第24話「新入団員の訓練」
その日の天気は快晴で、珍しく訓練は市街地ではなく空き地で行っていた。
鍛えるのは新しく入団したミュータント達。能力の程度や戦闘の向き不向きを測るには実際に手合わせするのが一番だと、トシアキは考えたのだ。
ならば組手あるのみである。
「よろしくお願いします!」
礼儀正しくあいさつした好青年はその内面に見合わず、身体中から一斉に蛇の尾のような触手を生やす。
身体から何かを出す、というのであればトシアキとそう変わらぬ能力であるかもしれない。
トシアキはまず手始めにその青年の攻撃を受けることにした。
青年は馬鹿正直に正面突撃を敢行し、触手を前面に伸ばし、トシアキとの間合いを短くする。射程は三メートルほど、思ったより長くは伸ばせないようだ。
トシアキはスライムを正面に展開し、盾のように配備する。触手と接触すると、それの情報が瞬時にトシアキに伝達される。
「硬度は分厚いタイヤのゴム、粘度無し、特殊な効果は無し、膂力は人並みか」
スライムで触手を受け止めたまま、トシアキは青年の突進に合わせて後退する。
一見すればトシアキが押されているように見えるものの、それもすぐに反撃に転向する。
トシアキはスライムの一部を短刀の形に変えると、一番身近にあった触手に斬りかかる。すると、ゴム質の肌を持つ触手が簡単に切り裂かれてしまった。
「能力的な伸びしろは不明、育てれば作業にも戦闘にもオーソドックスに対応できそうかな。まあ、合格だな」
急に、青年の突貫が停止したかと思うと、そのまま倒れこんでしまう。
原因はスライムの能力だ。スライムはわずかな傷口でも体内に侵入し、身体の平衡を生理的に崩し、平常を奪う。能力や身体の性質によっては耐える者もいるが、大柄なブギーも時間差で倒せたので新人の中にはまず耐性のある者はいないだろう。
「よしっ。次の者っ!」
青年が他の者の手を借りて出て行った後に、トシアキの前には短髪の女性が立っていた。
「よろしくっ!」
女性は活気のある印象を受けた。実際、よく動けるのだろう。それは発達した大腿筋や引き締まった腹筋を思わす腰つきにしっかりと現れている。
短髪の女性は手をかざすと、そこから青い閃光が纏わりつく。光は蜘蛛の糸のように手を這いながらも、時折ハリネズミの針のように外側へ突きたつ。
「電流か… …」
短髪の女性が嫌に元気がいいのは、自分の能力の自信からかもしれない。電流は濁った水にはよく流れる。ならば電流とスライムなら相性はいいと考えているのだろう。
電流が、徐々に徐々にたわみを大きくしたかと思うと、急にイカヅチが真横に撃たれる。
それは咄嗟に顔面を庇ったトシアキに直撃したかと思えた。
「自家発電、は無理そうだな。出力はまずまず、戦闘向きだが短期決戦向き。出力を抑えれば、もっと活躍できるかもな」
雷に打たれたかと思えば、トシアキに電撃は届いていなかった。代わりに、トシアキの周囲にある薄いスライムの膜が、トシアキに接しない程度の距離で張られていた。
「スライムの電気抵抗値は実際のところかなり低い。だからファラデーの檻にもなる。人が鉄の檻に入って電流が流れるところをテレビで見たことがあるだろう?」
短髪の女性は能力を使い切ったのか、肩で息をしている。そしてトシアキの質問に対して首を横に振った。
「テレビが、まずないか。まあ、合格だ」
女性と後退して次に出てきたのは、トシアキと負けて劣らず目つきの悪い青年だった。ただトシアキがダウナー系とすれば、彼はヤンキー系とでもいうのだろう。そういった視線の鋭さを感じた。
「よろしくっす」
青年はそうぶっきらぼうに挨拶すると、格闘の構えを取る。
顔の前に拳を作るのと、小刻みにステップを踏む姿からボクサータイプの戦闘スタイルのようだ。
「今度は俺から行かせてもらおうか」
先に手を出したのは意外にもトシアキの方からだった。
駆け足で青年に近づいたトシアキは、掌底を連続して繰り出す。青年は首の振りと顔の前でがっちりと固めたガードでそれを受け止め、物おじしない。
逆に、青年から右のストレートが飛ぶ。
トシアキは瞬時に弾丸さえも受け止めるスライムを自分の頭の周りを覆う。
拳はそれにより威力が半減、されるかに思えた。
「ぶっ!」
だが、そうはならなかった。スライムは元々衝撃を完全に逃せるわけではない。そこはトシアキも計算しており、拳を受け止めるには十分なスライムの厚さだった。
想定外だったのは青年の拳が鉛や鉄の硬度をはるかに超え、拳で射出される威力に硬さが上乗せされた一撃は、トシアキの脳をわずかに揺さぶった。
青年はトシアキの隙を見てとり、素早く追撃を開始する。
追いかけてくるのはボティーへの攻撃、トシアキはまた自分の腹にスライムを集め痛撃を緩和しようとする。
「ごっ」
それも拳の重さ硬さにはかなわない。トシアキは腹を瞬間的に圧迫され、くの字に身体を折り曲げる。
「な、なかなか」
それでも、まだ戦闘は継続可能だ。
今度は体勢を立て直したトシアキがスライムを刃の形にして斬りかかる。
青年は避けない。そのまま刃を身体に受けた。
すると、スライムの刃は青年の肌に接触するや否や、弾かれた。
「全身を硬化できるのか。ならば」
トシアキは刃で傷つけられないと知りながらも、スライムの刃で攻撃を続ける。そして、同時に拳大のスライムを青年の顔面に向けて放ったのだ。
「ぐ、ぐぐ。ごほっ」
これもトシアキの十八番の攻撃だ。スライムは青年の硬い肌を伝い、気管を塞ぐ。そうなれば、青年は溺れるしかない。
ブギーや、オウガのような特別な肺活量を持たない青年は当然これには動揺し、自分の喉を掻きむしった。
「よしっ。まあ、合格だ」
トシアキは青年が気絶する寸前でスライムを回収する。青年は苦しみから解放されると、何か言いたげにしていたが「ありがとうございますっす」と、素直に礼を言った。
「硬化に自信があるのは分かる。だが、相手の未知の攻撃に対してはあまり使わない回避という手段もとるべきだ。まだまだ改善の余地はあるが、それは即ちもっと強くなれると言うことだ。精進しろよ」
トシアキは青年を下がらせると、他のミュータント達に向かって話し始めた。
「このように、君たちの能力はまだまだ伸びしろがある。それをこのデュラハンという組織で鍛えさせてもらう。それまでに、君たちが戦闘で活躍するための戦略を覚えてもらう」
トシアキは反論や質問がないことを確認して、次に進んだ。
「今回は一対一の模擬戦闘をしてもらったが、戦闘では推奨しない。例え相手が一人の能力のない銃兵だとしても、二人か三人以上で挑め。そして能力に過信せず、銃も覚えろ銃を使え。これはあくまでも長期戦を生き延びるコツと考えろ。実力の有無の関係ではない。今回は、戦闘員の方々から銃の扱いを覚えてもらう」
トシアキの言葉に、後ろで待機していた戦闘員が人数分の鉄火九五式拳銃をミュータント達に配り、銃を広げるための机も用意した。
それからそのまま、戦闘員はいくつかのグループに分かれて銃の説明を開始する。まずは弾が込められていない状態で、銃を撃つまでのステップや銃を解体する方法を身につけさせ始めた。
このまま順調に進めば、二日三日でとりあえず銃をまともに扱える知識と経験は出来上がるだろう。
「訓練は精が出ているようなワケ」
「珍しいな。こんな所に顔を出すなんて」
銃の訓練を戦闘員に任せて手持ちぶたさになったトシアキに声を掛けたのはゼノだった。
ここのところ、治療棟での勤務と自分の研究、セクゾスレイヴの整備に躍起になっているので外で顔を合わすのは久しぶりであった。
「ちょっと息抜きがてらに来たワケ。それにトシアキには伝えておきたいことがあるワケ」
「何だ? 急な話か?」
ゼノはやや疲れた顔をトシアキに向ける。
「リトルリトルの意識が回復したワケ」
「なにっ。本当か!?」
「まだ上半身を上げられるほどじゃないけど、話もできるし食欲もあるようなワケ。これなら快復するのも早そうなワケ。トシアキも病室に―――」
ゼノがそう言い終わる前に、トシアキは既に治療棟へ向けて駆け出していた。
「まったく。リトルリトルのこととなると、トシアキは動きが速いワケ。私にも、少しは心配りしてほしいワケ」
ゼノはそう言いつつ、ビルの陰を見つけ、手ごろな座れる瓦礫の上に腰かけた。
そんなゼノに、遠くから声がかかる。
「ありがとう、ゼノ。リトルリトルの治療につきっきりで疲れたろう。誰かに椅子や飲み物食べ物を持ってこさせる。ここで、ゆっくりしていってくれ」
トシアキが遠ざかりながら、そうゼノに告げたのだった。
「―――まったく。地獄耳なのか。優しいのか。分からないワケ」
ゼノは少々困惑しつつも、うれしそうな顔でポツリとそんなことを漏らした。
今日はやはり、快晴である。雲一つありようがない晴天である。
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