第04話 魔人族の差別
ジャンの新たな質問に答えるべく、アレックスが帝国を挙げてシルファと共闘することを玉座の間で配下たちと確認し合った日を思い返す。
従者たちとの引見後、アレックスとシルファは、皇帝の執務室へと戻ってきた。ドカッとソファーにアレックスが腰を落とすと、静かにシルファも隣に腰を落ち着かせる。昨夜のように、シルファが迷う素振りを見せることはない。
「先ほどはありがとうございました」
しおらしく上目遣いのシルファが、アレックスの手を取るなり頭を下げた。その行動の意味を理解できなかったアレックスが、訝しむ。
「ん、何のことだ?」
「もう、アレックスったら」
わかっているくせに惚けるだなんて、とでもいいたそうにシルファが口元を綻ばせた。
一方、
「いやいや、全然わからんのだが……」
とアレックスには本気で思い当たる節がなかった。
アレックスの言葉に瞼を数回瞬かせたシルファが、
「ほら、アレですよ。わたくしたちの体質のことです」
と勝手に語り出してくれたおかげで、彼女が何を意図して感謝の言葉を口にしたのかを、アレックスは理解することができた。
すると、アレックスの手を握っていた片方の右手を離したシルファが、己の額へと持っていく。何も無いそれを摩るようにしてから、シルファが視線を横に流してから自嘲気味に微笑んだ。
そう、従者たちへの説得には、続きがあったのだ。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
さらに時を少し遡り、玉座の間。
シルファの能力を知ったからなのか、物言いたげな視線を向けてくる配下はいなくなった。そのことに満足げな笑みを広げたアレックスが、尚も続ける。
「しかも、知っているか?」
内容を言っていないのにも拘らず、アレックスのもったいぶるその言い方に、まだ何かあるのかと、跪いている面々が、既に驚く準備をするかのように身構えた。アレックスは、それがおかしくて吹き出しそうになるが、真剣な話のためなんとか堪える。
「シルファは魔人族にも拘わらず、その象徴たる角がない」
これには、皆一様に、はい? と間が抜けた声を漏らしそうな表情になる。
「これは隠している訳ではなく、生まれつきだそうだ。故に、最強でなければならない王族にも拘わらず、魔力量が少なく、虐げられてきたそうだ。そうだよな、シルファ?」
「は、はい、その通りです」
アレックスの問いに答えたシルファから、先ほどまでの堂々とした態度は既に消え失せていた。シルファには、従者たちを説得するためにその秘密を話すことを事前に説明していた。それでも、シルファにとって負い目を感じ続けてきた要因となったそれを言われるのは、やはり心地のよいものではないのだろう。周りの視線を避けるようにして、シルファが伏見がちに視線を床に落とす。
(まあ、当然そうなるだろうな。ちょっと意地悪が過ぎたか)
配下たちの反応を恐れたようなシルファの仕草に、アレックスが反省する。
すると、
「殿よ、其れはどんな意味でござろうか。今では、魔力もあるでござろう?」
シーザーが納得のいかない様子で尋ねてきた。アレックスがした説明で、シルファが自分に匹敵する実力者であると理解してくれているようなことから、不満なのかもしれない。
角がない? だからどうした。意味がわからん――と言ったところだろう。
シーザーが、綺麗な顔に皺を寄せ、説明をしてほしそうな視線をアレックスに向けて訴えてくる。その反応に、いいぞいいぞ、とアレックスがほくそ笑む。
「では、言い方を変えよう。シルファは、その出自故に、努力を惜しまなかった。そのインペリアルフレイムだって最初から使えた訳ではない」
そんなのわかっているとは思うがな、とアレックスは思いつつも、今回はあえてそういう言い方をした。
やはりというべきか、それはアレックスの無用な心配だったようだ。みなが未だ理解できないといった様子でアレックスが言葉を続けるのを黙して待っている。シルファが弱かったのは過去のことであって、今は違うのだろうことを、シーザーだけではなく、全員が理解しているようだ。
成長要素があるNPC従者たちは、最初から強かった訳では無い。アレックスと共に数々のモンスターを屠り、戦争を経験してレベルアップを計り、今の強さを得たのだ。シルファもその口だろうという考えに至るのは簡単なことだろう。
「シルファは、その見た目だけで評価され、苦汁を嘗めてきた。必死の訓練を経てその幻想級魔法を体得した時なんか、難癖付けられて毒を盛られたり、刺客を送り込まれたらしいぞ」
アレックスが、そこでわざとらしく馬鹿笑いをする。白い歯を見せて腹を抱えたりした。
ひとしきり笑ってからアレックスが、跪く配下たちを見下ろすと、一同が唖然としていた。まさにそれは、シルファから笑いながら話を聞かされたアレックスと全く同じ反応だった。
その様子に頷きながらアレックスが続ける。
「にも拘らず、シルファはそれを笑って跳ね除け、己の信じる道を目指し、俺のところまでやって来た」
途端、アレックスが笑顔を消す。左を向き、真剣な表情でシルファの顔を見つめる。
よく頑張ってここまで来たな、という賞賛の意味を込めてアレックスが頷く。アレックスの仕草から真意を理解してくれたのか、シルファの表情が解けていく。
「俺たちの歴史をみなも知っているだろう。俺たちがユニーク種族だと言うだけで、他のプレイヤーはチートだ何だと難癖付け、俺たちに突っかかってきた。あまつさえ、俺たちに敵わないと知れば、あの手この手と姑息な手段で俺たちの活動を妨害し、終いには徒党を組んで敵対してきた」
ユニーク種族のステータスは、初期状態でレベル二〇ほどの能力を有しており、まさに、チートな能力だった。レベルアップの必要経験値が基本種族より多く必要だったり、取得不可のスキルがあったりと、デメリットもあるのだが、そんなのは他のプレイヤーからしたら関係ないというほどに些末事だった。
ユニーク種族は、デメリットを考慮しても、それを覆して余りあるほどのチート級のステータスや恩恵が大きすぎたのだ。
とどのつまり、やっかみはもちろんのこと、寄生や横取りなどの嫌がらせを受けたことがままあった。
「それでも俺たちは屈しなかった。アドバンテージに胡座をかかず、それを活かすために努力を惜しまず、己の牙を研いてきた」
アレックスは、そんなプレイヤーを
「シルファは、はじまりこそ俺たちとは違うが、己の信念を曲げず、最強を目指した」
どうだ、俺たちに似ているだろ? とアレックスが視線をみんなに配ると、訝しみながら話を聞いていた配下たちは、納得したように頷いていた。おそらく、最強を志すといった点で共感してくれたのかもしれない。
「シルファの先祖は、魔皇帝と呼ばれた最強の魔人だったらしい。シルファは、先の説明の通りで魔力が弱かった。それにも拘らず、その魔皇帝にならんと欲し、鍛錬を続けてきた。その精神は、俺たちべヘアシャーと同じではないだろうか?」
配下たちに仲間意識を持ってもらうべく、シルファの考えがベヘアシャー帝国の理念に合致することを、回りくどい方法ながらもアレックスが説明する。
「当然、俺も最強を目指す。が、べつに最強が二人いても良いと思わないだろうか。正直、斬鉄然り、レンレンやケモケモと俺は、総合力では然程差はなかったしな」
今まで頷いていた配下たちは、そこだけには頷いてくれなかった。決め台詞に同意を得られず、アレックスが言葉を詰まらせる。
ただそれも、仕方がないのかもしれない。誰しも自分の主人が最強だと思いたいだろうし、そうあり続けてほしいと願うのは当然のことだろう。微妙な間が出来たが、ほんの一瞬だった。アレックスがわざとらしくし咳払いを一つ。
「まあいいや。とにかく! 何を言いたいか、だが。そんなシルファの強さに対する意識に俺は感動した。そして、見た目で判断したり、その努力を
アレックスが立ち上がり、配下の者たちを睥睨するように力強い視線を配る。
「殿の仰せのままに」
シーザーが頭を垂れると、周りの配下もそれに倣った。
最初の遠征の核となるシーザーの同意を得られたところでアレックスが言い放つ。
「よし、先ずは、シルファが転移門を設置するのに良い場所を知っているらしい。そこは、シルファと同じ境遇の魔人族たちが住む集落だ。必ずシルファに協力してくれる。きっと俺たちのことも受け入れてくれるハズだ」
実際、シルファがここに訪れる前に、その集落で一時的に匿ってもらったのだとか。角が無いだけで虐げられてきた彼らは、シルファに親近感を持っており、今回も協力してくれるに違いない。むしろ、角がないにも拘らず、インペリアルフレイムを体得したことで、シルファの人気は英雄のように高とラヴィーナが保証してくれた。
自嘲的な笑みをしながら説明したシルファの様子が印象的で、アレックスはそのことをよく覚えていたのだ。
「相手の動きも気になるため、一週間様子を見てそこへ向かう。特に動きが無ければ、第三旅団から念のため一個大隊か二個大隊を連れて行くつもりだ。構成は、シーザー、お前に任せる」
「御意。其れならば、連隊長を二人連れて参上するとし、他は第一、第二連隊から選抜を行うことにするでござる」
「ああ、そうしてくれ。さあ、これからは忙しくなるぞ! 何といっても、そこを拠点にして、ヴェルダ王国を撃退し、シルファの国を取り戻すんだからなあ!」
アレックスの宣言に反対する配下の者は、誰一人としていなかった。おかげで、具体的な防衛対策や進軍計画などをスムーズに検討することができたのだった。それは、見事、アレックスの考えたシナリオ通りに事が進んだ証であり、そのときの玉座の間は、確かにシルファの国を取り戻す動きへと一致団結した空気に包まれていた。
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「なあに、あれしきのことは当然だろ」
シルファが意図して言ったことを思い出したアレックスが、大したことではないと答えた。それでも、シルファからしたら、
その証拠に、
「アレックスからしたらそうなのでしょう。それでも、わたくしは感謝を言いたいのです」
と、涙を青い双眸に堪えながら笑顔を浮かべたシルファが、アレックスに抱き着くように身体を預けてきた。
「そうか。まだ何もしていないが、これからそれを現実にしてやるよ」
そんな風にカッコいいことを言うアレックスであったが、身を委ねてきたシルファの背中へ腕を回し、その柔らかい感触に鼻の下を伸ばしてしまうのだった。
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