第15話 互いの言い分

 正午。アレックスの天幕にお待ちかねの訪問者がやって来た。


 昨夜の戦闘後、集落と親衛隊の代表者と後日、つまりは、本日の正午に引見する旨を伝えており、時間になったため両者三名ずつがアレックスの天幕を訪れたのだ。


 アレックスは、天幕の広間に入ってきた人物が内部の広さに驚いたように目を剥いている様子を、部屋を隔てる通路から眺め、「まあ、驚くよな」と不敵な笑みを浮かべる。


 王族の天幕は、課金アイテムだけあってかなりのハイスペックだ。外見然り、内部の造りもしっかりしている。


 天幕は、アレックスのイメージカラーである深紅に染め上げられており、入口は金糸でベヘアシャーのエンブレムが描かれている。炎を纏った大剣を中心に九尾狐、フェンリルと鬼人を象形文字のように崩して描いており、傭兵ギルド「ベヘアシャー」の幹部四人を模しているのだ。


 見た目では直径一〇メートルほどしかない天幕の内部は、明らかに異空間だ。三〇人が集まっても余裕がある広間だけではなく、ベッドルーム、キッチン、バス、トイレや書斎までもが揃っている。


「アレックス、何をしているのですか。準備は良いですね。先ほど説明しました通り、赤いチュニックを着ているのが、集落長のデブラ殿です。親衛隊の方は、わたくしも存じ上げないので、アレックスから聞いてあげてください」


「おっけー、わかった」


 アレックスは、訪問者を観察していただけなのだが、シルファにはボケっと突っ立っているように見えたのかもしれない。アレックスは、シルファの最終確認に右手でオッケーのサインを作った。


「では、行きますよ」


 アレックスがシルファに続いて広間に入ると、呼び出された面々が、すぐさま跪いた。なぜか、案内役のクロードがすまし顔で頷いている。


(ふん、嫌々ながらも様になっているじゃねえか)


 シルファの提案で、ヒューマンのクロードには、アレックスと同じドレアアイテムを装備してもらい、立派な角が二本額から突き出ている。当然、シルファが勘ぐっただけである。クロードもアレックスと同じで角を隠しているのだと。


 その様子を横目で見てアレックスは、広間にある椅子に座して足を組み、肘掛けに頬杖をつく。シルファは、座らずに右側に立つ。


 本当にこれでいいんだよな、とアレックスが視線でシルファに確認をすると、シルファがコクリと頷いた。


 どうやら、機嫌が悪いフリをしないといけないらしい。しかも、使えるものは何でもということで、角は当然のこと、ビジュアルエフェクト装備である魔王の暗黒焔もばっちりである。


(めんどくさ)


 眼前に跪く六人を眺めてアレックスが嘆息する。引見のことではない。魔神のフリをすることに、だ。ただそれも、いい具合に仕事をしてくれた。引見相手の六人が、アレックスのため息を勝手に解釈してビクリとしたのだ。


(シルファたちと出会ったときと同じ反応だな。まあ、貴族だ騎士だと言っても、伝説の存在が相手ともなればビビるのも当然か。ましてや、昨夜の大立ち回りを見れば俺があっち側だったら嫌になる)


 鎧姿の親衛隊は、三人とも銀髪でユニコーンを思わせる白い角が額から突き出ている。顔を伏せているため今は確認できないが、広前に入る前に確認したところ三人とも瞳の色は碧眼だった。


 シルファ曰く、イフィゲニア王国の貴族は、全員が金髪碧眼か銀髪碧眼。かつ白い一本の角を有しているらしい。稀に翡翠色の瞳を持つ者もいるようだが、本当に稀であるとシルファからアレックスは教わった。それ以外の者は、例外なく平民となる。ここまでくると、アレックスは、イフィゲニア王家の正体は、魔人族ではなく霊獣族のユニコーンであると確信していた。


 それはさておき、シルファのように角を持たない場合はどうなのかというと、貴族の場合は破門されてしまうようだ。シルファは、王の直系であるため免れたに過ぎない。


 つまりは、ここの集落のように過誤者と呼ばれる者同士で身を寄せ合い、ひっそりと生きていくしかないらしいのだ。


 そんなことを復習するように思い返してから、アレックスが、


「デブラと言ったか」


 と集落長の名前を呼ぶ。


 親衛隊と同様に跪いているデブラは、今にも地面についてしまいそうなほど綺麗な金髪を長く伸ばしている。シルファの話では、有力貴族の出身なのだが、角がないせいで身を落としたと聞いている。


「はい。恐れ多くも至高の御方が私の名前をご存じとは、恐悦至極に存じます」


「世事は要らぬ。面を上げよ」


 アレックスは、儀式作法めいたこの遣り取りに未だ慣れない。思わずぶっきら棒な言い方になってしまう。


「うむ、綺麗な翡翠色の瞳だ」


 話には聞いていたが、宝石のエメラルドのように輝く瞳が美しい。目鼻立ちがくっきりしており、控えめに言っても美人。異世界補正なのか知らないが、シルファ然り、ラヴィーナやデブラ、この世界の女性は揃いも揃って美人だ。


 が、アレックスの言葉にデブラが驚いたように固まっていた。


「何をそんなに驚いている」


「し、失礼いたしました。かようなお言葉をいただけるとは思ってもおらず、感激した次第でございます」


 貴族の中に稀に生まれる翡翠色の瞳。それは、イフィゲニア王国では、災厄の象徴であり、忌み嫌われているようなのだ。なんでも、翡翠色の瞳を持った子が生まれた家は、例外なく没落、または、衰退してしまうのだとか。


 そうなのである。デブラは、翡翠色の瞳だけではなく、魔人族の証である角が無いことも相まって、魔人族から虐げられる存在なのだ。


 まさか、至高の御方とされるアレックスから瞳の色を褒められるとは、デブラも思わなかったのだろう。


「まあ、いいだろう。お主らを呼んだのは、他でもない。今回の戦闘の経緯を知るためだ」


 大方予想がついているが、アレックスは当事者から直接聞きたかった。


「はい、それでは、恐れながらも説明させていただきます」


 デブラ曰く、


「昨日の夕暮れ時、ゲイリー殿下が集落を訪れるなり、私たちの言い分も聞き入れず、乱暴を働きました」


 だとか、


「丁重に引き返していただこうとしましたが、横暴が過ぎましたので、自衛のために抵抗いたしました」


 だとか、


「私たちが抵抗したことを反逆罪だと仰っり、親衛隊が攻め込んできたのです」


 などと、言葉遣いが丁寧でありながらも終始ゲイリーを非難する内容だった。


「そうか。集落側の言い分は理解した。では、親衛隊のその方、反論はあるか? 面を上げて名乗るがよい」


 アレックスが親衛隊に話を振ると、待ってましたと言わんばかりの速度で先頭にいる男が反応した。


「はっ、親衛隊、三番小隊長のエクトル・シュリックと申します。恐れながらも至高の御方。この過誤者は偽りを申しております」


「ほーう、具体的に申してみよ」


 エクトルの媚を売るような物言いに、アレックスが目を細めて問うが、エクトルは臆せずに続けた。よっぽど、自分が正しいと信じてやまない様子である。


「我々は、シルファ殿下をお救いに上がっただけにございます。それを、そこな過誤者たちが隠し立てをしたのです。それを反逆罪と言わずして何と申しましょうか。結果、至高の御方がご降臨成され、事なきを得ましたが、そもそも、こ奴らが抵抗しなければこのような事態まで発展しなかったのでございます」


 デブラが説明している間、エクトルたちが物言いたげに身動ぎしていたため何かあるだろうと思っていたアレックスだったが、まさかの内容に驚いた。


「シルファを救う、だと? 害するつもりで探していたのではないのか?」


「シルファ殿下を害する? そ、そんな滅相もございません! 我々はイフィゲニア王家に忠誠を尽くす者。しかも、シルファ殿下は、正当な王位継承権を持ち、我々を導くお方です。それを、害するなどもっての外にございます!」


 アレックスの問いに、エクトルは、終始興奮気味に弁明した。それはもう唾が飛んでくるのではとアレックスが身を引くほどに。しかし、エクトルが抱くシルファに対する想いが、シルファから聞いていた内容とかけ離れていたため、俄かには信じ難い。


(シルファは角がないからと疎まれていたようだが、ちゃんと慕われているじゃねえか。これが演技ならエクトルは大した役者だよ)


 アレックスがシルファを見上げて問い掛ける。


「シルファよ、どう思う」


「……はい、正直、わたくしは驚いております。ただ、アレックスを前にして嘘を吐けるはずもないので、真実でしょう」


 俄には信じられませんが、とシルファは付け加えたものの、アレックスも同意見だった。


 デブラがエクトルを睨みつけていたが、シルファがアレックスのことを名前呼びしているのを聞いて驚愕の目をシルファに向けた。それは、エクトルも同様だった。


(いちいち面白い反応をするな。それにしても、シルファが言う通り、嘘を吐いているようには見えんな。あるいは、小隊長程度の役職では本当の目的が伏せらていたってことなのか? どうもきな臭い)


 犯人捜しをするなら、怪しいものを個別に呼び出し、それぞれの意見を確認し、精査し、あぶり出す。アレックスは、サラリーマン人生の中で、公平に判断を下すために慎重にことを進める男だった。


 しかし、正直そんなことをしていては時間が勿体ないと思ったアレックスは、邪道と思いながらも当事者の意見を戦わせて真実をあぶり出そうと考えたのである。


 結果、アレックスを前にしては、互いが勝手に言い合いの喧嘩をするまでの事態に発展しなかった。それでも、アレックスにとっては思ってもいなかった展開である。


 シルファの国を取り戻すためにこの集落を前線拠点とするためにやって来たが、思いの外NPCたちのレベルが低く、苦戦を強いられそうだったのだ。けれども、昨夜のゲイリーが協定がどうのという言葉や親衛隊の様子からイフィゲニア王国は、シヴァ帝国の占領下にはないことが窺えた。しかも、シルファを慕っているということまで判明したのだ。


 だがしかし、今後の方針を決定するためには、もう少し突っ込んだ話をする必要があるようだ。

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