第18話「有人起動」
「大変なワケ。大変なワケ」
トシアキが残りの休暇を談話室で過ごしていると、慌てて入ってくる少女の姿があった。
その特徴的な言葉遣いからそれはゼノであると分かった。
「これでも飲んで落ち着けよ。何があった」
トシアキがカップに入ったお茶を手渡すと、ゼノはためらいもなく一気に飲み干し、言葉をつづけた。
「っぷは。実験棟の奥に、エクゾスレイヴがあって、それが動き出して、無人なのに」
「だからゆっくり話せと言っているだろう」
トシアキがゼノをなだめながら聞くと、話の大まかな流れが見えてきた。
どうやら実験棟の瓦礫を片付けている最中にその奥からパワードスーツの一種であるエクゾスレイヴを発見したらしい。
状態を確認すべく、もしくは物珍しさもあって近づいたところ。エクゾスレイヴが突如暴れだし、手が付けられないそうだ。
今のところ死者は出ていないが、このままでは実験棟を一部閉鎖する羽目になってしまうため、この事態を鎮圧すべく戦闘員やリトルリトル、ブギーやトシアキを探していたのだという。
戦闘員の何人かは確保できたが、ブギーはまた商人の襲撃に出てしまい。残っているのはトシアキとリトルリトルくらいの戦力であった。
「なるほど、リトルリトルにはちょうど良い実戦訓練だな。ちょっと行ってくるか」
「でもトシアキはミア統領に休暇を厳命されているワケ。私が救援を頼んだと知ったら―――」
「緊急事態なんだろ。そのくらいはミアも融通利かしてくれるさ」
トシアキはゼノを連れて実験棟へ急ぐ。途中、運び出される重傷者や辛うじて自分で歩ける軽症者とすれ違い、事態の深刻さをにおわせる。このままでは清掃作業どころではない。
「これからは作業に護衛を数人付ける必要があるかもな」
「できればそうしてほしいワケ。重労働も多いし、手伝いはたくさんいるに越したことはないワケ」
途中でリトルリトルとも合流し、実験棟の奥へ到着すると、先にバリケードを作って様子を見ている戦闘員の姿があった。
「状況はどうなっている?」
「ハッ。現在エクゾスレイヴは停止中です。どうやらこちらから干渉しなければ動かないようでして、ある程度距離を取って待機していました」
「なるほど、ゼノ。エクゾスレイヴの情報をもっと詳しくしてくれ」
「白いステルス塗装、特徴的な頭部複眼カメラ、羽を思わせる肩幅の広い前腕。あれは間違いなく平良目重工製エクゾスレイヴ、<アゲハ>なワケ。大きさは二.八メートルのメガタイプ。半自律制御も可能な良品なワケ」
「自律制御? ということは無人でも動けるのか」
「いえ、それはないワケ。あくまでも有人での操作を前提にしているから今回はおそらく有人状態を誤認識して、搭乗者を守るための自動防衛が作動してしまっているワケ。プログラム上の誤作動なら再起動さえできれば停止するワケ」
「なるほど」
エクゾスレイヴのアゲハを見た限り、武装はしていない。大きな上腕にいくらか丈夫そうな爪があることを除けば、銃やナイフといったものは見当たらない。
他に、長く太いゴツゴツとした脚部は足が速そうだ。今回は逃走の恐れこそ少ないが、もし逃げられようものなら手が付けられないかもしれない。
トシアキは迅速かつ早急に事態を鎮圧すべきだと、判断した。
「できれば、壊さずに確保してほしいワケ」
「難しいな。アテはあるのか?」
「再起動コマンドがあるワケ。エクゾスレイヴのカメラセンサ内蔵型頭部の後方に隠しコマンドを入力するためのキーパッドが搭載されているワケ。コードはT051、入力さえできれば再起動可能なワケ」
「そうなると完全に動きを止める必要があるな」
トシアキはリトルリトルに振り向く、奇しくも今回の任務はリトルリトルの能力に最適なようだ。
「よし。確保にはリトルリトルと俺が行く。他の戦闘員は万が一に備えてバリケードの後ろで待機、逃げ出したり手が付けられないと判断したら破壊する。いいな、ゼノ」
「… …仕方がないワケ」
ゼノに承諾を取った後、トシアキとリトルリトルはすぐに動き出した。
まずはリトルリトルに簡単な作戦内容を伝える。これにリトルリトルが了承し、戦闘準備に入る。
周りにはちょうど片付けの際に出た瓦礫や残骸がある。リトルリトルは能力によってそれらを身体に纏うと、人造のゴーレムに変わった。
今度はアゲハに近づき、トシアキは正面、リトルリトルは後方に回る。アゲハも二人の存在に気付いたのか、複眼のカメラに光を宿し、高周波のような音を出して起動した。
それでもアゲハはまだ、四肢を動かす気配はない。
トシアキはそれをいいことに、リトルリトルに合図を送る。
作戦開始だ。
最初にリトルリトルが動き出す。アゲハの後ろから組み付き、動きを止めに行く。
その途端、アゲハも動き出した。リトルリトルの組み付きから逃れようと身をよじり、腕部についた爪を振り上げようとする。
「わ、わわわ」
実戦経験の少ないリトルリトルは動き回る相手に戸惑う。おまけに相手は二.八メートルの、リトルリトルとほぼ同じ大きさの巨体なのだ。力負けしないまでも、アゲハに揺さぶりをかけられる。
上手く取り押さえられないリトルリトルを見て、トシアキも動き出した。
「相手も人型だ。関節を決めてしまえば動きを制限できる。見てろよ」
トシアキはスライムを脚の付け根、肩の接続部に浴びせ、球体関節の動きを鈍らせる。他にも膝関節や肘関節も同じように滑りを悪くし、かなり機体の動作は悪くなった。
「今だ。コードを入力しろ」
「は、はい」
リトルリトルはアゲハから片手を離し、頭部の裏側にあるコンソールを操作しようとした。
「トシアキさん、大変です!」
「どうした」
「指が大きすぎてコードが押せません」
「… …馬鹿野郎! ゴーレムの指で押す奴がいるか。元に戻せ元に」
トシアキの怒声で、ハッと気づいたリトルリトルは片腕に纏う瓦礫を除去する。
そのままむき出しになった元の指を使い、コンソールを叩き<T051>を入力した。
すると、アゲハの動きが止まる。肩を落としたかのように停止し、頭部のカメラセンサから光が消えた。
「どうやらゼノの情報通りだったようだな」
トシアキもリトルリトルもアゲハの停止を見て、安堵する。そして互いにアゲハの拘束を解き、距離を取ろうとした。
それが間違いだった。
アゲハはカメラセンサに再び光を宿し、動き出したのだ。
「再始動だと!?」
再拘束は間に合わない。トシアキは後ろに跳び、自分の身の安全を確保する。
しかし、リトルリトルの対応は遅れた。上半身をばねのように跳ね上げたアゲハの凶悪な爪攻撃を喰らい。ゴーレムの装甲を抉られる。本体にまでは届かなかったものの、リトルリトルは意表を突かれてその場で倒れこんだ。
その拍子に、ゴーレムの形は崩れ、中身のリトルリトルが露出してしまう。
アゲハはそれを良しとしたのか、無防備になったリトルリトルにまで襲い掛かろうとする。
だが追撃は、させない。
「こっちに来い。ブリキの死にぞこない」
相手は二.八メートルの巨大な機体だ。止めるためには防御を捨てるしかない。
トシアキは全身の毛を逆立てるように全量のスライムを抽出する。そのまま、スライム全てをアゲハに被せ、上半身を捕らえた。
「ゼノ、どういうことだ。動きが止まらない」
「お、おかしいワケ。再起動さえすれば有人状態の誤認識が解除されて停止するはずなワケ。まだ動くなんて、別の故障があるワケ?」
「俺に訊くな。クソッ、破壊に切り替える。リトルリトル! 援護しろ」
リトルリトルは体勢を戻し、もう一度ゴーレムの装甲を覆う。
それからトシアキの命令を聞き、ゴーレムの巨大な拳がスライムを被ったままのアゲハを襲う。
巨大な質量とパワーを浴び、アゲハの機体が大きく揺れた。
その時、装甲の隙間から何か黒い液体が染み出したのをトシアキは見逃さなかった。
「いや、待て。破壊は中止だ」
トシアキは合点がいったような表情でゼノに話しかけた。
「本当にこのアゲハには誰も乗ってないんだな」
「そうなワケ。今の今まで瓦礫の奥に眠っていたから誰も乗れるはずがないワケ」
「了解。謎が解けた。リトルリトルは下がってろ」
リトルリトルは意味を飲み込めずとも、命令を聞いて後ろに下がる。
トシアキはそれを確認してから、アゲハの拘束を解いた。
「ど、どうするつもりなワケ」
動くのが可能になったアゲハは当然、最も近いトシアキを標的にする。
今度は、トシアキは跳び退きも避けもしない。静かにスライムを収束させ、必殺の距離を待つ。
アゲハが機械の身体を動かし、トシアキの間合いに入る。
今だ。
トシアキは全身を跳ね上げるように、アゲハの胸部目掛けて全てのスライムを一点集中させた。
けれどもその攻撃ではアゲハはわずかに動きを緩やかにしただけだ。全身の躍動を止めるには至らない。
アゲハが無防備なトシアキに向けて爪を振り下ろす。
その寸前、アゲハは全身を硬直させて停止した。
「どうやら推測はあたったようだな」
トシアキは間近に迫ったアゲハの強面を見やりながら、安堵の表情と共に腰を地面に据えた。
「まさか本当に搭乗員がいるなんて」
周りの戦闘員たちが停止したアゲハの安全確認のために取り付き、メンテナンス作業に入ろうとしていた。
「いるよ。そうでなければ俺はアレにのされていたからな」
「まさか、私の目の前でコッソリ誰かが忍び込むなんてこと、あるワケないワケ」
「… …あるのか? ないのか?」
ゼノの言葉遊びのような口癖に疑問を覚えつつも、トシアキはアゲハの搭乗口が戦闘員たちの手によって開けられるのを待つ。
戦闘員たちは台車をアゲハの後方にセットし、搭乗口にある開閉用のバルブを回して、扉をこじ開けた。
開けた瞬間、腐った乾物のようなすえた臭いが周囲に蔓延する。
その悪臭を最も近くで浴びた何人かの戦闘員は顔を背けると吐いた。それほどまでの臭いだった。
「一体、なんなワケ!」
トシアキは戦闘員を掻き分けて搭乗口まで進むと、コクピットに乗っているそれをスライムで包んで外へ排出させた。
地面に投げうたれたそれを見て、全員が息をのむ。
「… …ミイラ?」
「正確にはミイラの成り損ないだな」
そう、このアゲハという機体は先ほどまで無人ではなく有人だったのだ。
おそらく流れはこうだ。
何らかの理由でアゲハに搭乗したままこの名もなきパイロットは死亡した。そして百年後か、数十年後、そこは瓦礫に埋もれてしまった。
その後、ここを発見した作業員らが近づき、アゲハが自動防衛機能を発動させて動き出した。
再起動しても動きを止めなかったのは誤作動でもなんでもない。実際に死亡してはいるものの、中にいる人間を感知し、それを守ろうする純然たる行動をアゲハはしていたのだ。
「中の人間は感知できても、生きているか死亡しているかは判断できなかったんだろうな。バイタルチェックはなかったんだろうか」
「おそらくこの型にはまだ搭載されてないワケ。でもよく分かったワケ」
「なに、リトルリトルが一撃を加えた時に黒い液体が染み出しただろ。見た時はオイルかと思ったが、スライムで感知したところほぼ凝固しかけた血液だったからな。中に死体が入っていると合点がいったんだよ」
「なるほどなワケ」
戦闘員たちの手によって元パイロットは死体袋に入れられる。後で、丁寧に埋葬してやろう。
なんといっても、彼はおそらくこのデュラハンの団員の一人なのだ。どういった経緯かは知らぬが、もしかしたらこの施設を守るためにこの場所で命を散らしたのかもしれない。
それも、冷凍睡眠しているトシアキを守るために。
「任務ご苦労。お前の意思は俺たちが引き継ぐからな」
トシアキはパイロットの死体袋の前で素早く敬礼をした。それが亡くなった者へのせめての手向けだった。
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