第27話「商談決裂」

 四人でささやかな祝いを挙げる中、トシアキがギズモの街の食事に舌鼓を打っていると、街路の空気が変わるのを感じた。


 それは市場の活気とはまた別で、怒気を含み騒乱を感じさせる空気だった。


 人の流れは先ほどまでトシアキのいた川沿いの倉庫に向かっている。しかし、これは不自然だ。もし倉庫のボヤが原因なら火事場を野次馬する好奇に満ちたさわめきをはらむはずだ。


 ならば何故怒りに染まっているのか。トシアキにはその見当が悪い方の想像を強くしていった。


「少し席を外す。お前たちは待機していろ」


 そうなると気になるもので、見に行かずにはいられない。トシアキは先に食事を終わらせると、そう言って席を立ち人ごみに混じる。


 人の波に任せて進んでいくと、やはり人だかりは川沿いの倉庫に進んでいる。そして人々は何やら口々に話している。


 試しに近くの相手の話を盗み聞く。


「―――ボランティアの奴ら、倉庫で何やらボヤ騒ぎを起こしたようだな」


「ああ、アマンダの街の奴らだ。どうせろくでもない理由でうちの街に来たに違いない。ボヤ騒ぎ以外にも何かあったようだしな」


「クソッ。いつもいつも好き勝手にしやがって、それに比べて最近新しく来た旅商人は―――」


 トシアキは会話を聞いて安堵する。もしかしたら今回の破壊工作がデュラハンの仕業と判明し、街に被害が出たことをギズモの街の人々が激怒しているという可能性もあったのだ。


 そうなればアマンダの街に続き、敵対するつもりのないギズモの街まで敵に回しかねない。今回は、いささか危ない橋だった。


 安心する一方、今度は別の疑問が生じる。何故ギズモの街の人々はこうもボランティアの人間に反発しているのか。


 それはある程度根拠がある。


 何度か述べたことがあるように、ギズモの街はアマンダの街との売買に命の綱ともいえる水を盾に暴利をむしられている。


 それもわざわざ上流のダムをせき止め、農業用の水さえも貧窮する状況にして、である。


 生活の全てを、わずかに流れる川の水と水の輸入に頼らざるえない中では当然反感も強い。だからこそ、ギズモの街の人々はアマンダの街の支配者であるボランティアも嫌っているのだろう。


 更に歩いていくと、倉庫が見えてきた。どうやらボヤ騒ぎ自体は鎮火したようで、一部が焦げた倉庫と全焼した弾薬だったものが残っていた。


 弾薬、といってももうその面影はない。発火装置のせいで完全に燃え尽きた、というより爆発炎上して黒ずんだ金属と荷台の木片の屑しかない。


 トシアキはその様子を、野次馬の中で遠巻きに眺めていた。


 そしてどうやら火事は収まったものの、まだもめ事があるらしい。もめ事の元凶はボランティアとギズモの街の、弾薬を売ろうとしていた商人の間のようだ。


「弾薬は既に買い取っていたはずネ。今更支払わないとはどういうこと!?」


「契約は成立していないに決まってるだろ! 弾薬は火事で燃え尽きちまった。俺たちは金属片を買いに来たわけじゃない。今度はちゃんと売り物として渡してくれ」


「既に荷物はアンタらが積み上げていたネ。管理の不始末はアンタらのせいだネ。私、悪くないヨ。悪いのは全部ボランティアのアンタらだヨ」


「何にしたって現物がないんだ。支払いなんてできるか!」


 口論の様子から見ると、どうやら金の支払いと燃えた弾薬の所有権についてもめているようだ。


 確かにボランティアが言うように所有権が商人のほうにあれば支払いは発生しない。逆にボランティアに売られたという契約書なり所有権の移譲が発生していれば、支払い義務が発生するだろう。


 もめている、ということはおそらく口頭での契約だったのだろう。これでは言った言わないの、二律背反な議論が進むばかりだ。


 その一方、ボランティアは強硬な姿勢で話し合いの終結を待たずに撤退の準備を進めている。話を有耶無耶にして逃げるつもりだ。


 ギズモの街の商人もその様子には気づいたようで、増々怒り出す。


「待つネ! まだ話は終わってないネ。自警団を呼んだからそれまでは待つネ!」


 街でのもめ事だ。街の自警団も既にこちらに向かっているのだろう。これはボランティアにとっては災難だ。流石に武器を持った自警団相手に逆らえば、武力衝突もあり得る。


 それどころか、ボランティアの非協力的な姿は周りの野次馬達もヒートアップさせている。このままでは誰かが手を出しかねない。


 トシアキは内心、ギズモの街の怒りが爆発してボランティアと争いが生まれてほしいと願いつつも。争いで生まれる犠牲について少し懸念を感じていた。


「そうだそうだ! 今更帰り支度を急ぐ必要はないぞ。自警団が来るまでゆっくり話し合おうじゃないか」


 うん? これはギズモの街の商人の声ではない。もっと若い、少女のような声だ。


 トシアキが声の主を探すと、その人物は野次馬の陰に隠れて、いた。


「私が来た以上、商売の不公平さを見過ごすわけにはいかないぞ。さあ、席に着き交渉しろ。ボランティアの諸君」


 なんと、それはデュラハンの統領、ミアであった。何故だかギズモの街の商人と仲良く肩を並べ、さも当然のように商人の権利を述べていた。


 それだけ声高らかにしていれば、いやでもボランティアの注意が集中する。そして、デュラハンの統領なのだ。人相書きも出ているだろう。


 実際、話に応じていたボランティアの小隊長がミアの正体に気付いた。


「こ、こいつは! おい、こいつを連行しろ! テロリストの親玉だ」


 ボランティアの部下たちが集まってくるが、その行き先をギズモの街の商人とその同業者達が行き先を遮る。


「何がテロリストヨ! 金を支払わないアンタらは泥棒ネ。それにこの人は街の恩人ヨ。手出しはさせないネ」


「恩人だと!? こいつはアマンダの街を破壊し、奴隷を奪ったテロリストだぞ! 俺たちにはこいつを裁判にかける義務と権利がある。身柄を渡してもらおうか」


「馬鹿言わないネ。ここはギズモの街。そんなに奪いたいならネ。まず自警団と話し合うのがヨロシ」


 ギズモの街の恩人、とは何だろうか。トシアキが考えていると、ちょうど補足してくれるように隣の会話が聞こえてきた。


「おい、あの嬢ちゃんは誰なんだい?」


「知らないのか? 最近ギズモの街に来た旅の商人だそうだ。どうにもアマンダの街との水の商売を快く思ってなくて、自分から良心的な価格でギズモの街と取引を始めているそうだよ。全く、小さいのにしっかりしてるね」


「ほう、じゃあ最近水が安くなったのはあの嬢ちゃんのおかげかい。そいつは助かるねえ」


 と、言う感じだ。


 それを聞いてトシアキにも合点がいった。ブギーに襲撃を命令した際、アマンダの街からの商隊に絞ったのはギズモの街と敵対しないためだけではなく。ギズモの街と取引するためだったのだ。


 それも適正な価格、アマンダの街の暴利な取引と対照的にすることで、ギズモの街に好印象を与えていたのだ。


「とーもーかくだ。自警団が来るまで待ってもらおう!」


 ミアはボランティアの心情を知ってか知らずか、いけしゃあしゃあにのたまう。


 正直、自警団の到着を待ちたくなく、ミアを確保したいボランティアは自然と一つの結論を出したようだ。


「おい、商人どもにかまうな! テロリストを逮捕しろ」


 ミアをかっさらい、自警団が到着する前に逃げる。そうすればギズモの街の住人から反発を招くが、待ったとしてもこれ以上に心象が悪くなるのに変わりない。


 それならば、痛みを受け入れ実を取る方が良いと考えたようだ。


 ボランティアの部下たちは商人の壁を押しやり、小隊長がミアの手を掴んだ。


 これは、まずい。


 トシアキが野次馬を掻き分けて前に進んでいる間に、ミアと目が合った。


 いや、ミアはずっと前からトシアキの存在に気付いていたのだ。


「助けろ! トシアキ」


 ミアはそう号令する。


 トシアキはやれやれと思いつつ、高く跳躍する。


 そのまま、小隊長の上からスライムを向かわせつつ着地しようとすると、先に小隊長がトシアキの存在に気付いた。


 寸前に、小隊長はミアを引っ張る手を離し、スライムを避ける。こいつは、中々動けるようだ。


「こいつはスライム男だ! 皆あの液体に注意しろ。窒息させられるぞ」


 何より、トシアキの存在は隠すまでもなく公にされているようだ。


 トシアキはミアの前に立ち、周囲を囲むボランティア達ににらみを利かせた。


「まったく。俺が来ていなかったらどうするつもりだったんだ。一人じゃ戦えもしないだろう」


「フンッ。その点はぬかりない」


「どうぬかりないって?」


 ミアは胸を張って言う。


「私は貴様を信じているからな!」


「… …恥ずかしげもなく。よくもまあ」


 トシアキは少し気恥しくなりつつも、戦いに身構えた。


「ここでこの二人を捕らえれば、いや殺してしまってもオウガ様は喜ぶぞ! 皆、殺すつもりでかかれ!」


 小隊長は一斉攻撃を指示し、ボランティアの部下たちはそれに倣いトシアキとミアに殺到した。


「さあて、スライム男の本領発揮と行こうか」


 トシアキは身体にスライムを身にまとい、迎撃に備えるのであった。

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