プロローグ 最強のプレイヤー

 トンビの甲高い鳴き声が響き渡る中、心地よい風が頬を撫で、陽炎が燃ゆるように男の髪を揺らした。挑発的で燃えるような赤髪。それとは対照的な透き通る海のような碧眼が知的な印象を与える精悍な顔立ち。


「いやー、何度見ても圧巻だな、これは」


 馬上から辺りを見渡したその男――アレックスが口の端を上げて愉快そうに笑う。


 普段であれば見渡す限りの平原が広がり、街道を行き交う商人や冒険者などのプレイヤーがちらほらいるだけなのだが――目の届く限りに重装備の軍勢がそこには展開しており、睨み合うように二勢力が対峙していた。


 両軍合わせて二〇万は くだらないだろう。


 アレックスを擁する陣営は最低でも鋼鉄のプレートアーマーに身を包んでいる。アレックスの周辺を固めるNPC傭兵たちは、騎士然としたオリハルコンで華美に装飾が施されたミスリルのプレートアーマー姿。そして、アレックスたちのギルドを象徴する深紅のマントを羽織っている。陽の光を浴びて眩しいほどに鎧が煌いている。


 一方、敵方の装備は不揃い。鋼鉄のプレートアーマー姿の者もいれば、革鎧といった安っぽい防具しか身に着けておらず、寄せ集め集団のように見える。


 それ故に、アレックスは大分リラックスしていた。


 鎧に反射した光を手で隠すように遮ったケモケモが、そんなアレックスの心情など知らずに呆れ顔で、


「何を呑気なことを言っているんですか、先輩は」


 と、声音からも呆れた感情を露わにしていた。


 当のアレックスは、そんな非難をものともしない。


「先輩じゃないだろ。ここでは陛下と呼べ、陛下と」


「ああ、そうでしたね。陛下」


 アレックスにそう注意され、おざなりに訂正したケモケモは、箕田友哉みたゆうや。アレックスこと荒木風間あらきかずまと同じ会社に勤める後輩である。


 因みに獣耳が大好物らしく、ケモ耳からケモケモということで、プレイヤーネームをそれとしたようだ。そんな物好きな性格が幸いしたのか、ケモケモはユニーク種族である霊獣族のフェンリルを引き当てていた。


「それよりお前はこんなところに居ていいのか? もうそろそろ開戦だぞ」


「大丈夫ですよ。ほら」


 アレックスと同様に馬上の人であるケモケモは、長く伸ばした白銀の髪の合間から飛び出る獣耳を忙しなく動かし、前方の上空を指差した。すると、数百にもなるスカイドラゴンの群れが現れ、敵前方集団にドラゴンブレスを浴びせ始め、爆発音や悲鳴が発生した。


 それが開戦の合図となり、両軍が雄叫びを上げながら前進を開始し、数万の軍勢が激突した。


「うおー、まじか! はスカイは来れないって言ってなかったか?」


「はっ? 何言ってんすか?」


「え?」


「え? じゃないですよ。さっきの打合せ聞いていなかったんですか?」


「あー、悪い。半分意識飛んでた……」


「はぁ……まあ、そんなことだろうと思いましたよ」


 ケモケモは呆れた様子で黄金に輝く双眸を細め、そんなアレックスを心配そうに窺った。


 しかし、アバターであるアレックスをいくら見ても、体調の良し悪しを窺い知ることは出来ないのに――全く無駄なことをする、とアレックスは嘆息する。


「やっぱり、今日のイベントは断ればよかったんじゃないすか? どうせ一か月も待てばリリースされる訳だし、が息抜きになってるのはわかってますけど、寝れるときには寝た方がいいっすよ」


「んあ? んなのはわかってるよ。ただ、他の奴らは待ちきれんだろうよ」


 ケモケモが言った、「リバフロ」は、フルダイブ型VRMMORPG、「リバティ・オブ・フロンティア」の略称である。正に今、その二人はそのゲーム世界に居る。そのキャッチコピーは、「君の意志で自由を掴め!」で、プレイヤーの意志次第で色々なことができる世界初メインクエストが無いタイプのMMORPG。


 それでも、ある程度の行動指針的なものが運営から発表されている。例えば、傭兵として己を鍛え、好きな国に仕官をして立身出世を目指したり、商人プレーで大富豪を目指したり、またはそんな彼らを標的とした盗賊プレーのような悪役になることもできる。


 この手のゲームで定番といえるモンスターや魔法が存在し、中世ヨーロッパのようなファンタジー世界が舞台であるため、より自由度が高く非現実的な世界を楽しめる。現実世界の荒木にとって日々のストレスを発散させるのに持って来いのタイトル。


 荒木風間がアレックスになって既に二年が経過していた。


 サービス開始初日からプレーをしており、幸運にもアバターとなる種族がユニーク種族のハイヒューマンだった。


 リバフロの特徴の一つでもあるキャラメイクは、非常に簡単であること。それは、脳内イメージを脳波から読み取り、理想の自分を自動生成してくれるのだ。


 それでも、種族までは希望通りとはならず、完全にランダムだと公式発表されている。基本五種族以外の出現率は、〇.〇〇三%ととてつもなく低確率であった。その低確率故に恩恵は絶大で、序盤は無敵と言っても過言ではないほどに高性能だった。


 そんなユニーク種族を引き当てたアレックスは、序盤から精力的に活動し、今ではギルドメンバーが千人を超える一大ギルドの盟主となっていた。


 しかも、その数の暴力を生かして国を立ち上げ、運営が用意していた四大国家すら小国に思えるほどの大国――ベヘアシャー帝国――の皇帝となっていた。


 そのベヘアシャー帝国に戦争を仕掛けるイベントが運営から持ち掛けられ、イベント協力報酬に惹かれたアレックスたちは、その真っ最中である。


「それにな」


「な、なんです?」


 不敵な笑みを浮かべたアレックスに、訝しんだ表情をさせるケモケモ。 


「今日は無茶苦茶暴れたい気分なんだよ!」


 言下、馬の腹を蹴ってアレックスが突撃を開始する。


「それじゃあ、陛下。頑張ってくださーい」


 アレックスの背後から声援が送られたが、それを許すことはしない。


「何をお前は他人事のように言ってんだ! 一緒に行くぞ、一緒にー」


「へーい」


 気の抜けた返事と共にケモケモも突撃を開始するのだった。


 皇帝の地位にありながらもアレックスは、最前線で大剣を振るって敵勢力を薙ぎ倒していく。それは、ゲーム故の大胆な行動だろう。


 NPC傭兵がいくら束になったところで、レベル二〇〇と既にカンストしているアレックスを止められる訳もなく、熱したナイフでバターが切られるように十数万の敵陣営は、道が出来るように割れていった。それは、プレイヤーが相手であっても例外ではない。


 一騎当千とは、まさに、このことだろう。


 否! それ以上だった。


「敵将、討ち取ったりー!」


 結局、誰もアレックスを止めることが叶わず、アレックスが敵の総大将であるNPC将軍を倒し、その戦争イベントは終結した。


 時間としては、開戦から三〇分掛かったかどうかも怪しいほどに呆気なかった。


「いやー、さすがはアレックスさんですね」

「おう、また出直してこい!」


「チートだよ。チート! 何でそんなに強いんだよ!」

「ふん、お前らとは年季が違うんだよ」


 などと、相手のプレイヤーとの会話も怠らない。


 当然、煽るように憎まれ口をたたくのも、アレックスの戦略の一つである。


 小規模の小競り合い程度であればプレイヤーの自由にできるのだが、数十万もの軍勢を動かすには、サーバー負荷が掛かり、他のプレイヤーにも影響があるため、戦争イベントとして専用サーバーで開催される。


 アレックスに挑戦したいプレイヤーが多ければ多いほど運営が動くため、それを狙っているのだ。


 アレックスに勝つために課金して強化を図るプレイヤーが増えるほど運営は儲かる。そんな儲け話を運営が見逃すことはなく、定期的にそんなイベントが開催されている。


 当然、アレックスたちは、今のところ負けなしの常勝無敗の最強。勝利する度に運営から特別報酬をもらい、そのおかげで強さが余計に磨きがかかる。


 結局、他のプレイヤーにとっては悪循環でしかなかった。


 今回も勝利したアレックスたちは、こうして新たな報酬を得てより一層強くなるのだから。

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