第6話「袖の下」
ストーマ―との戦闘の後、商人はトシアキの存在を警戒しながらも感謝の意を述べてきた。
あれから百年近く経ったとはいえ、この世界もおそらく人類至上主義のまま。ミュータントにあまりいい心証はないのだろう。
「私個人としましては、商人は商売に準じるのでして。人もミュータントも区別なくお相手させてもらっています」
ただ、商人は方便なのか本心なのか。そう言って、トシアキに荷馬車の件と襲撃から守ってもらった件を含めて、バタの支払いと商品の一部を譲ってくれることになった。
ならば遠慮なく。フレアガンとその弾、携帯食料、鉄火丸一式短機関銃と鉄火九五式拳銃の弾などを貰い。代わりにストーマ―の武器の一部を商人に渡した。
これから街に行くのに人数以上の武器を持っていても邪魔になるだけだ。ストーマ―から奪った鉄火丸一式短機関銃一丁以外は支払いに上乗せという形で、商人は快く受け取ってくれた。
「ストーマ―の身柄はこれから街に行くので、警備の人にでも渡しておこう」
「それがいいでして。ただ近くのアマンダの街に行くなら気を付けてください」
「何か不都合が?」
「いいえ、それがでして。あの街は一年ほど前に支配が自警団からヒーロー協会に変わってしまってから奴隷、言ってしまえばミュータントの人たちには厳しくなっているんでして。奴隷制度自体は昔からありましたけど、それでも今は異常なのでして」
商人が言うには、過去は奴隷制こそあれど強制的にミュータントを接収することはなかった。奴隷に対しても正当な報酬を払って権利も保証されていたし、よく言えば人道的な隷属であった。
それが今や、ヒーロー協会の施策により奴隷は家畜の扱いをされ、ミュータントの村々の人々も奴隷として無理やり連行されているのだという。
トシアキはミアに小声で話しかける。
「昔、と言っても百年も前はミュータントと言えど奴隷にまではされていなかった。何があったんだ」
「ヒーロー大戦のせいだ。戦争の原因となったヒーロー協会自体は糾弾されなかったけど、代わりにミュータントへの風当たりは強くなってね。ヒーロー協会も自分たちには罪があるなんて宗教じみた理由でヒーロー以外のミュータントを積極的に迫害するようになって、変質したのだ。ヒーローだってミュータントなのに、社会に認められたいというだけで同族に鞭打つだなんて言語道断だ」
ミアは憤慨しているが、この世界においてミュータントのために気を病む人は少数の部類に入るのだろう。
「ではこれにて」
商人は丁寧にお辞儀をして、二人の用心棒と共に荷馬車に乗ってアマンダの街とは反対の方向へ行ってしまった。向かう方向は北だった。
なので商人と別れたトシアキたちは自然とアマンダの街に向けて南に進路を取ることにした。
身柄を拘束したストーマ―五人も意識を回復して、大人しく縄にひかれてついて来ることになった。いざとなればトシアキには最終手段をする準備はあったが、必要はなかったようだ。
三人と、数珠つなぎになった五人はそうして歩く。
すると建物が増え始め、住宅が多くなってきた。だがほとんどは廃墟で人もおらず、表札も経年劣化でかすれてどれも読めなくなっている。
時折、視線を感じて振り向くと誰かが窓の無くなった格子の向こう側からこちらを見つめている。風体はストーマ―達よりもぼろで痩せこけた顔をしている。
きっと街に住めない犯罪者か貧困者なのだろう。関わるべきではない。
先を急ぐと、今度はそこら辺の廃車や寄せ集めのガラクタで作り上げた門が見えてきた。ここが街の入り口らしい。
街の奥にはここからでも見えるダムがある。それは巨大で高層ビルを何本も束ねても足らないほどの大きさだ。今も盛大に水を吐いて、いない。放水はわずかにダムの絶壁を伝っているだけだ。
さらに門に近づくと、門の上に武装した人間がいた。
「そこで止まれ。訪問者か? 縄で捕えているのはストーマ―だろ。何の用だ」
「ストーマ―を捕らえたから身柄を引き渡しに来た。それと買い物に来た。パスポートでも必要というなら引き返すしかないが、どうだ」
「いや、証明書は必要ない。ストーマ―を捕まえたなら少なくとも奴らではない証拠だ。中に入れてやるから待ってろ」
門の上の男がそう言うと、錆びついた音を立てながら引き戸が開いた。
中は引き戸を開いたらしき武装した男と、少し遠目に人通りが見える。建物も廃墟ではなく、レンガやコンクリートで建てられた現在進行形で使われているものばかりだ。
生きた街、活気のある通りがそこにはあった。
男たちの中で、その場の警備隊長らしき男が話しかけてきた。
「アマンダの街へようこそ、新参者。改めて訊くが用件は身柄の引き渡しと買い物だな。長居はするなよ。残念ながらここでは新たな定住者は認めていないからな」
「ああ、それでいい。滞在は長くても三日かそこらだよ。必要なら宿泊先を後で教えてもいい」
「そうしてくれ。ところでストーマ―の身柄ならここで預かろう。街中で縄をひいて歩くなんてしたくないだろう」
男はそう言うと、手を差し出した。
トシアキは断る理由もないので、その場でストーマ―達の縄を引き渡すことにした。
「一応訊いておくが、ストーマ―達はどうなる?」
「人を殺したというなら長いこと刑務所に入るか、死刑だ。抵抗していない様子とアンタ達の様子を見たところ、殺しはされていないのだろう。まあ、それでも殺しをしていないとは限らないし、簡単な調書をとった後に刑務所行きだ。街にいる間に釈放なんてことはないよ」
警備隊長は詮索するようにジロジロとトシアキとストーマ―達を見比べていた。
「それにしても、よく無傷で捕まえたものだ。数が数ならともかく、大人一人と子供二人でどうして捕らえることができたのか… …怪しいもんだ」
「単に時の運と実力だよ。奇襲をかけたんだ」
ここで大人しく私はミュータントなので、というほどトシアキも馬鹿ではない。要らぬ警戒を買うよりは嘘をつきとおした方がまだいい。
しかし、そんな配慮もストーマ―のリーダーの言葉で消し飛んだ。
「そんなわけあるか! こいつは化け物だぞ! ミュータントだ。街に入ればきっと悪さをするぞ。ハハハハッ!」
トシアキは心の中で顔を覆いたい気分になった。それでも印象の悪い顔を精一杯微笑で上塗りをして、心の中を悟られないように努めた。
「ミュータント、ね」
警備隊長は納得したように頷いた。
「この街はミュータントの出入りを禁止していない。その規則はないものの、街の中ではどう扱われるものか。できれば黙っておきたいが、なにぶん俺も街の警備を任されているからな。困った。困った」
警備隊長は歯切れが悪い言い方をする。そして、脇に挟んだ手の指を小銭の形にしている。
それは暗に袖の下を要求しているのだ。と、察しのいい方ではないトシアキにでも分かった。
「その親切はどれくらいの値打ちがあるんだ」
トシアキが尋ねると、わきの下の指が三本立てられた。
「親切というものはお互いの配慮が行き届いてこそ価値があるものでしょう、このように」
トシアキは人差し指を立てて、自分の顔の前で揺らす。
警備隊長はその反応にいたく機嫌を損ねたようだが、三本指が二本指に変わった。
「それで構わない。変わりない親切どうもありがとう」
袖の下、といっても。ハードウォレットのやりとりは小銭のようにいかない。わざわざ他の警備がそっぽを向いて我関せずしている間にコードを読み取り、ゼノから警備隊長の電子端末にお金が送られた。
警備隊長は送金を確認すると、満面の笑みをこぼした。
「アマンダの街へようこそ」
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