第12話 遅れた覚悟
ジャンを抱きかかえたアレックスが、徐に立ち上がって辺りを見渡す。倒れた竜騎兵たちが、治癒院に強制送還されることはなく、城壁東方旅団が殲滅した魔人と同様に、どこを見ているからわからない瞳をしていた。
混乱を通り過ぎ、アレックスが茫然と立ち尽くす。
(何を勘違いしていたのだろうか……最強を目指す? やることはゲームと何ら変わりはない、と――バカな! 今が現実だとわかっていたのに……)
「誰か……頼むよ……誰か、助けてくれぇぇえ!」
アレックスの悲嘆にくれる叫び声は、辺りの喧騒により掻き消されるのだった。
――――――
先程からアレックスへ様々な攻撃魔法がぶち当たり、爆音が鳴り響いている。その攻撃魔法のほとんどが、ファイアボルトやファイアストームと言った初級や中級魔法の類だ。当然、アレックスには全く効果がない。敵もそれに気付いているハズなのだが、馬鹿の一つ覚えのようにアレックスへ魔法攻撃を継続している。結局、直撃しても不可視のシールドがそれを阻む。
自動魔法障壁――ハイヒューマンや竜人族など、特定の種族特有のパッシブスキルであり、自身の二五パーセント以下の魔力攻撃を無力化する。
ただそれも、物理攻撃には効果が及ばない。
おそらく、ゲイリーの親衛隊たちがそのことに気付き、戦法を変えたようだ。その魔法攻撃を煙幕として数人の影がアレックスへと迫る。誰一人として声を発することをせず、後ろから接近した三人の魔人たちが静かに剣を振り上げる。アレックスは、その接近に気付いていないのだろう。迎撃の態勢を取るどころか、全く動く気配がない。
魔法を防いでいた障壁の範囲内に刀身が入ったことで、その魔人たちはアレックスの命を屠ることを確信したに違いない。が、金属音が鳴り、アレックスまでその刃が届くことはなかった。
「させてなるものかっ!」
ソフィアが寸でのところで身を滑り込ませ、三人の打ち下ろされた刀身を両手で握りしめた一本のロングソードで受け止めたのだ。
「なっ!」
「くそっ!」
「小癪な!」
魔人たちが三者三葉の驚愕の声を漏らし、飛び退こうとする。
「遅いっ! はあぁッー!」
ソフィアが
「陛下! 何をなさっているのですか!」
ヘルムのガードを上げて、アレックスの碧眼を見つめる。
「そ、ソフィア!」
この場に居るはずのないソフィアの姿の驚いている様子だった。
(こんな予定じゃなかったのに……)
そんな思考は、取り乱したアレックスに遮られる。
ソフィアがアレックスの視線をなぞって自分の姿を見下ろす。白銀のプレートアーマのあちこちがへこみ、返り血によって
「お、お前、大丈夫か! 今、ちょっと待ってろ、エナジーポーションを出すから、待ってろ!」
力なく両手両足をだらんとさせたジャンを抱えながらアレックスが、アイテムボックスからそれを取り出そうとして、数十もの小瓶が辺りに散らばった。
「ああ、待ってろ! 今――」
「陛下! 陛下! しっかりしてください! 私は傷一つ負っていません。これは敵の血です!」
錯乱状態のアレックスを前に、さすがのソフィアも戸惑ってしまう。それでも、彼女は死がそこらじゅうで量産されている状況であっても、冷静さだけは失っていなかった。
「それよりもジャンの治療を優先しないと!」
ソフィアにそう言われ、アレックスはハッとしたように目を見開いた。
「ダメなんだ! ダメなんだよ! いくらエナジーポーションを使っても回復しないんだ! 傷口に掛けても駄目だったんだ! もう、だめ、なんだ……」
アレックスが一通り試したことを叫びながら説明してくれたが、彼は見落としていた。ソフィアが確認のために問う。
「使った、とは?」
「え?」
「使ったとは何ですか? 飲ませたのですか?」
「あ、ああ、そうだよ。使用コマンドでダメだったから口に瓶を突っ込んだんだ……」
ソフィアがアレックスの両肩を掴んでじいっと見つめると、アレックスが誘導されるように答えた。パニックになってはいたが、ジャンに施した内容は覚えていたようだ。
「突っ込んだ?」
「ああ、半分ぐらい漏れたが……」
「それです! ジャンをこちらに」
そう叫ぶや否や、ソフィアが地面に落ちている赤い液体で満たされた小瓶を拾い上げる。栓を口で引っこ抜いてそのまま液体を口に含んだ。
「な、なんでお前がっ――」
「んっ!」
ソフィアの行動にアレックスが口を挟んだが、食べ物を詰め込んだリスのように頬を膨らませたまま、両手で手招きする。いいからジャンをよこせ、ということだ。
「ああ、すまん」
ソフィアが頷き、アレックスからジャンを受け取り、立てた左膝で支える。それからソフィアが、座らせたジャンの鼻を摘まみ唇に自分のそれを押し付ける。当然、人工呼吸とは違う。ジャンの喉がそれを飲み込むように動いているのを手を添えて確認する。ジャンの口元から少量の赤い液体が漏れ出たが、アレックスが言っていた半分よりも遥かに少ないだろう。
すると、青白くなってジャンの顔が生気を取り戻したように次第に赤みを帯びた。
「お、おお……」
その様子にアレックスが唸るように声を漏らす。
「いえ、まだです。こちらを抜きますので、陛下はすぐに布で押さえてください」
アレックスが布を取り出すのを確認し、ソフィアがジャンの胸に刺さった槍を引き抜く。バッと血が飛び散ったが、すぐにアレックスが言われた通りに布を押し当てる。先程と同じ要領で、ソフィアが口移しでエナジーポーションをジャンに与える。
「もう大丈夫でしょう」
「ああ、そうだな」
アレックスが安堵の表情と共に大きく頷いた。
するとすぐに、咳き込んだジャンが目を開いた。口元からは緑色の液体が漏れている。おそらく、初級エナジーポーションだろう。アレックスが与えたときには上手く飲み込めず、肺の中に入っただけで、効果がなかったようだ。
「あ、あれ、陛下。ご無事だったんですね」
瞳を開けたジャンが、ポツリとそう漏らし、右手をアレックスに伸ばした。つい今しがたまで死の
「馬鹿野郎! 死んじまったのかと心配したんだぞ! 俺のことなんかより自分の心配をしろ! バカっ!」
アレックスが、その手を取って握るのと同時に怒鳴り、堰を切ったようにその双眸から涙が溢れ出していた。
(ああ、やはり我々の神は心優しい……下級兵士一人にこれほどの愛情を注いでくれるとは。私にも同様の心配を向けてくださるのでしょうか)
ソフィアは、ちょっぴり。いや、ジャンのことをかなり羨んだ。嫉妬に近いかもしれない。ただそれも、過ぎた想いだろう。頭を振ってソフィアが、周囲の警戒へと当たる。周囲では戦闘が未だ繰り広げられているのだから。
――――――
ジャンを抱きしめてからその場に立たせてやる。しゃがんだ姿勢のまま、もう一度そのあどけない茶色の瞳をアレックスが覗き込む。深紅の液体で満たされたエナジーポーションを、ジャンの顔の前まで持っていき振って見せる。
「どうだ? 痛いところはないか? もう一本の飲むか?」
「へ、陛下! まさか、それを私に使用したのですか!」
今度は、ジャンが大声を出す番だった。
「ああ、そうだが」
人のことを言えた義理ではないが、ジャンはパニックに陥ったように口をパクパクとさせていた。一方で、アレックスは大分落ち着きを取り戻していた。
「そうだがって、陛下ぁ~、そんなもったいない……」
ジャンが急に顔をクシャっとさせてすすり泣いた。一瞬、もったいない? と疑問符を浮かべたが、何となく意味がわかった気がする。アレックスが使用した深紅のエナジーポーションは、伝説級のそれであり、その効果は、体力をSSランク相当の二千五六〇回復する代物だった。
Fランク傭兵であるジャンの最大体力は、二八しかない。明らかに、アイテムの無駄遣いと言えよう。ただ、アレックスはそんなことは気にも留めない。実のところ、いくら使用しても回復しないジャンの傷口に掛けたりと、十数本を無駄にしていた。彼にとっては、ジャンが回復することが重要であり、ジャンの命と消費アイテムとを天秤にかける考えなど持ち合わせていない。
「陛下、そろそろ」
ソフィアの声にアレックスが気を引き締める。
「ああ、そうだな。悪い。俺も覚悟を決めたよ」
頷いて立ち上がったアレックスが、戦場を見据える。未だ戦闘は継続中であり、魔法や剣を受けて倒れ行く竜騎兵の数が増えている。ジャンが回復したことで冷静になったアレックスだが、今回の件で失うことの恐怖を知った。ゲームと同じではないことを知った。自分が弱いことを知った。
それは遅すぎるようにも思う。いや、遅れただけである。勘違いでも何でもない。現状を理解もせずに最強を目指すことなど、できるハズもないのだから。アレックスは、自分で言ったように、ようやく覚悟を決めた。
己と向き合いながら、最強を目指す!
こうなっては、ゲイリー側の魔人たちに言えることは、ただの一つである。
――逃げろ!
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