出店や催し物も、平常は閑散としているであろう村にしては多い。
お面屋、わたがし屋、焼きそば屋、タコ焼き屋、金魚すくいなどなど遊びつくせそうな店ばかりだ。
「おい、店主! まったく金魚が掬えんぞ」
「お嬢ちゃん、そんな簡単に捕られちゃこっちも商売あがったりなんだよ。分かるだろ」
「それにしても、さっきから頭のでかい亀が私のアミを親の仇がごとく噛みついてくる。これは金魚すくいではないのか」
ミアが金魚すくいで格闘している中、トシアキと言えば何もしていない。ただ、ミアの様子を傍観しているだけだ。
それはそれで一挙手一投足がせわしないミアを見ているのは楽しい。こうして眺めているだけでも、祭りの熱気を感じられワクワクするものだ。
しばらくミアは一つ目の出目金とそれを阻止する頭のでかすぎる子カメに奮闘していた。
これではただのごった煮釣りだ、と悪戦苦闘しながらも、ついに釣り上げるときがくる。
「やった! やったぞ」
ミアが釣ったのは一つ目出目金の方ではなく、カメの方だった。アミにかみついたのを見計らい、左手に持つカップまで誘導してやったのだ。
店主は、あれまあ、と驚きつつも。素直にミアをほめる。
その後、ビニールの入れ物では食いちぎられるので小さなケースを買ってミアに子カメが渡された。ただケースも中々高値で、店主の抜け目なさが透けて見える。
「帰ったら女性陣に調理してもらうか?」
トシアキは冗談めかしにそう訊くと、ミアは子カメを庇いだてる。
そんな様子を見て、トシアキは苦笑するのだった。
「こうしたデュラハンと切り離した日常も、悪くないな」
トシアキが昔を懐かしむように話すと、ミアが反応した。
「そういえばトシアキはデュラハンに入る以前はどうしていたんだ?」
「普通に学生をしていたよ。こんな見た目だから友達も一人しかいなくて、寂しい学生生活だったけどな」
トシアキは思い出す。当時の友人は人一倍正義感が強く、どちらかと言えば事なかれ主義だったトシアキとは対照的な人物だった。
そんなある日、友人はその正義感からヒーロー協会の下部組織ボランティアに入った。本当はヒーロー協会に入りたかったが、友人は非ミュータント。ただの人間ではボランティアに入るしかなかった。
友人はボランティアに入るや否や、トシアキにもボランティアに入らないかと誘ってきたのだった。
「まさか、入ったのか?」
ミアは割とガチ顔で訊いてきた。
残念ながらトシアキはその時からヒーロー協会に懐疑的な意見を持っており、どちらかと言えば辞めるように説得したくらいだった。
友人は結局、トシアキの言葉に納得はせず。ボランティアの活動に打ち込み始めた。
そんな時、事件は起きた。
友人は任務中、非行に走っていたミュータントの青年を何らかの事情を察したのか庇ってしまう。それがもとでボランティアから制裁を受けることになってしまったのだ。
制裁はひどく、その傷が元の後遺症もひどかった。
傍目から見ればやりすぎなことは確実であるにも関わらず、ミュータントの肩を持ったということで同情する人は少なく。医師でさえ友人を半ば腫れもの扱いするほど、人間至上主義の偏見は強かった。
治る見込みのない後遺症に二人は悲嘆に暮れていた。その時、密かにコンタクトを取り助けてくれる存在がいた。
それがデュラハンだった。デュラハンは友人を改造人間にすることで後遺症を改善させることを提案し、友人はその提案を受けたのだ。
同時にトシアキもデュラハンから参加しないか誘われ、同じく改造人間になることを選び、参加したのだ。
「もしかしたらアイツも任務でコールドスリープに入っているかもな。会えればいいのだけれど。難しいか」
「いや、難しいことなどあるものか。必ず私が会わせてやるぞ」
ミアを見やると、彼女は目元がうるんでいた。大した感動話でもないのに、その反応は逆にむず痒い。
「うっうっ、トシアキは仲間思いなのだな。私は上司として嬉しいぞ」
「… …いや。それはどうかな。俺は結局、自分の意思決定を有耶無耶にしていただけなのかもしれない。友人がデュラハンに入ったから、という理由付けで入っただけで。仲間思いどころか仲間を利用しているだけなのかもしれない」
トシアキは俯く、自分の決定に選択に自信が持てないのだ。デュラハンに入ったのも確固とした理由や意志があったわけではない。
そんな男が仲間の危機に、組織のピンチに、本気で動けるのか。怪しいものだ。
「そんなことはない。トシアキ」
だがミアははっきりとその言葉を否定した。
「トシアキは我々デュラハンの再興に献身してくれた事実がある。ストーマ―との戦いも、私を信じて独りで戦ってくれた。それ以前に、組織がたった三人しかいないと知りながら、私の誘いに即答してくれた。今のデュラハンに、トシアキ以上の貢献者はいないではないか」
ミアは熱弁する。自分のためにではなく、トシアキに自信を持たせるべく彼女は語っているのだ。
トシアキは、そういう語り方もできるのだな。と正直にミアのことを感心した。
「だから安心しろ。仲間に安心できるようになれば、きっとトシアキは自分を信用させることができる。信頼できる仲間のために、自分がいるとな。そしてこの私、ミア統領にドーンと任せておけ。貴様の未来は明るいぞ!」
ミアは人目をはばからず、トシアキに敬礼をした。
「貴様は最高の団員の一人だ。デュラハンの野望の星に輝きあれ」
そこまで自信を持って言われては、納得できずとも飲み込めずとも。トシアキはミアを信じて言葉を返すしかなかった。
「デュラハンの野望の星に輝きあれ。ありがとう、ミア」
ミアは敬礼のまま、無邪気な子供のように笑いかけていた。
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