第19話 軍勢の正体
「いったいどうなってるんだこの国は」
アレックスは、迫り来る軍勢が掲げる旗の紋章を見つめながら思わずぼやいてしまう。
アレックスの魔法で強化した目に映った紋章は、赤を基調にした背景に一角獣が描かれていた。そこまでは、先日戦ったゲイリーの紋章と同じだ。けれども、今回はユニコーンの角が炎に覆われたように金糸の刺繍が施されていた。
詰まる所、重装鎧を身に纏った二千ほどの軍勢を引き連れてアンファングに近付いて来るのは、ゲイリーではなく、べつの兄クライストフとかいうイフィゲニア王国の第一王子らしいのだ。
「シルファは人気者なんだな」
余裕の表情でアレックスがシルファをからかうように呟くと、何呑気なことを、と非難するようにシルファが叫んだ。
「アレックスっ――」
「はは、冗談だ」
アレックスが快活に笑ってポンポンとシルファの頭を撫でる。対してシルファは、「もう、冗談を仰っている場合ではないです」と言いながらリスのように頬を膨らませる。怒っているようであっても、まんざらではない様子で頬を朱に染めていた。
当初、その軍勢をゲイリーの部隊だと考えていたアレックスたちは、アンファングから打って出る予定だった。けれども、正体が判明して対応を変更することにしたのだ。
相手が違えども目的は同じだろうが、大方外壁も完成しており準備はできている。目的が判明してからでも遅くはないだろう。それに、奥の手も用意してある。
「万が一、攻めてこられても今回は、拠点シールドを持ってきている。アンファングにいかなる攻撃も通用しない」
この世界に転移してきたときに、拠点シールドが有効であることは立証されている。アレックがシルファを落ち着かせるためにそんな説明をしていると、近くにいたブラックがアレックスの耳元に顔を寄せてきた。
「陛下、拠点シールドは補給がききません。あの程度の軍勢に使用するのは控えるべきかと」
「んなのはわかってる。万が一だと言っただろうが。ただな……」
「何をそんなにためらっておられるのですか、陛下!」
ブラックが叱責するように声を荒げた。
突然のことでアレックスは、唖然としてしまう。
「おいおい、どうしたんだよ急に。みんな驚いているじゃないか」
アレックスが苦笑しながらブラックを見たが、周りから寄せられる視線など目に入らないといった様子で、アレックスのみを真っ直ぐに見つめていた。
「陛下、僭越ながら一つ言わせていただいても宜しいでしょうか」
あまりにも真剣なブラックの眼差しに、アレックスが気おされ気味になって頷いた。
「なんだ? 言ってみろ。許可する」
ブラックは、跪いて頭を垂れるなり言った。
「私が危険だと判断した場合は、陛下の許可を待たずして第五旅団の出陣をご許可願えないでしょうか」
(もしやこいつは、前回のことを言っているのか? 俺の判断が遅れたことで死者が出たことを……)
前回のゲイリーとの戦闘でアレックスが攻撃命令を
それと同時に悔やみもした。
治癒院が効果を発揮したものの、残り一〇人ほどで全員が復活するというときに停止してしまったのである。それを知ったアレックスがどれほど自分のことを責めたことか。
「前回のようなことにはならないと約束する。ただ、そうだな……ブラックから見て前回と変わらないと判断した場合は、出撃する許可を与えよう」
「はっ」
アレックスに約束を取り付けたことに満足したのか、ブラックは直ぐにその場を辞した。
どうやら、第五旅団の兵士たちの下へ行ったようである。城壁通路に設置されたバリスタ兵たちに何やら指示を飛ばしているのだった。
第五旅団の戦場での役割は、攻城戦兵器を運用する機械化歩兵部隊であり、本来野戦向きではない。故の防衛兵器の役割を与えたのにもかかわらず、出撃するとか正直理解に苦しむアレックスであった。
「なんだよアイツ。俺のこと信用してねえな、まったく……」
「アレックス、良かったのでしょうか?」
「ん? ああ、大丈夫だよ、シルファ。ブラックにも言ったが、今回は容赦しない。俺の仲間を傷つける奴には、そのことを後悔させるほどに痛めつけてからあの世に送ってやるよ」
こんなことを言えば、シルファのような幼気な見た目の少女は引いてしまいそうだが、そんな様子は見られなかった。むしろ、花が咲くように笑顔となり、「わあ、楽しみです」などと言ったのである。
アレックスは苦笑いを浮かべるのみで、前方の軍勢の方へと視線を戻した。
魔法攻撃が届くか届かないかのギリギリの距離。外壁から一〇〇メートルほどの位置でその軍勢が行軍を止めた。そして、その中から一騎の騎兵が駆けてくる。どうやら、いきなり攻めてくるという訳ではないようだ。
いかにも伝令といった軽装鉄鎧の騎士が、空堀の手前で円を描くように一周して停止した馬上から口上を叫んだ。
「我こそは、イフィゲニア王国第一王子にして、上将軍であらせられるクライストフ様が旗下、オリオール・ロブレスである! 直ちに橋を下ろして開門されたし! 繰り返す――」
「一兵卒だろうに、偉く尊大な態度だな。シルファがいることを知っている訳ではないのか?」
「実力主義なのはどこも似たようなものですが、特に兄様は入隊基準を厳しくしていると聞いたことがあります。所属していること自体凄いことなんだと思いますわ。きっと、誇らしいのでしょう。それに、わたくしを支持している人はほんの一握りだと思いますよ」
(なるほど。じゃあ、あそこまでシルファのことを慕っているエクトルたちは珍しいんだな)
シルファの説明を聞きながらアレックスは、シルファ親衛隊の副長になったエクトルの顔を盗み見た。
そんなアレックスの視線に気付きもせず、彼は同じく副長のデブラと共に、「なんと偉そうな要求をするのだ。先ずはシルファ様の安否を確認するのが先じゃないのか」などと言って憤っていた。
「よし、じゃあ、エクトル」
「は、はい! なんでございましょうか、アレックス様」
妙案を思いついたアレックスが彼を呼び寄せる。白銀に輝く鎧をカチャカチャと鳴らしながらやって来た彼が立ち止まって敬礼した。
数が限られているものの、親衛隊の副長たる人物が安っぽい鎧ではかわいそうであるため、就任祝いとしてアレックスが特別に贈ったミスリルの鎧が様になっている。
「どうだ、エクトル。面白いことしてみないか?」
アレックスがニヤリとほくそ笑むが、その意図が伝わらなかったのだろう。エクトルが何回か瞼を瞬かせ、「ええっと、それは」と説明してほしそうにしていた。
「ほら、シルファの方が位が高い訳だろうに。軍勢を引き連れてきておいて、その理由も説明せずに開門しろだなどとはあまりにも礼節に欠けると思ってな。立場をわからせてやれ」
「ああ、なるほどですね! はい、任せてください!」
アレックスの悪だくみに乗ったエクトルは、返事をするや否や城壁通路の
「愚か者めが! いきなり開門せよとは何事か! いくら殿下の部隊であろうが、目的を明かすのが先だろう!」
「なっ! き、貴様はエクトルか! なぜ、貴様がおるのだ! この裏切り者め!」
どうやら、相手の伝令はエクトルのことを知っているようだ。それでも、裏切り者とは話が穏やかではないなと、アレックスが後ろから彼に声を掛けた。
「なんだ、お前の知り合いか? エクトル」
「いえ、存じません」
振り返ってそう答えたエクトルの表情は、不思議そうであり本当に知らないようだ。
「え、そうなのか? でも、相手は知っているようだぞ。エクトルと名前も合っているし、えーっと……」
「オリオール。オリオール・ロブレスと名乗っておりました。ですが、何度思い返してもそのような名前に心当たりがございません」
「そうか。まあ、取り敢えず、いいや。こっちへ戻ってこい」
期待した成果が得られず、アレックスは方針を切り替えてその役目をシルファに任せることにした。
「あ、あのー、オリオール様? ここアンファングは、わたくし、シルファ・イフィゲニアの庇護下にございます。いったいどのようなご用向きでしょうか?」
さすがは、王位継承権第一位のシルファだ。その効果は絶大だった。
シルファの姿を見たオリオールは、直ちに下馬して跪いたのだ。
「これはシルファ殿下。ご無事で何よりでございます。クライストフ様は妃殿下の身を案じており、逆賊ゲイリーを討つために馳せ参じた次第にございます」
どこで知ったのかは不明だが、シルファがアンファングにいることを知っていたようだ。
(どういうことだ? 知っていたならシルファの存在を無視した口上が気になる。やはり、角が無いだけでここまで軽く見られるのかよ。いや、でも、馬から降りて跪いたしな……)
ただそれも、オリオールの説明が続き、アレックスの考察は中断される。
オリオール曰く、先王が討たれたヘメル平原で散り散りとなってしまった王国軍の生き残りへと連絡を取っており、ゲイリーを倒す算段をしているのだとか。
ただ、一兵卒のオリオールと話をしても埒が明かない。信用に値するか確証を得るまでは油断禁物だ。
相手の胸の内がわからない以上、一時的な処置としてクライストフと数名の御供だけをアンファングに迎え入れることを、アレックスはシルファと相談して決断したのだった。
魔神と勘違いされた最強プレイヤー~異世界でもやることは変わらない~ ぶらっくまる。 @black-maru
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