第03話 報告でごじゃります!

 アレックスが扉の前で仁王立ちしたまま、時間だけが過ぎていく。


「誰も来ない……」


 扉一枚隔てた先に秘書がいることを完全に忘れているアレックスは、待てど暮らせど誰も来ないことに苛立ち始めた。


「何で誰も来ないんだぁぁぁあああー!」


 よっぽどテンプレに憧れを抱いているのか、悲痛ともいえる叫び声をあげた。


「もしかして俺一人しかいないってことはないよな……ん? ちょっと待てよ……」


 何かに気付いたのか顎を摘まみながら呟く。


「あ、マイルームだからNPCの従者たちは来れないんじゃ!」


 マイルーム――プレイヤー自身以外では、許可を出している他のプレイヤーしか入出ができない。

 つまり、アレックス以外にプレイヤーが誰もログインしていない状況で、このシュテルクス卜城に居る可能性が残っているのは、NPCしかない。


「なるほど、そりゃあ誰も来れない訳だ」


 納得したように頷き、扉を開けようと歩き出したとき。


 叩く強さが控えめでありながらも、急いでいるような小刻みに扉をノックする音が響き、「どうぞ」と、秘書役のNPCがその訪問者を招き入れるくぐもった声がアレックスの耳に届いた。


「おっ、つ、ついに来たか!」


 待ちかねたイベントに胸を躍らせるアレックス。


 が、


「失礼します。直轄旅団、第一連隊、第一大隊、第一中隊、第一小隊、第一分隊、第一班のジャンです。報告のため陛下にお取次ぎを!」


 もう一枚奥の扉が開く音と共に、はきはきとした口調でそう言った主の声が、期待していた人物のものではないことにアレックスが困惑する。


「は? ふつうだったら、ここはアニエスだろ! それか、クノイチとか……」


 異世界転移を知らせる役目に相応しいと思っていた人物の名前を挙げ、顔を歪める。


「てか、ジャンって誰だよ! しかも、所属が長いし、そんな細かく部隊編成したっけか?」


 NPC傭兵が所属を答えることは、今までなかった。リバフロでは部隊編成や部隊名も自由だ。それを思い出したアレックスは、ジャンの所属はそれで間違いないだろうと一先ず納得する。


 確か、所属旅団以下は簡略化名称を設定していたため、「直轄旅団第一連隊一一一一せんひゃくじゅういち番隊、第一班のジャン」となるのだが、ジャンの性格が真面目なのかもしれない。


 ただそれも、おかしなことだった。


「やはり、自我が芽生えているのか? うーん、こりゃ間違いなしだな」


 異世界転移物の設定でよくあるそれと照らし合わせ、アレックスが一つ頷く。


「ま、まあ、それは置いといて、そうも上手くいかないか。よしっ」


 一先ずその思考を脇へ押しやり、扉が開かれるのを待つ。報告者が誰であれ、お待ちかねのイベントなのだから。


「あれ、何で開かないんだ? まさか俺が答えるの待っているじゃないよな?」


 すると、伝令役のジャンを招き入れた秘書がタイミングを計ったように口を開いた。


「ジャンとやら。それはできません。陛下は誰も通すなと仰せです」


「え!」


 まさかの発言にアレックスが叫んだのと同時に、


「ソフィア将軍!」


 ジャンも叫んだ。


 ソフィア将軍? あの秘書ってSランク傭兵なの? と、アレックスが意外な事実に戸惑う。

 それよりも今は――


「何ですか? ジャンとやら」


「あ、いえ、失礼しました。で、でも、聞こえますよね?」


「はて、何のことでしょうか?」


「な、何って……陛下の声ですよ! すぐそこにいらっしゃいますよね!」


「はて、何のことでしょうか?」


「えー!」


 その遣り取りを聞けば、アレックスだって気付く。


 え? 何それ……もしかしてこれは、全て筒抜けだってことだよな。

 ……あの秘書っぽいねえちゃんは、俺の命令を頑なに守っているってことなのか?

 あんな、意味のない命令を……


「ん……命令?」


 そこで、アレックスはようやく思い違いに気付いた。自分が彼らにとってどういう存在かを――ベヘアシャー帝国の皇帝アレックス・シュテルクスト・ベヘアシャーは、彼らの上に君臨する絶対的支配者であり、その命令は絶対だった。


「おほんっ、ソフィアよ。よい、ジャンとやらを中に通せ」


 わざとらしい咳払いと共に、ソフィアが言っていたセリフを真似て可能な限り皇帝らしく振舞う。


「はっ!」


 ようやく目の前の扉が開かれると、白銀の髪をポニーテールにしたダークスーツ姿のソフィアと、頭上に名前が表示されている、オレンジ色のくせっ毛が特徴的な鋼鉄のプレートアーマー姿のジャンがその前室の中で跪いていた。


「ジャンとやら……」


「はっ」


「何やら報告があるとか、それは不明勢力による攻撃のことか?」


「は、はい、そうでごじゃりますっ!」


 あ、噛んだ……何こいつ? 皇帝の前だから緊張してるのか? 可愛いじゃねーか、とアレックスは思わず吹き出しそうになるのを堪えた。


 一方、ジャンは、後悔するように顔を歪めていた。今にも泣きだしそうである。


「そう、畏まることもあるまい。楽にして面を上げよ」

「はっ」


 肩の力を抜いてもらうべく、アレックスがジャンに声を掛けるが、


「ん、どうした? 面を上げよ」

「はっ」


 アレックスが催促するも、ジャンは一向に顔を上げようとしない。ガタガタと震え、プレートアーマーの関節部分がぶつかり合って小刻みな音を奏でる。


 その様子に痺れを切らしたソフィアが追い打ちを掛ける。


「ジャン、陛下がそうせよと仰っている。早くしないか!」


 ソフィアの声音は静かだったが、その言葉には厳しさがあり、自分に向けられている訳ではないのだが、アレックスは背筋が伸びる思いをした。


「し、失礼します!」


 ようやく顔を上げたジャンの顔を見てアレックスは納得した。


 茶色のつぶらな瞳に、少女のようにあどけなさが残る顔立ち。

 プレートアーマー姿だからわかり辛いが、その首筋を見た感じから全体的に線が細そうだった。

 むしろ、着ていると言うよりもプレートアーマーに着られているような印象。


 となれば、皇帝であるアレックスを目の前にして平静でいられるはずがないだろう。


「うむ、申せ」


「は、はいっ、へ、陛下が仰いました通り、所属不明部隊より攻撃を受けたため、報告に参りました……あ、既に鎮圧済みでしゅっ」


 アレックスに促されたジャンは、つっかえながらもなんとか言い切ったかと思ったら、最後の最後で噛んだ。


 それには流石のアレックスも軽く噴き出してしまった。


「ああ、も、申し訳ございません!」


 笑われたことに恥ずかしくなったのか、赤面したジャンが俯いてしまう。


「いや、いいんだ。悪い。それよりも部隊?」


 奇襲攻撃であったことからその言葉が引っ掛かり、アレックスが聞き返す。


「……は、はい。部隊です。恐らく魔人族と思われますが、今まで見たこともない紋章を掲げておりました」


 魔人族の部隊。リバフロの世界であれば、第三弾アップデート時に導入された初期種族だ。

 プレイヤーなら新規組だが、NPC傭兵となると個体の費用が高額故に部隊運用するのには、古参プレイヤーでないとハードルが高い種族。


「魔人族か……ここが異世界となると、魔族領ということか? またとんでもない場所に飛ばされたもんだ」


 ブツブツと一人で予想を言いながら、アレックスがジャンに再び問う。


「それは何処からやって来たかわかるか?」


「それが、やって来たというよりも、その場に居たといいますか……」


 何やら言い淀むジャンの発言に、アレックスが顔を鼻を鳴らす。


「ふん、何だ、はっきりしないな」


「あ、も、申し訳ございません!」


「いや、怒ってはいない。その場に居たとはどういうことだ」


 そうじゃないと軽く頭を振ってから、詳細を尋ねた。


「あ、あの、恐れながらも陛下は、外の様子をご覧になりましたでしょうか?」


「ん? ああ、既に確認済みだ。深い森に囲まれているな」


「はい、その通りでございます。理屈は不明ですが、我々の帝都が丸ごと転移した可能性が高いようです」


 テンプレ展開を期待するなら、そんなことが起きれば誰しも混乱するのだが、アレックスの前に跪いているジャンに、そこまでの同様の色は見られなかった。

 未だ小刻みに震えているようだが、それはアレックスに対する緊張から来ているようだった。


「ほう、それは何故だ? 周りの環境が伝説級魔法で変えられたか、幻惑系の干渉魔法である可能性はないのか?」


 アレックスとしては、単純に転移したことにジャンが言及できた理由を知りたかった。


「恐れながらも陛下、その可能性は低いかと……」


 言葉では完全な否定をしないものの、ジャンの中では確信しているのかもしれない。


「その根拠は?」


「その変化があまりにも一瞬だったからです。そう……瞬きをした間に、目の前が森に覆われていました。さらに、つい先ほどまで真上にあった太陽の位置が西の低い位置になっていましたので、もう間もなく日が暮れると思われます」


 太陽の位置まで確認していないアレックスは、その説明を聞いて腑に落ちた。


「そうか……それで、既に戦闘は終わったと言ったな?」


「はい、今は敵の素性を調査中です」


「そうか、では、現場へ案内してくれるか?」


「はっ、承知しました」


 ジャンが立ち上がり、左胸にナイフを突き立てるような敬礼をしてから、クルッと身体の向きを変えて先導を始めた。


 そのときのアレックスは、二人の視線が自分から外れ、ふぅーと一呼吸した。所属不明部隊による襲撃現場に向かう高揚感よりも、皇帝らしく振舞えたかどうかの方が心配だったのである。

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