第32話「開戦前」

 急襲を受けたギズモの街の議会と自警団は突如現れたデュラハンという組織に困惑しつつも、とりあえず住民たちを迅速に助けてくれたことに感謝した。


 ただし、自分達の街での勝手な軍事行動は問題視された。処分も検討していたところ、デュラハンを後押ししてくれたのはデモ隊の住民達だった。


 曰く、自分たちを救ってくれたのは紛れもなく彼らである。そして現在問題視すべきは通商関係にあったアマンダの街の、宣戦布告なしの攻撃である。責めを受けるべきはアマンダの街のヒーローとボランティアである。


 議会と自警団は、デモ隊達の矛先が自分達に向くのを恐れて、デュラハンの軍事行動の責任問題をとりあえず棚に上げることにした。


 目下、対応すべきは敵対したアマンダの街の対処方法となった。議会からは一部、和解をすべきだという声も上がったものの、前例と多くの反対意見からこれは排除された。


 となれば、アマンダの街に反撃する必要がある。そのためにはギズモの街単体で攻めるのは心配だ。仲間を募らなくてはならない。


 そうすると、自然に同盟関係になるべき相手がすぐそばにいることに議会は気づいたのだった。


「それで、まんまとギズモの街を丸め込んでしまったのか」


「言いがかりだな。トシアキ。我々は献身的にギズモの街に協力し、あまつさえ軍事力を提供しているだけだ。これは自然の流れということだよ」


「本心はどうなんだ?」


「やったぜ!」


 現在、デュラハンはどうしているかと言えば、ギズモの街の自警団との混成部隊を結成して、アマンダの街へと行軍中である。


 指揮系統の混乱を避けるため、混成部隊と言いつつも、デュラハンと自警団の二つの軍隊をただ合流させただけの急増部隊だ。作戦の際は、南側からは自警団が、東側からはデュラハンに、と別れる算段となっている。


「この戦、また勝てると思うか? トシアキ」


「自信なさげなことを言わないでくれよ。統領ならいつもの通り根拠のない自身を持っていてくれよ。とはいえ戦力は―――」


 トシアキは既存の戦力について言及し始めた。


「デュラハン戦闘部隊二十人、怪人部隊三十人、ブギーと俺を含めて五十二人・それに加えて自警団が約百五十人。合わせて総勢約二百人。


 撃滅したボランティアは約百五十人。アマンダの街の偵察で確認したボランティアの戦力からして、残りは約百人。単純な戦力ならこちらが上だな」


「それはこちらが攻めるという考慮をなくせば、だろう。向こうは門を構えている。それでは城攻めと同じだ。攻め落とすには二倍か、三倍の戦力が必須。今回の戦いは厳しいものになるかもしれない」


「安心しろ。そのためにここまで戦闘員と怪人を訓練してきた。奴らは活躍してくれるさ」


「… …うむ」


 ミアは諭された子供のように静かに頷く。


 確かに、ミアの言い分は間違いではない。奇襲返しめいた先の戦いと比べて、今度の戦いは拮抗したぶつかり合いになるに違いない。


 そうなれば、犠牲は必ず出る。戦闘がうまく進んだとしても、ここにいる何人かは仮本部に帰ることはできないだろう。


「仲間を失うことが怖いのか?」


「っ!?」


 ミアは図星のように肩を震わせる。


 それもそうだ。ただデュラハンのお飾りのトップとはいかない。今は最初の頃の三人だけではなく、総勢百人以上の部下を預かるデュラハン統領なのだ。


 その肩にかかる重責は、トシアキが思っているよりも重いに違いない。


 だが、一人にその重しを任せてはおけない。


「俺も幹部の一人だ。ブギーもな。ミア統領だけじゃない。俺達の命令で部下達は戦う。それでも、それは部下達が個々人で決めたことでもある。俺達デュラハンの旗の下に集うとな。そして悪に染まった明るい未来をお前と共に歩むためにな」


 トシアキは自信に満ちた言葉でミアを後押しする。


「だからミア統領はただ使命を全うすればいい。悪戯っぽく笑い、根拠のない自信で率い、悪の組織の統領を演じるのさ。それが俺達の望んだミア統領の形なんだよ」


「―――」


 ミアは少し考えたものの、すぐ顔を上げた。


 その顔には元通りの、いつものミアの表情が戻っていた。


「うむ。ではそうとしよう! トシアキ、アマンダの街までの到着時間は?」


「このまま進めば二時間後には到着するはずだ」


「よしっ。では私は眠る!」


 そう言うと、ミアは近くにあった馬車の中に入り、本当に寝息をかきはじめた。凄まじい寝つきの良さである。


「… …ったく。うちの統領は図太いのか繊細なのか、分かりにくいな」


 トシアキは呆れつつも、ミアが気持ちを持ち直したことに安堵するのであった。



 二時間後。デュラハンと自警団の混成部隊はアマンダの街の外れに到着していた。


 混成部隊はそのままアマンダの街を攻めることはせず、徒歩による軽い疲れを癒すためにも一度陣地を作ることとなった。


 いくつかの塹壕と簡易テントを建てただけの急増の陣地は、小高い丘からアマンダの街を睨み、街から出入りがないかを警戒していた。


 アマンダの街はといえば、徹底的な籠城を行うべく街の門を、取り壊した建物などで補強して備えていた。


「攻めがたく、守りやすい。相変わらずいい街だぞ。アマンダの嬢ちゃんは」


 それを眺めているのはブギーとトシアキだ。塹壕から身を乗り出し、双眼鏡でアマンダの街をつぶさに観察していた。


「褒めるのもいいが、何か妙案はないのか? 今回は前の奇襲とはわけが違う。攻め方次第ではこちらの犠牲の方が多くなるかもしれないからな」


「… …難しいな。東門、南門はともかく。川沿いの西側は人の行き来がないから高く分厚い壁があるな。それに枯れ川は足元の意志が邪魔だし、元の川底だけ壁も高いぞ」


「北はどうなんだ?」


「北は論外だぞ。ダムに接した小高い山のような斜面じゃ、軍隊は越えられないな。少人数で行ったとしても、すぐに見つかるぞ。考えない方がいいぞ」


「うーん… …」


「こういう難攻不落の街はシンプルに戦うしかないな。それにそのために、ゼノが爆弾や攻城兵器の類を用意してくれたわけだぞ。今更奇策を練ったところで戦い方は変えられないんだぞ」


 ブギーはそうトシアキに言い聞かす。


 当然、トシアキも何度か街を偵察した身分だ。その点に関しては察しがついている。


 とはいえミアのためにも、デュラハンの犠牲を少なくするためにも、取れる対策は何でもしておきたいのだ。


「ブギーこそこのままでいいと思うのか?」


 ブギーに訊いたのは、デュラハンの戦闘員である元ストーマ―、つまりブギーの部下達のことだ。


 デュラハンの犠牲が多くなれば、ブギーの部下達もただではすまない。それは構わないなんてことはないはずだ。ブギーにためらいはないのだろうか。


「… …自警団は街の礎ではなく、街の盾である。俺がアマンダの自警団だったころ、そういう訓示を立てていたことがあったんだぞ」


 ブギーは懐かしい話をするように、大きい目を細める。


「初めは街が良くなるならヒーロー協会にアマンダの街を任せてしまってもいいと思っていたぞ。より強者が守るなら街は安泰。そう思っていたぞ。しかし、オウガのやり方はそうは思えなかったんだぞ」


 オウガがアマンダの街で始めたことは、奴隷制をより差別的な方針に変え、水売買の利権を利用して近隣の者から搾取する所業だった。


 水の利権は街に富を与えたものの、同時に彼らは堕落していった。


 幸せならまだいいにしても、周囲の街や村との関係は悪くなり。街の存亡はミアにそそのかされずとも遠からず、危うくなっていただろう。


「俺たちはここまで悪化する前から、オウガのやり方に反対して活動し続けたんだぞ。しかし長い年月はアマンダの街だけではなく、俺達もストーマ―と呼ばれる盗賊の類に身をやつす結果となってしまったんだぞ。


 そんなストーマ―として腐っているところに、やってきたのがお前たちデュラハンだったんだな」


 ブギーはあの時のことをありありと思い出すかのように、目を輝かす。


「統領さんのあの言葉は、俺達の目を覚まして。忘れていたアマンダの街への帰還と、正常化の野望を思い出させてくれたんだぞ。だからこの戦いは統領さんへの恩返し以上に、俺達元アマンダの自警団の戦いだな。こちらこそ、他の者に犠牲を強いて悪いと思ってるぞ」


「―――怪人部隊はアマンダの街の改悪された奴隷制度に反対する者達だ。考えはブギーと似たようなものさ。なにも気に病む必要はないよ」


「そうか。なら、俺達は存分に戦えるぞ。さあて、準備に入るとするか」


 感傷に浸っていたブギーはそう言うと、元気よくマッスルポーズの構えをする。


 そうすると、元から丈のきついシャツが音を立てて裂けたのだった。


「ブ、ブー!」


「ハッハッハ。今度からは変身する時と格好つける時は服を脱いでおくんだな」


 笑い声がこだまする中、陣地からは衣擦れや銃身の揺れる音がする。ギズモの街の自警団やデュラハンの精鋭たちが各々の準備をし始めたのだ。


 まもなく、アマンダの街で戦いが始まる。それは血に塗られ、肉を裂き、阿鼻叫喚に染まる修羅場となるだろう。


 それでもその先には、きっと望むものが待っているはずだ。

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