第23話「執刀手術」

 重傷を受けたリトルリトルを担ぎ、トシアキはアマンダの街を抜け、南門に急いでいた。


 途中、ヒーロー協会の下部組織であるボランティアと遭遇することも、この街にいないはずの第二のヒーローが現れることもなく。トシアキは南門に到着した。


 アマンダの街の南門は、壮絶なことになっていた。南門は丸ごと爆破解体され、警備していた者はあまりの爆発で散り散りになっており、姿は見えない。


 代わりに、そこにはトシアキを待っている者の姿があった。


「トシアキ、リトルリトル!」


 目立つように、エクゾスレイヴであるアゲハの元にいたのはミアだった。二人が心配で残っていたのだろう。


 トシアキがそこへ駆け込むと、リトルリトルの様子にミアは眼をむいた。


「リトルリトルは大丈夫なのか? オウガはどうなった?」


 ミアはトシアキに質問を浴びせる。トシアキは立ち止まることなく、ミアと並走する形で応えた。


「リトルリトルの傷は俺のスライムで塞いでいる。だが、重傷だ。すぐに治療が必要だ。オウガは、倒せなかった。追撃が来る前にここを離れるぞ」


 トシアキは多くは語らず、ミアとエクゾスレイヴを連れてその場を離れて行った。



 その後、今回の襲撃の結果だけを聞いた。


 解放した元奴隷のミュータント達がデュラハンに入った人数は三十九名。逃げる際に死者も出たし、後になって離脱したものを含むと、最終的な数はそれだった。


 ブギー率いる戦闘員にも負傷者は出たものの、数は数名。死者はなく、そこはストーマ―時代から彼らを率いていたブギーの指揮もあり、善戦したようだ。


 作戦は犠牲が出つつも、成功と言えた。


 ミアとブギーは作戦後、ギズモの街に急遽出かけ。本部にはトシアキ、ゼノ、リトルリトルが残されていた。


 そのリトルリトルも治療棟でゼノの緊急手術を受け、一命は取り留め、今は寝ている。


 リトルリトルの意識の回復はまだなく、その寝姿をトシアキはベットの横で見守っていた。


「受けた傷はかなりのものだったけど、腸や食道に傷はついていないおかげで感染症のリスクは低いワケ。肝臓の一部を切除する必要があったけど、他に致命傷はないワケ。これもトシアキのおかげなワケ」


 肩を落としているトシアキの頭を叩き、ゼノなりに励ます。


「実際のとこ、アマンダの街から本部まで距離があったから、トシアキのスライムで傷を塞げていなかったら出血性ショックでどうなっていたやら。リトルリトルも相方に恵まれていたワケ」


「それは、俺も同じだ。リトルリトルを盾にしなければ、やられていたのは俺だった。俺の力なの無さのせいだ」


 トシアキは自嘲気味に言った言葉を飲み込み、決意に満ちた言葉を口にした。


「頼みがある。俺に、再改造手術を行ってくれ」


「えっ!?」


 ゼノはトシアキの言葉に驚く。再改造は確かに能力の向上を促す画期的な方法である一方、副作用はひどい。永続的な脳疾患、内臓疾患、精神疾患、の可能性もあるうえに能力のオーバーフローにより自分の能力でショック性の自死をすることもある。


 つまり使える以上の能力を所有するだけでリスクが伴うのだ。


「か、考え直すつもりはないワケ? ミア統領の許可も得ていないワケだし」


「ミアからは後で俺が説得する。俺は、信頼できる仲間のために自分がいると確信するためには、弱いままではいられない。どんな馬鹿げた方法でも守れる強さが必要なんだ」


「で、でも」


「ゼノの協力が得られないなら仕方ない。なら、適当に薬品でも投与して何とか」


「あー、もう。分かったワケ」


 トシアキはかなり強引にゼノの約束を取り付けた。


「ただし、私が指示した方法を必ず厳守するワケ。それができなければ、私は責任を持てないワケ」


「ああ、すまない。よろしく頼む」


「時間はちょうど空いているから、すぐに改造手術に取り掛かるワケ。覚悟するワケ」


 ゼノは承諾後、素早く行動する。実験棟の改造手術室にトシアキを通し、何人かの非戦闘員から臨時の助手を用意し、自分が執刀医となる再改造手術を決行した。


 トシアキは手術台に鉄の鎖で縛られる。謎のポンプ装置や回転する振り子機械に囲まれ、熱いほどのハロゲンランプに照らされて、本人には吸入麻酔のガスマスクが取り付けられた。


「それでは、これからトシアキの再改造手術を行うワケ」


 吸入麻酔と同時に、腕に取り付けられたチューブから麻酔を投与される。そしてトシアキの意識は酩酊した。


 酔ったように眠気のように、視界が狭窄する中、ゼノがかざすメスとハサミが死刑執行人の鎌のように垂れ下がって見えた。



「お目覚めのようなワケ」


 トシアキが目覚めると、既に手術は終わっているようで、自分の身体が治療棟の一室にあるのに気が付いた。


「手術の具合はどうだ?」


「それは私がトシアキに訊くことなワケ。でも、手術の経過なら順当。今のところ大きな副作用や臓器疾患の兆候はないし、オーバーフローもしていないワケ」


「スライム能力を使えば、また変わってくるだろうな」


「ええ、でも。能力の強化はできたワケ」


 ゼノは右手で指を三本立てて、左手には注入装置付きの小さなアンプルを持ち、説明を始めた。


「今回の能力の向上はオーバーフローの危険性を少しでも無くすために、アンプル投与型の強化能力にしたワケ。一つは硬化能力の向上、単純にスライムの硬化能力を底上げしたワケ」


 そう言って、ゼノは青いアンプルをトシアキに渡した。


「もう一つは再生能力、元はどのくらいかは知らないけど、これもかなり向上したワケ。不死、とはいかないまでもそこそこ役に立つはずなワケ」


 ゼノは黄色いアンプルを渡してきた。


「最後は、スライムの保有量上限解除。これは正直能力のオーバーフローの可能性があるから一番使ってほしくない奴なワケ。でもこれの使い道の凄さは、トシアキになら分かるはずなワケ」


 ゼノは最後の赤いアンプルを、トシアキの手の中に収めた。


「今ある薬品の在庫はそれだけ。使う時には状況を見極めてほしいワケ」


「ありがとう、ゼノ。これで俺は仲間を見捨てることにならなくて済む」


「… …馬鹿垂れ」


「んっ? 何だって」


 ゼノは小さく罵倒した声を掻き消すように、次の言葉を紡ぐ。


「ところでミア統領が帰ってきたようだけど。言い訳は?」


「忘れてた。再改造手術のことを弁解しないと」


 トシアキはゼノの許可を取って、もうベットから抜け出してよいかの確認を取る。


 意外にも、術後すぐであるにも関わらず、その承諾はすぐにとれた。


 後は、難攻不落な小さな巨人にどうやって言い逃れをするか、である。


「言い負かす。のは無理そうだしな。ただただ謝り倒すしかないか… …」


 トシアキは頭を掻きつつ、三つのアンプルを自分のポケットにしまい込んだ。

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