第13話 雄々しい角
個人の強さなどたかが知れている。
複数に囲まれでもしたら、生き延びることは困難である。けれども、位置取りを調整して一対一に持ち込めば、活路が開けてくる。
が、そんなまどろっこしい戦法はアレックスには無用だった。
覚悟を決めたアレックスが、漆黒の大剣を両手に携え、縦横無尽に戦場を駆け巡る。迫りくる敵へ上段からアレックスが愛剣を袈裟切り、左右へと薙ぐ。沢山の兵に囲まれても、剣を一振りするだけで面白いように道が出来る。
位置取りなど考える必要は、皆無だった。
「オラオラオラオラぁー! 命が惜しい奴は道を開けて去ね! 然もなくば、死ねぇ!」
アレックスが漆黒の両手剣を威嚇するよう大振りしながら、戦場を駆け抜ける。
(まるで狂戦士化したブラックみたいじゃねえか)
アレックスは、森の中へ突撃していくブラックが叫んでいた場面を思い出し、自嘲気味に笑う。
「どうしたぁ! ゲイリーの奴は逃げたのか? はっ、とんだ弱虫だな!」
アレックスは、わざと敵の指揮官を大声で侮辱し続ける。
「調子に乗るなっ。過誤者風情が!」
己の指揮官を侮辱され、魔人族が冷静さを見失う。しかも、ゲイリーは王族だ。むしろ、怒らない方がおかしい。怒気を含んだ叫び声と共に、多くの魔人族たちがアレックスに群がる。
「弱い弱い! 弱すぎるぞぉ!」
力をそれほど込めていないにも拘らず、手ごたえを感じることもなく鎧ごと敵兵を両断し、死を量産していく。
ただでさえ、シーザーやブラックの奮闘により、イフィゲニア王国親衛隊は逃げ腰だったのだ。いくらアレックスたちより三倍の兵力を誇ろうとも地力が違いすぎる。
当たり前だ。
高くてもBランク相当の能力しかない敵の魔人族とSSSランクのアレックスとでは、基準値比較で一五倍も差があるのだから。
辛うじて拮抗していた戦線は、アレックスの参戦で綻びはじめ、瞬く間に大きな穴が生まれる。旗色が、アレックス陣営に傾いていく。それでも、ゲイリー陣営の兵士が踏み止まるのは、魔人族故の矜持が邪魔をしているだけに過ぎないだろう。
挑発をし続けること十数分が過ぎた。
「どこだっ。ゲイリー! さっさと出てこい! 仲間を見捨てるのか!」
アレックスが、再び敵の指揮官の名を叫ぶ。
(指揮官のくせしてどこに行きやがったんだ? 頼むから出てきてくれ!)
最早、これ以上人殺しをする気にはなれなかったのだ。
アレックスの装備品は、すべて黒を基調としている。あまり目立たないが、全身に血を浴びており、オリハルコンで装飾された部分が深紅に上塗りされている。
一時は、興奮状態だったこともあり、どうということもなかったが、時間が経過すると共に冷静さを取り戻していく。
途端、罪悪感が押し寄せてきたのだった。
そのころになると、ゲイリー陣営から少ないながらも逃げ出す者が出始めていた。けれども、アレックスを取り囲み、行く手を阻もうとする胆力ある者たちも現在だったのだ。
(まったく、震えているじゃねえかよ)
アレックスが視線を巡らすと、眼球の挙動に合わせて敵兵たちが恐怖で身体を震わせるようにして後退るのだった。
アレックスは、覚悟したと言いつつも、率先して人殺しをするつもりは、毛頭ない。味方の命を優先して仕方なくなのである。
とどのつまり、ガタガタと震えている相手を認め、可哀そうになってきたのだ。
(やはり、ゲームの能力はチート過ぎるな……いや、これはバケモノだ)
アレックスは、ここまでの戦闘で己のステータスの異常さを把握しており、無敵であることを自覚していた。アレックスは、改めて思った。ジャンが槍で倒れたとき、我を失って力任せに剣を振り抜いた。
結果、フレイムホースごと魔人騎士の身体が爆散したのだ。さらには、手加減をしても、胴体を真っ二つにしてしまう。幸か不幸かゲームみたいな現象のおかげで、罪悪感を覚えながらも、ギリギリのところでアレックスは正気を保てていた。
故に、アレックスは自然体で敵兵を前にして突っ立っている。構えることもしない。
「おい、お前たちは逃げなくてもいいのか?」
「だ、だまれっ、過誤者に後れを取る我々ではない!」
アレックスを取り囲む魔人族たちへと声を掛けるが、予想通りの反応だった。おそらく、魔人族のプライドが逃げることを許さないのだろう。
ただ、そんな必要はないように思える。
おそらく、ゲイリーは既に逃げ出しているのだろう。あれだけ名前を叫び、侮辱しても現れないのだから。シルファから聞いていたゲイリーの性格からして、それはあり得ないのだ。
「ほーう、それは殊勝なこった。できれば、俺も無駄な殺しをするつもりはない」
「ふ、ふざけるなっ。これだけ殺戮を繰り広げておいて、いまさら戯言を抜かすな!」
「あー、確かに、それもそうか」
アレックスの言葉が想定外だったのか、一瞬呆けた魔人族が正論を突き付けてきた。これには、アレックスも納得せざるを得ない。全身を真っ赤に染め上げておいて、言うセリフではなかった。
刻一刻と変わる戦況。
指揮官を失った集団は、なんと脆いものか。イフィゲニア王国親衛隊は、最早部隊の体を成していない。
「魔人族としての矜持がなんちゃらというのならやめた方がいいぞ。俺の予想だが、ゲイリーは既にこの戦場から離脱しているぞ」
「貴様っ。愚弄するか!」
種族的なものかは不明だが、アレックスが優しく伝えたにも拘らず、気に食わなかったようだ。一人が地面を蹴ってアレックスへと突進を開始した。それが合図となり、他の兵士たちもアレックスへと飛び掛かってきた。
「ふんっ、少しは学習したようだが、まったくもって理解はしていないようだな」
魔人族は、魔法が得意な種族である。それはゲームの設定だけではなく、シルファからも聞いていたため間違いない。ただ、アレックスは、自動魔法障壁のパッシブスキル持ち。彼らは、アレックスに魔法が効かないとみると、手に持った武器を握りしめ、襲い掛かってきたのである。
「俺だって魔法が使えるんだよ。ただ、使わなかっただけだ!」
言下、アレックスが右手を前方へとかざし、ボイスコマンドで魔法を起動させる。
「インペリアルフレイム!」
途端、魔力の奔流が可視化されて赤みを帯びる。アレックスの右手から、炎の渦が発生し、灼熱の炎の波が迫りくる魔人族たちを呑みこんだ。
明らかにオーバーキルだった。
悲鳴が聞こえた気がしたが、もう確認できない。跡形もなくすべてを燃やし尽くしてしまったのだ。
(頼む、これで引いてくれ!)
じっとりとした汗をかきながら、アレックスが辺りを見渡す。あまりの熱量に、離れた位置で戦闘を続けていた者たちが、こぞってアレックスへと視線を集中させている。
ゲイリーの部隊は、一様に驚愕の表情をしていた。それでも、逃げ出す敵兵は皆無だった。わざわざイフィゲニア王国の血統魔法を使ったにも拘わらず、効果がなかったのだ。
(仕方がない。もう一度あの手で行くか……)
アレックスが咳払いを一つ。声音を変え、一人称も変える。
「これでわかっただろう。我は、お主らが至高の御方と呼ぶ魔神であるぞ! そなたらのことは、シルファ王女からも聞き及んでいる。角がないというだけで自国の民を傷つけて何とする! 敵国のシヴァ帝国と裏切り者のヴェルダ王国を退けるのが先ではないのか!」
アレックスが、威厳を込めた低い声音で演技めいたセリフを吐く。ほとんどヤケクソだった。シルファ曰く、魔神の名を出すことは、虚言と捉えられてしまうと逆効果らしい。実際、ゲイリーたちが攻撃してきたのも、そう取られてしまったせいのような感じだったのだ。
だがしかし、今回ばかりは、その場を静寂が支配した。
ただの一人も声を発することもせず、身動ぐことさえしなかったのである。アレックスの言葉の真偽を確かめるように、魔人族同士が顔を見合わせていた。
(くっ、ダメか……もう少しだと思うんだけどなぁ……そ、それなら奥の手だ!)
本来であれば、ゲイリーをとっちめて部隊を退却させるつもりだったのだが、無理な話だ。ここまでして現れないのなら、逃亡したのは確定事項だ。最後まで残った彼らを引かせるには、より上位の存在と信じさせるしかないのだった。
すかさずシステムメニューを開き、ドレアアイテムを装備する。
途端、雄々しい二本の角が頭から突き出した。頭付近はきつめの渦を巻いているが、先端に向かって鋭利に尖っており、魔神を騙るには丁度良いアイテムだ。
これで無理ならアレックスにはどうすることもできない。意を決してアレックスが口を開く。
「我に従えば、そなたたちの望みを叶えよう。あるいは、逃げ出したゲイリーに引き続き忠誠を誓うのであれば、命はないと思え」
(……は? って、何言ってんだよ俺ぇ! これで効果がなかったら引くに引けねえじゃねーか……ん? マジかーキタコレ)
思わず勢いで吐いたセリフに内心で焦りまくっていたアレックスだったか、どうやら効果覿面だったようだ。
アレックスの頭上へと視線が集まり、次々に魔人族たちが手に持った武器を放り投げ、その場に跪いて頭を垂れるのだった。
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