第9話「メイドと仕事と」
本格的にデュラハンとしての行動を開始したのは最高高度に達していた太陽が傾きかけた頃であった。
いずれ戦うであろうヒーロー協会の居城がどのようなものか。アマンダの街を征服した暁には何をすべきかを把握すべく。四人は街を奔走した。
なけなしの金で街の地図を買い。細かい路地や見晴らしの良い立地を探し、重要な拠点、人の集まる場所を詳細に書き込んでいく。
大まかに知ったことは、人の密集地が街の中央に偏っていること。ヒーロー協会やその下部組織のボランティアの居住地は北に偏っていること。街の出入り口は東と南に限られていることを知った。
ちなみに、トシアキらが入ったのは東のゲートである。
ゲートは見た限り十数人で警備し、皆が鉄火八九式機関銃を基本支給され、壁の上には鉄火八八式重機関銃を一丁備え付けられている。
鉄火八八式は五十口径を分間六百発を繰り出す重火器だ。速射性は鉄火八九式に劣るが、一発でもまともに食らえば人間が肉片に変わる威力だ。トシアキのダイラタンシーによる防御でも、衝撃を殺し切れず臓腑への重大なダメージを負うこと間違いない。
現に、先の戦闘で撃たれた機関銃のダメージはトシアキの肋骨のニ・三本を折っている。
ミア達には隠し通せているのは、スライムの治癒効果のおかげに他ならない。
トシアキのスライムは身体の組織の補完と組織再生促進が行え、仮に脚一本折れてもスライムが硬化して折れた足の骨の代替を行える。もちろん、元の骨よりは安定性に劣る。それでも便利なものだ。
話を戻すと、トシアキたちは偵察を続行した。
最も重要な拠点と思われるダムは観光資源として見晴らしの良い場所が与えられていたものの、内部まで詳細に見ることはできなかった。
最後まで詳しく見たいとミアが駄々をこねていたのは、巨大建造物と巨大ロボに何らかのシンパシーを感じていたからなのだろう。
偵察、もとい観光を終えて。今度はリトルリトルの服を見繕うため服屋に入った。
リトルリトルが着ている服は奴隷らしく見立てられたものなのか、貧しいたたずまいだった。なので、その案にはトシアキも賛成した。
ただし、その代わりとなる服についてはいささか疑問を呈したいところだ。
「な、なんでこんなヒラヒラしたものなんですか!」
そう言いつつも、リトルリトルは頭にフリルと黒を基調としたドレスと白いエプロンの組み合わせの服、つまりメイド服を着ていた。
「ハハハハッ。似合っているぞ、リトルリトル。私の思った通り。貴様は逸材、お茶運びの化身のようだぞ」
「とても似合っているワケ」
ミアとゼノの二人は着せ替え人形を与えられたかのように、リトルリトルの着衣の具合に満足そうにしている。
その横で、トシアキは気まずそうにしていた。
「もっと男の子らしい服装が合っただろ。意地悪してやるなよ」
「いいえ、男の子、もとい男の娘にはふさわしい服装だ。こればかりは統領としてではなく社会常識として譲れないな」
「… …えーっ」
トシアキはそんな間延びした返答しかできなかった。
当の本人であるリトルリトルはかなり嫌そうな顔をしていた。
「トシアキさん!」
リトルリトルはトシアキにひしっと寄り添う。
丸々とした青い目が下瞼に涙をため、上目遣いにトシアキを見上げる。
その姿はまるでおとぎの国に迷い込んだアリスのような一般常識とのギャップを感じる麗しさで、首輪の背徳感も混じり合い、トシアキの中で大事な良識が揺さぶられる。
トシアキには小さい男の子に女装をさせて愛でるなどという趣味はこれっぽっちもない。だが、自分自身に少しでもそれに惹かれるところがあることに驚いた。
危ない。これは歩く倫理破壊兵器である。
「トシアキさんは僕のこと、可愛いと思ってないですよね。大丈夫ですよね?」
「ま、まあ。似合ってなくはないわけではないかもしれない、と思う」
「それって、どっちなんですか。ちゃんと僕の目を見て正直に言ってください!」
うるうるとしたスカイブルーの瞳を見ながら嘘をつくのは、まずできないので遠慮させてもらう。
結局、なけなしの財布から出資し、リトルリトルはメイド服を買うことになった。
できれば別の服を買ってやりたかったが、あいにくトシアキはハードウォレットという先端技術の端末を持ってはいない。
思春期前の男の子には酷な話だが、可憐な服で我慢してもらおう。
四人、のうち一人は嫌々だが、服の店を出て別の場所に行くことにした。
金を消費したなら、次に行く場所とすれば金を稼ぐ場所である。
人によってはカジノ、競馬、競輪、というかもしれない。けれど元ネタのないトシアキたちには無縁だし、もっと現実的な方策をとる。
四人が着いたのは仕事斡旋所なる場所だった。
職業安定所と違うのは、そこは日雇いや個人請負を主目的にしており、つまり直ぐに稼ぎたい人向けの居場所だった。
中に入ると、そこはむさいおっさんの溜まり場になっていた。待合のようにテーブルや椅子が置かれた場所には疲れ切った中年や働けるのか不明な髭の長い老人などがおり、男だらけで混とんとしている。
そのため、少女二人と少女と見まごう少年を連れたトシアキは嫌でも目立った。
奥手のおっさんたちは、トシアキたちを前にして海を割ったモーゼのように道を譲ってくれた。
四人はそうして掲示板にたどり着くと、その日の仕事を張り出した紙を眺めだした。
「どぶ川の泥拾い、道の工事、ギズモの街への商隊護衛、グロウン狩り色々あるな」
ちなみにグロウンとは育ちすぎ、の意味の通り、変異の行き過ぎた動物や人間の類のことである。
変異の度合いが脳まで到達してしまい、凶暴化しており、身体機能は普通のミュータントよりも高いためかなりやっかいな相手だ。
仕事の報酬も破格なものの、銃を持った一般人が一人いたところで相手にならないだろう。
「ちょっと、これを見てみろ!」
ミアが急に声を荒げたかと思うと、一枚の髪を指さしていた。
『ストーマ―の討伐任務、壊滅させずともその一味を捕らえた者には報奨金を支払う。なお、身柄の引き渡しと賞金の交換は門番警護の者とすること。この任務に契約金は掛からないものとする。なお壊滅させた場合、特別報酬を上乗せる』
他にも長く色々注意事項が書かれているが、ミアが問題視しているのは二文目のことだろう。
「私たちはストーマ―を捕らえたのに、報奨金なんて貰えなかったぞ。あの警備隊長、我々に黙っていたな! 許せん。いつか痛い目みせてやる」
ミアの後光が邪悪な光で照らされているような気がする。
ともあれ、知らなかったのはこちら側の落ち度だ。今更引き返して、金を渡せと言ってもあったなかったの押問答になるに違いない。
「残念だが、今回の報奨金はあきらめるしかないな。別のも見てみよう」
トシアキが他の依頼書をあさり始めた時、ふと出入り口の辺りが騒がしくなるのを聞いた。
どうしたのだろう。と、振り向いてみると扉をくぐるかなり大き目な人影が目についた。
身長は二メートル近くあるだろうか。肩幅も高さと釣り合うように広く、胸板も厚く筋肉質だ。それは服の上から把握したのではなく、上半身は裸でジャケットを羽織っているだけの姿なのだ。
更に見栄えるのは身長に合わせたかのような燃えるように長い髪と、背負っている鉄火八八式重機関銃だ。あれを携帯して運用できるなら、ただ者ではない。
誰だ。あいつ。と、言う前に答えを出したのはリトルリトルだった。
「あの大きな男が、ヒーロー協会のヒーロー、オウガです」
リトルリトルはそう言って、トシアキの陰に隠れた。
「ヒーロ―協会のヒーローの一人か。他にヒーローは?」
「いえ、いません。自警団を追い出すときには他に三人ヒーローがいましたが、統治後に内部分裂してオウガが他の三人を殺害してしまったそうです」
「一人で? ヒーロー三人を!? なんともでたらめな奴だな」
「強さもですが、オウガは残忍すぎます。正義のため、正義を誇示するためにはどんな手段もいとわない男です。注意してください」
ならば、なおさらここでオウガに顔を合わせるわけにはいかない。
トシアキはミアを急かし、早く依頼を受けようとしたその矢先だった。
「おう、見慣れない奴がいるな」
それは悪を捕らえる嗅覚なのか。オウガが真っ先に話しかけたのはなんとトシアキであった。
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