第36話「エピローグ」

 アマンダの街での戦いは門を突破すると、指揮官を欠いたボランティアに戦況を支える力は残っておらず、すんなりと決着がついた。

 それでも、デュラハンも自警団も被害が少なかったわけではない。デュラハンの怪人三名、戦闘員五名の戦死。自警団も二十名近い戦死者を出した。更に、重軽症者も多数出ている。

 あっさりと降伏したボランティア側にも多くの死者が出たものの、デュラハンや自警団側に同情する者はいない。それどころか、彼らに憎しみをぶつけようとさえする者もいた。

 それを止めたのは、ミアだった。

「生きている者を愚弄するのは、死んでいった同胞を侮辱するのと同じだと分からんのかっ! 戦いは去った。これ以上、死を冒涜するものは私が許さんっ!」

 ミアの一喝にその場の憤りは一先ず収まったのであった。

 その後、負傷者の手当てや生き残りの捜索、アマンダの街の治安の回復など。死者を悼むのも、祝宴を上げるのも後回しになった。

「正しさとは、何だろうな」

「あっ?」

 街の片隅、自警団やデュラハンの者達が働いているのを、休憩しているミアとトシアキは見守っていた。

 ミアが疑問を口にしたのは、トシアキがオウガと最後に戦った時のことを話した時だった。

「私は悪の組織という理念、人とミュータントが平等であることは正しいと思っている。その一方で、人とミュータントは身体的な差が大きな溝として残っていることも自覚している」

 トシアキは驚いた。デュラハンの統領が、こうして自分の理念の懐疑性について話すのは意外であったからだ。

「君は私じゃない。私は君じゃない。だから拒絶する。その感覚は不変で、当たり前だ。それでも―――」

 ミアは声を震わせる。それは弱さではない。現実を見て、奮い立つ姿だ。

「私はミュータントにも善人がいることを知っている。そして、トシアキという存在を知った。リトルリトルという、ブギーという仲間も知った。私は、拒絶する心があっても全てを否定することは間違いだと思う。

 それは現実の忘却だ。現実を顧みないことは正しさじゃない」

 ミアは確信を持ってそういう。

 ああ、なんだ。最初からミアは知っているじゃないか。

「ところで、ハカセから連絡があった。リトルリトルと共にまもなくこちらに来るようだぞ」

「! 怪我は完治したのか!?」

「完治、とまではいかないが。もう動いても問題ないそうだ。よかったな。またリトルリトルのメイド姿が見れるぞ」

「… …それはミア統領の趣味でしょうに」

「何を言っている。リトルリトルは我らデュラハンの宝だ。磨けば光る、輝けば無限の可能性となる。我々のおもちゃだ」

 言ってしまった。リトルリトルがこれを聞いたら、なんと絶望することやら。

「ミア統領」

「何だ? トシアキよ」

「ほどほどにしてやってくれ」

「うむ、当然だ」

 日はもうすぐ夕焼け色になる。夜が来て、暗くなり、星が良く見えることだろう。

 薄暗くなり始めたせいか、それまで怯えたようにひっそりとしていた街にもポツリポツリと明かりが点き始めている。自警団やデュラハンの面々も今日の片づけを終え、炊き出しそれに祝杯の準備を始めている。

「思えば、始めは三人だったな。それなのにもうこんなに多くの仲間がいる」

「ああ、俺を起こした時は本当に馬鹿な話をと思ったが、仲間も増やして街を占領するまでの組織を作った。その手腕は大したものだよ」

「いや、それは私だけの力じゃないさ」

 珍しく、ミアは謙遜した言い方をした。

「ここまでありがとう。トシアキ。それにこれからもな」

「… …!」

 ミアがトシアキにはっきりと感謝するのはこれが初めてなので、驚いた。まるで物思いにふける少女のように可憐で繊細なその物言いに、トシアキはドキッとする。

 トシアキはどう返せばよいのか、どきまぎする。その様子を、ミアは笑っていた。

「フハハハハッ。どうやらこの私の魅力に気づいてしまったようだな。時には儚く、時には偉大に振舞う私の<ギャップ>とやらに驚いてしまっただろう? 感動にむせび泣けよ」

「ばっ、馬鹿。そんなんじゃない」

「むっ、統領に馬鹿とは何だ。軍法会議ものだぞ。そこに跪け!」

 こうして、日は暮れていく。

 そして周りにはデュラハンの者や自警団達が集まってくる。どうやら、宴の準備ができたようだ。

 ミアはまだトシアキの言葉を指摘しているが、その声の調子は責めているというよりも明るい声音だ。彼女もまた、この些細なやり取りを楽しんでいるようだった。

 遠くからはブギーもやってきている。他にも、リク、チエ、ケンジ。気づけば松葉杖をついて歩くリトルリトルも、その傍に寄りそうゼノもいる。

 皆が集まり、再会を祝い、自然と談笑が盛り上がる。

 間もなく夜は更け、星空の輝きは一層増していくだろう。

 そう、それはきっとデュラハンの星の輝きと同じように、夜空を賑わかせていく。

 さあ、鎮魂と祝勝の宴が始まる。

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悪の組織勃興記―改造人間が未来で組織を復興― 砂鳥 二彦 @futadori

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