第06話 個性豊かなNPC傭兵

 クロードに案内されるまま納屋へと入ると、そこには回転式の隠し扉があり、地下へと続く階段が隠されていた。

 松明の明かりだけが頼りの薄暗い通路。目下、新たにクロードを加えたアレックスたち四人は、身体強化を掛けた脚力任せの目にも止まらぬ速度で隠し通路を駆けていた。


「ジャン、お前もこの道のことを知っていたのか?」


 お姫抱っこするように抱えたジャンを見下ろしてアレックスが問うたが、


「ひゃい?」


 とジャンは振動で舌を噛んでしまった。


 涙目のジャンを見て、あ、噛んだ、と声を掛けて悪いことしたなとアレックスが反省しつつも、その様子を可愛く思い、微笑んだ。


 何故、そんなことになっているかというと。


 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


 遡ること五分。


「この通路は入り組んでいます。ふつうに歩くと一時間以上掛かります。故に、駆けますよ」


「はっ? それだったら正門抜けて目抜き通りを真っすぐ行った方が早いじゃんかよ」


「いえ、現状を鑑み、外郭に限らず、城門の類は全て封鎖させていただきました」


「ああ、そっか……それなら仕方ない、か」


 アレックスが指示を出していないにも拘らず、帝都防衛機能がしっかり働いていることに感心した。クロードの言葉からこの通路が帝都の外へ続いてることも理解した。


「それに、身体強化を掛ければ五分ほどで到着できます」


「それもそうだな……」


 クロードにそう答えながらも、魔法が発動するかアレックスは不安だった。


(リバフロと同じでヴォイスアクションだといいんだが……)


「アクセラレータ!」


 意を決して身体強化――速度上昇――の魔法名を唱えると、青白いオーラがアレックスを包んだ。


「おお、成功だな」


 それを見たクロードが頷き、アレックスと同様に魔法名を唱えて身体強化を施す。そして、ソフィアも続いた。


「あ、あの……」


「ん、どうしたんだ?」


「も、申し訳ございません。私は魔法の類は……」


「何だ、そうだったのか」


 気まずそうに俯くジャンを観察し、ステータスの確認を行ったアレックスは納得した。


 ジャンは、レベル一〇のFランク傭兵で剣士だった。魔法士ならそのランクでも攻撃魔法を覚えているが、身体強化魔法は、他の剣士、槍兵と弓兵共にレベル二〇相当のDランク傭兵からだった。


「それなら……」


「え、えっ!」


 そんなジャンを不憫ふびんに思ったアレックスが、ひょいっと持ち上げ、お姫様抱っこをしたのだった。


 ◆◆◆◆ ◆◆◆◆


「え、ええっと、報告に、来た、さ、際にっ、エントランスっ、ホールで、クロードしょ、将軍に言われて、て、てっ」


「ああ、理解したから大丈夫だ。下手に喋ると舌を噛むぞ」


 隠し通路のことを聞いてきたのは陛下でしょうが! とジャンが思ったとか思わなかったとか。ジャンの表情から今の状況に絶賛混乱中であることが見て取れた。そんな不平を言う余裕はないだろう。


「しっかし、クロード。お前のさしがねだったのか」


 自分が知らない道をジャンが知っていたことで焦っていたアレックスは、その原因となった張本人に声を掛けた。そのクロードは一切を無視し、通路の奥をおもむろに右腕を上げて指さした。


「もうすぐ出口です」


「お、おまっ! 覚えてろよ……」


 アレックスが恨めしそうにクロードを見やるが、先導していたクロードが速度を落とした。クロードを追い越してしまい、慌ててアレックスが踵でブレーキを掛けるようにして速度を緩める。


 出口と言われた階段を上った先は、行き止まりだった。


「おい、行き止まりじゃ――」


 アレックスが文句を言い出した瞬間、床に金色の輝きを放つ魔法陣が突如現れ、四人の姿が掻き消えた。



――――――



「――ないか」


 アレックスが文句を言い終わると、数十メートル先に鬱蒼うっそうたる森が視界に入った。どうやら、外郭の外に出たようだ。


「おおうっ。転移するならすると言え!」


 アレックスは、「こいつ、よくも副官の分際で」と、クロードを将軍職から降ろそうと考えるほどに、先程から彼にイラつきっぱなしだった。


 クロードのその性格は元来のものか、異世界に転移したことにより生まれたのか、アレックスには判断がつかなかった。ゲームの世界――リバフロ――のNPC傭兵に個性と呼べる性格は設定されていなかったことだけは確かだった。


 すると、重装備に身を包んだ集団が、ガチャガチャとプレートアーマーを鳴らしながらアレックスたちの元へ近付いて来た。


「おおー、ガサラムじゃないかっ。久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


 一団の中に懐かしい顔を認めたアレックスが、顔をほころばせた。先程までのイライラがスッと消えた。


 彼は、ガサラム・ガードナー――第九旅団に当たる城壁東方旅団長兼帝都防衛師団長。

 ガサラムは、NPC傭兵で唯一上将軍じょうしょうぐんの地位にいるドワーフである。


 オークと見紛うほどに巨漢のガサラムは、茶色のドレッドヘアで自己主張の強い海苔のように濃い眉と、無精髭から山賊にしか見えない。そんな彼に跪かれると山賊の頭領になったと錯覚してしまうほどの迫力だった。


「ここは城内じゃない。跪かんでいいぞ」


「そうですか。それにしてももお変わりないようでなによりでさ」


「そうか? まあ、お前たちにはそう見えるよな」


 徐に立ち上がったガサラムの体躯は、身長を一八五cmセンチメートルに設定しているアレックスでさえ見上げるほどで、何度見てもいかついなとアレックスが喉を鳴らす。


 はじめてガサラムを召喚したとき、この巨体に無言で見つめられてビビったのを思い出した。それなのに、とっつぁん口調でこれまた見た目にぴったりだなと、アレックスが苦笑する。


「てかよう。ジャンは何で大将に抱えられてんだ? 怪我でもしたか?」


「ああ、すっかり忘れてた。ジャン、降ろすぞ」


「ひゃい」


 ガサラムの指摘で胸に抱いたままのジャンのことを思い出したアレックスが、そっとジャンを地面に降ろした。忘れることなんてあるのかと思うが、鋼鉄のプレートアーマー姿にも拘らず、ジャンはあまりにも軽く、クロードのことでイラついていたアレックスは、本当に忘れていた。


 ジャンはジャンで未だ顔を赤らめてパニック状態だった。


「で、状況はどうだ?」


 アレックスが襲撃してきた魔人族部隊のことを尋ねようとガサラムに声を掛けたときだった。


「その前に、一つ宜しいか!」


 赤縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げたソフィアが、ずいっとアレックスとガサラムの間に割って入った。


「どうしたんでえ?」


「どうしたんでえ? ではありません! 上将軍は何度言えばわかるのですか!」


「な、何がだよ」


(何この状況……どうした?)


 あのガサラムがたじろぐほどのソフィアの気迫に、アレックスが目をパチクリさせる。


「だから、陛下のことを大将と呼ぶのをおやめください! 周りの目があるんですよ。もっと、陛下に敬意をですね――」

「おお、わかったわかった。わかったからよ。殺気を飛ばすのをやめてくれ。一般兵たちが耐えられん」


 ガサラムが言ったように、数人の兵士がよろめき、ジャンなんて失神していた。


(なるほど、リバフロの威圧スキルは、レベル差が大きいと無力化できるのか)


 ゲームの中と現実世界では効果の程が違うことに、良いことを知ったっとアレックスはしきりに頷いた。


「しっかし、大将の副官も怖え怖え」


「上将軍!」


「へいへい、まったく、七人の神の子セブンチルドレンみたいにそんな怒鳴らんでもいいだろうに」


「それは、いつになってもご理解いただけないからです!」


 これはそろそろ止めないとヤバイヤツだなと、アレックスが仲裁に入る。


「ソフィアよ。もうその辺にしておけ」

「はっ」


「ガサラムよ」

「へ、へい」


「お前には、特別に……特別にだぞ。俺のことを大将と呼ぶことを許そう」


「陛下!」


 アレックスの決定に不服な様子でソフィアが詰め寄ってきたため、彼女の唇に手を押し当てて黙らせる。すると、意表を突かれたソフィアが頬を赤く染め上げ、ようやく黙った。


「ええーっと、それで、七人の神の子セブンチルドレンって誰のことだよ」


 知らない言葉が気になったアレックスがガサラムに尋ねた。


「誰って……そりゃあ、大将がお創りになった七人の上将軍たちでさ」


「俺が創った? ん? あ、ああー、そういうことか」


 アレックスが創った七人。しかも、上将軍と言われれば、思い当たる節は一つしかなかった。


 目の前にいるガサラムは、NPC傭兵で唯一の上将軍だが、NPC傭兵以外で確かに上将軍の地位に居る七人が存在する。それは、課金で枠を増やせるが、それでも所有制限が決められているNPC従者という特別なキャラクターが、リバフロには設けられていた。


 NPC従者――レベルが一定のNPC傭兵とは違って育成ができる成長型NPC。しかも、雇用してから召喚するまでどんな容姿で、種族で、性別もランダムのガチャ要素が強いNPC傭兵とは全く違い、自分好みにできる上、自律型AIが搭載されている。


 学習機能があるため、会話を重ねるごとにプレイヤーを相手していると錯覚するほどに、会話が定型文だけの他のNPCより格段にスムーズで、会話が楽しめる。

 極め付きには、チャット通信も可能だった。


 その当時、他のVRMMOではなかった斬新なサービスで、リバフロが一躍人気を博した要素の一つでもあった。


「ん? で、その従者たちは何処にいるんだ?」

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