第30話「理由」

 デモ隊の熱気は一時収まり、ギズモの街中心地の開けた広場を陣地として、要求が通るまで居座ることとなった。


 時間は明け方前、周りにはちらほらロウソクの灯やランタンも見え、長丁場に備えて大きな荷物も見える。


 長時間の広場の占拠は中々効果があったようで、デモによる要求は議会にも通じたようだ。デモ隊に紛れたトシアキの耳にさえ、その内容が伝わってくる。


 曰く、議会はアマンダの街との水商売以外の輸出入を一時的に閉鎖し、使者を派遣して今回の騒動の原因をアマンダの街の支配者であるヒーロー協会に問い合わせるらしい。


 アマンダの街への追及は騒動の責任だけにとどまらず、水商売を含めた輸出入価格の改定、ギズモの街の自治独立の保証、そしてダムの水解放量の増加などの権利を主張するつもりでいるそうだ。


 捕らえたボランティアの身柄は、交渉の場を用意した時点で返還するとのむねを使者を通してアマンダの街に伝える予定らしい。


 本来なら、事態は話し合いによって収束していくのだろう。


 本来ならば―――。


「首尾はどうだ? トシアキ」


 群衆に紛れて座っていたトシアキの耳に、なじみのある少女の声が届いた。


「… …ミア。どうしたんだ。デモ隊の中にいては危ないんじゃないか」


「大丈夫だ。使者を送ったのは先ほどのこと。幾らアマンダの街が急いで軍を組織したところで今日のうちに攻め込んでくることはない。本番は、明日になるはずだ」


 ミアはトシアキの隣に来ると、石畳の上に腰をかけようとする。すると、それを察したトシアキは被っていたフード付きのコートを脱いで、ミアの座布団代わりに敷いてやったのだった。


「準備の方は既に配置し終えた。本部からブギーも呼んだし。リトルリトルは、流石に合流できそうにないらしい。ゼノはリトルリトルの看病をしてくれているそうだ。皆、それぞれの役割をこなしているよ」


「うむ、ならよし。それなら少し時間がありそうだ」


 ミアはいつもの自信に満ちた様子とは違う、もじもじと何か迷った風にしている。それでも意を決したようで、ミアは口を開いた。


「祭りの時、トシアキが改造人間になってデュラハンに入った理由を話してくれたことがあっただろう」


「それがどうしたんだ?」


「私も考えたんだ。私も、トシアキに、トシアキなら話せると思ったんだ。何故、私がデュラハンの統領になることを選んだかを」


 トシアキは不思議そうにする。今まで自信いっぱいなミアばかりを見ていたせいか、疑問にさえ思わなかったからだ。それにその理由など、最初から分かっていることだと思っていた。


「血筋だからじゃないのか?」


 そう訊くと、意外にもミアは首を横に振った。


「これはハカセにも内緒にしていることだが、私は代々統領の血筋とは、別の人間なんだ」


 トシアキは声にこそ出さなかったが正直驚いた。ミアが統領の血筋ではない? ならば、どうして悪の組織の統領になったのか。


 確かに、地位の高い人間とはそれだけで魅力的ではある。しかし、この世界の主流はヒーロー社会、その真逆の存在である悪の組織は困難があっても決して楽な道ではない。


 ならば危険を冒してまで悪の組織の統領となる理由とは、何なのだろう。


「私の母、とはいえ血のつながった母ではなく、養母に当たる人は統領の血筋にある人だった。私の養母は統領の血脈の最後の一人。本来ならば、その子供も統領の一族になるはずだった。しかし、そうはならなかった」


 ミアは懐かしい過去を思い出し、楽しそうに悲しそうな切ない顔で空を仰いだ。


「養母は子を授かったが、流産したんだ。それも産後の肥立ちが悪く。子供が産めない、後継ぎが産めない身体になってしまった。そんな絶望に打ちひしがれている時に、幼い私と出会ったんだ。産んであげられなかった子供の代わりもあるが、何より私は―――」


 その後に紡がれる言葉は、なんとなくトシアキにも予想ができた。


「―――私は養母と声がよく似ていたらしい。養母は私に精一杯の愛情を注いでくれた。私もそれに応えるように、すくすく育った。養母から、私が最後の血筋としてデュラハンを再建する、という夢を子守歌に育ちながらな。その夢は、結局私の夢にもなっていったんだ。だが」


 ミアは落ち込んだように、俯いた。


「養母はある日、体調をこじらせた。そして次の日の朝には二度と起き上がってこれなかった。医師によれば流行り病だそうだ」


 養母を亡くしたミアの喪失はいかほどであっただろうか、トシアキには想像もつかない。自分はデュラハンに入る際、両親に勘当され、それっきりなので死に目にも会っておらず。虚しさこそあれど、悲しさはなかったのだ。


 だからこそ、養母の話を愛おしそうにするミアの悲しみは、トシアキには思いもつかない。


 ただ、その話はトシアキの唯一の友人と重ね合わせることができた。ミアがこの話をする気になったのも、おそらく同じ気持ちを想起したからなのだろう。


「私は悲しみに暮れる中、養母の望みを思い出した。養母は自分の夢を果たせず、さぞ無念だっただろう。そう思うと、悲しみよりも無念を想う気持ちの方が強くなった。だから、私は母の意志を継いで悪の組織を再建することに決めたんだ」


 トシアキは思う。それがミアにとっての養母との絆なのだろう。と、口には出さず。


 ミアはそこまで話して、トシアキの心持ちを確認するかのように、顔を向けた。


「私は正式な悪の組織の後継人ではない。だが、それでも、私についてきてくれるか?」


 もし、ここでトシアキが否と答えれば、ミアはあきらめるのだろうか。悪の組織を辞め、統領という責務を終え、安穏とした人生を歩むのだろうか。


 それはないだろう。それでも、トシアキの一言でミアがどのような想いで統領を続けるのか、決めてしまう。ここはそういう大事な場面だ。


「… …」


 いや、そんな打算的な考えこそミアに失礼だ。それに、トシアキの気持ちは最初から決まっている。


「王は、どのように王になると思う?」


「えっ」


 ミアはトシアキの言葉を聞き返した後、その答えを想像して暗い顔になった。


 違う。そうじゃないんだ。ミア。


「俺は、王とは、生まれながらに王になる。とは思っていない。王は王としての成長と王となる儀式を終えて初めて王になると考えている。最初から王の資格がある者などいないんだよ」


 トシアキはミアに語り掛ける。


「ミアは統領としての片りんを、幾度も俺に見せてくれた。それに、母の意志を引き継ぐという儀式も終えている。ならば、疑う余地もない」


 トシアキは王の下に膝まづき、剣先に口づけするような仕草で、誓いの言葉を立てる。


「俺はお前の下に付いていく。ミア統領」


「っ!?」


 ミアはほころびそうになる頬を噛み殺した、嬉しさと我慢を足して割ったような中途半端な顔色に変わる。


 そして、鬼の首を取ったかのように言うのだった。


「言ったな? 言ったな? 私が統領であるとはっきり言ったな? 今度は、ああいったが? などと、つい口に出たようなごまかしは利かないからな!」


「ああ、俺はミアを統領と認めた。これは嘘偽りもない決意だ」


「っ! っ!」


 ミアははっきりそこまで言う必要はない、と恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「ああ、そうだ! 思い出した思い出した!」


 ミアは素っ頓狂な声を上げて、周りのデモ隊の人々を驚かせる。


「まだ準備してないことがあった! あれとか、これとか、それとか」


「そうか? なら俺に命令してくれ。ミア統領」


「っ! これは命令する必要もない小事だ! トシアキはそこで待機していろ!!」


 ミアは急いでデモ隊の集いから抜け出し、どこかに走り出してしまった。


 残されたトシアキは、あっけに取られたように、それを見送るしかなかった。


「… …あの。統領一人にするのは危ないので、僕たちがついていきましょうか?」


 トシアキに声を掛けてきたのは、リクであった。その後ろにはチエとケンジの姿もある。


 三人ともトシアキとミアの話を聞いていたようで、何ともばつが悪そうな顔をしている。


「… …どこまで聞いていた?」


「僕たちが到着したのは、統領がトシアキさんの言葉に顔を赤らめたところからです。他は何も」


 トシアキはミアの話を最初から最後まで聞いていたのでは? と疑った。それでもこの三人なら信頼に足る。例えミアが統領の血筋ではないと知っても、トシアキと同じ考えだろう。


「分かった、それで頼む。作戦前にミア統領だけにするのは危険だからな」


「分かりました。あの、それで」


「何だ? 他にも聞きたいことがあるなら早くしろ」


「いえっ! 何でもありません!!」


 リクを含めて三人はまだ聞きたいことがあったようだが、そそくさとミアの後を追いかけてしまった。


 トシアキは三人の様子に疑問を感じたものの、深くは追及しないことにした。


「さて、ミア統領が他の者たちに認められるためにも、この作戦を成功させないとな」


 トシアキは空を見上げる。


 夜のとばりはもうすぐ過ぎ去り、暁の方向からはオレンジ色の明るい光がこぼれ始めていた。

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