第31話「急襲」

 サンサンと輝く太陽が天頂に至るより少し前、デモ隊の一部は集まった人々のために炊き出しの準備を始めていた。


 空には白い煙がいくつも上がり、まもなくいただけるであろう食への好奇心に、デモ隊の一団はにわかにざわめきだしていた。


「それにしてもやけに人が多いと思わないか? ギズモの街にこんな数の民衆がいたか?」


「どうやら他の村の者達も集まっているらしいぞ。アマンダの街に苦渋を舐めさせられているのはなにもうちだけじゃない。水源を確保できない村々も不満がたまってるのさ」


「そうか。なら、心強いな」


 人々の顔には長時間の広場の占領による疲労よりも、アマンダの街との交渉を迎える期待と、ある種の祭り前の賑わいのような熱気が辺りを包んでいた。


 そんな中、急にギズモの街の入り口から散発的な銃声が響いた。


 それにより、デモ隊のざわめきは喜びから焦りを含んだものに変わる。人々は口々に不安と恐怖の想像に満ちたうわさ話をし、幾人かは勇敢にも様子を見に走り出していた。


 しばらくすると、ギズモの街の入口より複数人が広場へ走り寄ってきた。


 その者たちは皆血を流し、怪我をしていた。傷口は事故や獣に襲われたものではなく、銃傷だ。傷の重い者は運ばれているものの、運んでいるものでさえ足取りは確かなものではない。


 けが人をみたデモ隊の群衆は、ワッと驚きに声を上げる。


 広場に逃げ延びた一人はその驚嘆を打ち消すように、声を張り上げた。


「アマンダの街との交渉は決裂だ! 奴ら武装して攻めてきやがった!!」


 その時、緊張と共に一瞬の静寂が訪れる。


 しかしそれは長く続かず、デモ隊は火に栗を投げ込んだような慌てように変わった。


 ある者は広場から逃げ出そうとして立ち止まる者とぶつかり、ある者は恐怖にすくみ、ある者は平静を取り戻そうと無駄な努力をしていた。


 そんな最中、新しく広場に駆け込む人影があった。


 それは武装したアマンダの街のボランティア達だった。彼らは白い服に白い軍帽に揃え、あたかも白い波のごとく、広場に押し寄せてきていた。


 ボランティア達が広場のデモ隊に狙いを定めるため、一斉に足を止め、銃を構えた。


 その時だった。


「作戦開始! 迎え撃て、デュラハン!!」


 どこからか声に張りがあり、遠くまで届く高らかな号令に、デモ隊の外周が整然と動き出す。


 よく見れば、広場に置かれた荷物は土嚢のようにデモ隊を囲んでおり。外周で待機していたデュラハンの戦闘員たちは、そこに隠れながら次々と射撃を開始した。


 斉射、とはいかないまでも。訓練されたデュラハンの戦闘員たちは歩みを止めて射的の的同然となったボランティア達を、確実に一人一人射撃で仕留めていく。


 ボランティア達もやられていくだけではない。一時混乱したが、士気を持ち直して反撃を開始する。


 しかし、デュラハンの戦闘員達は土嚢に見立てた荷物に守られ、まるで命中しない。


 更に、広場の入り口の隅にあった一際大きな荷物が、なんと起立した。


 隠れていたのはエクゾスレイヴ、アゲハである。


 広い肩幅の腕部に備え付けられた新しい武装、鉄火一一式回転多銃身機関銃を鎌首のように持ち上げ。ボランティア達に向けてダダダッと連続する悪魔の旋律を奏で始めた。


 ボランティア達は強風に撫でられた稲穂のようにバタバタと倒れ、残りの者達も恐慌に駆られて銃を放り出し、逃げ始めた。


「退却を始めたぞ! 追撃、追撃だ!!」


 逃げ出したボランティア達に追いすがるように、デモ隊の中から凸陣形を保った部隊が突撃を開始する。


「デュラハン怪人部隊、突貫!」


 陣形の戦闘にいたトシアキが部下の怪人達と共に、士気が底を尽き始めているボランティア達に追い打ちをかける。


 電撃、尋常ならぬ破壊音、鞭打つ触手、纏わりつく液体など異形の力がボランティアに襲い掛かった。


「助けてくれ!」


「逃げろ! 逃げるんだ!!」


 阿鼻叫喚がコダマし、銃声と怪力により声は刈り取られていく。


 次第に戦局は決定的となり、戦場は広場の入り口から追い出され、街の入り口へと押し続けていた。


「オウガ! 来ているんだろ! 姿を現せ!!」


 トシアキはボランティアの背中を押しつぶしながら、宿敵を探して暴れまわる。


 その時、目の前から重い銃声が響くのを空気の震えから感じた。


「怪人部隊、伏せろ!」


 大口径の銃弾が、ボランティアや怪人の区別なく食いちぎる。これは無差別射撃だ。敵味方関係なく、銃弾の雨に晒されている。


 トシアキはキッと、この所業を行った人物を睨んだ。


 そいつはトシアキより約五十メートル先、鉄火八八式重機関銃を手に高台からこちらを見下ろしていた。


「まったく。いらねえ部下を持っちまったぜ。そうは思わねえか。トシアキ!」


「味方相手に銃口を向けるとはな! 卑怯者!! 戦いは間もなく決するぞ。どうする?」


 トシアキは挑発的に手を招き、オウガとの戦闘を要求する。


 だがオウガはそんなトシアキの姿を一瞥しただけで、背を向けた。


「… …どうやら戦線はこちらの不利のようだな。勝負はアマンダの街にお預けだ! 来るなら決闘を受けて立ってやるぜ、トシアキ!!」


「っ! 負け犬の遠吠えを―――ここで勝負しろ!」


 オウガは意外にもトシアキの挑発に全く乗らず、その胸に宿す執着心にも関わらず、あっさりと戦闘を放棄した。


 そうなればここでの殺戮には、もう意味はない。


 トシアキはオウガを追いかけるのをあきらめると、戦場一体に響く声で告げる。


「オウガは逃げ出した! 残りのボランティアは投降しろ! 命だけは助けてやる!」


 その言葉に、ボランティア達の多くは銃を地面に捨て、命を懇願して跪く。自分たちの指揮官が逃げ出したのだ。すがりつくのはもう憎き敵しかいない。


 オウガはギズモの街を去り、幾ばくかの者はそれに続いて逃げ出した。


 戦いは、デュラハンの、初の完全勝利である。


「勝鬨をあげろ!」


 トシアキは怪人と戦闘員達に勝利の喜びを分かち合い、勝鬨がギズモの街を覆う。


 トシアキも部下たちと揃って勝利を歓喜する声をあげる。


 ただし、内心は澄み切ったものではない。あのオウガが考えもなく逃げるわけがない。何か腹案があるに違いない。


 トシアキは一抹の不安を抱きながらも、その場はただ仲間と共に祝うのであった。

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