第8話「新怪人」



 四人は広くにぎやかな大通りを避けるように、人目の気にならない裏路地にやってきていた。


「私は奴隷を買うだなんて指示した覚えはないのだが」


 不貞腐れたミアがそう言うと、トシアキは耳が痛いような仕草をしていた。


「仕方がないだろう。それとも奴隷商相手に大立ち回りなんて演じればよかったのか? 街を追い出されるならまだしも、捕まりでもしたらデュラハンの再起がどれだけ遅れるか」


「… …ぬぐぐ。でも他にやり方があったでしょ」


 追及されれば、正直なところ上手い逃れ方は他にもあったのだろう。だがトシアキがとっさに考え付いたのは奴隷の少年を大枚はたいて買うことだけで、暴れるリスクを考えるとやりようはなかったのだ。


 考え違いがあるとするならば、奴隷の少年を買うのに思いのほか多額のお金がかかってしまったことだろうか。


「十倍は確かにミア統領の無礼千万を忘れさせるには効果的だったワケ。けれど、こちらの財布事情も考えて五倍とか三倍とか、言い方があったのだと思うワケ」


 ゼノは残り三万弱に減った仮想通貨のバタを眺め、寂しそうに呟いた。


「何よ。何よ! 全部私が悪いの? 悪の組織デュラハンが、融和主義を掲げる私たちがあんな暴挙を無視するなんてできるわけがないでしょ」


 できれば時と場所を考えてほしい。


 とはいえ、ミアの言うことはもっともだ。今は力がないため何もできないが、もしトシアキらに力があるのならば迫害されるミュータントを見捨てるなどというデュラハンの教義に反することは絶対にできない。


 弱いから、という理由だけで弱者を見捨てたままにするのも、ある種社会に蔓延する人間至上主義に加担するのと同義なのだ。


「ミア、その行動はまだ実力を伴っていないが、俺たちデュラハンの代表としての振る舞いは誇りに思う。ただ行動するなら俺たちにも相談して、手足のように使ってくれ。俺たちはミアの部下なんだ。信頼してほしい」


 ショックがあるとすれば、ミアが無鉄砲なことをしたことよりも、話もなく一人で行動したことの方だ。


 俺たちは組織、そしてミアは統領なのだ。組織に属すると言うことは統領の命令を聞き、一致団結することなのだ。


 たとえそれが夢物語のようなどうしようもない難題だとしてもだ。


「… …すまない。一人で突っ走りすぎた。今度からはもっと頼らせてもらう」


 ミアは反省すると、先ほどまでの我儘な少女の面影から、もっと質の悪い統領の威厳を取り戻す。


「では覚悟していてもらおうか。私は容赦ないぞ。いずれ与えられる決死の任務を、心して待っていろ」


 ミアは高らかに笑う。その姿を、残り三人はつられたように笑顔になるのだった。


 そうだ。今は四人なのだ。


「ところで買、違った助けたこの少年はどうしようか?」


 少年を改めて眺めてみると、まるで生きてこの方日の光に当たったことがないかのように白い肌と細い四肢、そのため力強い印象的を与える黒髪と青い瞳が特徴的だった。


 注目を浴びた少年は、自ら言葉を口にした。


「話を聞いていました。僕は、奴隷として買われたわけではないのですね」


 ミアと比べるべくもない丁寧な、慎重に言葉一つ一つを選んだ敬語は教養を感じられた。


「僕の名前はリトルリトルと言います。貴方達は悲しむかもしれませんが、僕は元々奴隷だったんです」


「元奴隷の奴隷? うん? 何か違うワケ?」


 ゼノは見当がつかないという様子だ。だが、トシアキは何となく意味を察せられた。


「今の奴隷制度に変わる前の、奴隷。ってことだな」


「はい、そうです。分かりにくい説明で、すみません」


 旅の商人が言っていた、以前の奴隷制度は奴隷に人権や賞与を与えられ、比較的道徳的だったという話だ。


 それがヒーロー協会が奴隷制度を今の、人間至上主義なものに変えてしまい。ミュータントを迫害する方向に変えてしまった。


「私たちのご主人様は奴隷制度が変えられても、私たちに同じように接してくれました。ところがヒーロー協会に目をつけられてしまい。今の奴隷制度の扱いに変えるか、奴隷を接収されるかの二択を迫られ、ご主人様は抵抗しました。ですが、ヒーロー協会の、オウガという男に命を―――」


 リトルリトルは唇を噛みしめ、泣き出しそうなほど悔しそうにしていた。


「泣くではない! 男なら後悔などせずに胸を張れ、自分が生きてさえいるなら次がある。そうすれば過去を忘れるも、復讐するも貴様の自由だ。分かったと言え」


「わ、分かりました」


 リトルリトルは怯えながらもミアの言葉に応えた。


「ハカセ、リトルリトルの首輪はどんな具合だ」


「外すだけなら貰ったリモコンで簡単だけど、無理やり外すと爆発する仕掛けになっているワケ。応急処理はしておいたからこれで爆破せず自由に外せるワケ」


 リトルリトルの外した首輪を弄っていたゼノはそう言って、リトルリトルに首輪を返した。


「窮屈だと思うが、街を出るまでは付けておけ。形でも貴様は私の奴隷ということになっているからな。街を出た後は、好きにするがいい」


 首輪をかけなおしたリトルリトルはミアの言葉を聞いて、戸惑う。理由はおそらく先ほどした話に関連することだ。


「ミア、話を聞いていなかったのか。リトルリトルはもう帰る家がない。自由って言えば聞こえはいいが、要するに放逐するってことになるんだよ。買った責任は取らないと」


「ほう、そうか。確かにな。衣食住についてはまかせておけ。我々は懐が深いからな」


「懐は広くても中身は寂しくなっているワケ」


 リトルリトルはミアの頼もしい言葉に少し安堵した。


「だがいつまでも一緒にいるわけにはいかないぞ。リトルリトル、貴様は何がしたい。これからどうしたいんだ」


「僕は、ただご主人様の敵を討ちたいんです」


 リトルリトルの物騒な言葉にトシアキもゼノも息をのむ。ただ一人、ミアだけはリトルリトルの薄暗いダークブルーの瞳を真っすぐ見つめていた。


「ならば、よし。つまりヒーロー協会のヒーローを打ち砕きたいと言うことだな。それなら悪の組織デュラハンと野望は同じ。ヒーロー協会ならばいずれは倒す敵だ。私についてこい、リトルリトル。協力してもらう。拒否権はないぞ。貴様には存分に復讐を堪能してもらおう」


 ミアは堂々とそう宣言すると、高らかに命じた。


「リトルリトル、今日から貴様はデュラハンの怪人だ。泣くもわめくも、喜びも悲しみも、この私のためにしてもらうぞ。観念しろ」


「はい!」


 リトルリトルは一切躊躇することなく、ミアの言葉に追随したのだった。



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