第2話「新生」
「動いてはいけないワケ」
トシアキの眼前一杯に光が溢れていた。
照りつける光、旋盤を回すような音、鉄臭さとアルコールの臭いにむせ返っていた。
ここはどこだろう。俺は何をしているのだろう。デュラハンはどうなっただろう。
トシアキは漠然と、そんなことを考えていた。
頭がまだ半分寝ているトシアキの耳に、キンキンとやかましい声が響いた。
「フハハハハ、怯えろ竦め。我が改造人間よ、目覚めるのだ!」
記憶の中で最近聞き覚えのある、忘れがたい声質が耳に入る。それはコールドスリープする前、トシアキに命令を下したその人に、似ていた。
「… …統領?」
トシアキは気づく、今自分は手術台の上にいる。両手両足は革のベルトで拘束され、身動きしずらい状態にあった。
手術台の傍らには二人の人影がある。一人は右側に、もう一人はその反対側に立っていた。どちらも、年若い女性であった。
「ハカセ、本当にこれが古代の改造人間か? うんともすんとも鳴かないではないか。元気がなくてはデュラハンの再建が遠のくぞ」
「ミア総領、コイツはまだ起きたてなワケ。今に起き上がって、離せデュラハン! とか気の利いたことを話してくれるワケ」
トシアキは何故冷凍睡眠の棺桶の中から手術台に移されているのか見当もつかず、多少困惑した。それでも二人の女性が期待しているように、取り乱すほどのことではない。
とりあえず、トシアキは両手両足のベルトを綿のようにちぎり、起き上がることにした。
「わ、わわ。素手で革のベルトを!」
「実験は大成功なワケ!」
「いや、アンタに改造された覚えはないのだが」
トシアキは身体を見渡す。服はコールドスリープに入ったときのまま、液体酸素でやや濡れていることを除けば大事無い。問題は目の前の女性たちだ。
二人とも十代半ばだろうか。女性というよりも、少女だ。
一人は白衣を着ており、白めのそばかすが目立つ褐色の肌に黒髪の少女だ。身長はこの場の誰よりも低く、眼鏡をかけているので気づくのに遅れたが緋色の目をしている。そして、意味もなくダルそうな垂れ目と、身長がさらに小さく見える猫背の姿勢をしている。
もう一人は灰色を磨き上げたかのような綺麗な銀色の髪が特徴的な少女だった。よく見れば目も灰色の虹彩をしており、くりくりとしたビー玉のような眼球が興味深そうに動いている。服は軍服につばのある軍帽を被っていて、帽子の装飾は金色のDの紋章をしている。これはデュラハン正式のものだ。
トシアキは周りを見回しながら、手術台に腰かけた。ここは実験棟の隣にある治療棟のようだった。
そんなトシアキに軍服の少女が語り掛けてきた。
「まずは紹介しよう。私の名前はミアだ。現総領をしている。」
ミアが話していると、その隣に白衣の少女が近寄ってきた。
「私はゼノ。人体改造学を専門にしている博士なワケ。だからハカセって呼ばれているワケ」
ミアはゼノの自己紹介が終わるのを待って、トシアキに訊いてきた。
「我々はデュラハン、再起のために戦力を欲している。そのために貴様を、改造人間を蘇らせた。貴様は再生の日を待つデュラハンの同胞で間違いないな」
少し凝った言い回しをして、ミアは言う。
「再生の日ってのは聞き覚えはないな。だが俺もデュラハンだ。X202年に解散し、再起の時を待っていた」
改造人間は、怪人と違い先天的なミュータントではない。改造によって後天的に能力を得た人間だ。
わざわざ自分からミュータント化したのは能力に憧れがあったわけではない。ただ社会に蔓延する人間至上主義に嫌気がさして、デュラハンのミュータント融和主義に共感したからだ。
まあ、他にも理由があるわけだが。
「うん。ならば心強い。今は我々三人だけだが、これなら復活の日も近いな」
「… …おい待て。三人だと?」
トシアキは自分の耳を疑った。いくら何でも三人は少なすぎる。現代の他の戦力は? 怪人や改造人間、戦闘員はどこに行った。再起のために潜伏しているのではなかったのか。
「もちろん。私、ハカセ、貴様の三人だ」
「もう俺が頭数に入っているようだな」
頭が痛くなる。冷凍睡眠の後遺症、というわけではないようだ。
「どういうことだ。他の戦力はどうした?」
「ない! ないから復活させたのだ。何を怯えることがある。貴様の生きたX202年から百年も経っているのだ。仕方がなかろう」
衝撃の話を聞いた。百年!? あれから百年だと。二十年の間違いではないのか。
「いや、正確には九十七年なワケ。現在はX299年。ヒーロー大戦が終わったばかりなワケ」
ヒーロー大戦、などという語句など当然知らない。寝ているうちに起きた戦争なのだろう。本当に、百年後などという知らない世界に来てしまったのだろうか。
トシアキは実感を持てず、呆然とした。ならここにいる統領は? 他のデュラハンの仲間たちは? ヒーロー協会はどうなったのか? 知らないことが多すぎる。
「顔色が悪いな。まあ、私にドーンと任せておきたまえ。心配事など、ない!」
「自信たっぷりだな。戦力がないのは分かった。なら、どうして俺を起こせた?」
「情報があってな。旧デュラハンの解散前、各地に怪人や改造人間を隠したと。だから私は家族同然のハカセを連れて、こうして直々に迎えに来たというわけだ。その第一号だ。むせび喜びたまえ」
「ちなみに理由は単純に一番近かったって理由なワケ」
「… …そいつは光栄だな」
まあ、いい。出発地点がどこであろうと、始めることは同じだ。
トシアキは手術台から降り、右手を差し出した。
「まだ、統領と認めたわけではない。これから本当に統領にふさわしいか、見させてもらう。それでいいか」
「ふふふ。私は寛容だからな。許そう。いずれ私の偉大さを見て崇めるようになるさ」
「その底知れぬ自信、楽しみにしているよ。ああ、遅れてすまない。俺の名前はトシアキだ」
トシアキは苦笑してしまったが、ミアは気にする様子もなく右手を握り返した。
ミアは大きく残りの手を振りかざすと、高らかに宣言した。
「ではこれから第一次新生デュラハン幹部会議を開始する!」
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