第21話 かつての絆

 従者たちが整然と直立している中、アニエスただ一人だけが夕日色に染まる瞳をギラギラとさせ、忙しなく九尾を動かし、アレックスから声を掛けられるのを待っているようだ。 


 その気迫はアレックスにも伝わっており、汗をかいた両手を揉みながら、アレックスは意を決して彼女の名を呼ぶ。


「アニエスよ」


「はいっ、調査の結果ですよね、アレックス様!」


 アニエスが鼻息荒く返事をし、九尾の尻尾を扇風機の如くぶん回しているせいで、シーザーが鬱陶うっとうしそうにしていた。


「お、おお、そうだが……」


 一瞬、まだめっちゃ怒ってるじゃん! と、アレックスが気後れしたのだが、アニエスの発言を聞き、あれ? と、少し困惑した。


「アレックス様、何か?」


 歯切れが悪いアレックスに、アニエスが不思議そうな視線を向けてきた。


「いや、何でもない。結果はどうだったのだ?」


 アレックスが軽く左右に首を振り、報告してくれるならと、先ずはそれを聞くことにした。


「へぇ、それならええんですが……」


 アニエスは釈然としない様子ながらも報告をはじめてくれた。


「まあ、結論から言っちまいますと、寝泊まりするだけなら何ら問題はねえです」


「おお、そうかそうか。で、寝泊まりだけと言うと、どういった場合が問題なんだ?」


「それがですね。兵舎だとほとんどが共同スペースなんです。個室がねえんです。あと、空き家は神使様プレイヤーたちの店舗や宿屋だったりしてんですよ。宿屋は気にしなくてもええんですが、店舗となるとちと扱いに困っちまいまして」


 まあ、そりゃ当然だよな、とアレックスはその可能性を考えていた。


「ふむ、やはり今回転移してきたのは、あくまで俺個人の配下だけというわけか……」


 予想が当たったことでアレックスが、瞑目して黙り込むのだが。


「あ、それなんですが、それだけとは言えねえんですよ」


 その言葉を聞いたアレックスは、一転目を見開いて再びアニエスを見る。


「ん、それはどういうことだ?」


「帝国所属のギルドのお偉方は、こつ然と姿を消しちまったらしいんですが、従業員はいるみてえなんです。他国の……えっと、この場合はアレックス様たちが降り立った以前からあった国々の商人や冒険者たちは、いるみたいなんですよ」


 そこで思わずアレックスは立ち上がった。


「何だって! つまりは、スカラーランド王国、テクシス王国、ヴァルード帝国やプロメコアト共和国の人間たちはいるってことなのか?」


「そうなります。なので、わっちは、彼らの対処を優先的にしねえと大変なことになっちまうと思ってんですよね」


 アニエスの指摘にアレックスが思わず唸った。


「それから、ヴァルード帝国の英雄返還の使者には、一先ず日取りの変更を伝えておいたんで、暫くの間は迎賓館にて足止めできると思ってます」


「ああ、それでいい」


 アレックスはそう答えたものの、使者の存在に驚いた。戦争イベントなどで敵国のユニットを捕縛することがあり、その階級が高いほど貴重なアイテムや金銭を受け取れる。ただそれも、システムメニューでクリックするだけなのだ。使者が返還のために訪れるなど、アレックスは聞いたこともなかった。しかも、その英雄は、長期拘留して自駒へと転換させるつもりであったことから、返還するつもりなどさらさらなかった。それ故に、使者たちと会うつもりもない。それでも、それをここで突っ込む訳にもいかず、アレックスは頷くだけに留めた。


「その次は、帝都を完全に掌握するためにも、わっちの第二旅団が引き続き居住場所の整備、空から幅広く監視するためにシーザーの第三旅団、嗅覚や視覚に優れた者が多いハナの第七旅団の団員を多めに召喚してほしいってとこでねえですかね」


 そこまで聞いてアレックスが声を上げて愉快そうに笑い出した。あまりにも唐突に笑ったものだから、アニエスは心配になったのだろう。狐耳をペタッと頭に貼り付けて九尾を股の間に挟み込んだ。


「あ、アレックス様? い、一体どうしちまったんです?」


 伏見がちに上目遣いとなったアニエスに対し、アレクスは満面の笑みで答える。


「ん? いや、俺は嬉しいぞ。さすがは、アニエスだな」


 アレックスは、それだけ言ってしきりに頷くばかり。


 昨夜のことでアニエスに対し、色々な懸念を抱いたアレックスであったが、アニエスが自分と同じ思考の持ち主であることを知り、急に嬉しくなったのだった。


 最近こそは機会が減ってしまっていたが、昔から二人は行動を共にしており、アニエスはアレックスの考え方を熟知していた。それ故に、アニエスはアレックスが満足する答えを用意できたのかもしれない。


 何やら嬉しそうにアニエスが九尾をわさわさと左右に振り、喜びを表現し始めた。


 が、それだけで終わらせるつもりは、アレックスにはなかった。


 昨夜の勘違いによる怒りを鎮めてもらうためではない。ただ単純に、アレックスなりに考えていたことだった。


「皆の者、よく聞け!」


 アレックスの通る声が軍議の間に響く。


「「「「「はっ!」」」」」

「は、はいっ」

「ふにゃ?」


 その声に身を正す従者たち。一拍遅れてアニエスも尻尾の動きを止めた。


 ハナ……は、立ちながら眠っていたのか、鼻提灯を作っていた。

 

 アレックスの視界の隅で大小に形を変えるそれが気になって仕方がなかったが、咳ばらいをして気を取り直す。


「この異常事態に、アニエスが素早い調査とその対策まで提案してくれた。俺はそれに大変満足である。細かい調整はまだまだ必要だろう。それでも、この早い段階で兵士たちを召喚しても問題ないことが判明した。それは、非常に重要なことだ。これで、ブラックの計画も早く進められるのではないか?」


 話を振られたブラックが恭しく一礼してそれに答える。


「はい、仰る通りでございます」


「うむ。そこで、提案があるのだが……」


 一旦そこで言葉を切ったアレックスが、アニエスから順繰りに従者たちへと視線を巡らせた。そして、最後にアニエスへと戻す。


「アニエスを従者旅団の統括に任命しようと思う。つまりは、俺の分身だな。どうだ、受けてくれるか?」


 アレックスの全てを見透かすような碧眼に見つめられ、アニエスが息を呑み、目を見開いていた。


 従者一人だけを特別扱いすることは危険だと思ったが、あまりにも個性的な従者たちを一人でまとめる自信など、アレックスには全く無かった。


「他の者たちも異論はないだろ? 俺とアニエスが中心となって、一先ずはこの危機を乗り越えねばならん。そのために、お前たちの力を貸してほしい」


 念のために他の従者たちの顔色を窺う。それぞれが驚愕の表情をしていたが、そのいずれも、否定的な表情ではなかった。単純に驚いているといった印象をアレックスは受けてホッと一安心。


 ただそれも――


「え、あ、おい。どうしたんだよ!」


 アレックスは、突然のことに狼狽した。なんと、アニエスが大粒の涙をポロポロと流し始めたのだった。


「えっぐ、だ、だって、うれじぐでぇ……うぅ」


「おいおい、そんな泣くことはないだろうが」


「だ、だってぇぇぇえー」


 仕方がないと、アニエスの元へ歩み寄ったアレックスは、よしよしと子供をあやすように抱きすくめ、昔のように彼女の頭を撫でまわしてやったのだった。


 そのとき、他の女性従者たちは、羨望の眼差しをアニエスに向けていた。


『俺の分身だな』


 アレックスが何の気なしに言ったその言葉は、従者たちからするとこれ以上無い信頼の証だったのだろう。


 他の従者たちは驚愕し、いずれは自分もアニエスみたいにアレックスから信頼される存在になりたいと熱望するように、それぞれの瞳に闘志を燃やすように煌めかせていた。


 アニエスをあやしながらも視界の隅でその様子を確認したアレックスは、今回の会議が成功だったことを確信したのだった。

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