第10話「押問答」

 オウガというヒーローの男に声を掛けられた時、トシアキはなるべく平静を保って後ろを振り向いた。


「はじめまして、オウガ」


「会ってもいないのに名前を知ってるとは、こいつはますます怪しいな」


 オウガの言葉がカマかけなのは、彼の言葉が若干茶化し気味に浮ついているのでそうと分かる。


「オウガの名前は街中で噂されているからな。知らないというのは逆に不自然でしょう」


「まあ、そいつはそうだ」


 オウガは納得したように鼻をフンッと鳴らす。だいぶ高圧的な印象だ。


「新参者と言えば、門の警備の者から聞いたが今日ストーマ―を捕らえた者がいるそうだ。お前だな」


 トシアキは表情に出さないものの、ギクリとする。あの警備隊長、口止め料を要求しておきながらペラペラと話していたようだ。


「警備隊長から聞くにはなんとストーマ―五人も捕らえたそうだ。一体どんなことをすれば、五人もまとめて捕らえられたのか。コツを聞いてみたいな」


 これこそ理由を知っていながらカマをかけている可能性がある。もし、そこまで猜疑心の強い男ならば自らミュータントであることを隠すのは、やましい企みがあるのでは? と勘ぐられかねない。


「こう見えても腕には自信があるので」


 トシアキはどちらとも取れる回答で上手く現状を乗り切ろうとした。


「当然か。実力がないものが正義をなせるとは思えねえからな。どうだ? ボランティアに入ってみないか」


 ボランティアはヒーローの下部組織で、主にミュータントではなく人間によって構成されている。ならば、警備隊長はトシアキがミュータントであるとは話していない可能性がある。


 それとも、これこそミスディレクションか。


「ありがたい申し出だが、遠慮しておく。俺には荷が重い」


「ノリが悪いな。ここ斡旋所に来たのなら金がねえんだろ。悪い仕事じゃない。試しにやってみな」


「いや、そういうわけには」


 意外に勧誘がしつこい。オウガは遠慮なく、ずいずいと迫り物理的にもトシアキとの距離を詰める。


 その時、二人の間に割って入る存在がいた。


「黙って聞いていれば調子に乗りおって、勧誘の強制は立派な脅迫だぞ!」


 割って入ったのはミアだった。


「おいおい。これは熱心な勧誘であって脅迫とは違うぜ。紙一重でな」


「ならば勧誘は私が代わりに断る」


「それこそ、どこにそんな権限があるんだ。俺と変わりがねえじゃねえか」


「ある! なんせトシアキは既に我々の組織に加入しているのだからな」


 ミアは話の流れに乗って、とんでもないことを口走り始めた。


「ほう、組織だと。そいつは興味深い」


 トシアキは慌てた。ここでヒーロー協会に悪の組織だとバレるのは、まずい。敵の懐で自分の身をさらけ出すのに等しい行為だからだ。


 デュラハンの体裁もまだ整っていない以上、ここでの無用な混乱は避けたい。


 トシアキは頼みに縋るようにミアを見つめた。


「我々の組織は世界を正しく変える、清廉潔白な組織、デュラハンだ」


 組織名まで言うのかい! と望みが絶たれたようにトシアキは目をつぶった。


 だが、オウガはミアの反応に快くしたようだった。


「ほう、なら組織ごと誘ってやるのもやぶさかじゃないぜ。ボランティアのような下部組織にならねえか。優遇してやる。俺の権限でな」


 それは嬉しくない提案だ。ミアはそれでも毅然としてオウガに向かい合う。


「断る! 我々はヒーロー協会をライバルと思っているからな」


「くっ、はははっ。そいつは面白い。将来が楽しみな奴だ」


 オウガは十分に気をよくしたのか、笑う。そこにはもう猜疑にまみれた問いをし、戯れで誘うオウガの姿はなく。ただ豪気に笑う男だけがいた。


 どうやら、ミアの言葉全てを好意的に解釈してくれたようだ。


「何よりも肝が据わっている。普通、俺と話す女は皆縮み上がっちまって面白くないからな。また会えることを願っているぜ。女」


「女、女言うな。私はミア、組織の長だ」


「おう、覚えておくぜ。ミア」


 オウガは連れ立ったボランティアの仲間が必要な事項をしたのを確認し始めた。


 オウガが来たのは仕事の依頼のようだ。大方、ここに載っている仕事の依頼のいくらかはヒーロー協会のものなのだろう。


 そのヒーロー協会の依頼を、金のためとはいえ、悪の組織が請け負おうとしているのは何とも皮肉な話だ。


 オウガは仕事を終えたのか、ミアとトシアキに後ろ手で手を振って、堂々と入り口から背を向けて退出していった。



 仕事斡旋所から出たトシアキら四人は、今度は必要な消耗品を買いに店の一つに入っていた。


 中は雑貨や保存食、日用の食品なども売られていて便利な店だった。


「どうしてくってかかったんだ」


 トシアキがミアに先ほどのことを質問すると、ケチャップを眺めていたミアが応えた。


「いずれやりあう相手だ。今更びくびくするなぞ、デュラハンの沽券に関わる。それに後になってバレたら、やはりただものではないと牽制できたことになる。何より―――」


 ミアはトシアキを睨む。


「トシアキがあまりにも情けなくてな」


「原因はおれなのか」


「あのまま、曖昧な回答を続けていれば間違いなく、あの男は真実を話すまで噛みついて離さなかったはずだぞ。懐疑心を残して離れるよりも、正直に話して自由に動けた方が楽に決まっている」


 確かに上手い嘘でその場を乗り切ろうとして、最終的な着地地点は見えていなかった。その点は、ミアに感謝すべきだろう。


「で、結局依頼は受けなかったが、仕事の狙いはストーマ―狩りか?」


 仕事斡旋所の紹介によれば、ストーマ―討伐については依頼を受ける必要はなく、違約金を払う必要もない。手持ちが少ないトシアキたちにとっては契約料がかからないのは魅力的な面だ。


 実力については一度戦っているので、二十人くらい束にならなければ敵わない敵ではない。


「奴らはこのデュラハン統領に牙をむいた報いを受けてもらわなければな。策も既に考えてある。ハカセと私の共同の策だ。失敗などありえない。安心して任せていなさい」


 ミアは胸を張る。今までの無鉄砲さを考えると、その自信に一抹の不安を覚える。全託して大丈夫だろうか。


「大丈夫、大丈夫。私の統率力、ハカセの頭脳、トシアキの耐久力があればこの作戦、貰ったようなものよ」


 今、不穏な言葉を聞いたような気がした。


「… …お手柔らかに」


 トシアキは無理と分かっていながらも、ミアにそう懇願するのであった。

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