第3話「幹部会議」

 コンクリートの下地が見える壁に、禿げかけたカーペットの床がある会議室。塗装が剥げてしまった机と椅子には撫で揃えた様に埃が積もっている。


 屋内植物もとうの昔に枯れて、灰のように黒ずんだ残骸と土が植木鉢の中にあった。


 トシアキはパイプ椅子に座る前に、埃を優しく拭いてやる。ゼノも同じようにやって座っている様子が見えた。


 ただミアだけはふんぞり返って一番奥のオフィスチェアに座ったため、埃の爆撃を受けていた。


 ミアは苦しそうにせき込み、涙目になりながらも威厳を保とうと慎ましい胸を反らして堂々としようとしている。それも、再度湧き上がるむせ返りに邪魔をされていた。


 トシアキはそんなミアを、身体を気遣うのとは別の心配な気分になりながらも会話を始めた。


「それで、幹部会議は何を話すんだ?」


「ゲホッ、ホッ。まずは新参者のトシアキに内情をかいつまんで教えてやろうと思ってな。ハカセ、ではデュラハンの状況を頼む」


 ミアが合図すると、いつのまにか携帯端末を持っていたゼノがタッチパネルを触り、画面を起動させた。


 一度蜂が羽ばたくような起動音を鳴らしたかと思えば、差し出した携帯端末の上側に映像が投射された。


「ホログラムか、何もない空中に映し出すのはまだ開発途中だったのにな」


 それも、百年近くも昔のことだ。


「でも技術は百年前から少ししか進歩していないワケ。ヒーロー協会の怠慢な支配とX260年に起きたヒーロー大戦のせいで半世紀以上技術の停滞期があったワケ」


「講義はいい、早く話を始めろ。ハカセ」


 ミアに急かされたゼノは、指し棒を伸ばして説明を始めた。


「現在施設の稼働率は約一割、先ほどの治療棟と演算棟、それに一部住居棟が使用可能なワケ。他の訓練室、実験棟はコールドスリープの再使用も含めて使用不可能、大部分の住居棟、多くの開発棟と生産棟は稼働してないワケ」


 ゼノはタッチパネルを操作して、別の画面を表示させた。


「資産の方は、私たち二人がコツコツと貯めたものと演算棟でマイニングした仮想通貨を合わせて、三十五万バタなワケ」


「バタ? 仮想通貨?」


「あ、忘れてたワケ。ヒーロー大戦が終結してほとんどの国が無政府状態になって、国の通貨は信用度がなくなり、代わりに仮想通貨が主要な流通通貨になったワケ。その中でも使われているのは、bataという仮想通貨なワケ」


「仮想通貨が正規の通貨って、いよいよもって世紀末だな。それで、一バタはどのくらいの価値なんだ?」


「一番安いお菓子が一個買えるくらいなワケ」


「… …そうすると三十五万バタでは、一戸建ての家を買えない程度ってことだな」


 悪の組織のお財布事情が一般家庭のそれと似ていて、お寒い話だ。解体前のデュラハンでもこの二十倍はあったはずだ。


「続けて実行戦力は戦闘担当になる予定のトシアキを除くと、私は非戦闘員で、ミア総領が銃とエクゾスレイヴを使えるワケ」


 自分はともかく、統領を前線に立たせるわけにはいかないため、実質トシアキ一人が戦力である。これは組織人員三人という時点で納得はしている。


 また、エクゾスレイヴはいわゆるパワードスーツだ。扱えるなら自衛には頼もしいことこのうえない。


「ただ、ミア総領は耳年増なワケ」


「バ、バカ。それを言うな!」


 ミアは恥ずかしそうに赤面し、トイレを我慢しているかのようにもじもじし始めた。何故だろう。ミアからは羞恥すら感じられる。


「だって、銃はともかくエクゾスレイヴみたいな大きなもの。私に扱えだなんて、無理難題言わないでくれ」


「でかいのは分かるが、その反応は何だよ。こっちが困るよ」


「ミア統領はこのように、銃もエクゾスレイヴも聞きかじりだけ大したものなワケ」


 処女のような反応をするミアは置いておくとして、これでは保有兵器も期待薄だ。


「武装のほうはどうなってる?」


「持っているのはミア統領の護身用に鉄火九五式拳銃が一丁だけなワケ」


 これは二大銃メーカーの一つ鉄火社の標準製品だ。ただし百年後も流通されていることには驚く。とはいえ、銃は二百年三百年経っても現役なことも多いため、これはこれで普通なのかもしれない。


「では現状を踏まえ、ここからは私がデュラハンの今後の展望を発表する」


 ゼノの解説を待っていたかのように、ミアは声を上げた。


「まずは何をするにも金だ。資金の増加、資産の増産は当たり前だ。並行して戦闘員や怪人の募集、改造人間の生産も行いたい。そして、施設の再稼働だ。他にも敵を知れば百戦危うからず、周辺の街やヒーロー協会について調べていくぞ。それから―――」


 ミアが現実的な将来について語り、そういった当たり前なこともできるのだな。と、トシアキは感心していた。


 だが、そんな思いも次の言葉で打ち砕かれる。


「巨大ロボットを作るぞ!」


「なっ!」


 何故この話の流れから巨大ロボットなど、荒唐無稽な話ができるのか。意味不明だった。


「ど、どうして巨大ロボットなんだよ」


「巨大ロボットはいいぞ、強いぞ、かっこいいぞ! 夢と希望がたっぷりだ。再建するデュラハンの偉業を知らしめるには素晴らしい象徴ではないか。トシアキも男のロマンを刺激されるだろ」


 全くない。と、言えば正直嘘になる。


「大地を揺らし、街を砕き、ヒーローの元に畏怖を与えながら出現する巨大物体。さあ、我らがデュラハン・ストロンガー、敵を打ち砕け。敵を踏みしだけ。必殺ストロンガービームだ。おお、我らがデュラハン・ストロンガー!」


「ミア統領は少しロボットアニメの見過ぎなワケ」


 ちなみに百年前のデュラハンでも統領主導で巨大ロボット建造プロジェクトなるものが発案されたことがあった。


 これは結局、予算も建造技術も建造施設も不十分で却下された。ただ未来のデュラハン統領が同じように声高にするのは、ある種の統領の血筋のようなものなのだろうか。


 しかしそれも、過去と同じような理由で無しだ。


「一体どこに巨大ロボットなんて建造する資金と、技術、建造スペースがあるんだよ。それにそんな目立つものを造れば、一発でヒーロー協会に発見されて壊滅させられるだろ」


「いや、しかしだな。デュラハンのこれからの偉大な業績のためには」


「業績はこれからコツコツ積み重ねていくものじゃないか。それとも、降って湧いたような奇跡を待つだけで何もしないつもりか」


「そうは言っていない。私はデュラハンのためを思って」


「だったらもっと現実的なものにしてくれないか。はっきり言えば巨大ロボットは、無駄だ。妄想の産物で、滑稽な計画だよ」


「… …ほんのちょっとくらい。予算を割り振ってもいいんじゃないかな?」


「予算を削れば削るほど、デュラハンの未来とやらが同じように減っていくが、いいのか」


 ミアは先ほどまでの声を大にした計画発表とは打って変わって、叱られた子猫のように小さくこじんまりとしている。


 それは仕方のないことだ。大言壮語は大変聞こえはいいが、実現に移す余力は今のデュラハンにない。ここは子供の遊び場ではないのだ。


 けれど完全に意気消沈しているミアを見ていると、かわいそうにすら思えた。


「まあ、しかし。エクゾスレイヴくらいなら運用可能だろう」


 トシアキの言葉に、ミアは電光石火のごとく反応する。


「エクゾスレイヴ! いいぞ。パワードスーツもロマンの塊だ。圧倒的力で敵を薙ぎ倒し、邪魔な瓦礫も破砕する! 実用性と機能性を兼ね備えたそのフォルムは壮美に彩られた一種の巨大ロボット。代案としては素晴らしい発案だ」


 ミアはずばりっ、とトシアキを指さした。


「トシアキ、幹部昇進」


「ああ、まだ幹部じゃなかったのか」


 幹部会議に呼ばれたので、てっきり既にスピード出世しているものかと思えば、そうではなかったらしい。


 そんなこんなで幹部会議は踊る。ほとんどはミアのとんでも提案を、トシアキが冷静に修正し、ゼノが補足していく流れだ。


 まだどれも実行段階にも移っておらず、はっきり言えばこの会議こそ無駄な時間なのかもしれない。


 けれども、こんなにも下らない会話なのにデュラハンの将来が明るく思える。それはきっと、気の迷いではない。


 ミアの存在が、根拠のない自信が、帆のない船のように大海を漂う、この三人だけのデュラハンを良い方向へと導こうとしているのだ。


 三人のうちトシアキ一人だけ、そのことに気付き。ふっ、と笑ったのだ。

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