第14話 皇帝は眠れない
ステータス画面を見ながらひとしきり唸ったアレックスが、ウィスキーボトルへ手を伸ばす。乱暴に掴んだ勢いのままドボドボッと注ぐ。グビリと一口で飲み干し、激しくグラスを打つ。
「クアァァァーッ! やっぱり、効くなぁー! だが……眠くはならん、か」
アレックスの感覚では、転移時差を含めると既に三〇時間以上眠っていないにも拘らず、全く眠くならない。むしろ、冴えていた。それ故に、普段滅多に口にしない酒に興じている訳だが、無駄に終わりそうだった。
「いっそ、適当に魔法でも使ってあの子みたいに気を失った方が早いかもな。まあ、俺もそうなるとは限らんが」
糸が切れたようにぱたりと倒れたシルファのことを思い出し、アレックスがそんことを独り言つ。
アレックスの魔力残量は、僅かの八〇で本当に危なかった。シルファ万全とは程遠いコンディションだったことは、あの痛ましい姿から明らかだろう。どこからやって来たのか詳しくし知らないが、ここまでの道中で魔力も大分消費していたはずだ。
そんなシルファが放った幻想級魔法、「インペリアルフレイム」の魔力量は、三千二六〇相当だった。
万が一、シルファが絶好調だった場合は、吸収できずに爆炎の攻撃をまともに受けることになっていたかもしれない。魔法の消費魔力はある程度一定のはずだが、リバフロの常識を前提にするのは危険だ。
その理由は、シルファの放った魔法の威力をランクに換算するとSS+で、レベル一七〇程度のステータスに匹敵していた。
とどのつまり、何度も繰り返すがリバフロの仕様ではありえないことだった。
そのことがアレックスを益々混乱させ、苛立たせた。
「クソっ! どうしたらいいんだ!」
激しく拳を打ち付けてから頭を激しくかきむしった。
当初、夢ではなく転移したことが事実であると実感したとき。アレックスは歓喜した。それでも、時間が経過し、あまりのリアルさと残酷さに触れ、アレックスは動揺していた。
「あんな少女相手にギリギリとか、マジで笑えない。最強とか自分で言っててこのざまかよ」
アレックスの能力は、ゲーム中と同様に行使できた。そのことでアレックスは、気持ちが大分大きくなっていた。その最中、彼の知識では説明できない現象が次から次へと発生し、自信を失ってしまっていた。
そこでふと思い出す。
「それにしても大丈夫か? あの子」
魔力消費の気だるさが今でも残っているアレックスは、全てを使い切り気絶してしまったシルファの容態が気になったようだ。
マッジクポーションを与えてもシルファが目を覚まさなかったことから、ラヴィーナと共に医務室に寝かされている。ラヴィーナ曰く、魔力欠乏の症状で、それは一時的なもの。安静にしていれば数日で目を覚ますと言う。
ただそれも、第四旅団長であるモニカ――ハイエルフ――を召喚して治療するように指示を出したため、数日掛からずに目覚めるかもしれない。
と言うよりも、アレックスとしては、今後のことがあるため早く目覚めてほしい。モニカを召喚したのは、そもそもそのためである。
結局、詳しい話を聞けていないため、監視としてイザベルに張り付いてもらっている。
また、ラヴィーナから、アレックスたちがいる森が、魔人族から聖地と呼ばれていることや、特に中心部の半径一〇キロメートルが聖域となっており、モンスターの類は生息していないことを聞いた。どうやらこの世界ではモンスターではなく魔獣と呼ぶらしいが、それは些末事だ。
確証はないが、噓を突く理由もあまり見当たらないため、無理に夜の森を探索せずに、明日以降の明るい時間帯に行うことにした。
その代わりに、第三旅団長のシーザー――竜人族――とその配下を召喚し、空からの警戒するように命令を下した。
そこまできたら、残りの従者も召喚することにしたアレックスが、召喚をしてはこの部屋から送り出すのを繰り返した。
襲撃してきた魔人族の装備品から技術や文化レベルを調査させるために、第五旅団長のブラック――ハイドワーフ――を召喚。
明日以降開始する森の探索のために必要な人員の規模を打合せしてもらうべく、第六旅団長のクノイチ――鬼人族の氷冷鬼人――と、第七旅団長のハナ――霊獣族のフェンリル――を召喚。
最後に召喚したのは、第二旅団長のアニエス――霊獣族の
本当は、転移の知らせを告げに来てほしいと考えたほどのお気に入りNPC従者であったが、イザベルが変なことを言ったもんだから召喚し辛かった。
ただそれも、召喚しないという選択肢はなく、生活環境――主に寝床――調査を指示した。
何故そんな指示を出したかというと、特に他にやってもらうことがなく、仕方なくだ。
他の従者たちへはタスクを割り当て済みであることを伝えた途端、
『何を言いやがるですか! 他のみんながタスクをこなしているってぇ言うのに、わっちだけが休んでらんねえんです!』
などと言って、腰辺りまで伸ばした金髪ストレートの頭にちょこんと乗ったケモ耳をピンと張りながら、夕日のようなオレンジ色の瞳でアレックスを見つめて仕事を要求してきた。
話が長くなる可能性を考慮し、いつまでもクロードに付き合わせたら、いつまた文句を言われかねないと危惧したアレックスが、家に帰るように彼に伝えたのだ。なにせ、好感度が低くなっているせいか、大人しくアレックスのことを聞いてくれない心配があったのだ。
すると、クロードの寝泊まりしている場所が、エントランスホールの待機室だというのだから驚いた。仮にも将軍の地位にいるにも拘らず、家がないとはあまりにもヤバすぎる。
ジャンも同じようなもので、外郭の夜間巡察する防衛師団の詰所に寝泊まりしていたらしい。
そんな話は、他のNPC傭兵からも聞こえた。色々と細かい設定があって驚いたが、殆どの者に家が無いことが発覚した。内郭内に兵舎が何棟もあるにも拘らず、だ! しかも、一度召喚したら回収できないことも同時に発覚し、寝床を確保する必要が出てきたという訳だ。
そんなこんなで丁度良い仕事ができたため、それをアニエスに割り当てたのだった。
「しかし、あのことは、やっぱりそういうことなのか?」
『忘れねえでくださいよ。わっちが一番だってえことを!』
アニエスが去り際にわざわざそう言ってから部屋を出て行ったのだ。収穫まじかの稲穂のような黄金色の九本の尻尾を器用に絡まないようにブンブンと振っていたのが印象的で、再びそれを思い出した。
そして、
『これ以上の浮気は許さんぞ』
と、イザベルから言われたことを思い出し、今後のNPC従者たちとの接し方というものを考え直さなければならないと思いながらも、既に精神的にクタクタだった。
「はあ、取り合えず、眠りたい……」
そんなアレックスの切実な呟きを上書きするように、渇いたノックの音が新たな訪問者を告げる。
アレックスは、本日何度目になるかわからない深く重いため息を漏らすのだった。
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